発見
「やっぱり、今日はウミガメ、上がってないみたいね」
一人の少女が、残念そうにつぶやいた。
夏休み初日、早朝六時。
宮本真優、高校一年生。
傍らには、彼女の幼なじみで同じ高校の同級生、速見亮太が並んで歩いていた。
この海岸は夏に数頭だが、ウミガメが上陸することでも知られている。それを見たいと彼女が言い出したのだ。
真優の性格は、亮太に言わせれば「天然」。
この日のように振り回される事は多々ある。けれど、それを楽しいと感じていた。
腰まで伸びる長い髪と、アイドルさながらの可愛らしい顔立ち。
亮太は、本音では彼女に惹かれていたが、その関係は現時点ではただの幼なじみだった。
「……亮太、あれ、何かな?」
海岸線の南端である河口まで歩いたとき、真優はそれを見つけた。
指差される方を見ると、ソフトボールほどの大きさの球体が、波打ち際と堤防の中間ぐらいに、約1.5mほどの高さで浮かんでいる。
「なんだ、あれ? 風船? にしては小さいな……」
彼も興味をそそられ、彼女と共にその物体に近づいた。
それはほぼ完全な球体で、黒く、わずかに金属光沢を放っていた。陸上で使う砲丸を、もっと黒く、ツルツルにしたような印象だ。
「動いてるよ」
「ああ、そうだな……なんか、こっちに近づいて来る」
それは人が歩くより少し遅いぐらいの速度で、まっすぐ彼らに向かっている。
やがて、ほんの二メートル程の距離にまで近づいてきた。
見れば見るほどただの黒い鉄球だった。なぜ浮いているのか、なぜ進んでいるのか、二人にはまるで分からない。
「UFOよ! 凄いわ、大スクープよ! 亮太、どうしよう! ビデオカメラとか、持ってない?」
大げさにはしゃぐ真優。
(確かにこれは凄いかもしれない……)
亮太は冷静を装って、ポケットから最近買ったばかりのスマホを取り出した。
「これで動画、撮影できる。しかも4K画質でだ」
「すごい、さすが亮太! 早速撮影よ!」
大喜びの真優。
約1.5mの高さを、一定のゆっくりとした速度で北北東方向に進む物体。
それをただ、ずっとカメラで撮影し続ける。
約五分経った頃だった。
「……なんか、つまんないね」
真優が不満そうに呟いた。
速度を上げることも無ければ、方向も変えない。ただ、ひたすらまっすぐ、ゆっくりと進む。
「ちょっと、石投げてみるね」
真優はそう言うと、波打ち際まで行って手頃な石を数個、拾ってきた。
「おいおい、やめとけよ。キズが付くかもしれないだろ?」
「いいの。その時はその時よ。第一、他に見てる人いないし」
最初は十メートルほどの距離から石を投げていたが、真優のコントロールではなかなか当たらない。
徐々に距離を詰め、ついに一メートルほどの距離から、ダーツの矢を飛ばすようなフォームで小石を投げる。
見事命中。しかし、特に音が鳴るわけでもなく、小石は上に大きく跳ねた後、ただ普通に落下した。
「当たったー! でも、なんか変ね……」
本当に鉄球ならもう少し音がしてもいいはずだった。
その後も何度か挑戦するが、当たる場所によって下の方に落ちたり、横に弾かれたりで、結果は同じだった。
「……あ、いいもの見つけた!」
と叫ぶと、一目散にかけだし、なにやら白いものを拾ってきた。
「これで捕まえてみよう!」
彼女が手にしていたのは、レジ袋だった。
(……小学生か!)
彼は心の中で突っ込みながらも、撮影を再開。
真優はレジ袋を広げて球体の進行方向上で待ち構える。
「たあぁー!」
子供っぽい掛け声と共にそれを被せ、そして反対方向に引っ張ろうとする。
「……くっ、重っ……強っ……きゃああぁ!」
彼女は逆に球体に引っ張られ、転び、三十センチほど引きずられ、ようやくレジ袋から手を離した。
レジ袋は風で飛んでいってしまった。
亮太は笑いをこらえるのに必死だった。
ここまでで分かったことは、
・この球体の正体は全く謎
・浮遊したまま、一定の速度でまっすぐ進行を続ける。それを止める事ができない。
これだけだった。また、この後も、徹底してそれだけの物でしかなかった。
しかし、たった「それだけ」の、ソフトボールほどのこの物体が、日本中を大パニックに陥れることになろうとは、二人とも想像すらしていなかった。
その後約三十分、彼等はいろいろ実験したものの、特に大きな発見はなかった。
また、この頃になってようやく、散歩に来た人や近所の人が、物珍しそうに集まりだした。
一度こうなると、面白がって携帯で知り合いを呼ぶ人が現れ、あっという間に三十人ほどにまで増え、皆でぞろぞろと球体に付いていく。
いつの間にか警察官や消防団員まで来たが、何をやってもその進行を止めることができない。
最初の発見から約一時間半。
全長四キロある砂浜をほぼ縦断した球体の行く手には、高さ二メートル程の丈夫なコンクリート製の防波堤が迫っていた。
ここに来て、警官や消防団員が危ないから下がるように、皆に注意する。
得体の知れない物体のことだ、防波堤に跳ね返され、勢いよくどこかに飛んでいくかもしれない。
亮太と真優は、他の住民と共に、正直なところワクワクしながら、どうなるかを撮影、観察していた。
ついに、球体が防波堤にゆっくりと衝突する。
がこん、と大きな音が一度響く。
そして次の瞬間、雷がその場に落ちたかの様な壮絶な轟音が響いた。
一同、一瞬耳を塞ぎ、目を閉じ、その場に立ちすくむ。
そしてゆっくりと目を開いてみると、防波堤のその部分が砕け散っていた。
球体はその高度と速度を保ち、なお進行を続けている。
さすがに全員、顔色を変えていた。
あの丈夫なコンクリート製の防波堤が、いとも簡単に破壊された。
「……すごいね、亮太。怖いよ……私、こんなの捕まえようとしてたのね」
さすがに脳天気な真優も、少し青ざめている。
謎の球体が引き起こした、初の被害。
それは彼等に大きな衝撃をもたらした。