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第七十話 迷い

 先週から販売が開始された米だが、新しもの好きの主婦に購入され、あちこちで噂を広げてくれている。十五キロ出して、わずか十分で完売した日もあった。ただ、『もう少しお安くしてほしいわ』という声も聞こえてきていた。


「魔王さま。米の評判、いいみたいっすね」

「値段に不満も出てるようだがな……。量がほしいよなー」

「大丈夫っすよ、煮物系にはパンより絶対米っす。それがわかれば稲作に転換する人も出てくるっす」


 朝食を取りながらそんな話をし、義行は自室に戻り仕事着に着替えた。

 今日は、公私の『公』なのだ。


 義行に公私の区別があったのかということは問わないでもらいたい。しかし、今回は東の村の村長から正式に面会のアポが入っているので、一応、真面目な恰好で会うことにしたのだ。


「アポを取られて訪問ということは、なにかよいことでも?」


 村長が手を叩くと、二人の村人が両手に樽を持って入ってきた。


「ようやく完成しましました。わずかですがお納めください」

 東の村で生産された醤油と味噌が完成したのだ。

「味見してみても?」

 城からのレシピと、ノノたちの指導なので問題はないはずだが、やはり気になった。

「勿論です。私個人の感想ですが、ノノ君やシルム君が言っていた味が再現できてると思います」


 義行は、まず醤油から味見した。


「うん、うちで作ってる醤油と遜色ありませんね。では、味噌の方も。……、うん、こちらも完璧です」

「ありがとうございます。それで販売に関してですが、城で販売されているように小瓶に詰めて販売したいと思っています。お手数ですが、瓶の生産者を教えて頂ければと思います」

「それは構いませんが、城の瓶と別の生産者になっても構いませんか?」


 村長はなんのことだという顔だ。


「一社独占にすると、まあ……、その、そういうことなんですよ」


 村長は、「ああっ……」とだけ答え、納得したようだった。


「我々は、ポーセレン商会に頼んでますが、私からの紹介状を書きますので相談してみてください。それなりの店を紹介してもらえると思います。販売許可については、担当部署へ申請頂ければ問題はありませんよ」


 細かい契約上の問題は、いつもどおりサイクリウスに丸投げだ。

 村長が退室してから、ノノたちにも試食してもらおうと義行は醤油と味噌を持って食堂に向かった。


「凄いっす。これなら明日から販売しても問題ないっすね」

「ノノ、シルム。よくやってくれた。村長も、お前たちのお陰だと褒めてたぞ」


 ノノが嬉しそうにクネクネしている。なんか昔流行ったフラワーロックを見ているようだった。

 時間が昼前だったので、そのまま食堂で少し駄弁(だべ)って昼食を済ませてから、振興部で午後の業務を始めたときドアがノックされた。


「どうぞー。あいてますよー」


 開いたドアから入ってきたのはマリアさんだった。マリアさんがここに来るのは、開拓地の土地契約以来のことだ。

 義行はソファーを勧め、お茶を準備しながらマリアさんの表情を伺う。別に、悲壮感漂う感じでもないが、笑顔でもない。


「今日はどうしました?」

「自由組の方たちなんですけど……」

 偏見があるわけではないが、自由組と聞いて、「なにかされたんですか?」と口から出てしまった。

「いえ、以前のように敵対心むき出しとか、見下してくるというのは今では全くありません」


 シルムが第一圃場にいるので、大体の情報は入ってきている。では、自由組がなにかしでかそうとしているのを掴んだのか。


「あの……、彼らを助けてあげられませんか?」


 マリアさんの口から発せられたのは、自由組の悪だくみとかではなく、助けてやってくれだった。


「すみません。意味がわからないんですが……」

「私たちがあそこで農業を始めて三年半です。彼らの畑が上手くいっていないようなんです」


 以前シルムとも話をしたが、思い思いに栽培はしているが路頭に迷うような状態ではないと思っていた。

 しかし、違うのだろうか……。


「全員ではありませんが、少しづつ収穫量が減り、中には連作障害が起こった農家もありました」

「……、そう言われましても、ご存じのとおり、あれだけ啖呵を切って自由組として活動しているわけですから」

「えぇ、魔王さまのおっしゃりたいこともわかります」


 マリアさんがそんなことを思っているとはシルムから聞いていなかったので、この判断はマリアさん独自のものなのだろう。


「因みに、他の未経験者の方たちは?」

「『彼らは望んで自由組になった。その結果がこれなら、彼ら自身がそれを受け入れるべき話だ』と」


 責任は自分で取るという魔族の考えからすれば、彼らの考えも間違いではないと義行は思った。


「すぐになにができるとは約束できませんが、考えさせてください」


 マリアさんを見送り、義行は裏庭にいたノノに、『明日の朝から緊急の会議を行うので、シルムとノエルを連れてくれ』と伝えるよう頼み、その足でサイクリウスにも出席するよう連絡をした。


 そして、翌日の朝一の会議スペースに五人が揃っていた。


「緊急会議とさせてもらったが、差し迫った危機というわけじゃないんだ」

「ふぅ……、びっくりしましたよ、魔王さま」

「相談というか、皆の意見を聞きたくてな」

「このメンバーということは、農業関係ですわね」


 義行は昨日マリアさんがやって来たこと、自由組を助けてほしいと言われたことを話した。


「マリア母さんらしいと言えば、らしいか……」


 そう、『何事も自己責任』であるこの国で、孤児院を運営するマリアさんだからこその相談ともいえる。


「それで、魔王さまは彼らになんらかの手当をしたいと?」

「ダメか?」


 皆、黙ってしまった。ただ、こういうとき真っ先に提案するのはサイクリウスだ。


「厳しい言い方ですが、この結果は彼ら自身が招いたものです。初年度には土づくりの重要性を説明し、共同の堆肥置き場も作った。収入や堆肥の足しになればと果樹の提供も申し出た。貴重な栽培マニュアルも渡し、シルム君を常駐させるとことも伝えた」


 サイクリウスがこれまで自分たちがやってきたことを挙げていく。義行は、サイクリウスがここまで見ているとは思いもしなかった。


「彼ら自身が動くというか、変われるチャンスはこれまでもあったわけです。ですが、それを掴もうとはしなかった。前にも言いましたが、この国では『自己責任』です」

「ああ、『郷に入っては郷に従え』という諺があるが、そう思ってやってきた。しかし、そう考えない人もいる」

「マリア母さんがですか?」

「考えて見ろ、自己責任論の強いこの国で、無償の愛を注いでくれる人がどれだけいる」


 話が重たくなってきたので義行は一旦お開きにして、明日、改めて話合うことにした。


 その日の夜、夕方に作った燻製を肴に自室で一杯やっていた。すると、グラス片手にシトラさんがやってきた。


「本当にもう、おいしい物のときには現れますね」

「フフッ。話を聞いてあげようと思ってね」

 話相手の欲しかった義行にはちょうどよかった。

「で、どうするべきなんですかねー?」


 いつもであれば、こうは言っても、なんらかの答えを持っている義行だったが、今回ばかりは本当に悩んでいた。


「救いたいなら救えばいいんじゃない? 魔王さまのやりたいようにね」

「でも以前シトラさんは、『失敗して初めてわかることもある』って……」

「えぇ、言ったわよ。でも、彼らもかなり失敗してるんじゃない? 今なら、身に染みてわかってると思うわよ。それに私、『ずっと放っておきなさい』とは言ってないわよ」

「あ! そして、『仲間を信頼しろ』と」

「いまさら彼らが魔王さまを信頼するかどうかはわからない。でも、お節介と言われてもいいじゃない。拒否られてもいいじゃない。お前らが自由にやるというなら、俺も自由にやってやるくらい言い返してやりなさい」


 それを聞いて、義行の気持ちは固まった。

 その後は、二人で燻製を摘まみながら、くだらないことでひとしきり盛り上がった。


「さてと、おいしいお肉とお酒もいただいたし、もうひと働きしてきますかね」

「こんな時間から仕事ですか?」

「ちょっとね……」


 そう言って、シトラさんはスッと消えた。


 そんなことがあった翌日、義行はノノたちに方針を伝えた。


「土づくりのやり方、落ち葉堆肥の作り方や堆肥の使い方を改めて自由組にたたき込む。合わせて、栽培マニュアルを隅から隅まで読ませて理解させる。異論は認めない。ノノ、シルム、お前たちは矢面(やおもて)に立たなくていい。それは俺がやる。ただ、奴らも俺には言いにくい、聞きにくい部分もあるだろう。だから、相談があったときには答えてやってくれ」


 ノノとシルムは「はい」とは言ってくれたが、気持ちは複雑だろう。サイクリウスに至っては腕組みしたまま黙っていた。


「どうしたサイクリウス、不満か?」

「大変ですよ?」

「覚悟の上だ」


 翌日、義行は自由組八人を有無も言わさず堆肥置き場に集合させ、腐葉土を作らせ始めた。当然、『作業時間が減る』とか『もう俺たちにかまうな』とぎゃあぎゃあと(わめ)かれたが無視した。無視ついでに、勝手に腐葉土の効果、土の重要性を纏めた紙を玄関の戸に貼り付けて回った。

次回の更新は、四月三日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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