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第5章 鏡の中のわたし

(ひみこ)は最近、鏡を見る時間が増えた。

いや、正確には――

見ずにはいられなくなっていた。


朝の洗面台、トイレの鏡、廊下の窓ガラス、スマホのインカメ――

どれも、陽の顔を映し出すたび、“同じ顔のはずなのに、昨日と違う顔がそこにある”気がした。


(目、こんなに重たかったっけ? 鼻、曲がってない?)


最初は「気のせい」だと思おうとした。

でも、昨日より今日、今日より明日。

見れば見るほど、違和感は澱のように沈み、顔に貼りついて離れなくなっていく。



ある夜、自室の鏡に向かっていたときだった。

鏡の中の自分が――

先に笑った。


「…………え?」


自分は笑っていない。

それなのに、鏡の中の陽の口元だけが、わずかに吊り上がっていた。

陽は思わず、のけ反った。


(……やだ、なにこれ。)


再び見直すと、そこにはいつもの自分がいる。

だが、視線をわずかに外した瞬間、

鏡の奥に“もうひとつの顔”がいると分かった。


焦点が合わない。

けれど、そこには確かに何かがいる。

輪郭のぼやけた、白い顔。

その目だけが、やたらと大きく、真っ黒で、そして確かに陽を嘲笑っていた。



その夜、陽は夢を見た。


――真っ暗な空間。

そこに無数の顔が浮かんでいる。

歪んだ鼻、左右非対称の目、しわくちゃの口、膨れた頬、削れた顎。

みんなが陽を取り囲み、誰かを嘲笑うかのように大合唱している。


そしてその中心に立っているのは、「自分」だった。


でも、その「自分」は、自分ではなかった。


顔は――顔と呼べない形をしていた。

のっぺらぼうのようでいて、

それが“ブス”だと、理屈ではなく、恐怖として理解してしまった。


その“自分”が、耳元で静かに囁いた。


「あんたがいちばんブスだよ。」


目が覚めたとき、汗でシーツが濡れていた。



翌朝、学校に行くと、四方八方から視線を感じた。

教室のざわめき、すれ違う瞬間の沈黙、背後から聞こえる笑い声。


(笑われてる……? 

いや、私のことじゃないはず。

……なのに、どうして私を見るの?)


心臓がぎゅっと収縮し、冷や汗が背中を伝う。

陽はたまらずトイレに駆け込み、洗面台の鏡に向かった。


「……違う。」


独り言のように呟いて、鏡の中を覗き込む。

そこには、昨日よりも――

確実に、ほんの少しだけ“価値のない顔”になった自分がいた。


陽は、鏡の中の自分に問いかけた。


「ねえ……私、ブスになってる?」


鏡の中の“陽”が音もなく答えた。


「ううん。最初からだよ。」


鏡の中の口は、陽より先に動いていた。

心臓が跳ねた。

陽は、鞄からブス・ノートを取り出し、震える手で開いた。


(今すぐ書かなくちゃ。名前を。誰かの名前を……!)


自分以外の誰かを、もっと醜くしなければ。

そうでなければ、自分が一番下になってしまう。


「……誰でもいい。とにかく、美人を……消さなきゃ。」


ペンが震える。


だがその瞬間、

ページの余白に、

インクでも鉛筆でもない文字が、

紙の内側から滲み出るように現れた。


〈次にブスになるのは、あなた。〉


陽は悲鳴を上げてノートを投げ出した。

乾いた声がトイレの中に響いたが、その声は誰にも届かなかった。

いや、聞こえていたのかもしれない。

ただ、誰も振り返らなかっただけで。


――鏡の中では、

“陽ではない陽”が、先に笑っていた。

本章のポイントは、陽自身が少しずつ崩れていくところである。

誰かを呪うノートでありながら、使う者の心まで蝕んでいく。

それこそが、ブス・ノートの本当の恐怖なのである。



【次回予告】

「第6章 美の逆襲」


壊れたはずの“美人”たちは、なぜか以前より輝きを増して戻ってきた。

追いつめられた陽は、ついに自分自身の名と向き合うことになる。

そして最後に彼女がノートへ刻むのは――

たったひとつの名前では、なかった。

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