御神木
その後、このスクープ映像は地方の放送局から全国放送へと展開され、ルシファーの異常さ、ネーミングにSNSでも一気にバズった。
また、第一発見者で名付け親の真優は、その可愛らしさもあって、午後には一気に時の人となった。
その間も、ルシファーは重要文化財の民家や、小さな山に突入してトンネルの一部を破壊し、反対側から出現して、ほんの僅かずつ上昇しながら進行を続ける。
六回階建てのビルを貫いた際は、重要な鉄骨を貫通したせいか、ビル全体が少し傾いたぐらいだった。
結果、警察がこの球体の進行方向に当たる地域を、一部交通規制する騒ぎとなった。
さらにテレビ局が進行方向をチェックした結果、この地方でも有名な御神木にぶつかる可能性を危惧していた。
真優は、その様子の生放送に出演してほしいと要請され、亮太が付き添ってくれるなら、と了承したのだった。
「……御神木の辺り、なんか人が集まってるね。やっぱりルシファー、ぶつかるのかな」
「ああ……どうやら、そうみたいだな」
心配そうに答えた亮太だったが、内心、少し興奮していた。
「御神木」とは、この街を東西に通過する国道沿いにぽつんとたたずむ、樹齢五百年は超えていると言われる巨大なクスノキだ。
神聖であることを意味する注連縄も締められている。
「この木を切り倒そうとする者には災いが降り注ぐ」という、ありがちでまことしやかな伝説も残っているらしい。
亮太は、なんとなく「御神木を貫く悪魔」という決定的場面を見てみたい、などという少々不謹慎な期待を持っていた。
人だかりの中心には、御神木と、そのすぐ脇に二台の大きなカメラ、そして佐藤アナも立っていた。
ルシファーの進路を正確に測定した結果、御神木にはほんのわずか「かすめる」程度で済むということだった。
それを証明するために、レーザーによるマーキングが進路調査隊の手によって行われており、その様子を放送したいが、レーザ光を受ける役割を担うスタッフが必要、という話だ。
御神木は、わずかにカーブする県道の内側に立っており、奥側は幅百メートル程の川が流れている。
スタッフと真優が居るのは、田園地帯と川を分ける大きな堤防の上だった。
真優の役目は、御神木と道路を挟んだ反対側にしゃがみ込んで、ルシファーの進路を示す赤いレーザー光を、スケッチブックで受けるだけだ。
ルシファーは海抜の関係でかなり低い位置、道路面ぎりぎりを通る事が既に分かっていた。
真優はしゃがんで、抱えるようにそのスケッチブックを持つ事になる。
ジーンズを履いているので、変な気を遣う必要もない。
しばらくの後、スタッフの合図と共に、生中継が始まった。
「こちらは、まもなくルシファーが通過すると見られる現場です。ごらんください、この立派な木。樹齢五百年を超えると言われる、地元では御神木として名高いクスノキです。当初、ルシファーがこの御神木を直撃するのではないかと心配されましたが、幸いにもかすめる程度で……」
亮太を含めた見物人は三十人ほど。全員、スタッフの事前の指示に従い、一定の距離以上は近づかない。
そんな中、テレビモニターの映像は、真優の全身をアップで映し出した。
抱え込むように持っているスケッチブックの白い紙面に、鮮やかな赤い点がくっきりと光っている。
ちょっと緊張した彼女の表情まで、しっかり確認できた。
「あの赤い点は、ルシファーが建物に開けた穴と、今浮遊中のルシファーの上端をレーザーで結んだその先にあるものです。つまり、ルシファーはあの点のわずかに下、まさに地面ぎりぎりを通過するものと思われます……」
佐藤アナの解説が続く。
そのときだった。
数人の、大きな悲鳴が聞こえた。
それにはっと顔を上げた亮太の目に、恐ろしい光景が飛び込んできた。
わずかにカーブする道路を、不自然に傾いて走行する巨大なトレーラー。
そこに満載された、長さ十メートルはあろうかと思われる、数本の鉄骨。
不安定に積まれていたそれらが、トレーラーの傾きにバランスを失い、崩れ落ちる。
生中継のカメラが映し続ける中、巨大な車体の横転と同時に、スローモーションのように鉄骨は降り注いだ……スケッチブックを抱える、真優の真上に。
そこに居合わせた全員が身をすくめる轟音、そして数秒、時間が止まった。