第六十七話 緊急募集
それなりに暑い八月も終わり、秋蒔きの準備が始まる九月初旬のことだ。第一圃場を歩いていると声を掛けられた。
「魔王さま、今年の秋植えの依頼分は?」
「すみません、まだ連絡していませんでしたね。タマネギを一面、アーシとニンジンを半分ずつ計二面を使用します」
「予定どおり、ポテはなしということでいいですか?」
「はい、城からの依頼はありません。ですので、ポテが必要な場合は個人個人でお願いします」
第二圃場である程度の秋植えポテを作ることから値崩れ防止も兼ねて、ポテ以外を依頼することにしたのだ。ただ最近、第二圃場があるのなら一圃場の委託は止めて、自由に栽培してもらってもいいのかなと義行は思い始めていた。
そんなことがあった翌日、北東の村から連絡が入った。義行は、ノエルとマリーを連れて村へ向かった。
「わざわざお越しいただいて申し訳ありません」
「いえいえ、このようなお話であれば飛んで来まよ」
実は、飼育マニュアルの作成のためにヤーロウを譲ってもらう話をしていたのだ。うまい具合に生後一か月のヤーロウがいるということで、三頭譲渡してもらったのだった。
「飼育マニュアルができましたら、確認してもらえますか?」
「えぇ、マニュアルがあるのはありがたいことですので、協力させていただきます」
「あと開拓地への進出はどうされます?」
これは別件だったが、北東の村から来てる猟師経由で、開拓地でのヤーロウ飼育について相談を受けていたのだ。
「すみません。その件については、何人移住して、何頭飼育するか。土地の賃借料と売上から採算は合うのか等々の計算をしている最中でして」
「そうですね。利益が出なければ意味がないですからね。決まったら連絡ください」
マリーとノエルは、三頭の仔ヤーロウを連れて連絡道路に向かった。義行は、それを追いかける。道路の前後を見ながら、三人と三頭は、タイミングよく森へ飛び込んでだ。
「連絡道路を歩いても三十分と違わないんすから、ここまでやる必要あるんすか?」
「ヤーロウがいなけりゃ、東の通用門から帰るんだが、ヤーロウもいるしな」
そんな話をしていると、アニーが姿を現した。
「魔王さま その仔たち 飼うの?」
「ああ、マニュアルを作るために城で飼育するんだよ」
「ちっちゃいの 可愛い」
屋敷までの間にアニーは早速手なずけており、そのまま牛舎の一角を改造したヤーロウ舎に入れてもらった。
その後、食堂でアニーにお菓子を振舞いつつ、ちょっとだけ躾を依頼しておいた。
午前中にそんなことを終わらせ、午後から振興部で決裁書類に目をとおしていると、ポーセレン商会のケラムさんから連絡が来た。
「魔王さま、申し訳ありません。お力を拝借したいのですが……」
最近のポーセレン商会からの相談は、悪い予感しかしない。
「実は、ニワトリが増えすぎて、ガデンバードとミルカウだけでは世話が難しくなってきました。城の方で養鶏業者の募集をしていただけませんか? ニワトリは商会から提供します」
ガデンバードさんがいながら頭数管理ができていないとはどういうことか、と義行は訝しんだ。
「正直に言いますが、卵の消費自体が増えているなか、パスタがでてきました。その需要があると踏んで頭数を増やしてきましたが、実際に管理するガデンバードとのやり取りに問題がありまして、今、二百羽を越えて、子供たちに手伝ってもらってギリギリ持ち堪えているている状況です」
「と言われましても……。ポーセレン商会から人は送り込めないんですか?」
「動物が嫌いという者、においがダメという者が多くいまして……」
まさかガデンバードさんが……と考えたが、話を聞くかぎり、ポーセレン商会の不手際のようだ。
「ガデンバードさんはどのようにしたいと?」
「既に譲り受けた養鶏業なので、自分たちで人を雇用してポーセレン商会の別部門にするか、他者にニワトリを融通して飼育してもらう、それができないなら肉として販売して、自分たちで管理できる数に減らすべきだと」
どうやら、ガデンバードさんはかなり冷静に判断ができているようだ。
「ただ、親父が渋ってまして」
「人を雇えば人件費がかさむ、他者に譲ればライバルが増えるということですね」
「はい。親父としては、今の状況を手放したくはないでしょうね」
マヨネーズのブームは過ぎたとはいえ、需要はまだある。パン生地用、パスタ用と卵の需要も上昇していることを考えれば、先行者利益は手放したくないのは義行も理解できる。
「きつい言い方になりますが、これは城の責任ではないですよね?」
「はい、私と親父というか、ポーセレン商会の問題です」
「そこに我々がどこまで関与するべきか……」
「それは重々承知しています。しかし、ガツンとやらないと親父は納得しないでしょうから……」
義行としても、このままズルズルと長引いて、ガデンバードさんやミルカウさんの負担だけが増えるのは避けたい。
「一日ください。明日の昼、ガデンバードさんのとこでまた話し合いましょう」
「わかりました」
一番はポーセレン商会で新たな人材を育て、のれん分けすることだ。これなら先行者利益も変わらず享受できる。そんなことを考えながら義行は、サイクリウス、法務部、財務部、そして都市計画部の大臣を振興部に呼んだ。
「さっき、ポーセレン商会から、ニワトリを増やしすぎてパンクしそうだと連絡あった。ニワトリはポーセレン紹介が提供するから養鶏業者を募集してほしいと相談された」
「まさか魔王さま、受けられたのですか?」
サイクリウスにギロリと睨まれた。久しぶりに冷や汗が出る睨み方だった。
「い、いや、まだなにも。明日もう一度話し合うことにした」
「賢明な判断ですな」
取り敢えず合格はもらえたと義行は胸を撫でおろした。
「もし二つ返事で受けてたら、他の商会からわんさか依頼が来てたでしょうな」
「ああ、だから返事は保留したんだ。なにかいいアイデアはないか?」
「既に民間に譲渡した事業です。あまり口を出すべきではないと思います」
考える間もなく法務担当大臣が答えた。義行も予想していた回答だ。
「都市開発部はどうだ」
「我々の部署は、できて土地の融通まででしょうね。魔王さま、悪いことは言いません。関わるにしても開拓地の提供までかと。もし人材募集するにしろ、事業を一部譲渡するにしろ、それはポーセレン商会にさせるべきです。官僚的な発言かも知れませんが、これは城の責任ではありません」
「そうだな。その意見が聞けて方向性は決まった。ポーセレン商会で養鶏希望者の募集をしてもらおう」
その後いくつか確認し、サイクリウスと大臣三人は振興部を出て行った。
サイクリウスと法務部、都市開発部の大臣が自室に向かうなか、財務担当大臣だけは外に出ていった。
その翌日の昼、義行は開拓地のマヨネーズ工場の応接室を訪ねた。
「ガデンバードさん、大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。なんとか踏みとどまっている状態ですね」
ヤバイ状況がはっきりと見て取れる。
「魔王さま、結論は?」
「申し訳ありません。譲渡して三年経ちますので、これ以上の優遇は双方痛手になるというのが城の意見です」
「魔王さま、それが当然の答えです。若旦那、ここはポーセレン商会で養鶏業をやりたいものを募集して指導しましょう」
「そうだな。どこかの時点で養鶏業は広まる。それが今だったと思おう」
ごねられるかと思ったが、案外あっさりと決着した。もしかしたら、親父さんは二人の子供に相当責められたのだろう。
その翌日、街中ではポーセレン商会が養鶏業に携わる人員を募集しているという話で持ちきりだったようだ。
「クリステイン、どういう条件にしたんだ?」
「個人でも、グループでも、商会の一部門として受けてもよしとして募集をかけました」
「そうだな。個人では限界があるが、商会の一部門として運営するなら人員投入しやすいから、数もこなせるか」
「我が家がそれをできればよかったのですが、マヨネーズの生産や卵の販売に力を入れましたので……」
「それはそれだ。やり方はいろいろあるさ。で、応募はあるのか?」
「既に一グループ出てきております」
それから数日後、ケラムさんが面会に訪れた。用件は例の件だろう。
「どうなりました?」
「個人から一件、グループから一件応募がありました。面談の結果、グループで応募してきた者を選びました」
「どういった人物か聞いても?」
「代表は、酒処に食材を卸している商会長の親戚です。自身でもそれなりの土地をもっていて、商会長とその関係者が資金と人員を出すようです」
「と言いうことは、開拓地を提供する必要もないということですか?」
「はい。今持っている郊外の畑の一部を養鶏施設に変えて対応するそうです」
どうやら、それなりの者が応募してくれたたようだった。今後、こういった者が増えてくれればと義行は思った。
「一点気になるんですが、これまで卵を卸していた店への影響は?」
「マヨネーズの生産を抑えることで、他店へ影響が出ないようにいたします」
「大変でしょうが、頑張ってください」
今回は魔王らしい判断ができたんじゃないだろうかと義行は思った。
次回の更新は、三月十三日(金)十七時三十分前後を予定しています。




