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第2章 美人のいない教室

教室の扉を開けると、そこにはいつも通りの、くだらない日常が広がっていた。

(ひみこ)は教室に入った瞬間、誰とも目が合わなかった。

――いつものことだ。

何も感じないふりをして席についた。


「おっはよー。」


甘ったるい声が教室に響く。

内藤(ないとう)瑠那(るな)だ。

男子の視線を一手に集める「あざと可愛い」の象徴。


「瑠那ちゃん、おはよー。」

「今日もかわいいね~。」


男子たちが磁石のように彼女の周りに集まっていく。

陽は、彼女の背後に滲んで見える “偽り”を、以前よりも鮮明に感じ取っていた。


(ほんと、男子って単純。

塗り固めたあざとさに騙されてるだけなのに。)


「ねえ、その前髪、自分で切ったの?」


瑠那が笑いながら話しかけてきた。

悪気のない声だった。

周囲の女子が小さく笑う。

陽は何も答えず、ノートに視線を落とした。

指先が、わずかに震えていた。

さっきまで熱かった頬が、急に冷えていく。

――見透かされた。

そう思った瞬間、胸の奥がじくりと痛んだ。


〈貴方の美は、偽りです〉


昨日拾ったノートの冒頭の言葉が、ふいに脳裏をよぎる。

陽はゆっくりと顔を上げた。

瑠那は、もう別の男子と笑っていた。

さっきの言葉のことなど、きっと覚えてもいない。

――自分だけが、引っかかっている。

そのとき、陽は思った。

ノートに書かれていた言葉は、瑠那に向けられたものだったのだ。



その日一日、陽は瑠那を観察していた。

彼女は常に「見られること」を意識している。

笑うとき、必ず少し首を傾げる。

男子のスマホに映るときは、顔をほんの少し上げる。

写真を撮るときだけ、目が変わる。


(やっぱり……。)


あれは自然じゃない。

――作られた顔だ。

瑠那のインスタのアカウントに掲げられた写真――

そこには、ひよりのような「本物の輝き」を必死に模倣しようとする、卑屈な虚栄心が見えた。


(あんたも、ひよりと同じ……。)



――放課後。

陽は一目散に帰宅し、机の上にブス・ノートを開いた。

高橋ひよりの名が刻まれた次のページ。

そこには、まだ純白の余白が広がっている。

陽は引き出しから一番書き味のいいボールペンを選んだ。


ペン先が紙に触れる。

一画ごとに、瑠那のあの鼻につく笑い声が消えていくような錯覚。

指先に、奇妙な熱が寄る。


〈内藤瑠那〉


書き終えた瞬間、部屋の空気が一瞬だけ凍りついた気がした。

陽は静かにノートを閉じた。



翌朝。

教室は、異様なざわめきに包まれていた。


「え、瑠那休み? 珍しくない?」

「インスタのストーリーも止まってる。昨日の夜から連絡つかないんだよね……。」


陽は、気づかれないように耳を澄ませた。


(……来た。)


それが、嬉しいのか怖いのか、自分でも分からなかった。

スマホを取り出して、内藤瑠那のアカウントを確認する。

昨日まで欠かさず投稿されていた自慢の自撮りも、ぴたりと止まっていた。



放課後、クラスの女子たちが話していた。


「家行ってみようよ。ちょっと心配だよね。」


陽は、普段なら絶対に参加しないその輪に、あえて加わった。

自分が下した「裁き」の結果を、この目で見届けたかったからだ。


内藤家の玄関先に現れた母親は、青ざめた顔で申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい……本人が、誰にも会いたくないって言ってて。何があったのか、私たちにも分からなくて……。」


そのとき、二階の窓から、微かに声が漏れた。


「……いや……無理……来ないで。

こんな顔じゃ……学校なんか行けない……!」


一瞬で全員が凍りついた。


「……瑠那?」


友人たちが戸惑う中、陽だけは冷たい汗を流しながら、歓喜に震えていた。


(ひよりと……同じだ。

やっぱり……

このノートは……美を奪う。)


瑠那の家の前でクラスメイトたちと別れた陽は、ひとり歩き出した。

胸の奥から、何か得体の知れない(たかぶ)りがこみあげてくる。

すれ違う人々は、誰も陽を知らない。

彼女に期待も失望もしていない。


(でも、それでいい。

私がこの世界の「美」をすべて消し去れば、最後に残るのは私だけだ。)


カバンの中のノートが、やけに軽く感じられた。

いよいよ陽はノートの力を確信する。

彼女にとってそれは呪いではなく、むしろ救いである。

他人を裁くことで自分の価値を保とうとする心理を描いた。

ここから物語は、日常の形を保ったまま、ゆっくりと壊れていく。

陽はまだ気づいていないが、最初に奪われ始めているのは彼女自身である。



【次回予告】

第3章「醜神(しこがみ)の哄笑」


ノートに名を書かれた者は、次々と陽の前から姿を消していく。

偶然ではない――陽はその力を受け入れ始めていた。

そして夜、彼女の前に“それ”は現れる。

死神ではない、美に見放された神。

少女はついに、世界を裁く側へと踏み込む。

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