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第4章 呪われた文化祭

「――じゃ、文化祭は“メイドカフェ”で決まりだね!」


拍手と歓声が教室に広がる。

パステルカラーのポスター、手描きのメニュー、ふわふわのフリルの衣装。

アイディアが飛び交い、黒板は色とりどりのメモで埋め尽くされていた。


「じゃ、各係を決めようか。」


文化祭実行委員の声に、場が少しだけ引き締まる。


「衣装係は……美月と理紗でしょ? あとは、注文取り、調理、接客……メイクは……。」


その瞬間、ひときわ高い声が響いた。


「ねえ、メイク係、(ひみこ)でよくない?」


教室が静まり返る。


「……えっ?」


陽自身も思わず声を漏らした。


(なんで、私……?)


ざわ……と空気が揺れる。

誰も言葉にはしないけれど、教室の中に確実に存在する「なぜアイツが」の気配。

だが、発言の主――山城(やましろ)聖羅(せいら)は、その空気をものともせず、にこやかに笑っていた。


「ねぇ、これ。インスタで見つけたんだけど――」


聖羅がスマホの画面を差し出す。

そこには、丁寧に施されたメイクを施した顔のアップ。


「このアカウント、陽でしょ?」


陽の心臓が跳ねた。


「ち、違うよ……。」


顔を背けながら否定する陽に、聖羅は意地悪く目を細める。


「ふーん。でもさ、この目の下の黒子、ぴったり同じ位置にあるし、

それにこのネックレス、今もつけてるよね?」


言葉は柔らかいのに、逃げ場のない確信。

教室のあちこちから、「マジ?」「インスタやってんの?」「見せて見せて」と声が上がる。

陽は立ち尽くしたまま、何も言い返せなかった。


(見つかった。バレた……。)


けれど、そのあとに続いたのは、予想外の反応だった。


「すごっ! めっちゃうまくない?」

「このアイシャドウ、自分でやってんの?」

「やってよー、陽! メイク!」


その瞬間、陽の中で何かが反転した。


(私の、メイクが……認められた?)


聖羅の笑みが、ふと不気味に見えたが、陽はもう気づかないふりをしていた。




文化祭が終わった夜、教室ではささやかな打ち上げが開かれていた。

紙コップに注がれたジュースと、菓子の詰まった大皿。

どこか浮き足立った雰囲気の中、陽はみんなの注目を浴びていた。


「ねえねえ、あのチークの色、どこの?」

「私にも教えて〜。」

「陽ちゃん、ほんとありがとね! 写真盛れてた!」


陽の周りには、いつの間にか女子たちの輪ができていた。

それは、これまで味わったことのない空間。

誰も馬鹿にしない。

見下さない。

――まるで、“仲間”になれたような気がした。


そんな中、山城聖羅がふと近づいてきた。


「ねえ、陽。これだけメイクうまいんだからさ、自分でもやればよかったのに。絶対似合うって。」

「……似合う? 私が?」

「ほんとだよ。だって、インスタにも書いてたよね。“変わりたい”って。」


そのささやきに、陽はハッとした。


(……見られてたんだ。あの投稿。)


でも不思議と嫌じゃなかった。

心の奥に、ずっと火種のようにあった何かが、ぽっと灯る。


(……私、変われるのかもしれない。)





文化祭が終わった翌週の月曜。

登校時間ぎりぎりの教室に、ひときわ奇妙な沈黙が訪れた。

陽が、フルメイクで現れたのだ。


厚めのファンデーションで肌を整え、目元にはブラウン系のアイシャドウ。

リップは濃いめのローズ。

大きな鏡で何度もチェックした完璧な仕上がり――のはずだった。


だが――


「え、なにアレ……。」

「うっわ、ガチで来たよ……。」

「メイド服じゃなくて、勘違いしてそのまま来た?」

「ガチでイタくない?」


後ろの席で、男子が押し殺したように笑っている。

刺さるような視線。

教室中の空気が、陽の姿だけを取り囲んで冷え込んでいた。


(違う……わたし、似合うって言われたのに……。)


そのとき、ふと脳裏をよぎる一人の名前。

――山城 聖羅。


彼女のアカウントを最初に見つけたのも、メイク係に推薦したのも、あの子だった。


(もしかして……最初から、わたしを笑いものにするつもりだったの?)


陽の手は、無意識に鞄の奥のノートに伸びていた。





――キャアアアアアアッ!


廊下に響き渡る悲鳴。

トイレの方角からだった。


「……聖羅!?」


クラスの女子たちがざわめき、数人が駆けつけていく。

陽も、騒ぎに乗じるように、そっとその後ろに続いた。

女子トイレの前には、すでに人だかりができていた。


「どうしたの?」

「聖羅、大丈夫?」


トイレの中から、かすれた声が聞こえる。


「……私、顔が変なの。」


鏡の前に立った聖羅が、震える指で自分の頬に触れていた。


「変じゃないよ、いつも通りだよ。」


友達の一人が慌てて言う。


聖羅は鏡を凝視した。

自分の顔を。

何度も。何度も。


「……違う。」


小さく呟く。


「違う……。」


呼吸が荒くなる。


「違う違う違う違う違う……!」


突然、聖羅は悲鳴を上げた。


「私、こんな顔じゃない!!」


鏡を指差し、泣き叫ぶ。


「ブスじゃん!! こんなの!!

私じゃない!! 私の顔じゃない!!」


友達が慌てて肩を掴む。


「聖羅、落ち着いて! 本当に何も変わってないよ!」

「ウソ!!」


聖羅はその手を振り払った。


「そんなわけない!!

こんな顔で……私、学校にいられない……!」

そのまま聖羅はトイレを飛び出し、廊下を駆けていった。

誰も止められなかった。

そして――

彼女は、その日、学校に戻ってこなかった。



陽は、確かに見た。

鏡に映る聖羅の顔を。

恐怖と混乱に歪んではいたけれど――

顔そのものは、いつもと何も変わっていなかった。


(……ちょっと待って。どういうこと?)





その夜。

陽は自室の机にノートを開き、その前にテディベアを置いた。

そして、部屋の電気を消して問いかけた。


「ねぇ、ブス神様、いるんでしょ。」


すると、テディベアは陽の方を見上げると、どこか飄々とした声で答えた。


「ひどいな、わたしゃ醜神(しこがみ)だよ。」

「そんなことより……どういうこと?

聖羅の顔、全然ブスになってなかったじゃない。」


醜神は楽しげに笑った。


「いいかい。“他人にブスだと思われてる”って本人が感じた瞬間、

それはもう、その人にとって現実なんだよ。

鏡は正直だけど、人の心はもっと嘘つきなんだ。自分が“終わった”と思った瞬間、人は自らを壊す。あんたは――そのきっかけを、与えただけ。彼女自身の不安と嫉妬が、勝手に呪いを育ててくれたのさ。」


陽の口元が、微かに震えた。


(……そうか。私の力は、肉体なんていう脆いものじゃなく、もっと深い『心』を支配しているんだ。)


陽は、もう聖羅のことなどどうでもよくなっていた。

自分の手が、世界で最も残酷で、最も確実な「美の基準」を握っている。

その事実に、これまでにない陶酔を覚えていた。


「――だったら、次はもっと美しく壊してあげる。」


陽がそう呟くと、テディベアは満足げに、裂けた口の端を吊り上げた。


それきり、気配は消えていた。

部屋には、ノートと、物言わぬテディベアだけが残っていた。

高校教師として若者たちと接していて感じることのひとつが、彼らの“残酷さ”である。

若さゆえの過ちかもしれないが、それは時に人を深く傷つける。

本章の聖羅も、あるいは悪意はなかったのかもしれない。

だが、その言葉は陽の中に、深い“恨み”――いや“呪い”として刻まれた。


もし、あなたがブス・ノートを手にしていたら、それを使わずにいられるだろうか。



【次回予告】

「第5章 鏡の中のわたし」


鏡を見るたび、少しずつ変わっていく自分の顔。

それは気のせいなのか――それとも、本当に“何か”が始まっているのか。

やがて陽は、鏡の中で“自分より先に笑う自分”を目撃する。

崩れていく自尊心。

そして迫り来る恐怖が始まる。

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