第六十八話 侵入者?
季節は秋から冬へ向かっている。第一圃場ではニンジン、アーシ、タマネギの委託栽培。第二圃場では、それらにポテを加えた栽培が行われていた。自由組はなにを栽培するのか気になった義行は、シルムを呼んで聞いてみた。
「なあシルム、第一圃場の自由組はなにを栽培してるんだ?」
「この秋は、サラダ菜とホウレンソウのようですよ」
「そうか。それで収入的に困るようなことはないよな?」
「はい。ここ二、三年のサラダ菜とホウレンソウの価格を考えれば、路頭に迷うことはありません。あ、ポテを植えた農家が数軒ありましたよ」
「ポテに限らず、他のものも自由に植えればいいのにな。種は仲間から買うか、自家採取できるのに……」
「そこはプライドが邪魔するんでしょうね」
「面倒くさいよな。シルム、悪いが自由組が変なことにならないよう、たまに見てやってな」
ちょっとした揉め事から自由にやるとなった者たちだが、当初は同じ目標に向かっていたこともあり、無視したくはない義行だった。
そして、もう一つ懸念事項があった。今年も好天に恵まれていたこともあり、アリルさんの山が気になっていたので呼んでみた。
「アリルさーん、いいですか?」
しばらくすると、スッとアリルさんが現れた。現れ方一つとっても、どこぞの方たちとはなにか違う感じがする。まあ、どこの方とは言わないが……。
「魔王さま、なにかありましたか?」
「問題じゃないんです。今年も好天が続いてますけど、動物はどんな状況かと思って」
「お気遣いありがとうございます。正直、あまりよろしくありません。今年の秋も、山の実りは多そうです」
好天続きを喜ぶもの者もいれば、こうして困る人もいるのだ。
「ただ、これまでの成果がありますから、以前のように大繁殖することはないと思います。新しい動物担当が来るという話も出てますから」
話を聞く限り、西の山は大丈夫だろう。北東の村から移住があれば、もう少し変わるのだろうが、あれから回答はまだ来ていない。
そんなことを考えていると、ヴェゼとスプリーがスルッとソファーに現れた。
「いらっしゃい。なんだか珍しい組み合わせだな」
「アニー 仕事で これなくなった」
「悪い仕事じゃないんだろ?」
「よくわかりません。でも 笑顔でした」
マリーにパンケーキを焼いてもらい、牛乳と一緒に持ってきてもらった。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「森に 人が入ってきた」
「いつ?」
「先月は二人 今月も二人です」
「多いな……」
連絡道路が作られるとき、一般人の侵入は予想していた。例の事件の効果も薄れてきたのだろうかと考える義行だ。
「男? 女?」
「先月の二人は男 今月は男と女 一人ずつです」
「それは夜なの? 昼なの?」
「先月は夕方でした。今月は昼間です」
(……。バラバラだな。城に潜り込むなら夜だよな。夕方は肝試し? 昼間はなにかの事前調査か?)
「なあ、ヴェゼ、スプリー。次、人が入ったらすぐに教えて」
「わかった」
そう約束すると、二人はスッと消えた。それに合わせて、アリルさんも帰って行った。
その後、半日モヤモヤした気分で過ごした義行は、夕食のときにメイドたちに聞いてみた。
「去年、森に入って散々な目に合ったって噂が広まったじゃない。まだ皆、気にしてるのかな?」
「そうですね……。それなりの年代の者は気にしてるようですが、若者はもう忘れてると思いますよ」
あれから一年は経っている。そんなもんだろうなと義行は思った。
「どうかしたっすか?」
「今日ヴェゼたちから聞いたんだけど、先月から、森に入った奴らが四人いるらしい」
「なんでしょうね。なにか目当てのものでもあるのかしら?」
「見る目があれば、あそこは宝の山だからな」
「でも、そのお宝を判別できるのは魔王さまくらいですわ」
現代の知識があるからそうできるだけで、知識のない一般人が入ったところで、単なる森にしか見えないだろう。
「たぶん、魔王さまの暗殺を狙う秘密結社の連中っすよ。侵入経路の調査っす。深夜、窓から『覚悟ー!』ってやって来るっすよ」
「それなら、市場の方が狙いやすくないか? 俺、一人でフラフラしてるし」
「お気を付けください。食材を見つけたら、他がお留守になってますから」
きれいに落ちがついたというか、クリステインにキッチリ釘を刺された。
そうなると、平和すぎて刺激を求める若者が出てきたのかもしれない。取り敢えず様子見することにした義行だった。
そんな話があった翌日の昼食後のことだった。食堂で茶をすすっているとヴェゼがやって来て、「魔王さま。森 人来た」と言われた。
「クリステイン、行くぞ!」
三人は森の中を駆けて行った。泉の前を抜け、少し行った辺りでスプリーが身を低くして待機してた。
「どんな状況だい?」
「上を向いたり 下を向いたり なにか探してます」
木々の隙間から、女性がなにかしているのが見える。
「クリステイン、誰かわかるかい?」
「少し遠くてわかりずらいですが、城の職員です。部署は覚えてませんが、間違いありません」
義行はぐるっと泉を迂回して、いかにも反対側から来たように見せかけ、その職員に近づいた。
「どうした、迷ったのか?」
義行は、できるだけ優しい感じで話しかける。
「あ、いえ、あの、その、すみません」
いきなり現れた魔王に女性職員は焦りまくっている。
「甘い果実が取れるんです。いつもは森の入り口くらいで取ってたんですけど、もう皆が食べちゃって、それで中まで来てしまいました」
「まあ、秋の恵みだから食すのは構わんが、あまり奥に入ると迷うぞ。気を付けろ」
その職員が引き返して行くのを見送って、義行は皆のところに戻った。
「どうやら、甘い果実が取れるらしい。なあヴェゼ、そういった者は多いのか?」
「森の縁で 山菜や果物とる人 いる。でも 奥まで来ない それなら いたずらしない」
「じゃあ、先月も今月の二人も森の恵みが目当てなのかな?」
「たぶん 違うと思う。なにも 持ってなかった。でも 奥まで来た。だから 追い出した」
結局、答えはわからずじまいで、それぞれ引き上げた。
なんとなく侵入理由がわかって一安心と思ったその日の夕方、スプリーが慌ててやって来た。
「森の奥まで 入ってきました」
「わかった。ヴェゼとスプリーで、いつもの入り口に誘導してくれないか?」
「わかりました」
数十分すると、一人の男がこちらに向かってくるのが見えた。義行には見覚えがあった。名前は覚えていないが、財務担当部の職員だ。
「ま、魔王さま……」
「よう、こんな時間に山菜取りか?」
下を向いて、せわしなく指を動かしている。言い訳でも考えているのだろうが、魔王相手に嘘は付けないと覚悟を決めたのだろう。
「ゲ、ゲームで負けまして……」
「ほう、財務担当部は随分と余裕があるんだな。羨ましいよ。平日の業務時間中に遊んでられるとはな」
職員は下を向いたままだ。
「それで目的はなんだ? なんで罰ゲームが森の探索なんだ?」
「そ、その……、ゲームに負けた奴が、『本当に森が不思議なところなのか確認して来い』ってなりまして……」
「先月と今月で、森に入った奴が四人いるらしいが?」
「先月の一人と今月の一人は、自分の友人です。後はわかりません」
「友人というのは、財務担当部のという意味か?」
「はい」
「明日九時に、そいつらと俺の執務室まで来い」
残りの一人をどうやって見つけるか考えながら裏口に向かっていると、一人の女性職員が青い顔をして駆け寄って来た。話を聞くと、今日森に入り込んだ女性職員の友人で、純粋に甘い果実目当てで入り込み、ちょっと色気を出して奥に進んだだけのようだった。なので、その場で厳重注意しておいた。
そんなことがあった翌日、九時五分前に魔王の執務室のドアがノックされた。
「改めて聞くが、なにがしたかったんだ?」
「はい。あの森は宝の森だ。森の反対側には絶対なにかある、一攫千金も夢じゃないという話で盛り上がりまして、ゲームで負けた者が探索するということになりました」
「なにか見つかったか?」
義行は静かに問う。
「い、いえ、なにも……」
「当ったり前じゃい! そんなお宝があるなら、もっと前に見つかっとるわ。あの森が何百年あると思っとんねん!」
つい大声が出てしまった。これまでの魔王が怒鳴ることはなかったのか、職員はビビりあがっていた。
「それで、その噂は誰が持ってきたんだ?」
「いえ、その……、誰というか、いつの間にか部署内で噂になっていたというかなんというか……」
「悪意があって入ったわけじゃないんだな?」
「はい、それは誓います」
「わかった。変な話には首を突っ込むなよ。下がっていい」
闇雲に入ってもお宝には巡り合えない。それに、お宝にたどり着く前に、強力な門番が控えている。
なんとなく違和感のある終わり方だったが、それ以上考えることはしなかった義行だった。
次回の更新は、三月二十日(金)十七時三十分前後を予定しています。




