3.僕が「お兄様」と呼ばれるために
「へヴァン兄様! 良かった無事で!」
病室に飛び込んできたラエルは、へヴァンに泣きながら抱きついてきた。
「ラ、ラエル……ッッ!」
ジョルジェは思わず声が大きくなり、顔も紅潮して明らかに動揺した様子を見せた。
「僕のことはわかるの? 名前も?」
ラエルは目に涙をためながら、嬉しそうに微笑んだ。
「あ……いや、僕は今どんな姿をしているの? 自分の顔が見たい」
ジョルジェはあまりにもラエルの顔が近くにあるので、照れながら顔をそらした。
「鏡見る?」
ラエルはメイドのアリサに手鏡を取ってもらって、ジョルジェに渡す。
ジョルジェは、自分の人間に化けた姿を見て驚きを隠せなかった。
(この顔、知ってる。ラエルの近くにいた兄の「へヴァン」というヤツだ。何故僕が? こいつの姿になってるの? これは「へヴァン」だと勘違いしない方が無理だ)
ジョルジェは、ラエルも他の人間達も僕が「へヴァン」だと疑わないはずだと理解した。
僕はこれから人間に化けた場合、「へヴァン」になるのか?
いや、本物のへヴァンはどうした?
どこに行ったんだ?
「へヴァンお兄様?」
ラエルが黙り込んだ「へヴァン」を心配そうに見つめる。
ジョルジェは頭が混乱したが、ラエルの顔を見たら全てがどうでもよくなった。
ーーそうだ! 「へヴァン」になれば僕はラエルとずっと一緒にいられる! ーー
「ラエル、僕のこと心配してくれるの?」
「もちろんだよ、お兄様」
ラエルはどこまでも純粋だった。
人間の姿をした純粋な塊。
ジョルジェはまぶしい「弟」の頬に手を添えた。
「もう一度呼んで 。「お兄様」と言って」
「……お兄様?」
ジョルジェは心臓がわしずかみにされたように苦しくなる。
ーー僕のことを「お兄様」と呼んでくれるためなら、なんだっていい。鳥でも人間でも。ーー
「ジョルジェ」が、「へヴァン」になる覚悟を決めた瞬間だった。
入院中、人間の社会を理解しようと読書や使用人から情報を得て、これからの将来ラエルとどう接するべきか考えた。
ラエルの周りに大人が2~3人付いてまわっている。
それは「へヴァン」も「ラエル」もこの縄張りではリーダーの子供だから世話をしたり、命を守ってくれる大人が取り囲んでいる。
しかし、その大人達が……何故かラエルの周りの人間の何人かが、彼に対して良い感情を持っていない。
しかも、「へヴァン」の母親……「黒魔術」にかかっている。どうしたらいい?
しかし、本当に誰も気づかないのか?
頭いいくせに人間は鈍すぎる。
僕がラエルを守ってやらなくちゃ。
どうすればこの特殊な人間の縄張り争いの中、ラエルを見守り続けらるのかジョルジェ……へヴァンはベッドの上で計画を練っていた。
怪我が完治し、皇居に戻った「へヴァン」に皇帝テオは容赦なかった。
「お前は誰だ?」
一瞬、その場の空気が凍りつく。
ジョルジェは自分がへヴァンではないことを父親に見抜かれていると悟った。
そりゃそうか。
自分の子供かどうかなんて、姿がそっくりでも気づくよな。
ジョルジェ……いや、へヴァンは正体がばれて焦ったが、少し安堵した。
人間の「親子の絆」とやらを見た気がしたからだ。
(今から、この人間と対話し、この数週間自分が計画してきたことを話す時がきた。この人間も何か僕に要求があるだろう。僕の条件はきっちり伝えなくては)
へヴァンはそう決心し、皇帝テオに向き直り対話を始めた。
あれから対話を重ねた結果、皇帝からの要求はただ1つ。
ラエル第ニ皇子が成人するまでの9年間、失踪した「へヴァン第一皇子」として生きてほしい。
皇后がショックを受けるのを避けたい……そのための要求だった。
僕からは、とりあえず2つの要望を出した。
1つ目は自分はラエルとは距離を置く。仲良くはしない。
それは皇后を黒魔術にかけている者を欺くため。
皇子同士の皇位継承者争いで、2人に確執があると、そいつに認識させるためだ。
2つ目は、あまり社会や人と接触しない。
貴族という奴等と関わるなんて、まっぴらごめんだ。
そして、部屋に引きこもっていると見せかけて、密かにラエルを護衛する時間を増やしたい。
たぶんあの皇后は、いつかラエルの命を狙ってくる。
とにかく彼の命が最優先だ。
本当はラエルと仲良く遊びたかったけど。
それだけだったけど。
ただ9年後、僕が彼から離れるまで自分を「兄」と呼んでくれるなら、なんだっていい……。
生きて、笑っていて欲しい。
後日、ジョルジェはもう1つ皇帝陛下に要望を付け加えた。
それはラエルに「不吉第ニ皇子」という悪名つけて噂を流すこと。
それを聞いて皇帝陛下は激昂していたが、とても皆に愛されているラエルを遠くから眺めるだけの立場なんて、気が狂いそうだ。
表向きは、ラエルに策略をもって群がる貴族を近づけないため。
それもあるが、ラエルが他の誰かと幸せそうな姿を目にしたくない。
せめて、成人して僕がラエルから離れる日が来るまでは……。
皇家がラエルをつきはなした結果。
シュバルツ家のナーシャ夫人がラエルを自分の息子キリアンと同じような愛情をもって接してくれた。
それはそれで、ジョルジェはありがたかった。
正直、彼女がうらやましかったが、ラエルの精神状態を思いやれば誰かが支えなくてはならない。
しかし、そのナーシャ夫人が亡くなった直後、あのモモイロノトリが現れた。
ラエルはあの小鳥を心の支えとして生きている。
僕は君が大人になるまで、冷たい態度を取るしかない。
あの役割は僕が望んだものだったのに……
それでも黒魔術にかかった皇后はラエルの命を狙い続けるだろうから、僕が影で彼を守り続けるしかない。
すると、あのモモイロノトリは人間に化けて、表で堂々とラエルを守る騎士になったのだ。
ずっとずっと僕が影でラエルを守ってきたのに……全てあのモモイロノトリは、いとも簡単に僕からラエルを奪っていく。
僕のラエルなのに……。
僕がずっと何年も何年も……。
ジョルジェはラエルと一緒にいたくて人間になったのに、彼はあと何年も切なく彼を見守り続けるしかなかった。




