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仮番のはずが、本当の番は宿敵の人狼公爵でした  作者: ワシワシ/三月ふゆ


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 目が覚めた時、まだ空は白み始めたばかりだった。

 寝台の薄布越しに、朝の気配が静かに滲んでいる。

 リーゼはしばらく、どこにいるのかわからなかった。

 腕の中に熱がある。

 背中を支える重みがある。

 首筋に落ちる呼吸が、ひどく近い。

 それでようやく思い出す。

 昨夜のことを。

 告白して、泣いて、笑って、呪いが解けて。

 そして、ようやくこの腕の中に落ち着いたことを。

 リーゼが少し身じろぐと、すぐ背後の気配が動いた。

「……起きたか」

 かすれた声だった。

 眠たげなのに、妙に低く甘い。

 リーゼはゆっくり振り向いた。

 ルシアンがすぐ近くにいた。

 黒髪が少し乱れて、いつもより年相応に見える。けれど、その金褐色の目だけは、目が覚めた瞬間からはっきりとリーゼを捉えていた。

 その視線に、胸の奥がどくんと鳴る。

「おはよう」

 小さく言うと、ルシアンは返事の代わりに、リーゼの頬へ手を伸ばした。

 指先がそっと触れる。

 まるでまだ夢ではないか確かめるみたいに。

「……どうしたの」

「いや」

 ルシアンは少しだけ眉を寄せた。

「変だ」

「何が」

「全部」

 言いながら、ルシアンはゆっくり息を吐く。

 その吐息さえ、昨夜までよりずっと濃く感じる。

 匂いも、熱も、体温も。

 リーゼはそこで、ふと気づいた。

 昨夜、呪いが解けたあとから、ルシアンの存在がひどく鮮烈だ。

 ただ近いだけじゃない。

 もっと深いところで、はっきりとわかってしまう。

 この人だ、と。

 ルシアンの方も同じだったらしい。

 リーゼの首筋へ顔を埋めかけて、はっとしたように止まる。

「……まずいな」

「何が?」

「君の匂いが、前よりずっと駄目だ」

「駄目って何よ」

「理性に悪い」

 真顔で言われて、リーゼは思わず吹き出した。

 ルシアンは笑わなかった。

 笑わないまま、目を細める。

「笑い事じゃない」

「でも」

「本当に」

 そこでふと、ルシアンの表情が変わった。

 驚いたみたいに、自分の手を見て、次にリーゼを見る。

 空気が少し張る。

「……ルシアン?」

「力が」

 低く呟く声が、わずかに震えていた。

 リーゼは身を起こした。

「どうしたの」

「増えてる」

「え?」

「はっきりわかる」

 ルシアンはゆっくり拳を握った。

 寝起きだというのに、周囲の空気が少しだけ密になるみたいな感覚がある。押しつけられるような威圧ではない。けれど、以前より明らかに強い。

 アルファとしての圧が、静かに増している。

 リーゼは息を呑んだ。

「……本当に?」

「ああ」

 ルシアンはまだどこか信じられない顔をしていた。

 けれど視線が戻ってくる。

 まっすぐにリーゼへ。

「君が俺の運命の番だ」

 朝の静けさの中で、その言葉だけが異様に鮮やかに響いた。

 リーゼの喉が、ひゅ、と鳴る。

 ルシアンはかすれた声で続けた。

「フェロモンなんかなくても、俺はずっと君を……」

 そこで一度、言葉が途切れる。

 いつもなら皮肉に逃げるのに、今日は逃げなかった。

 逃げられないみたいに、じっとリーゼを見ている。

「ずっと、好きだった」

 リーゼは目を見開いた。

 昨夜、確かに聞いた。

 昔から好きだが、って。

 でも今のそれは、昨夜よりずっと静かで、ずっと深く胸に落ちてくる。

 呪いがあったからじゃない。

 匂いに惑わされたからでもない。

 ずっと、好きだった。

 その事実が、朝の光みたいにじわじわと心へ満ちていく。

 気づけば、リーゼの目にはまた涙が浮かんでいた。

「……朝から泣くなよ」

 ルシアンが少し困ったように言う。

「泣かせてるの、そっちでしょうが」

「俺か」

「あなたよ」

 声が震えて、うまく怒れない。

 ルシアンは仕方なさそうに笑った。

 その笑い方があまりにもやわらかくて、リーゼはもうだめだった。

 自分からその胸へ飛び込む。

 ルシアンが、今度はためらいなく抱きとめた。

 強い。

 昨夜より、さらに。

 でも怖くはない。

 苦しいくらい心地いいだけだ。

「……困ったな」

 ルシアンがリーゼの髪へ顔を埋めたまま言う。

「何が」

「たぶん俺、前よりもっと君に甘いぞ」

「知らないわよ」

「知ってくれ」

「嫌」

 そう言ったのに、リーゼは笑っていた。

 ルシアンも低く笑う。

 その振動が胸に伝わってくる。

 こんなふうに朝を迎えられるなんて、一周目の自分は想像もしなかった。

 血と泥の夜の先に、こんな静かな朝があるなんて。

 ルシアンは少しだけ身体を離して、リーゼの顔を見た。

「……リーゼ」

「なに」

「今さら確認するのも変だけど」

「うん」

「本当に、俺でいいんだな」

 その言葉に、リーゼは少し目を見張った。

 昨日あれだけ言って、抱きしめて、好きだと告げたあとでも、まだ聞くのだ。この人は。

 疑り深くて、不器用で、でもそういうところが、どうしようもなく愛しい。

「いい」

 リーゼは迷わず言った。

「あなたがいい」

 ルシアンが目を伏せた。

 長い睫毛の影が落ちる。

 照れている。

 そんなことあるんだ、と少し可笑しくなる。

「……あんまり何度も言うな」

「どうして」

「理性が死ぬ」

 真面目に返されて、リーゼはとうとう声を上げて笑った。

「知らない」

「ひどいな」

「あなたも散々ひどかったでしょう」

「それはそうだ」

 そこは認めるのか。

 また笑いがこみ上げる。

 笑って、それからリーゼは思った。

 この人といると、自然に笑える。

 気を張らなくていい。

 愛想笑いで場を保たなくていい。

 ただ嬉しくて、可笑しくて、息がしやすい。

 ルシアンはリーゼの涙の跡を親指で拭った。

「今日は出たくない」

 ぼそりと言う。

「何それ」

「誰にも会いたくない」

「公爵家の跡取りがそれ言う?」

「言う」

「だめでしょう」

「君も一緒にさぼるなら考える」

「もっとだめ」

「冷たいな」

「普通よ」

 でも実際、自分も誰にも会いたくなかった。

 この朝を、もう少しだけ、誰にも邪魔されたくない。

 そんなリーゼの顔を見て、ルシアンが小さく笑う。

「同じ顔してる」

「してない」

「してる」

 そのやりとりさえ、なんだか甘い。

 窓の外では鳥が鳴き始めていた。

 朝はもう、本当に来てしまっている。

 それでもルシアンはもう一度だけリーゼを引き寄せ、額へ口づけを落とした。

「もうしばらく」

「うん」

「こうしてていいか」

 リーゼは目を閉じて頷いた。

「いいよ」

 それは短い返事だった。

 でも、今の二人にはそれで十分だった。

アルファ覚醒して、この後は世代交代人狼公爵になりますが、後日談は体力があればまたの機会に

お読みくださりありがとうございました。

できれば感想くださると作者とてもとても喜びます!


なお、お問い合わせのあったほかの作品


◆番求婚されたことのないアラサーギルド職員ですが、一人で生きていこうと思っていたのに、今更ドラゴン公子様にお迎えに来られても困惑しています!?

◆男主人公のハーレムに入れられた嫌われ悪役令嬢ですが、バッドエンドはごめんです! 1〜2巻


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