第二話 依頼の値段
夜明け前。
王都はまだ静かだった。
人も、音も、少ない時間。
私は路地の奥にある小さな扉の前に立っていた。
目立たない木の扉。
看板もない。
知らない人間は通り過ぎるだけ。
私は二度、軽く叩いた。
間を置いて、もう一度。
内側で鍵の外れる音。
扉が少しだけ開く。
「……誰」
隙間から覗く目。
私はフードを少しだけ上げた。
「私よ」
一瞬の沈黙。
すぐに扉が開いた。
「入って」
中は薄暗い。
机と椅子が一つずつ。
壁際には書類が積まれている。
香の匂いがわずかに漂っていた。
「やったのね」
椅子に座っていた女が言う。
年齢は分かりにくい。
整った顔。感情は薄い。
「ええ」
短く返す。
それで十分。
「王太子、今頃騒ぎになってる」
女は書類を一枚めくった。
「毒の症状で倒れたことにされてるわ。今はね」
なるほど。
都合のいい話にするのは、あいつらの得意分野。
「で」
女が視線を上げる。
「次は?」
机の上に、一通の封書が置かれた。
封蝋は黒。
見慣れた印。
「依頼」
私はそれを手に取る。
重さで分かる。
中身がある。
封を切る。
紙が一枚。
名前と、簡単な内容。
「……ふうん」
私は軽く息を吐いた。
「また貴族ね」
「多いからね」
女は肩をすくめる。
「今回のは少し面倒よ」
「理由は?」
「証拠が弱い。噂レベルが多い」
ありがち。
でも。
「依頼は来てる」
私は紙を折りたたむ。
「ならやる」
女が少しだけ笑った。
「相変わらずね」
私は椅子に腰を下ろした。
「依頼主は?」
「匿名。いつも通り」
それでいい。
知る必要はない。
「内容は?」
女が別の紙を差し出した。
「地方から来た商人が三人、消えてる」
私は目を通す。
「最後に接触したのが、その貴族」
「証拠は?」
「ないに等しい」
やっぱりね。
私は指で机を軽く叩いた。
トン、トン、と二回。
考える時間。
でも長くは取らない。
「調べる」
それだけ。
「裏取れたら?」
「やる」
簡単。
女は満足そうに頷いた。
「報酬は?」
「前払い」
私は即答した。
「当然」
女が引き出しを開ける。
袋が一つ、机に置かれた。
中身は確認しない。
信頼じゃない。
ルールだから。
「足りなければ?」
「そのときは追加で取る」
それだけの話。
私は立ち上がった。
「動くわ」
「もう?」
「早い方がいい」
時間が経つほど、痕跡は消える。
「情報屋は?」
「もう動いてる」
さすが。
私は扉に向かった。
「ねえ」
背中に声。
「今回、生かす選択は?」
少しだけ足を止める。
考える。
ほんの一瞬。
「内容次第」
それだけ言って、外に出た。
昼。
王都は何事もなかったように動いている。
市場の喧騒。
人の流れ。
その中に紛れる。
私はフードを外して、普通の女として歩く。
標的の屋敷は、中央区。
立派な門。
無駄に広い庭。
金の匂いがする。
「……趣味悪い」
小さく呟く。
正面からは入らない。
裏へ回る。
使用人用の出入口。
そこに一人、立っている。
若い男。
目が合う。
一瞬の警戒。
「誰だ」
当然。
私は少しだけ距離を詰めた。
「配達よ」
適当。
でも十分。
「今日は聞いてないぞ」
真面目だな。
いい顔してる。
だから。
私は一歩だけ踏み込んだ。
指先が、男の首筋に触れる。
ほんの一瞬。
それだけ。
男の体が崩れた。
「悪いわね」
受け止める。
音を立てない。
「寝てて」
そのまま影に寄せる。
これでいい。
中に入る。
屋敷の空気は重い。
嫌な感じ。
人が死んでる場所の匂い。
私はゆっくりと歩く。
音を消して。
一つ、部屋の前で止まる。
中から声。
「……見つかってないのか?」
低い声。
男。
「はい……今のところは」
震えた声。
使用人だろう。
「ならいい。余計なことはするな」
冷たい。
私は扉に手をかけた。
「失礼するわ」
開ける。
二人の視線が一斉に向く。
一人は太った男。
装飾の多い服。
もう一人は、青ざめた使用人。
「誰だ貴様!」
太った男が立ち上がる。
声が大きい。
焦ってる証拠。
私はフードを外した。
「依頼よ」
それだけ言う。
男の顔が歪む。
「……何のことだ」
しらばっくれる。
まあいい。
私は一歩、近づく。
「三人」
指を三本立てる。
「商人」
男の喉が動く。
分かりやすい。
「知らん!」
声が裏返る。
もう確定。
私は剣を抜いた。
細い音。
それで十分。
「待て! 金なら――」
最後まで言わせない。
喉元に刃を当てる。
「質問、いい?」
震えてる。
さっきの王子と同じ。
「どこにやったの」
沈黙。
視線が泳ぐ。
横の使用人を見る。
助けを求める目。
でも無理。
「……地下だ」
小さく、出た。
「案内しなさい」
男が崩れるように歩き出す。
私は後ろについた。
逃げ道はない。
地下。
扉を開ける。
冷たい空気。
鉄の匂い。
中には。
三つの影。
鎖。
動かない体。
遅かった。
私は一度だけ目を閉じた。
「……そう」
それだけ。
振り返る。
男が何か言おうとしている。
言わせない。
一突き。
今度は迷いもない。
外に出る。
空はまだ明るい。
私は空を見上げた。
「二人目」
小さく呟く。
まだ終わらない。
依頼は続く。
だから。
裁きも、続く。
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ドタバタ?コメディです。




