始聖
高校1年のヒナは、スッキリしない日々を送る。
連日泣いて目を覚ます日が続いた。
何故泣いたか理由が分からない。
以前からのモヤモヤだけが胸中に広がっていた。
ママのお使いで叔父の教会に届け物を持って行った。
樹齢100年のもみの木が出迎えてくれた。
叔父は病気で、もうすぐ教会を閉鎖する話しをする。
そしてもみの木も伐採することを教えてくれた。
今夜はクリスマスが過ぎても1夜だけ、朝までイルミネーションを点滅するイベントがあった。
ヒナも参加した。
そんな夜、ヒナは不思議な体験をすることになった。
わたしは泣いていた。
怖い夢や悲しい夢を見たわけではない。
ましてや面白い夢を見たわけでもない。
けど涙腺が崩れ目が覚めた。
枕元は涙で濡れている。
イブを過ぎてから三夜連続だ。
理由?‥‥‥分からない。
体調が悪い?
ベッドで半分起き上がり腹部をさする。
ここでもない。
やっぱ違う。
爪先の水疱は何を意味してる?
やり切れない消化不良はスマホを触りラインで同意を求め ようとした。
‥‥‥やめとこーー深夜3時だ。
ベッドの横のリリィーに聞いた。
リリィーはモモンガのぬいぐるみ。
年長からずっと相棒だ。
リリィー、わたし何で泣いてるの?
リリィーに同意を求めた。
大きな瞳で見つめるだけだ。
その瞳に、わたしの悩んだ顔しかが映らない。
鼻からこぼれた大きな呼吸が部屋を曇らせる。
「ヒナちゃん、この絵は何が描きたいの?」
夜に描いたママの評価が、熟成されて脳内に発酵する。
「この緑は毛虫‥‥‥しかも緑なの?」
わたしも頭でイメージした絵ではない。
気がつけば毛虫? を緑で線を茶色で描いた絵だ。
毛虫は縦横無尽にスケッチブックの中を何十匹も線を歩い てる。
これじゃ、テーマも浮かばない。
3学期提出する課題の絵だ。
年が明ければ高一終わりの‥‥‥学期だ。
明日仕上げねば、けどイメージがまとまらない。
もう1度発想を練り直す?
脳裏がブリザードで凍りそうだ。
美大志望は、わたしに大きな山脈でそびえ立つ。
アーーアァ!
あごが外れそうな欠伸を平然と繰り返す。
これ以上考えても16才のわたしには容量オーバーだ。
すっかり涙目で覚めたことすらボヤけてる。
パニくる前にベッドに横になろう。
布団の中でリリィーの柔らかい毛が冷めた頬を温めて落ち 着かせる。
「ヒナちゃーん! 何時まで寝てるの、早く起きて!」
ドア越しからママが扉を叩く。
部屋中に響く軽快なノック音だ。
開いたまぶたに日差しが出迎えてくれた。
「もう11時よぉーー」
「なに‥‥‥朝から」
わたしは寝ぐせの髪をかいた。
1人っ子のわたしはパパママからの視線を一心に背負う。
‥‥‥プレッシャーだ!
「早く降りてきてよ」
「‥‥‥」
鎖のついた両足で階段を降りた。
「おはよう。ヒナちゃん、これを持って行ってくれない」
渡されたのは鏡餅と丸餅の入った紙袋。
毎年おじちゃんの教会まで持って行く恒例行事だ。
今年も?
やっぱ教会なのに鏡餅?
まぁ、和尚さんがクリスマスケーキを食べるみたいなもの だ。
「今日28日だよ。早くない?」
「早い方がいいのよ」
「ママ持って行ってあげたら?」
「ヒナちゃんが行くのも、これで最後よ。だからよろしく ね!」
もうママの沼に入りこむと脱出不可能になる。
わたしは気分転換も兼ねて教会に届けた。
教会までは自転車で20分。
森林公園近くに建っている。
年末とは思えない暖かな日差しだ。
ペダルを漕ぐスピードまで加速する。
昨夜の涙さえも忘れる日差しだ。
こんなテンションが上がる日も、毛虫がどこかで引っかか る。
キキィーーキィーーン
ブレイキ音が教会屋根の十字架に吸い込まれそうだ。
「おじちゃん」
玄関前の扉を拭いているおじちゃんを発見した。
「よう! ヒナちゃん」
「これママが!」
紙袋の中で鏡餅と丸餅が運動会してた。
「ありがとうな。この餅は生きてるようだなぁ、アハハハ ハ!」
おじちゃんが上空を見上げ顔を崩した。
日差しは口元の銀歯を輝かす。
わたしは返答に困り話題を変えた。
「おじちゃんこの教会やめるの?」
銀歯の輝きは口元に消えた。
「わしは癌なんじゃ」
まさか想像以上の返答で重い。
「うそぉーー」
その重い答えをわたしは唾と一緒に飲み込んだ。
「辞めるのに、ちょうどキリがいいんだよ」
「変わりの人いないの?」
「わしは独身だ。変わりはいないよ」
「困る人は?」
何でわたしは必死に継続させることばかり口にしてる?
「教会は他の街にもあるから困らないよ」
おじちゃんの見上げた顔からは銀歯の輝きがない。
「最後のクリスマスも終わった。あとは教会をたたむ準備 だよ」
胸の隙間から除夜の鐘音が浮き沈みする。
「明後日は、あの教会のメインがなくなるよ」
おじちゃんは指差した。
「2階の教会より高いもみの木?」
樹齢100年以上で、おじちゃんが牧師になる前から立って いる。
「今年はイルミをつけて、聖夜は盛大にクリスマスツリー に、したからね」
まだイルミは取り外されてないままだ。
電気屋勤めのパパが1週間かけて取り付けた天然クリスマス ツリーだ。
「何だかさみしいね」
「終わりは始まりのスタートだよ。何かは始まってるよ」
飾りで吊り下げれた雪だるまやサンタの顔も悲しんでるよ うだ。
何よりおじちゃんの背中が丸まり小さく映る。
「今日は最後に一晩中ツリー点灯予定だよ。もみの木に感 謝して」
「‥‥‥元気出してね」
多分おじちゃんには、わたしの浅はかな励ましなど響かな いだろう。
「ありがとうね」
それでもおじちゃんは顔が硬直しながらも、銀歯を光らせ た。
「おかえり」
「おじちゃんって癌なの?」
泣いて起きた夜、毛虫を描いた昨日、そして今日聞いたお じちゃんの癌。
答えの出ないモヤモヤは渦を巻き膨れたり萎んだり胸をか き乱す。
ママの笑気までわたしのモヤモヤは吸い込もうとしてる。
「それなに?」
ママがわたしのつける十字架のネックレスをチラ見した。
「おじちゃんからもらった」
「大きいわね。チェーンも太いし」
ママが手に持つボールペンと比べた。
「分身だって」
「何の?」
「よく分からないけど、つけとくといいらしい」
わたしは胸中にうごめくモヤモヤを払拭するため絵の続き をした。
あの毛虫とも終わりにしよう。
昼から描き直そうとしたスケッチブックが、眩しく進まな い。
モヤモヤ感は脳裏まで支配していた。
スケッチブック同様に脳も真っ白だ。
その場で背伸びをした。
どうやらうたた寝をしてた。
眩かった光は暖色に変化してる。
この調子なら今日は無理だ。
「ママ、ちょっと出かけてくる」
「どこに?」
「おじちゃんの教会行ってくる」
最後のツリーイルミを見に行くことを説明した。
夕刻が奏でるセンチメンタルな空気と帰宅を急ぐ足音が入 り混じる街に向かった。
オーバオールを着てマフラーと手袋を身につけ自転車を走 らせた。
オーバオールのポケットから、いつも一緒に行動するリリ ィーが顔だけ出す。
風が頬の暖気を吸い取っていく。
オレンジジュースにブルーハワイを混ぜた空模様。
もうイルミは点灯していると思う?
かじかんだ口元を動かしリリィーに聞いた。
ポケットの中でリリィーは揺れながらおとなしくしてる。
日が暮れた教会は、ぼんやりと浮かび、やけに大きく見え た。
夕風で木々が、こすれ出迎えてくれる声のようだ。
リリィー行くよ!
リリィーはポケットの中に隠れるようにすっぽりと見えな くなっていた。
恥ずかしがらなくてもいいでしょ。
おじちゃんに会うため教会の扉を開けた。
ステンドガラスが月光を吸収してる。
マリア像を青白く寂しげに照らしている。
空気が凪だ。
静かけさの部類に属さない独特な張りまである。
「ヒナちゃん! イルミ見に来てくれたんだね」
ビクッ!
おじちゃんの低音で館内で空気が小波を起こした。
静けさの部類の張りも緩んだ。
大理石の床と乾いた革靴音が妙に心臓をバクバクさせた。
「今から明朝まで点灯だ。御神木の、もみの木に感謝だ」
おじちゃんがスイッチを入れた。
眠っていたもみの木は煌びやかなネオンで目を覚ました。
これこそ天然クリスマスツリーだ。
「もみの木のてっぺんには星もつけてあるんだよ」
上空を見上げでも高すぎて星は見えない。
「あの星を取った人は願いが叶うんだよ」
「ほっほんと‥‥‥」
「言い伝えだけどね」
おじちゃんがツリーの前で笑う顔は少年のようだ。
「パパって、こんな高いもみの木にイルミつけたんだね」
聖夜から始まったクリスマスツリー。
でも明朝で見納めだ。
大勢のギャラリーを割ってツリーを見上げた。
「100年この地で生きた御神木だ。最後は、盛大で終わり たいんだよ」
明後日には、このもみの木の存在はなくなる。
胸が締めつけられる。
この数日、わたしの体内に様々な感情波が押し寄せた。
大人になるために必要なことなのかとリリィーに聞く。
ポケットから埋もれたリリィーを救出する。
じっと見ているとツリーに吸い込まれそうだねリリィー。
このツリーが胸をノックする。
年少頃から、昨日までのわたしを知るツリー。
走馬灯にかけめぐる少女時代が勝手に動きだす。
マフラーに顔半分埋めしんみりかみしめた。
首元につけた十字架が上下に動く。
わたし過呼吸でもしてるの?
オーバオールのファスナーを開けた。
十字架が勝手に動いている。
そっそんなーー!
十字架はツリーに吸い込まれるように引き寄せられた。
なっーー、なにっ!
閲覧してくださりありがとうございます。
今回の作品は5話完結の予定です。
リメンバーラブに比べ、さくさく読めると思います。
毎週日曜日、夜に更新する予定なので、遊びに来て下さいね。




