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ミルクティー

作者: 青瀬凛
掲載日:2025/11/18

 無性に甘いものが飲みたくなった。

 それは、どこか落ち着かない、そんな気分の時だった。原因は……分かっていた。認めたくないだけで。

 コンビニかどこかで出来合いのものを買ってくるなんて余裕はなかったから、外から帰ってくるなりキッチンに立ち、小さな鍋を引っ張り出す。

 よく使うマグカップに一杯分の水を満たして、それを鍋に注ぐ。

 戸棚から箱買いしていた紅茶のティーバッグを二つ取り出し、紙の包装をベリ、と剥がす。持ち手になるはずの糸を力を入れて引き抜く。糸も包装も、何も考えずにキッチンの隅のゴミ箱へ捨てた。手元のティーバッグは先ほどの鍋へ放り込む。そして鍋をコンロにかけ、火を付けた。

 そこまでやって、俺は、はあ、と溜め息をついた。自分に、こんな感情があったとは。

 ふと鍋を見ると、ティーバッグがまるで惹かれ合うように動いて、寄り添うようにくっついた。その光景に、あの二人の姿が重なった。

 先ほど出先で何気なく通りかかった喫茶店。通り過ぎようとして足を止めてしまった。その店の窓の向こうに彼奴とあの子の姿が見えたのだ。洒落た内装に、洒落た飲み物。二人して寄り添って、優しい笑みを浮かべて。談笑しているのだろう、あの子の肩が小さく揺れていた。

 ……どうして、君の傍にいるのが俺でないのだろう。幼い頃から、一緒にいたのに。どうして、彼奴なのだろう? 彼奴のどこが良かったの。ねえ。

 深みにはまりかけた思考から我に返り、動かない足を無理やり動かして、俺は逃げるように自宅へ戻った。あの場にいたこと、気づかれてなければいいけれど。

 そして今に至るのだ。

 ティーバッグからは紅い色が流れ出している。俺はただただそれを眺めた。段々と濃くなってゆくその色は、放っておいた間に赤黒く鍋の中身を染めていた。……ああ、まるで自分の感情のようではないか。ドロドロとした、この感情。有り体に言うならば、嫉妬。そう、嫉妬だ。

 どす黒いと言えるような色になったところで、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出す。そしてそのまま、中身を鍋に注ぎ込んだ。ティーバッグたちを取り囲む暗い色が、優しいセピア色に変わっていく。喫茶店の彼らの一時は、こんな色の思い出になるのだろうか。先ほどの光景が、再び頭をよぎる。

 俺が足を止めていた間に、彼奴がテーブルの飲み物を取ろうと手を伸ばした瞬間があった。その時、あの子の手に彼奴の手がほんの少し触れた。磁石が反発するように互いに身を引く二人。そして顔を見合わせて二人して頬を染めた。他の誰も、入り込む隙などなさそうな様子。なのに。……どこからどう見たってお互い想い合っているのに、あの二人、まだ付き合っていないのだ。

 そこまで考えて、また鍋のことを思い出した。ミルクティーは、牛乳がよく冷えていたせいか、まだ温まらない。ああ、じれったい。さっさと沸騰してしまえ。そうして、まだ俺にもチャンスがあるかもなんて、思わせないようにしてくれよ。

 イライラした気持ちで、弱火を中火にする。するとすぐに沸々と泡が立ってきた。

 ……きっとこんな風にきっかけがあれば、あの二人もすぐにくっつくのだろう。

 ……それは嫌だ。もう終わりにしよう。好きだ。もういい。諦めたくない。諦めさせて。

 相反する気持ちが綯い交ぜになる。苦しい。苦しくて堪らない。泣き出したい。ああ……!

 シュワ、という音ではっとした。ミルクティーが沸騰して、今にも鍋から噴き零れるところだった。慌てて火を止める。間に合った。

 スプーン一杯の砂糖を水を汲むのに使ったカップに入れる。そこに鍋のミルクティーをそのまま流し込む。膜が張っていたが、茶漉しを使うのも面倒臭かった。

 片付けもしないまま、カップを持ってテーブルに移動した。テレビをつけてから、それに口を付ける。……熱い。沸騰させたのだから当たり前なのだが。じわりと目の前が滲んだのは、きっとミルクティーが熱すぎたからだろう。これは己の嫉妬の温度なのだろうか。

 そして、甘いものが飲みたかったはずなのに、それは少し渋い味がした。

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