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【偏差値ゼロの ゲーム大学】

「速報です!ついに日本が動き出したようです!」一見すると、何を言っているのかわからない見出しが世界中のニュースを席巻している。


「日本のお家芸、世界は期待してもいいんでしょうかねえ」・・・「おい、ヒデオ!今テレビをつけてみろ!」突然親友のケンジから連絡があった。「いったい何の番組だい?」すぐさま返信をする。


「おお、すまん、チャンネル10を今すぐつけてくれ、また話そう」とケンジから返信があった。そして言われるがままにテレビをつけてみたその先にあったのが、これから僕の人生を大きく変える、この衝撃のニュースだったんだ。時は西暦2100年、世界中で今年最も話題になったニュースがあった。


かつて100億を超えていた世界の総人口は激減し、今では現役世代を中心に、働き盛りの青年層も含め、特にここ数年では、異様ともいえるほどの人口減少が加速していた。



連日マスコミやネットでは、少子高齢化の負の遺産、社会インフラの衰退、企業の倒産や経済格差の拡大、婚姻の激減、老害の放置、若者の意欲減退などなど・・・・・・さもありなんという一般論がもう何十年も前から、ステレオタイプのように展開されている。


そんな中、その筆頭ともお手本とも言える、絶滅危惧種と揶揄される衰退国家の日本で発表されたプロジェクトに、世界各国は最注目し、なぜか色めきたっていたのである。「もはや無理ゲー、最後のガラパゴス国家、日本の大和魂に、エールを送りましょう」


そう、相変わらずお人好しで、いつも世界のATMとして貧乏くじばかり引かされる、ポチ公のような日本は、またもや世界から嘲笑され、皮肉を言われてからかわれているのだ。この国では今も御多分に洩れず、相変わらず多くの学校法人が倒産し、学校や大学の統廃合が進んでいる。


そんな中、突如ある単科大学が新設され、募集1年限りの初年度入学者限定での生徒募集を行ったのだから、それなりにびっくりする人も多かった。


その名は【国立防衛隊付属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】


・・・・・・何やらまるでゲームに特化した、専門学校のような単科募集である。今さらながら、eスポーツ全盛期でもあるまいし、これでは世界中から嘲笑されるのも無理はない。


「いよいよ政府もバラマキ政策のネタが尽きてしまったようだね・・・」と街頭インタビューで高齢者が答えている。



「まあ、老人ばかり優遇しすぎて、現役世代をくびり殺してしまった日本だからねえ。あれだけいた働き盛りの男女も、どんどん海外に出ていったきり、帰ってこないしね」今度は別のオジサンが、さも訳知り顔で得意げに答えている。


「これだけ衰退モードに入ってしまったから、今度は数少ない若者の、ご機嫌を取る方向に舵を切ったのでしょう」またしても別の女性がインタビューを受けている。


みんなそれぞれの、ご指摘通りなのかも知れない。確かに僕たち若者世代は搾取される一方で、日本の未来に期待できない絶望の世代だから。まあ、世界中の笑い物になるようなイベントには全く期待できなそうだな、と軽く受け流していたのだ。その後も流れてくる詳細な説明を聞くまでは。


・・・しかしてそこにはこのご時世に、目を疑うような破格の好条件が提示されていたのである。




「学費無料、全寮制、食事給与制服支給、就職率100%・・・・・・ さらには授業中は、古今東西、全世界中に存在している、ありとあらゆるゲームが自由にやり放題、課題をこなした成績優秀者は幹部待遇として、大学内においてあらゆる特権が与えられる。そして無事最終課題をクリアしたものには、一生涯にわたる豪華特典と、国民名誉称号の付与、生涯にわたっての高額な恩給年金の保証をするという。


そして入学条件は、ゲームが大好きな18歳以上の、心身ともに健康な男女。しかも無試験だから、学科試験は免除のため、既存の有名大学受験のために、必至で各教科の点数を上げ、偏差値ランキングに一喜一憂する既存のシステムとは完全に一線を画している。


格差が広がる日本では、当然のことながら生まれながらの経済力に加えて、就職までの学歴がものを言う。その格差は100年前の比ではない。



〈ゲーム大学〉入学に必要なのは、自己推薦の願書だけ。



生まれも家柄も、学歴も経済力も一切関係ない。あとは適性検査のようなもので、身体検査といくつかのゲームをプレイするだけである。このご時世に、思わず目を疑う驚愕の好条件である。



まさに【偏差値ゼロの ゲーム大学】との触れ込みであった。



ただしそこは当然ながら条件があって、卒業後は国防隊に入隊が必須であり、、もし途中退学した場合は、その時点で今までの一切の権利を喪失することとなっている。


「世の中、そんなにうまい話はないですね。僕たちのように、きちんと勉強して、優秀な大学に入ることこそが人生の王道だと思います」某有名名門大学のキャンパス内で、このニュースに対して感想を求められた、いかにもエリートというお坊ちゃんが自信たっぷりに受け答えをしている映像が流れてきた。


まあ、確かに正規の国防隊の幹部候補生を募集する大学でも、似たようなシステムがあったから、そこはそんなに上手い話はないなと思ってはいたが・・・・・



まあ、それを差し引いても、今のご時世、世界大戦なんて過去の遠い話でしかなく、現在の地球では「この狭い地球の中で、それぞれの国がお互いに戦争しあう」なんて余裕もない。それどころか経費削減のために、世界中から軍隊らしきものが、どんどんと消滅していっているような有様だ。


そんな中、不思議なことに日本だけが、昔からある〈自衛隊〉の名残りなのか、人口減少の衰退国家にしては頑張っていて、「国防隊」に名称を変更しながらも相変わらず、「自衛のためにしか使えない軍事力」の温存と強化に心血を注いでいるようなのだ。


「確かに将来、〈軍隊?もどき〉に入っても、戦場に行くわけでもないしねえ」


「偏差値ゼロって、奇跡ガチャじゃない?しかも今年限りよ!?」


今度は、この〈ゲーム大学〉に肯定的な若者へのインタビューが映像を独占していく。




「俺たちの学年だけに与えられた、最初で最後のチャンスだぜ!」


「ゲーム好きのオタクや、ニート、引きこもりにも、夢のようなチャンスじゃないか!」


「ゲーマーの人権、復活ってか?」


「いや、このご時世、学歴問わず偏差値ゼロの大学なんて、もう二度とないやろ!しかも全部込み込みで、オールゼロやでえ!お得すぎて涙がちょちょぎれるわ!」


まあ、確かにPR効果も兼ねた演出だろうが、さすが国立防衛隊、親方日の丸は、税金の使い方が常軌を逸している。こうしてしばらくの間は、この〈偏差値ゼロの ゲーム大学〉が流行語大賞になるほどに、話題の中心となっていった。


「でも、いくら好条件とはいえ、そんなに学生が集まるのかなあ?平和ボケした軍隊もどきが作ったゲームのパラダイスって、、、(笑)」確かにこのように考える人たちも、多かったのだけれど。



しかしそんな中、〈国立防衛隊付属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科〉には、ゆうに万を超える応募者が殺到した。


そして自己推薦の願書を参考に、心身ともに健康な18歳以上の男女たちが、身体検査をクリアして、大学が用意したいくつかのプロトタイプのオリジナルゲームをプレイした。


そして最後にこの中から、留学生を含めて1学年1,000人ほどの学生が、無事見事に入学したようだった。




そしてなんだかんだ言っていた、かくいう〈サキモリ ヒデオ〉も、めでたくこの大学の学生となっていたのだ。



御多分に洩れず、小さい頃から学校の勉強よりゲームが大好きなクチで、突如降って湧いたようなタイミングで出現した夢のようなパラダイスに、ヒデオたちはやる気持ちを抑えられなかった。



「ようこそ、偏差値ゼロの ゲーム大学へ!・・・というのはともかく、学生諸君を心より歓迎する!」この学園長は、まだ30前後の、凛々しくて若い美人教官だった。



「君たち新入生はこれより、【国立防衛隊付属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】の学生となり、未来の幹部候補生として、ぜひゲーム三昧の日々を送って欲しい!人類の平和は君たちの遊び心にかかっていると思って精進してくれ!」


入学式初日には、このように、学長からの不思議?な挨拶があった。いくら世界、日本中で話題になった大学とはいえ、ゲームの大学を正式名称で呼ぶのはさすがに恥ずかしいし、言いにくい。そこで学生たちはこの大学のことを〈偏差値ゼロのゲーム大学=略してゼロ大〉と、皮肉と、しかし敬意と愛情を込めてこう呼んでいる。


そしてこの広大なキャンパスには、キャンパスライフに必要なものは、全てが不足なく用意されていて、生活の支障などなく、3食昼寝付き、まさに青春を自由に楽しく謳歌するための設備が完璧に用意されている。


「親方日の丸の公務員とは、恐るべし特権階級なんだ・・・」


しみじみと格差を実感した瞬間だった。



そして〈ゼロ大〉には、古今東西を問わず、世界中のあらゆるゲームが、全ての年代物も含めてアーカイブされている。しかも日本のお家芸である、科学技術をフルに駆使したゲーム、ロボット工学などでダントツのトップを走る日本ならではの、そしてゼロ大が独自に開発した、国家機密指定の〈超最先端のオリジナルゲーム〉が試せるというのだから笑いが止まらない。



一部のゲームマニアや、日本やロシアにいるごく一部の凄腕のハッカーたちの間で囁かれていた都市伝説は、まさにこの地にあったのである。


噂によれば、それは世界を変えるほどのインパクトを持つ、超最先端の科学技術の結晶で、最強のRPG、VR、AR、VRMMO、ニューロ技術、人体・遺伝子工学、バイオプリンティング、デジタルツイン、、、など誰もが想像できない、まさに神の叡智とも言えるレベルが複雑に絡み合い、シンギュラリティ越えレベルのAIの設計によって生み出された、途方もないシミュレーションバトルゲームであると・・・




まあ、噂に尾ひれがついて無茶苦茶な都市伝説になってはいたが、それが本物で実際に存在し、このゼロ大でついに、その全貌に触れることができるというのだ。


学校の勉強はできないが、ゲームに人生を賭けてきたような若者たちや、凄腕のオタクゲーマーたちにとってはまさに天国である。


「よう、ヒデオ!調子はどうだい?」感動に浸っていると、後ろからケンジが声をかけてきた。


「いやあ、本当にとんでもないところに来てしまったようだ」


こいつは全国のバトルゲームで、ランキング上位者の常連。そして僕の高校の時からの顔見知り、そして今では親友でもある。


「ほんと、俺たちのようなヤツにとっては、ここは天国だな」


全くだ。絶望世代に生まれた僕らには、この人生は無理ゲーと思っていたから、このタイミングでこんな当たりくじを引けるんて奇跡としか言いようがない。


「ヒデオも当然、噂のあのゲームを狙ってたんだろう?」


うん、まったくその通りだ。



「エイユウ、そろそろ次の授業が始まります」


僕の隣で一緒に休み時間をくつろいでいたこの娘は、留学生枠のアナスタシアだ。ロシア産の美少女で、なぜか日本オタクで漫画もアニメもゲームもこよなく愛する、ちょっと変わった女の子だ。


入学式の後のオリエンテーションでその容姿から、とても目立っていた抜群の美少女である。スラリと伸びた綺麗な手足は、まるでロシア貴族の令嬢がクレムリンの宮殿の肖像画から抜け出してきたかのような出立ち。肩まで伸びた、手入れされた美しいカールの銀髪と、エメラルド色に輝く宝石のような瞳、そしてシベリアの雪原を思わせるかのような白い透き通るような肌。ひょっとして同じ人類ではないんじゃないかと見紛うほどの不思議な魅力に溢れている。


「隣の席になりましたね。袖触り合うも多生の縁ということでしょうか」


下手な日本人より日本の文化を理解しているようだ。ヒデオは、この娘と同じクラスの隣の席になった幸運に感謝した。



「アーニャ、次は何がオススメ?」


アナスタシアに人懐っこく尋ねたこいつは、純国産のメガネっ娘で、カズミ。


いわゆるゲームオタクで、自らBLの同人誌を描いているようだ。恋愛ゲーム、エロ、RPGはもちろんカバーしている。そしてそれだけでなく、バトルゲームのセンスも1級品だ。各大会で、ヒデオやケンジたちと出くわすたびに、トップを争って激戦を繰り広げている強者だ。


「カズミはどんなゲームが好きですか?このあとはたくさんのコマがありますから、どの順番でも大丈夫ですよ」


ニックネームでアーニャと呼ばれた少女は、容姿端麗のみならず、文武両道、勉学も超秀才のようで、なぜかすでにこのゼロ大についての全貌やらシステムやらを、事細かく詳細に把握しているようだった。


「たしかに、、、これだけあるとい迷っちゃうねえ。アタシとしてはエロ要素満載のBL攻略ゲームなんかがあれば、嬉しいんだけど」



アナスタシアと対照的な、国産のメガネっ子がザンネンな発言をしている。


「そうですね、、、エロ系をご所望ですか。今後のカリキュラムの調整も含めて最適解を選びましょう・・・・・あ、今新着案内が来ました・・・・それでは〈国防隊 オリジナルゲーム 概論〉はいかがでしょうか?」


キラリ!!突如、そこにいたみんなの目が光った。


「ついに来たか!ゼロ大だけの当たりガチャ!!!俺のゲーム人生において、これをやるために、この大学に入ったと言っても過言ではないからな」


ケンジが興奮を隠せない様相で言った。


「ええ、そうね、イケメン男子の濃厚なカラミもいいけど、今この瞬間に未知なるエクスタシーの予感が、アタシを導いているのが伝わってくるわ!」


「おいおい、カズミ・・・・」


確かに分からないでもないが、もうちょっと他の表現はないのか・・・

が、そうは言っても、他の1,000人の新入生も、おそらくカズミと同様の気持ちだろう。



ゼロ大のカリキュラムでは、1回生は幅広くゲームに触れる目的で一般教養として、古今東西のあらゆるスタイルのゲームにアクセスし、その歴史や特徴を理解する。まずはゲームとは何か?その概念や、ゲームが生まれた背景、その時代を彩ったヒットゲームとその理由、延々と続いている人類史との関わり、そして自分で高度なプログラミングを駆使して新しいゲームを開発してみるなど、広く、そしてとてつもなく深い知識と教養、そして技術が、楽しみながら自然に身につくようになったいた。


これには本当に驚いた。1,000人の学生たちは、水を得た魚のように、喜々として貪るように授業とゲームに熱中していった。


「いやあ、この一般教養の授業だけでも、こんなに面白いなんてな。一体今まで俺たちはどんな学校教育を受けてきたんだ!?」


ケンジがあまりの教育スタイルの違いに、後悔を超えた絶望を感じているようだ。そして奇跡のような自分の幸運に感謝して。



通常なら、このような高度な大学の授業は、偏差値ゼロのヒデオたちにはとても無理ゲーであるはずだが、そこは天下の国立防衛隊付属の大学で、厳選された優秀な教授陣たちが、これらの暗号のような難解な情報を、恐ろしく簡単にわかるように説明してくれる。


PC、オンライン、3D、ライダー、VR、AR、メタバース、デジタルツイン、空間投影、遺伝子改変キットや、バイオプリンティング、そのほか各分野の最先端の最新技術や、それらをふんだんに取り入れたハイレベルのデバイス、ガジェット、ギア。


そして無数にあるコンテンツも、往年の名作であるブロック崩しや、テーブルテニス、ピキューンピキューンの名古屋撃ちで有名な、侵略者ゲームから続く古典モノ、転換点となる恋愛、乙女ゲームやBLもの、冒険物のRPG、エロ満載系、シミュレーション、カード、クエスト、バトル、格闘、戦闘、メカ、ロボット、ミリタリー、サバイバル・・・・



もう筆舌に尽くし難い宝箱の中で、ありとあらゆるゲームを満遍なくやり込み、その時代背景や開発秘話、雑学も含めた周辺知識まで理解していくうちに、いつの間にか学生たちは専門書を何冊も書けるほどのハイレベルな専門家になっていた。


そしてついに、念願の大本命授業の入り口にやってきたのだ。


「おっしゃあ!!やっと本命解禁や!ここまできてもうたからにはなあ、どない難儀なゲームがきよっても、オレのラブでいてもうたるわ!」


教室で隣の席にいる、やたらネイティブな関西弁で吠えている、イケメンのアメリカ人。こいつはアーニャと同じく留学生枠のマイケルだ。ゲーム大国日本と同様、アメリカでのコンテスト荒らしでその名を轟かせている有名人だ。


しかも某大企業の御曹司で、とんでもない資産家の一族らしい。天は二物を与えずと言いたいところだが、長身で引き締まった体躯の筋肉質なマッチョは、貴公子のような金髪と、青い眼の爽やかな若者だ。



唯一の弱点?はなぜ標準語を身につけなかったのかということだろう。


「おんどれは下品でやかましいアルヨ!ほんまどこでそげな変な日本語覚えとっと?」


突然というか、いつものことなのでもう慣れたが、このマイケルを上回る傑物はやはり留学生枠の娘である。こうした展開には、もはやお約束のキャラクターは、中国からの可愛い留学生、ミンミンだ。


小柄なミンミンは、中国の由緒正しい貴族の血をひく末裔らしく、小さい時から英才教育を受けているため、そのポテンシャルは恐ろしく豊かで広い。美人というよりはとても愛くるしく可愛らしいタイプの娘だ。頭上で結んだ左右の小さなお団子が、こんなに似合う子もなかなかいないだろう。おかしな日本語を使うわりには意外に家庭的なところがギャップ萌えする要因だろうか。


授業前とはいえマイケルを上回る、さらにおかしな日本語でツッコんでいる。いつも日本は外国人から、間違って誤解されているとしか思えない。



「学生諸君!ただいまより、〈国立防衛隊 オリジナルゲーム 概論〉を開講します!」美人教授が開口一番、高らかに宣言した。


「この授業は全学生にとっての必修項目です。まずは概論から始まって、基礎、専門科目、演習、実践と続いていきますのでしっかりとついてきてくださいね」


それでは本日は入門編ということで、まずはテキストを読んでいただきましょう」そして国防隊の美人教官が簡単に説明した後、ヒデオを指名した。



「防人 英雄、1ページ目から読んでください」



さりげなくケンジが、少し冗談混じりにからかう。


「なあ、サキモリ ヒデオって、フルネームを漢字で書いたら、まさに国防隊そのものなんだな、これが」


そういえば、ケンジに言われるまでは、僕はそのことに全く気づいていなかった。



そしてアーニャが僕のことを〈エイユウ〉と呼んでいることにも。



「あなたたちはこのゼロ大で、ゲーム三昧の日々を過ごしてきました。そして人類の歴史上にある、既存のほぼ全てのゲームをクリアしてきたことでしょう」いつの間にやら、もう教官も面倒なのか、学生に合わせてくれているのか、大学の呼び名を〈ゼロ大〉で通してくれている。


「では今からお伝えすることを心して聞いてください」


学生たちは興奮が抑えられず固唾を飲んで、美人教官の次の言葉を待ち望んだ。ただ、アーニャだけは氷のように無表情だったけど・・・



「そんな猛者たちに贈るのが、この世界超最先端最新鋭の超絶リアル体感型バトルゲーム・・・」


美人教官が珍しく、間をおいて一呼吸を溜めている・・・・・・



「その名は【最終決戦 ハルマゲドン】です!!!」



「オオーーッ!!」


「ワァッ!!」


そこかしこで歓声や黄色い悲鳴が次々と上がる。まるでお祭り騒ぎだ。



そして僕の隣では、いつものように冷静沈着なアーニャが、この狂乱の歓喜の渦に包まれた景色を、ただ淡々と見つめている。


「学生諸君のお察しの通り、これは大変高度なシミュレーションゲームです。そして今、あなたたちは未来の国防隊幹部候補生です。それゆえ、当然のこととして、この大学を卒業後は、日本と人類を守る使命を担っていただきます。それゆえそのために必要なミッションは、このゲームの中に全て隠されています。


未知の敵から世界の平和を守り、そして侵略者を撃つ!心技体を兼ね備え、知力体力時の運を駆使し、最強の武器や兵器を使いこなし、命懸けで平和を勝ち取るものこそ真の英雄、そしてそれが王道のバトルゲームの真髄であります!」


と同時に講堂の全学生の熱気が上がる。


「ウオーー!!、やるぜえ!最高!!」


・・・ただ、アーニャと僕を除いては。



「このバトルゲームは、名前が示す通り、〈地獄の黙示録 ハルマゲドン〉から地球を守るための、最終決戦を想定したシミュレーションゲームです。


とは言っても、国防隊が日々体感しているような実際の戦闘のエッセンスなども含ませて、まるで本物の戦争を体験しているかのようなリアリティが味わえます。


VR・AR・メタバースはもちろん、デジタルツイン、バイオデジタルプリンティング、エネルギーシンクロ、霊体転移、サイバー、ニューロ接続一体化技術や、電子・量子力学、最先端のAI生成技術、、、、このほかにもあらゆる超高度最先端、最新鋭の理論と技術を組み合わせ、具現化し製作した最高峰のバトルゲームです」誰もが興奮を隠しきれない。


「もうすでにシナリオと環境設定は済んでいます。地球はハルマゲドンの猛攻により追い詰められています。皆さんはまず制空圏、次に制海圏、そして制陸圏を取り戻し、最終的に世界に平和を取り戻すのです。」



なるほど、聞けば聞くほど、典型的な戦略・戦争・戦闘さながらの、まさに王道のバトルゲームそのものだ。ヒデオのみならず、学生たち、特にバトルゲームの世界ランカーたちは、久々にプロゲーマーとしての血が燃えたぎってきたようだった。


「では、これからしばらくの間は、知識吸収のための座学として、〈概論〉の授業を進めて全体像とロードマップを把握していきます。


そしてそれが終了すれば今度は〈基礎科目〉に移ります。基礎科目で学ぶことは陸海空での戦闘について一通りの作戦式ができるようになるまでレベルを上げます。


そしてその後の、〈専門科目〉では、皆さんの使用する武器や兵器の扱い方や操縦方法などを学びます。そして実際に敵機を撃墜するためのいイメージトレーニングを多用していきます。もちろん膨大な情報量ですから、継続して楽しく学べるように、そのプログラムの中で、クラス毎やチームでの対抗戦、さまざまなイベントなども盛り込まれています。



そしてそのあとは〈演習〉を行っていただきます。それまでに学び、身につけたものを総動員してシミュレーションゲームに参加し、侵略者に奪われた陸海空の支配圏奪取のために、さまざまなミッションクリアを目指して進んでもらいます」


さすがに驚くほど本格的だ。まさに本物の戦争を実際にやっているかのような錯覚に囚われること請け合いだ。それに逐一細かい設定も、随所に散りばめられた進行も、全くもって申し分がない。


「あかん、興奮してションベンちびりそうや」とマイケル。


「てめえはお黙りアルヨ、わちきの桃源郷がくそうなってまうわ!」とミンミン・・・・「


これって、世界中のエロゲーが束になっても叶わないエクスタシーだね」

おいおい、、カズミ・・・


「いっちょ、ここらでガツンと一発!天下をとってやるか、凄腕のバトルゲーム世界ランカーここにありってな!」

ああ、ケンジは普通・・・まともで良かった。


「ゼロ大にきてほんとに良かったな!」


「いや、奇跡のガチャを引いたってなあ!」


「一生分の運を使い果てしても本望だわ」


このあと、1,000人の学生たちは生まれ変わったように青春を謳歌しているようだ。学校の勉強ができないというだけでクズ扱いされたり、単にゲームが好きで、熱中していたらニートと呼ばれ、いつの間にやらeスポーツブームなど嘘のように消え去り、世間からは脱落者、底辺、現実逃避と蔑まれていた彼らが、自分の本当に好きなことだけをやって、それで満足し、しかも最高の環境と幸せが手に入っている。適材適所がこんなにも大切なキーワードだったなんて、体験したものにしかわからないだろう。


「人は天職に巡り合った時に、その使命を全うできるのかもしれません」


アーニャがボソッと呟いた。


「そうかもしれないね」


僕は学生を見ながら同意する。でもこの時のアーニャの言葉には、何か別の意味があるなんて、浮かれていた僕には全く想像できなかったんだ。



「あっという間の概論だったな、でも本当に新鮮で面白かったよ」


ヒデオは今までの学校の退屈な授業と重ねて、しみじみと実感していた。


「珍しいな、ヒデオ、お前の方から開口一番、そんな言葉が出るなんて」


ケンジが少し意外そうな顔をする。


「うん、僕もそう思ってる。なんだかいつもの僕じゃないようなんだ。今までの人生がいったいなんだったんだろうって思えるくらい、ここの空気は僕に合ってるというか・・・」「


まあ、高校ではオマエも俺も、親友になるまでは、お互いのことなんて知らなかったからな。まさかあのバトルゲームのライバルだったなんて」


ケンジが笑いながら投げ返してくれた。


「まあ、ニックネームというか、それにアバターだから、本人の姿形なんてそもそも全くわからないからね」


「なんだか不思議な感じだよなあ、ゲームって。シミュレーションとは言っても、最近のゲームではヘッドゴーグルつけてメタバースに入るだけで、周りの環境はとても3Dのホログラムになんて見えないからな」


「ああ、全くその通りだね。僕は時々シミュレーションバトルゲームをやっていると、本当に敵を殺してしまっているんじゃないかって錯覚してしまう時があるんだ。


それで自分が打たれた時なんかは、実際に殴られたり、刺されたり、銃で撃たれたりしても、偽りの衝撃はあるけど、リアルな恐怖はないよね。不思議だけど。でも撃たれるって理解した時の恐怖だけはやけにリアルなんだよ」


「まあ、シミュレーションゲームって言っても、実際に俺たちは日常生活の中で殺し合いもしたこともないしな。ヒデオ、お前ナイフで腹を刺されたことはあるか?」


ケンジが意味深に聞いてきた。


「あるわけないだろ?だから自分も含めて他人の痛みというのが、なんだかそこまでリアルに想像できないんだよね」


「もちろん俺だってないさ、でもな、それに近いというか、シミュレーションを彷彿とさせるような擬似体験っていうか、、、実は俺、通り魔殺人の現場に偶然居合わせたことがあるんだ。」


「えっ!?なんだって」


「そこでは全くの白昼に、普通に交差点を歩いていたたくさんの人たちが、いきなりその正体不明の男に、突然、しかも一方的に刺されっていったんだ。」


「それって・・・・」


「特に最初に刺された人は、痛みを感じていなかったような気がしたのさ。刺されてしばらくしてから、自分が刺されたってことに気がついたようで、それを自覚してまさかの恐怖におどろいたその後で、初めて腹を刺された激痛を知って、のたうちまわったんだ」



「どういう意味なんだい?」


「俺たちが普段やっているバトルゲームだって、あくまでもバーチャルだ。でも腹を刺された人にとっては間違いなくリアルなはずだった。人は傷つけられたらすぐに痛みを感じるはずだろう?自分の命を守るために必要な反応だからな。


でもその人は間違いなくその時、全く痛みを感じていなかったんだ。そしてしばらく歩き続けて、カクッと膝から崩れ落ちても無自覚で、、、、、


そしてその後、不思議そうに、倒れた地面が真っ赤に染まっているのを見て、怪訝そうな顔をしていたんだ。やがてそれがどうも自分の血かもしれない、、、えっ、まさか、、、そうして自分の腹が切れて夥しい出血をその目で見て自覚したんだろう。これは自分の血だと。。。


そうして初めてその人は恐怖を自覚して、やっと痛みを知ったようなんだ・・・」



ケンジの淡々と語るその様子を見ているヒデオは言葉が出なかった。


というよりも何か理解できない自分がいたのかもしれない。


「じゃあ、その人は、刺されたから痛みを感じたんじゃないってこと?」


「ある意味そう言えるかもしれないな」


「それとゲームの関係って・・・?」


「そう、シミュレーションはあくまでもシミュレーション、所詮はバーチャルリアリティだから想像の世界でしかない。現実ですでに知っている、その時の状況に似たようなイメージを想像して、自分の生体反応にフィードバックしているだけなんだ。


でもあれをリアルと思い込んだり信じきっている人にとっては、致命傷になったり死んだりすることもあるって、そんな有名な実験があっただろ?」


「ああ、有名な実験だね。でも確かに、ARなら実態のないものが、ゴーグルグラスを通してしか見えないけれども、その時は実在するかのように感じるよね。



メタバースやバーチャルリアリティなんかも、自分の五感を通して、まるでその場にいるような感覚には近づけるし。でもなんあ確かにそれっぽくあったとしても、決定的にリアルじゃないしね。だからそのバトルの中で、自分が腹を刺されても、正直その感覚がどんなものかが分からないよ。


だからこそ、シミュレーションバトルゲームは、どんなに頑張ってもバーチャルでしかないんだよなあ。自分が安全だって最初からわかってるしね。実際には痛くもないし、死ぬこともないって明確にわかっているから。


だから安全圏にいて、高みの見物状態で、縁もゆかりもない〈仮想現実世界の敵〉でいかないバーチャルキャラクターに対しても、まるで血も涙もないような残虐な攻撃ができるんだ・・・って、今ケンジとやりとりしていて、なんか腑に落ちたというか。。。上手くいえないんだけど・・・・」



「ああ、俺だって上手く言えないさ。ただ、俺たちがこのうえなく愛してやまない、シミュレーションバトルゲームって、いったいなんなんだろうなって、最近思うようになっただけさ。


実際のリアルな痛みがお互いに感じられないし、本当に相手を殺すわけでもない、絶対安全が保証された、蚊帳の外から敵という名の機械を破壊し、悪魔や魔獣という名の異形の生き物を殺し、人類の敵という名の同じような顔貌をした人間をボタン一つで簡単に破壊して傷つけて、殴って蹴って、そして殺戮してるんだよなって」


「もしかして俺たちのような世界ランカーのレベルになってしまった奴らは、そんなことすら感じない、考えない、超高速反射の機関銃みたいな存在ってことか?」




思わずヒデオはハッとして、ケンジに問い返していた。


「うーん、それはわからない、単なる考えすぎかもしれないし、まあ、だから所詮ゲームなんだな、娯楽なんだ」


「ゲームの世界では、今までは何百何千、いや累計なら何十億って殺してしまってるやつらもたくさんいるだろうからね。まあそんなこといちいち考えたこともなかったし、倒した敵のことなんて、ましてやその数なんて数えたこともないよ」


「まあ、俺たちゲーマーは、ただ楽しいってことだけさ。まさに脊髄反射で高速のアクションをリアルっぽくシミュレーションしたいるだけのな。しかも安全地帯からって」


「ああ、そんな僕たちはなんて罪な奴らなんだろうね」


ヒデオはケンジと、笑いながら肩を組んで歩き出した。


そういえば今日僕たちは、授業が終わって、アーニャと3人で歩いていたんだ。


そしてすぐそばで話を聞いていたはずのアーニャが、一言も話さずに、ただ黙ってヒデオとケンジの禅問答を聞いていたという、その存在すら忘れるほどに、久々に面白い話にのめり込んでいたんだと。



「ふぅー、ついに〈概論〉が終わっちゃったなあ、、、面白いからこのままもっと聞きたいくらいだよ」ヒデオがため息をついた。


「まあまあ、そうがっかりすんなやヒデオ、次はようやっと〈基礎科目〉やないけ。これで、本職の人らが実際にドンぱちやっとる戦争の作戦が学べるって、えげつないやろ?」


美形のマイケルが、さも価値があらんとばかりに褒めちぎっている。


確かにヒデオたちのような一般人では決して見ることもできない、プロの軍人たちの使う、リアルな大量殺戮作戦も含んだ、大きな視点でのバトルのイロハを学べる機会なんて一生に一度あるかどうか・・・しかも陸海空それぞれにおいて、実際の指揮官レベルに相当する知識が得られるなんて夢のような話だ。


「なあ、ヒデオ、オレらは今までいち一兵卒としてのドンパチばっかりやっとったから、気づかんかったけど、指揮官になってもうたら、自分が直接バトルせん代わりに、他人を動かして戦うちゅうことやろ?」


「うん、マイケルの言うとおり、実際に戦うのは双方ともに、指揮官の部下たちと言うことになるね」


ヒデオが答える。


「ほならやで、自分の手に負えん、複数のコマを一人一人のリアルな人間と見たらあかんちゅうことやんけ。その時に、自分らが普段感じてる、〈自分が殺られるかもしれんっていう、あのヒヤリとした瞬間は感じられへんてことや」


「マイケルは何が言いたいんだい?」


「ヒデオ、オレはなあ、時々バトルゲームっちゅうもんは、人の心を消してまう洗脳装置みたいなもんちゃうかって、思うんや。


ほとんど慣れたら反射で殺してる敵がやなあ、もし本物の人間やったら、こないに簡単に銃を乱射できるんかとおもてな。でもオレらは普段からそれをしとるやろ?」


「ああ、そう言えばそうだね」


「だから、軍人さんって、兵隊さんてすごいなと思うねん・・・色んな意味で・・・」


「マイケル!そなたは何ロマンチストな鑑賞などに、浸ってるんでごわすか?


ミーはちょっと思うとこあったけど、それは、、、あっ、もう授業が始まりおすえ、その話はまた今度や」


所々で日本語が成立しているミンミンが、ヒデオたちの会話を遮った。


この時ヒデオはほんの少しだけ、先日ケンジと肩を組みながら、歩いて帰った時に話し合った、あの時の会話の断片を思い出していた。


そして不思議な共通点のような感覚を漠然と感じていたことを、隣にいるアーニャが黙って聞いていてくれたことも忘れていた。


そうこうしているうちに、〈基礎科目〉は無事終了した。


この辺りになると、学生たちの理解力や進度、そして個性などにおいて、バラツキと能力差が目立ち始めた。しかし結果的には誰一人脱落することなく、当初の1,000人はきちんと士官レベルの指揮を理解し、それぞれ得意不得意はあるにせよ、陸海空の大規模な戦闘における戦略を自ら立てられるレベルにまで成長していた。この大学の教授陣は本当に天才たちとしか言いようがない。



「ヒデオ、次はいよいよ〈専門科目〉じゃろうが!何をそんなところで眠たい顔して、油買ってるんや?」


ミンミンの不思議な日本語が目覚ましのアラームより効果的なのは、今に始まった事ではない。


「ミンミンはなんだか楽しそうだね?」


「ヒデオ、余を見てそう見えるのか?ここからは武器、兵器の出番どすからなあ。挙げ句の果てには戦闘機、潜航艇、戦車、軍艦、もうなんでもありんすだし」


もしかしてミンミンは頭が良すぎて、わざと日本語を、頭の中でシャッフルしているんじゃないかと思える時がある。ごくたまにだけど。


「ミンミンはどうして武器や兵器とかが好きなの?」


ヒデオが素朴な疑問として尋ねる。


「アチキはこの通り、ちっちゃくて可愛いお嬢さんや。そないなチビが腕力があって、ガタイのでかい男どもと戦うのはフェアやないじゃろうが。



それを補ってあまりある力をくれるのが武器というもんなのだ。



武器兵器はなあ、一方的に虐殺される立場の弱者にとっては神が与えたもうたミラクルなのよ。勝負事はフェアでないとあかんのや」


ヒデオはなるほどと思った。


「ミンミンのいうことには確かに一理あるね。確かにミンミンとマイケルじゃ、素手での戦闘なら100%マイケルが勝つだろうから」


「貴様はアホか!ミンミン様はあのようなもやし男に負けるはずがなかろうて、武器など使わずに金玉潰して勝ったるわ!」


マイケルに対しては異常に対抗心を燃やしているんだな・・・


「ほんであとはな・・・・」


ミンミンが少し俯きながら呟くように言った。


「武器や兵器にはな・・・・愛はないのだ。ただの鉄の塊だからな。だから相手を容赦なく叩き殺せるからだ」


「言ってる意味がよくわからないんだけど・・・」


「ヒデオは女の顔をグーで殴ったことはあるか?」「いや、そんなのあるわけないだろう?」




「そうか、余はあるぞ、そして殴られたことも、武道大会なんかではしょっちゅうじゃ」


「それはそうだよね」


「「ただな、素手同士は痛いんじゃ。お互いにとって」


「どういう意味だい?」


「リアルな肌の触れ合いは、それが攻撃的な場合、心に深く響くのだよ。しかしこれがいいときもある」「ただ見知らぬ相手と戦う時は、さっきも言ったように、武器が良い」


「ハンデを克服して、たくさんやっつけられるから?」


ヒデオが素直に質問する。


「それもその通りだがな・・・・あと、武器は痛くないのだ」


ヒデオは少し混乱してきた。


「ミンミン、何か言ってることが繋がっていないような、、、」


「まあ、それはヒデオがもう少し大人になったらわかることじゃ、、今はあんまり、難しく考えんでもええかもね」



「エイユウ、午後からまた次の授業が始まります。その前に学食で昼食をとってから向かいましょう」



隣で聞き慣れた声がしたと思ったら、やはりアーニャだった。というよりそもそもミンミンとアーニャとヒデオの3人でこの教室で自習をしていたんだよなあ。


「ごめん、アーニャ、君の存在をいつも忘れてしまって・・・放ったらかしにしてばっかりだね」


「エイユウ、気にしていませんから大丈夫ですよ。私はいつもあなたのそばにいますから」


ん?何か引っかかったような気がしたけど・・・そのままヒデオたちは学食に歩いて行った。


「いやあ、〈専門科目〉すごかったなあ。武器や兵器って実際の本物を見て触って、っていう機会なんかそうそうないからね。」ヒデオは感心して感想を述べていた。


「次はいよいよ演習よ。心の準備はいいかしら、ヒ・デ・オ♡?」


この国産のメガネっ娘はカズミだ。実はカズミとは親同士が友達であったため、近所で一緒に育った幼馴染でもある。だからお互いの性格なんかはよく知っているのだ。そんな長い付き合いだから、メガネっ娘の残念でイタイところが不憫でならない。


「演習って、今までとは違って、一気に色んな意味でレベルが上がるんだろう?期待半分、不安半分ってとこかなあ」


ヒデオがガラにもなくブルーになっている。


「ヒデオ、これから始まる演習こそが、ある意味本番みたいなものじゃない。今までのはあくまでも机上の学問でしょ。でも演習というからには、それらを全部駆使して総合力で何かを成し遂げないってことでしょ。つまり、戦争に必要な理論武装は終わったけれど、実際にそれを戦場で使ってみなければ宝の持ち腐れってことなのよ」


「まあ、そうだけど、でも実践といっても、あくまでもバーチャルで、そしてシミュレーションだから、血が出る訳でも人が死ぬ訳でもないし。そんなに肩肘張るもんじゃないだろう、カズミ?」


「ヒデオ、でもね、もしあなたの大切な人が、戦争で死んじゃったらどう思う?しかも自分の目の前で、自分の無力さのせいで、助けられなかったとしたら?」


「何が言いたいのかよく分からないんだけど・・・」


「たとえばね、想像力の欠如よ。確かにシミュレーションゲームだから、実際には誰も死なないって分かってる。だから本気になれないの。でもね、ゲームなんかじゃなく、もしかしたらリアルの世界だったら、、、これが真実だったら、、、って考えたことはある?」


「うーん、この平和な日本では、それはないなあ」


「でしょうね、、、それは分かる。でも世界で起こっている戦争は、当事者にとってはリアルな殺し合いでしょう?痛みも恐怖も苦しみも悲しみも全部ひっくるめてのね」


「まあ、確かに、でも今ひとつ自分のことだとは思えないよね。こういったら誰かに怒られるかもしれないけど、遠い世界で起こっているっていう戦争なんて、ニュースや新聞やらは、正直いって空想の世界とほとんど変わらないっていう認識かな。



だから他人事としてしか、リアリティどころか、ニュースだって単なる記号の羅列だし、映像だって、動く絵としか思えない人がいたって、誰もが共感してくれると思うんだけど」


「そう、そこが問題なのよ。今の人たちは、体感、肉体感覚が乏しくなってきているのよ。リアルがバーチャルに晒されすぎたおかげで、この世の中の出来事は、AIが作ったホログラムでしかないんだって、、、、そんな朧げな体験すら、一応認識できていればそれはリアルなの。


でも自分で手首を切って流れる血は、それこそもっとリアルなの。確かに自分は・・・肉体を持ってこの世界に・・・・現存しているんだって・・・・確認させてくれるの。


そして実際に、電気信号で作られた脊髄反射なんかではなく、もちろんフィクションではなく、痛みを感じるの。だから・・・かろうじて人間でいられるの」



ヒデオはカズミが少し思い詰めているような気がしてきた。なんだか暴走しているような・・・




「カズミ、エイユウ、そろそろここも消灯時間のようです。忘れ物などないですか?」


ハッと我に帰ると、いつものように、そこにはアーニャがいた。


「そう、人間はリアルな生き物なのよ!デジタル化されたバーチャルな記号なんかじゃないんだから、きちんと温かい血の通った生物なのよ。だから私は人肌の暖かさに惹かれるの。


裸の付き合いが大好きなの。一糸纏わぬ肉体がぶつかり合って、激しく求め合った結果、生まれてくるリアルな体液の交換に、神の与えたもうた奇跡のひと雫を、最高の恍惚感を見出すの、、、


そして愛情という名の感情の爆発、、、、、!!!」



カズミの話の途中で照明が落ち、ヒデオたちは暗闇の中、手探りで寮に戻って行った。


「好きこそものの上手なれ・・・・・・か」


ケンジが感慨深く、そしてどこか意味深に呟く。


「人間ってなあ、なんや知らんけど、まあとにかくや、好きなことだけしとったらええねん、それが人生の最適解やろが!ちゃうか?」


マイケルが座右の銘を展開するように、勝ち誇ったように吠えている。


「オタクもタマキンにはナイスなことゆわはりおすのう」


すかさず突っ込むミンミン。が、相変わらずこの娘のネジは飛んでいるようだ。


「でも好きなことするから、情熱とエクスタシーが滴るんだよね」


カズミは惜しいというか、残念でならない。


「もうそろそろですね。エイユウ。そして心の準備も」


アーニャが促す。


「そうだ、いよいよ明日から演習だからね。よくここまで、しかもこんなに早く順調に来られたもんだよ」


好きなことに没頭すると、寝食を忘れて集中するように、水を得た魚たちは優秀な成績で概論、基礎、専門科目を吸収しクリアしていった。今ではもはや正規の国防隊員にも知識においては引けを取らないレベルにまで。


「対抗戦もイベントも最高だった」


ケンジが振り返る。


「そして覚悟も・・・」


アーニャが誰にも聞こえないように寂しげに呟いた。



「それでは只今より、演習を行います。まずは〈ステージ1、制空圏の奪取〉です!」


美人教官の凛々しい溌剌とした号令とともに、シミュレーションが始まった。学生たちはそれぞれに用意されたシミュレーションルームに入る。そこで裸になって薄い電極がたくさんついたプラグスーツに身を包み、蚕のサナギのような緻密に繋がる配線の中のコクピットに座り手袋をはめ、メットゴーグルと酸素マスク越しにモニターを見る。


ヒデオたちはこのコクピットを通して、遠隔操作という形で、外部にある実際の機体を操縦しているのだ。国防隊が独自に開発した最新鋭の機体、そのレプリカである訓練用の機体を実際に操縦しているイメージを身につけるのが目的でもある。


空中戦に特化した専用のバトルアーマロイドは可変型の飛行形態と、人型で背部の巨大ボードで空中をサーフィンできる優れものだ。


デザインも震えるほどカッコいい。状況に応じて形態を使い分けながら、機銃、サーベル、肉弾戦を駆使して敵のバトルアーマロイドを撃破していくのだ。


しかし初めての演習は、多くの学生にとっては、さすがに不慣れなため、誰もが苦戦しているようだ。そして実践を想定して設定されている敵もなかなかのもので、器用に機体を操り、フォーメーションを組んで手慣れたように、次々と攻撃を繰り返してくる。


「ズガァッーーーン!!!」


敵の機銃やミサイル攻撃で、次々と仲間たちが撃墜されていく。遠距離でのミサイルの撃ち合いで決着がつかない相手には、接近戦で基準の撃ち合い、ヒットアンドアウェイで、互いの神経を削りあっていく戦いになる。それでも決着がつかない場合は、肉弾戦となる。


「ドシュッ!」



人型に変形した敵が格闘体制で突進し、サーベルで仲間の機体を突き刺し大破させていく。さすがに実践を想定したシミュレーションだけあって、衝撃も体感もかなりリアルに感じられる。


そしてしばらく壮絶な乱戦が続き、作戦室から号令が掛かった


「訓練終了!学生たちはここで、空域から全機撤退します!」


美人教官の声がコクピットの中に鋭く鳴り響いた。ボロボロになった学生たちは、プラグスーツから解放され、そのあと普段着に着替えて反省会のために大講堂に出向いて行く。


「いやー、ヒデオ、さすがに演習はすごいな!リアリティが全く別次元だ!」


ケンジが興奮していた。


「でも俺は撃墜されずに持ち堪えたぜ、ヒデオはどうだった?」


と尋ねられ、


「うん、僕もなんとか、、、、ね」


「さすがヒデオ!持ち前の下半身の強さが幸いしたね!」


メガネっ娘のカズミがあいも変わらず残念な発言をしている。カズミは演習を心待ちにしていただけあって、器用に敵機の攻撃を交わしながら、無事逃げ切ったようだった。



「まったくなあ、あないな雑魚どもに舐められとったら、ほんま命がいくつあっても足りんわ!正味なハナシ」


吠えるマイケルの機体は、両足を吹っ飛ばされていた。


「オンドレも大したことないくせに、マジでしょぼいアルネ!」


ミンミンは頭を吹っ飛ばされたようだ。



そして気がつけば僕の隣にいるアーニャは・・・



「学生諸君、初めての演習、大変お疲れ様でした。なにぶん慣れていないでしょうから、敵機とのバトルの臨場感に面くらった人たちも多かったことでしょう。いい経験をしたと思って、これからの演習に活かしていってください。



それでは今回の戦績を発表します。学生訓練機1000機体のうち、この戦闘において、実に3分の1の機体が撃墜され、そのうちの半数近くが大破となりました。」



初戦とはいえ、想像以上に被害が大きい。もちろん学生は全員無傷ではあるが。そんな中でも敵の猛攻をかわすだけでなく、敵機を撃墜すらした猛者たちもいた。


「防人 英雄!よくやりました!初陣で敵機を3機撃破!お見事です!」


一斉に学生の視線が僕に集まる。



「そしてアナスタシア!10機は見事です!」


講堂がどよめく。



「アーニャ、、、君は一体、、、」ヒデオが思わず声をかけようとしたその時、



「エイユウ、やはりあなたはすごいです。倒した3機は全て人型モードでの肉弾戦ですね」


ヒデオは虚を疲れたように固まってしまった。


ヒデオは敵機をロックオンして遠距離戦で撃墜するよりも、最終手段であるより困難な、戦闘モードで肉弾戦を体験する方を選んだのだ。


もちろんその方がハードルは圧倒的に高いし、実戦ではほぼ命取りとなりかねない。そんなことまでアーニャは・・・



その後、制空圏の演習は回数を重ねて練度を増し、初戦のような大敗は減少し、訓練を重ねるたびに、敵機と拮抗するまでに全体の戦力は上がっていった。



「皆さん、よく頑張りました。次は〈ステージ2 制海権奪取〉の演習です!」


教授が次のステージをに進むことを許可した。


「空中戦に慣れたと思ったら、水中では勝手がいかないな!」


ケンジの言う通り、視界も悪く反応も鈍い海中での戦闘は困難を極めた。水中戦に特化したバトルアーマロイドは、人型はもちろん、可変して潜航艇として速度を出せる優れモノだ。この戦いもやはり、敵をソナーで発見した時からが勝負で、先手必勝で必殺のミサイルを敵の潜航艇や戦艦の船底に喰らわせることができるかが、勝負の分かれ目となる。


そして例の如く、遠方からの魚雷の撃ち合いに勝負がつかない時は、接近して人型で肉弾戦となる。



「エイユウ、援護します!右45度に退避、爆発に巻き込まれないようにその場を最速で離脱してください!」


遠方で待機している潜航艇のアーニャが、敵の位置を掴み、正確無比な精度で魚雷を撃つ。先ほどまでヒデオと肉弾戦を繰り広げていた将校クラスの敵の人型は、アーニャのミサイルの連弾をまともに喰らって大破した。



爆発に巻き込まれて体制を崩した残りの3体を、岩陰に隠れていヒデオのバトルアーマロイドが、次々ととどめを刺していった。


今回のステージ2では、ペアワークが課題として出されていたのだ。


ヒデオとアーニャの芸術的とも言える、ピッタリと息のあった連携は、まさにヒデオにとっては水を得た魚といったところで、その潜在力を余すことなく発揮していったのだ。


そして今回の戦闘では、なぜか不思議とマイケル&ミンミンペアが予想外の活躍を見せた。


「ほんま意外やけど、ラーメン娘もようやるやんけ!褒めたるわ!」


「何ゆうとんねん、わしがおらんかったら魚雷喰らって沈んどったくせに、このアメ公が!」


相変わらずの応酬だが、今回はペアワークが課題、ということはマイケルとミンミンは、喧嘩するほど仲が良いって解釈になるんだけど・・・・・



「カズミ、ありがとうな!お前の肉弾戦で撹乱してくれたおかげで、正確に狙いが定まった」


「まあ、それほどでもあるわよ。ケンジもナイスな援護射撃だったね」


どうやらケンジとカズミのペアは無難なようで、安定した戦果を出していた。




そして僕とアーニャのペアは


「・・・・20機!お見事です!」



たった2機で、いや二人で10倍の敵を撃破したのだ。他の学生たちの驚愕の眼差しが、ヒデオとアーニャの二人に注がれた。


「学生諸君!〈ステージ1 制空権の奪取〉、そして〈ステージ2 制海権の奪取〉のクリア、おめでとう!「次は演習最後の課題、〈ステージ3 制陸権の奪取〉です!


そしてこの勢いはステージ3の制陸圏、地上戦に続くことになる。



「ドゥルドゥル、、、、、」



灼熱の太陽のもと、真っ赤に焼けた鋼鉄の機体が次々と現れる。中にはこのだだっ広い砂漠の砂の下に身を潜めながら、時折サンドワームのような潜望鏡でこちらの位置を把握し、雨霰のような大砲を浴びせてくる部隊もいて、銭湯は熾烈を極めていた。



あまりの熱さと、夜になった途端、氷点下のような寒さに目まぐるしく砂漠での戦闘は、もう何日も続いている。学生たちはこの激しい環境の変化こそが、本当の敵かもしれないと感じていたくらいだ。


しかしそれでも着実に、日数を重ねて行くうちに、戦況は学生たちの「優勢」となっていたのだ。戦車と人型に可変するバトルアーマロイドは、空中や水中の制約を受けずに、特に扱いやすかったからだ。




しかもステージ3は、〈ステージ1でのソロ戦闘〉、〈ステージ2でのペア戦闘〉に続いて〈ステージ3でのチーム戦闘>が課題となっていた。


僕とアーニャの最強ペアはもちろんのこと、お互い安定した戦闘力をかけ合わせるケンジとカズミ、徐々に距離感を縮めているマイケルとミンミンが一つになった6人編成の最強チームは、数百人の学生の中でも群を抜いて戦闘力が高かったのだ。


激しい気温の寒暖差に慣れてきたヒデオたちは、次々と砂漠の下に隠れる敵機や母艦をレーダー探知で発見し、3手に分かれて時間差で砲弾を打ち込んでいった。


慌てて飛び出してきた人型は、ヒデオとケンジ、そしてアーニャの肉弾戦の餌食となり、ほとんどが逃げることができず、一方的に狩られる状態となっていったのだ。




こうして〈ゼロ大〉の学生たち1,000名は、成績の差こそかなり開きながらも、誰一人脱落することはなく、すべての学生が最終的には各ステージをクリアしたのだった。


そしてこのゲームの課題である、侵略者を撃退し、陸海空の支配権をすべて取り戻すというミッションをクリアした結果、再び日本と世界に平和をとり戻すことができたはずだった。


誰もがそのえも言われぬ達成感と、正義のヒーローとしての誇りを胸に持ち、今までにない幸福感に満たされたのであった。


しかし〈演習〉終了後の表彰式の場で、学生たちの幸福感を真っ逆さまに突き落とす衝撃の発表がなされたのであった。


〈国立防衛隊付属 ゲーム大学〉の美人教官が、改まった態度で襟を正す。



「学生のみなさん、あなたたちはこの短期間でよく学び、よく遊び、そして優秀な成績で課題をクリアしてきました。心より賛辞を送ります。」



そして美人教官の顔が曇り、信じられない発言が飛び出した。



「子供のお遊びはここまでです。ここからは大人の世界です。」



突然その場の空気が変わり、一斉に会場にどよめきが巻き起こる。



「皆さんは演習レベルまでの訓練を終えて、ようやく見習いを卒業することができました。それではこれから本題に入ります。学生諸君には、今からこの場で、一人前の大人になる意思があるかどうかの選択をしてもらいます」



アーニャが少し悲しげな、その宝石のような瞳で、うつむき加減にヒデオのの顔を見る。「これからゲームは〈実践〉、そしてその後の〈実戦〉ステージに入ります。そしてあなたたちに重要なことをお伝えしなければなりません」



「今ここで、自己の責任において、退学するか、それとも継続かの選択をしてください。ここから先は大怪我をする危険性があります」




「それはどう言うことですか?」


学生の誰かが思わず手を挙げた。


「心して聞いてください。今までは安全圏での勝負でした。つまりあくまでもシミュレーションゲームであるがゆえ、その仮想現実の中で、撃墜されたとしても実際はも痛くも痒くもないのです。だから子供のゲームなのです。しかしそのようなことは、実戦ではまさに命取りです。そのリアリティを感じてもらうために、ゲームのシミュレーションレベルを上げるのです。


もちろんあげたとしても死ぬようなダメージまではありませんが。ただ、実際の戦闘におけるリアリティをできるだけ肉体と五感で感じとってもらえるように、あなたたちとシミュレーターマシンの間のニューロ接続レベルを上げていきます。



そうすることによってシンクロ率を高め、シミュレーションでのダメージが、直接肉体に還元されるよう設定を変更します。つまり安全圏からの遠隔操作であったとしても、ゲームの状況いかんによっては、五感と肉体を通して、よりリアルにダメージが感じられるため、まさに実戦さながらの体験を感じ取ることとなるのです。



だからこそお遊びではなく、安全圏に隠れて高みの見物などできない状態に自分の精神と肉体を限りなく追い込んでいくのです。そうすることによってのみ、九死に一生、死地に活路を見出すための超感覚が開くのです。


その結果、命の危険性を体でリアルに体感し続けることによって、シミュレーションといえども必死で取り組むからこそ、その見返りとしての戦闘力が飛躍的に向上するのです。実戦で最も強い人間は、戦場で生きる戦士、傭兵、殺し屋であるように・・・」



この時ばかりは学生一同声を失っていた。それからすぐさま、その場で全学生に退学届と、同意書の2枚が配られたのだ。



いったい、この突然の、降って湧いたような理不尽な結末に、何人の学生が耐えられるのか・・・・教官たちも固唾を飲んで見守っているということがなぜか、アーニャの様子を通して伝わってきたのだった。


「それでは結果を発表します。名前を呼ばれたものは、退学届を受理したとして、実家に帰る準備をして、この大講堂から退出してください」



・・・おかしい、誰も名前を呼ばれない。ここを出ていく学生がいない・・・さすがにこの展開は予想外であったであろう、教官たちの目にも、信じられないというような表情が見て撮れた。


いざ蓋を開けてみると、意外なことに退学希望者は誰一人いなかった。甘い蜜を知った世捨て人たちには、大怪我をするかもしれない恐怖よりも、元の世界では決して味わえないこの席での快楽の方が、ほんの少し?いや、大きく?勝ったようだ。



そうして無事ゼロ大の学生1,000名は、脱落者もなく無事全員進級できた



・・・はずだった。



そしてついに、演習の先にある裏ゲーム〈第4ステージ 実践〉が始まった。


最初はリアルダメージシステムに、学生の肉体への刺激にならすために、メットゴーグルとプラグスーツのニューロ接続レベルを下げてのスタートから始まった。そのあまりにリアルな衝撃と体感に戸惑う学生もたくさんいたが、最初から無茶はしなかったため、せいぜい軽い怪我人が出るくらいであった。



「学生諸君!みなさんの今までの勇気に心より敬意を表します。このゲームの怖さがようやく分かりかけてきたと思います。そして慣らし運転は今日で一旦終了です。明日からはもう一段、一気にギアを上げての実践開始となりますので、しょうもに備えて各自十分に休息をとっておいてください」



そして翌日からの実践は桁が違っていた。今までのものは確かにお遊びと思えるほどの衝撃と体感、そして実際にイタイのだ。



ダメージに比例して電極の張り巡らされたプラグスーツを通して、本当に殴る蹴るの暴行を受けているような、刃物で切られて血が吹き出してい流ような、恐ろしくリアルな痛さが脳髄を駆け巡っていく。


こうして一気にレベルが上がると、その苦痛に耐えていた学生たちですら、一度体が覚えた痛み、そして毎回のように反復する恐怖に勝てない学生が増えてきた。


PTSDのような症状が続発するようになったのだ。


いくら優秀とはいえ、所詮一部の学生はやはりただのゲーム好き、そして他には現実逃避でゲームをやり込みその分上手くなっただけという残酷な事実を、いやというほど思い知らされたかのようであった。


そんな彼らが苦痛と恐怖に耐えられる訳もなく、レベルが上がり、戦闘モードが激しくなっていくにつれて、ついには最初の退学者が現れたのを機に、続々と脱落者が増えていく。



そして気がつけばすでに学生の半数以上が退学していた。



そんな地獄のような恐怖と苦痛を耐えて、残った強者たちは、そもそもゲームに人生を賭けている救いようのないオタクか、残酷な現実よりもこの世界で死ぬ方がまだマシと考えているか、冷静に将来設計をしたたかに考えているヤツか、それとも何も考えていないようで、自分の直感に導かれながら、ひたすらレベルアップをしているクレージーどもか・・・その苦痛と恐怖に満ちた実践を耐え抜いた学生は、わずか100人ほどに減少していた。



そして当然のように、そんな猛者たちの心すら折るような、さらに非常な仕打ちを告げる冷たい声が降ってきた。「この困難な環境で生き残りし、真に優秀な戦士たちよ、よくぞここまで頑張ってくれました。


お世辞でもなんでもなく、あなたたち100人は、我々国防隊と同等以上の戦力と認めます。そしてこれより最終課題を発表します」美人教官の号令が講堂にこだました。



「えっ、、、もう全てクリアしたんじゃ・・・」



「俺たちはゲームのレベルを上げて、リアリティも体験して、痛みも恐怖もしっかりと味わって、、、その上で実践テストをクリアした。そして侵略者から空、海、陸の支配権を奪取した。。。俺たちは日本と人類を見事に守ったんだから、これでゲームクリアでしょ?」


「いや、「そうだろ」


「ちゃんと課題をクリアしたもんな」・・・



次々に疲れ切った学生たちが質問する。


「皆さんは本当によくやりました。まさか我々も100人も残るとは思っても見ませんでした。国防隊にとってもまさかの、そして嬉しい誤算です。



だからなのです。この奇跡のような結果を見せていただいたからこそなのです。



だからこそ、あなたたちの可能性に賭けようと思います。」アーニャだけが美人教官の言葉の裏に隠された真意を理解しているようだ。



「これから最終課題に挑戦してもらいます。文字通り今度こそ最後です。いえ、おそらくこれが最初で最後となるでしょう。



この課題にはそれだけの重意味があるのです。そして万が一、この課題をクリアできた学生には約束通り、いえ、それ以上の一生涯のパラダイスを保証しましょう」



美人教官が続ける。



「最終課題は究極のバーチャルリアリティ、


〈最終決戦ハルマゲドン ファイナルステージ 宇宙戦争バージョン〉です!



見事地球を防衛したあなたたち最強の戦士たちには、これより地球を離れて、宇宙空間での戦闘において、文字通り真の最終決戦に参加してもらいます!」



学生たちはこの狂気とも言える究極のシミュレーションゲーム〈最終決戦 ハルマゲドン〉に、想定外の〈最終ステージ 宇宙編〉があると聞いて戦慄した。



今までのゼロ大での経験から、恐らくこの時点でもう気づいているのだろう、次なるステージこそがラスボスを倒すための、最大の難所であるということに。




「今回の最終課題は、超絶リアル体験が課題となります。ですので完璧な臨場感とリアリティを感じてもらうために、専門家の力も総動員しながら、まるでこの戦いが本物であるかのような事細かな演出を凝らし、細部に至るまで一切の手抜きなどしません。


そしてみなさんが真の英雄となるような旅立ちのシーンからすでに劇場を整えていきます。みなさんは一流の映画俳優や最高の役者になったつもりで、この究極のリアリティとシミュレーションを骨の髄から実感してください。


まさにこれこそが一期一会であると言わんばかりにシミュレーションに同調してください。そうすればみなさんの潜在能力を極限まで高め、究極のシンクロ率を叩き出すことができることでしょう!」




「おい、みんな!今回の宇宙編は、今までとは次元が違うんじゃないか!?」


世界ランカーでもある、さすがのケンジももはや動揺を隠せない。


「これ、撃たれたらマジで激痛が走るわ!そもそもシンクロ率が半端やないでええ!」


いつも楽天家で陽気なマイケルが、こ今度ばかりは珍しく弱気になっている。


「いや、うち、こげなマジな苦痛なんて聞いてないとよ!」


あの意味不明で気丈夫そうなミンミンでさえも今回ばかりは錯乱しているようだ。



「おおおおーーーー!なんというエクスタシーなのおーーーーこれはイクぅっーーー、イっちゃうーーー!!」


耐えきれない苦痛を快楽に転化してやり過ごそうという?カズミの混乱も理解できる。



ただこんな激戦区の中においても、ヒデオとアーニャだけは至って冷静だ。



そして今までとは明らかにケタの違う、壮絶な訓練が終わり、宇宙戦闘用バトルアーマロイドから降りた時、突如として一気にたくさんの学生が倒れ出した。



「いよいよ残り50名となりました。それではここで、最終課題のクリア、卒業試験を行います。


卒業試験のシミュレーション戦闘は、究極の臨場感を体験していただくために、実際の宇宙空間で直接行います。」



美人教官の当初の宣言通り、親方日の丸の、金に物を言わせてか、究極のリアリティはここまでやるかというくらいに現実的、いや現実そのものにさえ思えたのだった。


ヒデオたちは、出発前に、国防隊への仮入隊式を済ませ、遠くに旅立つ宇宙戦艦さながらに、国防隊立ち合いのもと、家族とも別れを済ませ、盛大な出向式を国費で行い、そして実際に本物の超巨大戦艦に乗り込んだあと、宇宙に向けた飛び立っていったのだ。



初めての宇宙空間を航行しながら、ヒデオとアーニャは窓から見える神秘的な景色と静けさの中で、お互いの手を握り合っていた。




長い時間をかけて、地球から出発した超巨大戦艦は、宇宙空間の座標に従ってひたすらまっすぐに航行していた。一体、どれくらいの時間、いや年月?が経ったのだろう、長い船旅を終えて、ついに美人教官のアナウンスが鳴り響いた。


ゼロ大生50人の最後まで生き残った学生たちが向かったデッキには、国防隊のおびただしい数の戦闘員がまさに全員集合していたのだ。



「みなさん、前方のモニターを見てください。おそらくもうすぐ目視できる距離に入ります。あれが人類の敵、最終決戦の真のラスボス、皇国ハルマゲドンです。皆さんはこれから全機一丸となって特攻、そしてあの小惑星を見事破壊してください」



ついにボスキャラの登場か。それにしても今回は手がこんでいる。シミュレーションゲームの画面には、国防軍の全戦力が設定されており、


シナリオは〈ステージ10 地球の命運をかけた総力戦〉


と設定されている。





「これぞ究極のリアリティやんけ!」


と関西弁のマイケルがとてつもなく興奮しているようだ。


「夫にとって不満足ないアルネ!」


と、こちらはもうマイケルとのラブラブを自覚しているのか、ミンミンよ。


「もう死んでもいいーッ!」


この一言に全てを込めたカズミが叫ぶ。


「ヒデオ!これをクリアしたら真のバトルゲームマスターだな!」


ああ、そうだな、ケンジ。メンバーの間でお互いに芽生えた真の友情を心の支えに、気の遠くなるような激戦が続く。その感覚はまるでもう1年近くにわたってバトルを繰り返している感覚だ。


いや、実際に何度も出撃と帰還を繰り返しているから、時間としてはそれくらいは経っていてもおかしくない。


いよいよ超巨大な小惑星が見えてきた。地球ほどではないにせよ、その巨大な表面には宇宙人が作ったのか、さまざまな都市型の建造物のようなものがびっしりと埋め尽くされている。


その中から次々と敵のバトルアーマロイドがウジャウジャと湧いてくる。


敵はそもそもこの宇宙空間が拠点であろう。よって学生たちがいくら生え抜きの猛者と入っても一日の長で、わずかな差を埋めることがなかなかできない。


「ボッ」


遠くで聞こえる嫌な音・・・まさか、誰かやられたのだろうか?


しかしこちらも負けてはいられない。ヒデオとアーニャはバディを組んで、敵の精鋭らしき部隊に突っ込んでいく。後方からの援護は仲間たちがうまくやってくれている。絶


妙なフォーメーションがはまって、敵機が次々と撃破されていく。


隊列を乱した敵の精鋭部隊は、人型に変形して、四方から一斉に切り掛かってきた。


「エイユウ!危ない!右後方から敵機が来ます!!!」


ヒデオの盾になってアーニャの機体は、左手を吹っ飛ばされていた。



「キャアァッーー!!!」



「アーニャァーー!!!!」


命拾いしたヒデオの大反撃が始まる。


アーニャの割り込みで陣形を崩した敵の人形バトルアーマロイドたちは、次々とヒデオの怒りのサーベルに切り裂かれていった。


後方から、ケンジ、カズミの長距離ビーム砲が総崩れになった敵の部隊を、いとも容易く葬っていく。


「サンキュー、ケンジ!、カズミ!!」


「そうだ、アーニャ!!!アーニャは無事か!?」


ヒデオが必死になってアーニャのところに戻っていった。


「私なら大丈夫です。エイユウ・・・」


幸運なことに、吹っ飛ばされたのはアーニャの左腕ではなく、大きなシールドの方であった。


「ふぅ〜ー、、寿命が縮まると思ったよ・・・」


「私のことを心配してくれたのですか・・・?」


「なんだか、いつもクールビューティーなアーニャが、一瞬普通の女の子のように見えて、可愛らしく見えたんだ。



「敵の防御網は総崩れです!今がチャンスです!この隙に惑星表面の軍事基地を叩いてください!」超巨大戦艦から美人教官の指令が飛んできた。


「よっしゃあ!今度こそ完全にいてもうたるでえー!覚悟せいやあ!ラスボスども!」


絶好調のマイケルが吠える。しかし惑星に接近するにつれ、敵も必死なのか、砲台からのビーム攻撃、アーマロイドの地上部隊、戦闘機のミサイル攻撃と、矢のような攻撃が飛んでくる。


接近しすぎたのが災いしたのか、次々と悲鳴を上げて撃墜されていく学生たち。


しかし確実に敵の戦力を沈黙させるためのジャブは打てているようだ。



その最中、アーニャがバディシステムでヒデオの機体に接触し、モニターにアーニャの顔が映し出された。



「エイユウ、私たちの出番のようです。」


「えっ、どういうこと?」


「私たちはこれより超巨大戦艦に帰還します。この空域は後のみんなに任せて、すぐに戻るのです」


そういうと、アーニャの機体はヒデオの期待と連結して、最大加速でまっすぐに超巨大戦艦に向けて発進したのだった。


帰還後すぐさまに、司令室に呼ばれたヒデオたちには、驚愕の命令が下されたのだ。



「司令長官の東郷だ、今からいうことをよく聞いてほしい」


美人教官がその隣で険しい表情をしている。


「防人 英雄、そしてアナスタシア。今からこの戦争の全指揮権を貴殿らに委譲する」


なんだって!?



・・・・ヒデオは思わず気が動転してしまいそうになったが、隣のアーニャはそうでもないようで、いつものように無表情、もとい冷静にその言葉を受け止めているようだ。




「はっ、そうか、これは究極のリアリティ体感型のシミュレーションゲームだった。しかも今回は卒業試験だった。ということは・・・



今回の最優秀学生である僕とアーニャにの二人に、最後の仕上げを任せてくれるということか!ゼロ大の教官たちも心憎い演出をしてくれるもんだ!」


この時ばかりはヒデオも、さすがに今まで頑張ってきた自分を、思いっきり褒めてやりたくなった。そしてちょっぴり嬉しかったのは、僕のことをヒデオではなく、なぜかエイユウと呼ぶアーニャと、ツートップでこの栄誉を任されたことだった。




「バトルアーマロイド、左右に展開せよ!ケンジとカズミは左翼軍を攻撃、マイケルとミンミンは左翼軍を遊撃、マリーン隊は敵の砲台を爆撃、柏木隊はレーダーを破壊せよ!」


レーダーで敵の配置を再度確認するヒデオ。


「アーニャ、あの小惑星の表面で銃火器のサーモセンサーの温度が低い場所はどこにある?」


「見つけたわ。そこには敵の兵器がないはずね。おそらく補給部隊の連絡通路のはず」


アーニャが敵の弱点を見透かしたかのように、ポイントを次々と絞っていく。


「聞こえたか?敵の武器弾薬を破棄するんだ。補給路に北条隊6機向かえ!そして空爆で連絡路を塞いでやれ!」


ゼロ大での演習の成果が綺麗に綺麗に発揮されている。陸海空の戦闘と、そして各戦場における指揮官としての訓練は、宇宙での戦いにおいても本質は変わらない。


しかも今のヒデオやアーニャは国防隊の最優秀戦力といっても差し支えないほどに戦闘の腕を上げている。逐一全体の動きを把握しながら、流れるような指示を繰り出すヒデオ。そして隣で屹立するアーニャの完璧な補佐もあり、神技のような連携と、流れるようなフォーメーションが見事にマッチしていった。



もちろんヒデオとアーニャは司令室の中で、特別なカプセルに入りながら、オーダーメードの黄金のプラグスーツに身を包まれ、無数の電極とニューロ接続ラインは、この超巨大戦艦そのものにリンクしているとのことだった。


そしてプラスエネルギーをヒデオが、マイナスエネルギーをアーニャが、それぞれ交流させながら、巨大なエネルギーラインを繋いでいるのだった。


その結果、二人の超巨大戦艦とのシンクロ率は100%を超えている。


つまりヒデオとアーニャの意思そのものが、この「最終決戦 ハルマゲドン」のゲームと世界観そのものにもはやダイレクトに直結していると言っても過言ではない。


その溢れんばかりの臨場感とリアリティは、今までの人生で全く味わったことのないほどの高揚感を弾き出していた。


「これより我が艦は総攻撃を仕掛けていく!戦闘機部隊は隊列を組め!敵惑星近辺での攻撃からは全部隊、全て撤収だ!速やかに3分以内にその場から離脱せよ!富野艦長、惑星破壊ミサイルの準備はよろしいか!?」



「エイユウ、本当にこれが最後の決断です。あなたはヒデオなのですか?それとも人類を救う英雄になりたいのですか?」



「アーニャ、何を言ってるんだい?これで長かった旅も全て終わるんじゃないの?



この最終課題をクリアしたら、僕たちにはバラ色の未来が待ってるじゃないか」


いつも冷静なヒデオは、この時ばかりはさすがに、、いつもよりは少しだけ、ほんの少しだけ高揚していたようだった。


「そうですね、、、そのためにここまで来たのですからね・・・もうあなたはヒデオではない。そしてヒデオであってはいけないのに・・・ごめんなさい、私たちの英雄・・・・」



「アーニャ、何を言ってるの?」


「だから迷わず撃って、、、絶対に・・・絶対に外さないで・・・・」



アーニャが今度は今までに見たこともないような、天使のような優しい笑顔で、ヒデオの目をその宝石のような瞳にまっすぐな愛情を込めて語りかけてきたんだ。



そして総力戦の名にふさわしく、残りのミサイル、ビーム砲、敵の防衛戦力を悉く蹴散らした後、最大のクライマックスがやってきた。



「ヒデオにどんなことがあっても、私は一生、側にいますから」



激しい戦闘にかき消されて消えた、アーニャの呟きはヒデオの耳には届いていない。



生き残った艦隊、バトルアーマロイド、並びに全ての残存国防隊戦力に告ぐ!諸君らはその全てを捧げて、日本、そして地球人類のために命懸けで戦ってくれた、真の勇者である。


そうして我々地球の人類の平和を破壊し、命を脅かしてきた悪の宇宙人に一矢を報い、その大きな流れが諸君をついにここまで辿り着かせることができたのだ。



諸君らの勇気に改めて感謝を表したい。そしてついに、この最終戦争に終わりを告げる時が来た。これより悪の宇宙人に正義の鉄槌を加え、この平和な宇宙より諸悪の根源を全て排除するのだ!



〈超最先端最新鋭バトルゲーム・最終決戦ハルマゲドン〉!



ここに防人 英雄の名において全ての仮装戦争を終結するために、超究極兵器、惑星破壊ミサイルを発射する!!」




全国防隊員に告ぐ!力を合わせよ!心を一つにせよ!一丸となってその正義を悪の宇宙人にぶつけるのだ!そして平和を我ら人類に取り戻せ!「超究極兵器・惑星ミサイル発射!!!!」



今までに見たこともないような、まばゆい閃光が全宇宙を包んだ。衝撃も半端ではない。誰もがもう自分たちはこの世から完全に消滅してしまったかのような錯覚と幻想に包まれていた。






どれだけ長い時間が経ったのか・・・・・またはは一瞬の刹那でしかなかったのか、人類がこの全てを滅する光の洗礼に耐え抜いた、その先のモニターには、超巨大な悪の惑星ハルマゲドンの姿は既になかった。



「あ、、ああ、、、、」


「おお、、、、」


少しづつ正気を取り戻したかのような、か細い声が所々から漏れ聞こえ始めていた。



「これが最終決戦 ハルマゲドンの最後か・・・・これが本当のハッピーエンドだったのか・・・」


ヒデオが今までのことを思い出して感慨に耽っている。



「ケンジ、、、マイケル、、、ミンミン、、、カズミ、、、、あの時みんなと色々話したね・・・・これが最終回答なのかな」



終わった・・・・ようやく長い訓練の旅が。思えば〈偏差値ゼロのゲーム大学〉に、ふって湧いたような奇跡的なタイミングで入学できたこと、




そこで出会ったいい仲間たちに恵まれたこと、そして不思議で気になるアーニャに出会えたこと、何よりも好きで得意なゲームを極めた結果が、この栄誉、そして将来にわたる最高の待遇・・・誰もがドリームを叶えられる偏差値雨ゼロの実力主義



【国立防衛隊付属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学科】、



略してゼロ大よ、、、



ありがとう、我が青春、、そして我が友よ。



「・・・・」


「・・・・・」



いや、少し様子が変だ。司令長官の様子が、艦長たちの様子が・・・?



そしてゼロ大の美人教官たちはもちろん、超巨大戦艦のクルーの誰もが、なぜか所在なく沈黙しているようだ。そのうちの一人がボソッと呟いたかのように


「勝った、、のか?、、、我々は、、、」



先ほどまで国防隊の全権の指揮をとっていた、本物の司令官までもが青ざめた顔をして、ワナワナと震えている。




「ええ、、本当に、、、まさか勝てるなんて・・・・・」



美人教官が血相を変えている。そして一斉に大歓声が上がった。



「我々は勝ったーー!!勝ったんだあっ!!」


「防人 英雄、いや、あなたこそは日本を、人類を救った真の英雄です!あなたの勇姿と伝説は、この先延々に全人類に語り継がれていくことでしょう!あなたがいなければ私たちはハルマゲドンによって滅ぼされていたでしょう。サキモリ ヒデオ、いや、世界を救った救世主、あなたこそがエイユウです!本当にありがとう!」



「エイユウ!!」


「エイユウ!!」


「我らがエイユウ!!」


いつの間にか国防隊のメンバーだけでなくたくさんのモニターに映し出された数えきれない人々が歓喜の涙を流し、叫んでいる。



よく見れば日本じゃないか?他にも、、、



いや、これは卒業試験で、シミュレーションだろう?





最終課題をクリアしたものには、ここまでリアルなボーナス設定があるのかと、、、さすが世界一のシミュレーションゲームだ・・・と思いたかったのも束の間、、、



「敵は50億もいたんだぜ!散々俺たちを苦しめたハルマゲドンも最後はあっけないものじゃないか!」




どこか遠いところで、狂気に満ちた高らかな笑い声がこだました。



「えっ、、、、50億って、、、なんだそれ、、、?」



ヒデオは遥か遠くから聞こえてきたその声に視線を向けて、その男たちの歪んだ表情を見た瞬間、ニューロ接続回路のシンクロレベルがシャットダウンし、そのまま気を失ってしまった。






あれからどれくらい眠っていたのだろう。長い昏睡状態から覚めた時、僕はアーニャの暖かい膝枕の上で息を吹き返したようだった。


「アーニャ、、、、!?」


僕はその悲しい、そして慈愛に満ちた彼女の表情から、なぜか一瞬の刹那で・・・全てを察することができた。



「エイユウ、本当にお疲れ様でした、、、そして、、よく頑張りましたね」



アーニャの表情は痛々しいほどに優しい。



「仕方がなかったのです。初めは各地域に別れて世界を細かく分断していた人類は、それぞれの文明と国家を作り上げ、小さな紛争は時々あっても、比較的平和に暮らしてはいました。


でもやがて主義主張の違う大きな勢力へとイデオロギーが偏り始めていったのです。そして不毛な考え方の違いは、真っ二つに分かれて覇権を争うようになったのです。


片方は地球に残って今まで通りの暮らしを望み、そして片方は宇宙に新天地を求め地球をさっていったのです。ところが宇宙の人工建造物の中での暮らしは人々から光を奪い、やがて資源も枯渇していく中で、夢の新天地とは反対の世界でした。



そして宇宙に出た人類の代表者たちが下した決断は、かつて自分たちが捨てた故郷を再び奪取することでした。そして先進的なテクノロジーを軍事に集中させ、強力な武器兵器を増産し、地球に残った人類に対して先制攻撃を仕掛けてきたのです」



僕はただ戦慄していた。


「もちろん双方とも完全に国家や宗教などの単位で、丸ごと真っ二つに分かれたわけではありませんから。一人一人の個性は巨大なイデオロギーでひとくくりにすることなどできません。宇宙と地球、それぞれに残った人たちの故郷が反対の勢力である人もたくさんいました。その人たちはイデオロギーの支配に人権を委ねることをよしとせず、自らの意思で宇宙に出るか、地球に残るかを選択した人たちです」



「えっ、、もしかしてアーニャも・・・」



「そして長い戦争が始まり、地球では多くの国が滅ぼされていきました。軍事大国などは真っ先に狙われていったのです。



そして地球の総人口は今では1億にも満たないのです。


「えっ、、そんなこと聞いてない・・・」


「ヒデオ、地球にはもう〈世界〉は存在しないのです。国境を作る必要もないのです。なぜならかろうじて国としての体裁を保っているのは日本しかないからです。


日本は自ら軍事力を行使しない不戦国家です。そして少子高齢化により衰退の一途を辿っていました。そして世界中から生き残ったわずかな難民たちを受け入れてきたのです。


つまり日本という国は、世界の縮図であり、地球上に現存するただ一つの国家なのです。つまりは日本こそが、、、


〈人類という多様な種を乗せた、ノアの方舟〉


そのものであったのです。そして日本は新しい世代の国民にこの事実が見えないように、情報統制を徹底的に行なって、不毛な戦いから逃れようとしてきたのです。



残された国民にも余計な不安を抱かせないように。もちろんパニックを避ける意味合いもありましたが。しかし宇宙サイドの人類たちは、最後に残った人類の縮図である日本という国家すら抹殺しようと、総攻撃の準備を始めたのです。


自らは軍事力を行使しない日本でも、自分たちの命を守るためには戦うことが許されて然るべきでした。そして日本からは国防隊を中心に、働き盛りの壮年世代、中年世代、そして青年世代と、次々に消えていったのです。


「えっ、でも日本では戦争なんか起こったことはなかったけど・・・」


「いえ、実際の戦争は海外で行われていたのです。次々と滅ぼされていく他の国家を救うため、PKO平和維持軍として人材を派遣することで、実質は日本以外の国で、宇宙の侵略者と戦っていたのです。ですから少子高齢化だけが国力衰退の原因などではないのです。




そうして尊い命を犠牲にして時間を稼ぎながら、ついに日本は起死回生の一打を、ギリギリのタイミングで完成させることができたのです。「えっ・・・それって・・・・まさか・・・・・・」「そうです、、、エイユウ・・・」


「〈国立防衛隊附属 ゲーム大学 ゲーム学部 ゲーム学部〉 コードネーム〈ノアの方舟〉・・・それが今回の国家機密プロジェクトの正式名称です」



「そんな・・・・」



「地球で生き残った人類は、すべての可能性をかけて日本の最後の作戦を共同で作り上げていったのです。そして長最先端技術で、〈人間と大規模な戦争を直接シンクロ〉させて、それをシミュレーションゲームというコントロール機能で制御し、量子力学ほかの理論でプログラム化し、ゲームのストーリーとしてシンクロさせることに成功したのです。」




「えっ・・じゃあ、今までの戦闘は・・・」


「シンクロ率のレベルが高い戦闘では、実際のダメージがまるで本物のように感じられたと思います。あれがバイオフィードバックそのもので、外の世界で起こっている物理的な戦闘をバーチャルにデジタルツインで置き換えたものの中で、人間のエネルギーを量子レベルで分解して、その世界の中で再構築をしていたのです。



つまりその仮想世界で起きたことは、現実世界でも同様に起こるという「つなぎ」を張り巡らせたのです。こうすれば一人の力で場合によってはその何万倍の敵を倒すことすら可能なのです。


しかしそれには、そのゲームを使いこなす腕と、その量子分解に耐えうる健康な肉体、そして決して諦めない鋼のメンタル、、、などが絶対に必要だったのです」



「そうか、、、だから、、、、ゲーム大学・・・・だから、、、国立防衛隊が・・・・」



「その通りです。そうして宇宙軍による総攻撃開始の直前に、人類を救う英雄を生み出すことに、ギリギリ間に合ったと判断したのです。



皆殺しの憂き目に会う前に、窮鼠猫を噛むが如く、人類最後の希望を、救国の英雄を、若き学生たちに託すことに決めたのです。




「それが・・・」




「それこそが、〈プロジェクト エイユウ〉だったのです」






そうして人類に残された最後の戦力である日本は、受け入れた難民たちを区別せず、平等に、優秀な人材を集め、叡智を結集してハルマゲドンに、最後の特攻をかけたのです。


そしてほとんど勝算のない最終決戦に挑んだのです。


何より1億にも満たない地球側の戦力と、50億人の巨大国家とでは、勝敗の行方は火を見るよりも明らかでした。


そしてもう勝てないことを悟った国防隊は、最後は一人の若者が起こすかもしれない最後の奇跡にすがったのです。」



アーニャが続ける。「実は最終決戦だけは、シミュレーションモードを変更して完全リアルモードに設定変更、宇宙に現存するすべての量子エネルギーと超巨大戦艦のデジタルツインを、全レベルでシンクロ率が100%になるように設定し、そのコクピットでプラグスーツのシミュレーションゲームでコントロールされた結果は、現実の全てにリアルタイムで反映される正真正銘のリアルバトルモードとなったのです。



もちろん、こちらも攻撃を喰らえば即死というリスクを負ってのことです。だから特攻なのです。司令室から超巨大戦艦に戻って、戦いの全指揮権を委譲されたとき、あなたにはまだ選択肢があったのです。



それは最後の温情であり、その時の選択はすべてヒデオの自由に任せるという、地球側の人類代表の合意のもとでの選択だったのです。


これを強制命令してしまうような国家権力であれば、この先の人類にも未来はないとの判断からでした。


だからヒデオにとってはあの時が、今まで通りの普通のヒデオで居続けるのか、エイユウに生まれ変わるのかという最後の選択でした。



前者なら、ヒデオだけでなくすべての地球の仲間たちが全滅します。



そして後者を選んだとしてもその確率は99%でした。



そして万が一、残りの1%が発動すれば、1億人の命と引き換えに、かつての私たちの同胞50億人の命が失われるというものだったのです。」



「そしてあの場にいくまでにヒデオには、何度もこの戦いを降りるチャンスがあったのです。ケンジと話したことは覚えていますか?」




「もしかして、あの時の内容は・・・」



「マイケルと話したことも覚えていますか?」



「そういえば、言いたかったことは・・・・」



「ミンミンと話した時のことはどうですか?」



「え、、、あれは、、今考えれば・・・」



「カズミと話したとき、どう感じましたか?」



「でも、、いや、だって、あれってただの・・・」



ヒデオの脳裏に、仲間たちと話していた、たわいもない会話がぐるぐるとフラッシュバックしながら、それぞれの糸が編まれて、一本の大きな紐になっていくような錯覚を起こしていた。




「そして、エイユウ・・・・・・・あなたはその〈まさか〉に応えて、、、、


〈宇宙から迫り来る侵略者〉から・・・・



〈地球に残った人類〉を救ったのです。





かつて地球を去った50億人の〈同じ人類〉の命と引き換えに・・・」





ヒデオは壊れかけていた。



「昔、誰かが言っていましたね。一人を殺せばただの殺人犯だが、億を殺せばそれは立派な英雄だと」



激しい目眩と吐き気と恐怖がヒデオを襲う。



「あなたは真のエイユウになったのです。サキモリ ヒデオではなく、国防隊の、いえ、地球に残された最後の人類にとっての、真の英雄として・・」



50億人を殺したヒデオの精神は・・・



「私の役目は地球を救うための真のエイユウを発見し、そのエイユウを育て、そしてこの世界を守らせること、、、



そして・・・最後にそのエイユウを救うこと・・・・




あなたが再び息を吹き返すまで、私は一生そばにいます。



あなたはこれから宇宙にただ一人の英雄なのです。今までも、これからも、ずっと・・・・



地球を救うためにも・・」




「アーニャ・・・」




英雄は悲しくも優しい慈愛に満ちた眼を受け止めながら、、、、





アーニャの柔らかくて暖かい膝枕に顔を埋め、やがて静かに目を閉じていった。



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