祝福から外れた花嫁
未来が決められる世界で、何も与えられなかった少女の話です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
十五の春、成人の儀で、私の未来は消えた。
神殿の大広間は祝祭の熱に満ちていた。同年代の令嬢や子息たちが次々と水晶に手をかざし、歓声が上がる。
未来の結婚式の光景だ。
それが神の祝福であり、婚姻の約束であり、人生の道筋になる。
美しい庭園。隣に立つ伴侶。光に満ちた未来。
どんな人生なのか、誰と人生を歩むことになるか、皆期待に胸を膨らませていた。
私は最後に呼ばれた。
貴族の令嬢として、淑女の鑑として、どの家に嫁いでも恥ずかしくないよう今日まで生きてきた。
水晶に手を触れる。
冷たい。
光が灯るはずだった。
――灯らない。
ざわめきが止む。
透明だった水晶が、ゆっくりと黒く濁っていく。 底の見えない闇。
何も映らない。
歓声も、ため息すらない。ただ静寂だけが落ちた。
神官が低い声で告げる。
「……儀式は完了しました」
それだけだった。私に未来はなかった。
◇
それからの出来事は早かった。
儀式後の祝宴は当然無くなった。もちろんお茶会も参加しないでくれとお断りの手紙が届く。
屋敷の使用人は視線を合わせなくなった。父は会ってくれず、母は泣いていたが、暗い未来の娘を持ったことを嘆いていただけだった。
神殿の使者が来た。
真っ暗な未来を持つ者は、神に捧げる。災厄を避けるための古い制度。
拒否権はない。
むしろ、反論はしなかった。
私はもう、誰とも結ばれないのだから。
花嫁衣装を着せられる。本来なら祝福のための装い。それを着て私は供物になる。なんという皮肉だろう。未来のない花嫁として神殿の奥、巨大な魔法陣の中央に立つ。
家族も来ない。いるのは儀式を執り行う神官だけ。
私は目を閉じた。
これで終わるのだと思った。
光が弾ける。重力が消える。世界が裏返る。
次に目を開けたとき、土の匂いがした。
◇
草の上に倒れていた。
知らない空。知らない風。
「……生きてるな」
低い声に顔を上げる。
男が立っていた。
日に焼けた肌、無骨な服、背に剣。
ただの男だった。
「歩けるか」
「……はい」
差し出された手を取る。
硬く、温かい。
「ここは危ない。来い」
それだけで、私はついていった。
◇
小さな木の家だった。
「食えるか」
差し出されたパンと煮込みは温かかった。
「……いただきます」
一口食べて、ようやく息が整う。
ふと、窓の外を見る。
夕暮れの空が金色に染まっていた。
見慣れた光景――のはずだった。
違和感に気づく。
山の端に沈みかけた太陽の上に、
もう一つ、小さな光の円が浮かんでいる。
同じ形の、もう一つの太陽。
――ここは、私の知る世界ではない。
不思議と、恐怖を感じることはなかった。
◇
彼は開拓者だった。
森を切り、土地を均し、畑を作る。
村にもなっていない場所で、一人で暮らしている。
私はそこに残った。
水を汲み、火を起こし、食事を作る。
言葉は少ないが、追い出されることもない。
「助かる」
その一言で十分だった。
◇
夕暮れ、彼が畑を見回して言った。
「明日、種を蒔く」
「水は朝のうちに運びます」
「……頼む」
少し間があった。
明日の話をしている。私がいる前提で。
追い出される予定はない。捨てられる予定もない。
私は、ここにいていいのだ。
心がゆっくりとほどけていく。
あの世界では、未来は与えられるものだった。与えられなければ、存在する意味も失われる。
ここでは違う。
何も決まっていない。それでも明日がある。
彼は隣に立ったまま、沈む空を見ている。
同じ方を向いている。
胸の奥が、静かに熱を帯びた。
あの世界では、誰かの隣に立つ人も決められていた。 私には、それが与えられなかった。けれど今、誰にも決められないまま並んでいる。
それでいいのだと、初めて思えた。
風が吹く。
空には、二つの太陽が並んで沈んでいく。
それでも。
明日もここで生きていく。明後日も、その次と。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも心に残るものがあれば嬉しいです。




