第六十九話 内輪もめ
今年も黄金色の稲穂が頭を垂れている。落水も終わり、モカたちの業務も今年は終了ということでどこかへ行ってしまった。
実りについては城の田んぼだけでなく、ブレットさんやライザーさんが管理する田んぼも遜色ないものだった。
「魔王さま、城の田んぼはもう稲刈りを済ませましたか?」
「いえ、二日後を予定しています。第二圃場の田んぼも同じ日を計画してます」
「それなら、うちも二日後にしましょうか?」
「いえ、ブレットさんとエリーさんだけでは大変でしょう。その翌日でどうでしょう。他の者も手伝えますから」
「それはありがたいです。では、三日後の午後からということにします」
稲作を始めて四年が経ってる。ノノもシルムもよくわかっていて、特に指示しなくても準備をしてくれている。
二日後の早朝、メイド隊とブレットさん、エリーさんが城の田んぼに集結して稲刈りが始まった。その後、第二圃場に移動し、研修員も入れて十二面を一気に刈り取った。
「来年も協力できるといいですね」
「では明日の午後、ブレットさんの田んぼの前で」
充実した一日が終わり、翌日の朝のことだ。
「あいてててっ」
(ちょっ、おい魔王、毎年お前の体はどうなってんだよ?)
「魔王さま、またですか? よく飽きませんね……」
「飽きる、飽きないの話じゃないんだよ。あいたたっ」
「まあ、今日は無理せず休んでください。ブレットさんの田んぼは私たちが手伝ってきますから」
案の定、義行一人が筋肉痛でベッドから出ることができなかった。
まともに動けるようになったのは翌日のことで、義行は第二圃場に向かった。稲架の前に財務担当者が立っているのが見えた。
「どうした、なにか問題でも起きたのか?」
「魔王さま。どのくらいの収穫があったのか確認に来ました」
「天候もよかったし、触った感じだと昨年並みだろうな」
「そうすると、田んぼ一枚当たり七百キロ前後。そうですか、そうですか」
義行は妙に納得して帰って行く財務担当者を見送り、そのまま第一圃場に向かった。二面ほどなにも植えられてない畑が見える。ここには数日後、イチゴを定植するのだ。来年の五月がいまから楽しみだ。
その後、雨が降る日もあったが乾燥も順調に進み、脱穀して保管というときだった。
「魔王さま、第二圃場の米ですが、ポテ同様こちらで管理いたしますね」
「えっ、いや……、ライザーさんに任せようと思ってるんだが?」
「なにをおっしゃいます。城で管理して、広く国民に提供しなければなりません」
「だが、種籾の管理、稲わらや糠の取り扱い、販売計画を立てていくのも研修の一つなんだが?」
「そういった物も売り物になるんですよね? ですので当部署で担当します」
お互い言葉を荒らげるわけではないが、両者とも譲らない。
「ちょっと待ってください。魔王さまは、『そういったことも含めて研修だ』と仰ってるんですよ。ライザーさんに任せるとなにか問題が起こるんですか?」
ここまで黙って成り行きを見ていたシルムが食って掛かった。
「そのような話をしているのではありません」
このひよっ子がとでも思っているのか、担当者は冷ややかな声でぴしゃりと告げる。
「第一期の農家が収穫した野菜は彼らが管理して、販売しましたよ?」
「論点をすり替えないでいただきたい。それは、契約でそうなっていたからではないですか? 収穫物は各農家が販売し収入にする。その中から土地の賃借料を支払い生計を立てる。違いますか?」
「そ、それは……」
担当者の説明におかしいところはない。シルムには悪いと思いながら、義行は黙って聞いていた。
「研修の一環としてライザー氏に作業を任せるた場合、これまでのポテやドテの販売との整合性はどうされますか? 米は自分たちで管理する、他の野菜は財務担当で販売管理しろですか? 都合がよすぎますよね」
「そ、それは……。ただ、種籾まで管理されると来年の苗が……。来年の種籾分だけは確保させてください」
シルムも、少しでもよい条件にしようと試みてはいるが相手が悪すぎた。
「ではお聞きします。彼は第一圃場の農家のように、独立した存在ですか?」
「……」
「そう、彼はあくまで研修員です。この後、彼が稲作農家として活動を始めるなら、そのときに種を購入すれば解決します」
「しかし、第一期の農家がポテを栽培するときには、城から種芋を提供しています。それはよくて、米はダメというのはおかしいです」
「ですから論点をすり替えないように! では研修制度が終了すると、ライザー氏は城お抱えの稲作農家になるのですか? そのような『契約』を結びますか?」
職員採用試験に合格するような人物なのだ、今は財務担当者だが法律も勉強しているだろうし、これまでの実務経験もある。残念だが、今のシルムでは太刀打ちすることすら難しいだろう。
「魔王さま。ライザー氏と来年そういった契約を結ばれますか?」
シルムでは埒が明かないと考えたのか、矛先が義行に向けられた。
「俺個人の考えは、自由に活動してもらう予定だ」
「そうであれば、なおさら城から種を融通するのはおかしな話になります」
かれこれ三十分は話している。米以外の作物の販売・管理をさせてしまった以上、なにを言ってもダメだろうと義行は思った。
「わかった。米の販売も一任する」
ようやく話が付いたかと安堵する財務担当者だ。
しかし、そうは問屋が降ろさなかった。
「ただ、販売計画を出してくれないか。確認したい。それと、来年の研修に使う種籾の量も計算して保管しておいてくれ」
財務担当者の顔色が一瞬にして変わった。
「なにポケーっとしているんだ? 全部一任するよ。だからやれ!」
担当者は、「何人雇用するのか」、「何枚の田を準備するのか」、「種の保管方法は」とあれこれ質問してくる。
しかし、その質問に義行は全て、「来年の希望者次第だ」で終わらせた。
「あ、えっと、その……、いっ、いつまでに?」
「なんだ、そんなに時間が掛かるのか? 数字は得意なんだろ」
「は、はい! 早急に仕上げます」
「あぁ、そうだ。念のために確認するが、俺が作った米はどうするんだ?」
「そっ……、そちらは、魔王さまの自家消費分ですので、ご自由にしていただければと思います」
命令で従わせることもできたが、余計ないざこざは起こしたくなかった。シルムは頑張ってくれたが、義行は一旦引くことにした。
その後、財務担当者は二つ三つ再確認し、足早に去って行った。
「魔王さま、いいんですか? なにか変ですよ。ポテのときも強引でしたし……」
義行もそれは感じていた。しかし、さっきのやり取りも筋は通っているのだ。
「でも、来年のライザーの種籾はどうしましょう?」
「うちが融通すりゃいんじゃん。俺たちが一、二回分食事を減らせば種籾は確保できる」
「あっ! 最後に念押ししたのは……」
「そうだ、俺たちが作ったものに手出しさせないためだ」
そんな会話がされている頃、担当者の戻った財務担当部は大慌てになっていた。
「おい、これまでの米の販売実績と数量、需要予測も。それと、現在の販売金額のデータ出して。あ、お前は、田んぼ一面に苗を植えるのに、どのくらいの種が必要になるのか計算してくれ」
「待てよ、そんなもん知らねえよ。米なんて去年、少し売られただけだぞ」
「そこは想像してくれ! あと、栽培マニュアルがあるんじゃなかったのか?」
「そりゃ、振興部にはあるだろうが、ウチが持ってるわけないだろう」
「夜、こっそり調べてこいよ。主査、すみません。米七百キロを一年間販売する場合、販売量と金額をどの程度にすればいいかシミュレーションしてもらえますか? ポテやパン、さらにパスタを主食とした場合の組み合わせで数パターンお願いします」
「ちょっと待て、いつまでにだ?」
「できるだけ早くお願いします」
財務担当部が大変になってるのを知ってか知らずか、振興部の部屋に戻った義行とシルムは、来年五月のイチゴの収穫を思いながら、苗の定植を相談し合っていた。
そんな騒動があった二日後、目の下に隈を作った財務担当者が、財務大臣室で説明をしていた。
「これが米の販売計画か?」
「はい。需要は中程度として、販売価格は小麦を参考に算出しました」
「小麦の五割り増しか……」
「希少性を考えると、もう少し高くてもよいかと思いますが、米を広めるためにはこのくらいが妥当かと」
「希少性を考慮するなら、小麦の価格の二倍でいいだろう」
「はい。そのように修正します」
「販売方法だが、米は流通量が少ないから転売をもくろむ奴が出るだろう。転売を見つけたら厳しく取り締まれ」
「かしこまりました。来年用の種籾ですが、この量で?」
「それに関しては任せる。調査はしたんだろ?」
財務大臣は、『そんなことを俺に聞くな』と一喝したかっただろうが、ギリギリ踏みとどまった。
「これで魔王さまに説明して来い。(ったく、魔王さまも面倒くさいことを……)」
一部分赤字で修正された起案書を持って、財務担当者は振興部へ向かった。
「魔王さま、お待たせしました。販売計画をお持ちしました」
「早いな」
財務担当者が資料一式をテーブルに広げた。
「三日に一度、十五キロを上限として計り売りか」
「はい、これで約一年販売を予定しています」
「一年も持つのか?」
「現在主食であるパン、ポテ、そしてパスタの消費も考慮して算出しました」
義行も去年の自分の食事を振り返ってみたが、悪い予測には思えなかった。
「販売金額がキロ当たり小麦の二倍か……」
「はい、希少な米ですのでもう少し高くてもと思いましたが、この辺が妥当かと」
「販売量も考慮するとそんなもんか。あと、この転売の取り締まりはいい案だ。しっかり頼む。それで、販売はいつからだ?」
「できるだけ早いうちにと思っております」
「それなら、マリー、俺付きの料理番知ってるだろ? 彼女と相談して、米の炊き方を記載したものを販売時につけるようにしてくれ」
「ずっとでしょうか?」
「いや、ある程度広まれば止めていい」
それ以外の箇所はざっと目をとおし、義行はサインをした。二日で作ってきた割りには概ね満足できる物であった。
決済が下りた一週間後、最初の米が販売された。精米機が一つしかなく、往生したのは内緒である。
次回の更新は、三月二十七日(金)十七時三十分前後を予定しています。




