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第3章 醜神の哄笑

それからの日々、(ひみこ)はノートに気にくわない女の名前を書き連ねた。

すると例外なく、彼女たちは陽の世界から姿を消した。


――新進女優の浅倉(あさくら)ひなたは、舞台公演を突然キャンセル。

――近所のコンビニで不遜な態度を取っていた店員は、翌日から姿を見せなくなった。

――過激な言動で炎上していたインフルエンサーは、アカウントごと消えた。


信じてはいなかった。

けれど、信じずにはいられなかった。

名前を書くたびに、心の奥底に潜む「願い」が黒い快楽となって満たされていくのを、陽は確かに感じていた。



その夜。

陽はいつものようにベッドに横になった。


(……?)


不意に部屋の入口の方から誰かの視線を感じた。

確かに誰かが――部屋にいる。

だが、どれだけ目を凝らしても姿は見えない。


やがて、扉の前に、黒い影がじわじわと浮かび上がってきた。

それは、見る見るうちに質量を持ち、人の形を象っていく。


歪んだ肌。

蛇のように絡み合う髪。

女にも男にも見える、どこか形容しがたい異形の風貌。

目が合えば、本能が「見てはいけない」と警鐘を鳴らすような。

陽は息を呑み、思わずベッドの端まで身体を引いた。


「……誰?」

「名乗るほどの者でもないがな。」


その存在は、陽に向かって一歩一歩、歩みを進める。


「いや、来ないで。」

「ひどいな。わしゃ、そんな悪い存在じゃねえんだよ。

お前が昨日拾ったノート――それは、わしの落とし物だ。」


陽は思わず布団を被った。


「こまったな……。見てくれねえんじゃあ、話もできねえ。」


しばらくの間、静寂が流れた。


「お、こいつはちょうどええ。

この棚の上の人形。古いもんだな、おめえさんのかい?」


陽はおそるおそる布団の隙間から、その声の主の方をうかがった。

すると、先程の人物の姿は消えていた。

洋服棚の上に古びたテディベアがあるだけ。

陽は思わず、その人形を凝視した。

幼い頃に母から貰った誕生日プレゼント。

既に長い年月を経て、ところどころ汚れ、ほつれ、片目も取れかけている。

あんなに大好きで、いつも抱きしめていたはずの宝物だった。


「夢?……幻?」


部屋の中を見回しても、異形の影は見当たらない。


「今のはいったい……。」

「こっちだよ。」


ふいに声がした。

慌ててそちらに目をやると、棚の上のテディベアがぎこちなく手を振っている。


「ええっ!?」

「わしじゃよ、わし。

……おまえさん、ずっと前はこいつによう話しかけとったんじゃろ?

それが今じゃ、忘れ去られてこのザマよ。わしにはぴったりじゃな。

ちょうどいいから、こいつを借りたわ。

ほれ、ちょうどいいツラしてるだろ。ボサボサ、カサカサ……わしによく似とる。」


陽は意を決して立ち上がると、机の上のノートをそっと広げた。


「やっぱりね。

あなた……死神なんでしょ?」


それに対して、人形は笑った。


「死神? ちゃうちゃう。わしゃ、そんな上等なもんじゃねえ。

そうさな……醜神(しこがみ)とでも呼んでくれ。

“美”と縁のない、この世の片隅に生きとる神様よ。

それでもおまえさんの願いを、かなえてやれる。」


陽は深く頷いてから、静かに、けれど熱を帯びた声で話し始めた。


「やっとわかった。

このノートは、人をブスにするノートだったのね。」

「そういうことじゃよ。そのノートを作ったのはわしじゃ。」

「昨日までの私は、見下される側の人間だった。

でも、これを拾ってから……変わった。

ひよりも、瑠那も、もういない。

……他にも、“美人”って呼ばれてる子が、次々に消えた。

偶然とは思えない。」

「ふむ。おまえさんは、気づいとる。だがまだ信じきれてねえ。

信じてしまえば、お前は“人”じゃなくなる。

けどな、その代わりに――

お前だけの正義、“美の裁き”を世界に下せるようになるんじゃ。」


陽は決意したような表情で、醜神を真っすぐに見据えた。


「世界を、変えられる?」

「おまえさんの理想通りにな。」

「私は……。」


陽は目を閉じた。

これまで浴びてきた嘲笑、

クラスの視線、

“ブス”という言葉。


「新世界の神になる。」


テディベアの口元が、にやりと笑った。


「くそだらぁ……だからあんたのこと、好きだわ。」


本章では、(ひみこ)の前に醜神(しこがみ)が姿を見せる。

これは、「DEATH NOTE」における死神リュークのような存在である。

その醜神がテディベアに宿る設定は、「ダンダダン」のターボババアが招き猫に宿ったことからヒントを得た。

美と無縁の場所に棲む、“醜”の側に立つ神である。

その出会いによって、陽はついに「新世界の神になる」と決意する。



【次回予告】

「第4章 呪われた文化祭」


文化祭の出し物は、メイドカフェに決まった。

クラスメイトの提案で、陽はメイク係を任される。

その腕前は思いがけず皆に認められ、彼女は初めて“居場所”を感じ始める。

だが、その裏で誰かの悪意が静かに動いていた。

そして文化祭の後、校内に響く一つの悲鳴――呪いは、次の犠牲者を選ぶ。

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