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第六十五話 居酒屋

 昨日から激しい雨が降り続いている。幸いなことに風はない。しかし、義行は不安に思うことがあった。五月にアプリさんが言った、『雪解け水が川に流れ込むから、大雨のときは注意してね』だ。


 義行は、土木部の職員とサイクリウスを招集して緊急会議を行った。


「昨日からの雨で、相当の雨水が川に流れ込んでるはずだ。至急、川の水位を確認するように」


 一斉に職員が雨の中出て行った。


「サイクリウス、護岸の弱そうな箇所のチェックはしてるんだよな?」

「はい、五月に魔王さまから指示がありましたので、決壊の起こりそうな箇所は修理を進めておりました」

「現状、対策済みということだな。職員が戻って来たら、『川に近づかないように』と市民に案内を流すように伝えてくれ。やり方は任せる。俺は開拓地に行ってくる」


 あの辺りは土地が低いわけではないが、灌漑用に用水路を張り巡らせている。水量が増えると、一気に流れ込んでくる可能性があるのだ。


「魔王さま、こんな雨の中どうしました?」

 取水口の側にブレッドさんがいた。

「かなり水かさが増してきたので、取水口をどうしようかと思って」

「それでしたら先ほど、私とライザーさんで閉じました。排水口は、第一陣の農家の男手が閉めに向かいました」

「そうですか。全開にするのは雨が止んで、水位が戻ってからお願いします。その間は、様子を見ながら調整してください」


 既に皆が動いてくれていた。これなら被害はないだろう。


 翌日も雨は降り続き、翌々日の昼前に雨が上がった。

 昼食後、義行は纏められた報告書に目をとおしていた。事前の補強工事のお陰で、河川の氾濫(はんらん)もなく城下の被害はゼロであった。ただ、稲が自生していた辺りでは小規模だが氾濫があったとの報告が後に入って来た。


 義行はアプリさんに美味しいお菓子を振舞わなきゃなと考えながら、この二日で溜まった書類にサインをしていった。

 そんな中、財務部と都市計画部連名で上げられた起案文書に面白い文字を見つけた。


「酒処の開設申請か……」


 義行も居酒屋のような楽しめる場所があってもと思っていた。


「ワインと簡単な食事を提供。うん、それなりに人も集まりそうじゃないの」

「魔王さま、なにかいいことですの? 書類を見てニヤニヤするなんて珍しいですわ」

 また一人でブツクサ言っていたようだ。

「面白そうな起案が出てきたんだよ。ノノ、二番街道の入り口の所に空き店舗なんてあったっけ?」

「確か、移動用の馬車を手配する事務所があったはずですが、後継ぎがいないとかで閉めたはずですわ」

 今こそ、仕事をさぼって市場をフラフラしていることが生きるときだ。

「あそこか……。場所も広さも悪くないな。因みに、この出資者はどんな人かわかる?」

「……、私が知ってる方はいませんね。顔を見ればわかるかも知れませんが」


 別に義行も本気で知りたいわけではないのだが、気になりだすとモヤモヤするのでサイクリウスの所に向かった。


「サイクリウス、この酒処の起案文書に出てくる出資者って何者だ?」

「ああ、その起案文書ですか。一番上は物件のオーナーです。その次はワイン組合の会長、次が食料品の卸を営む商会長、その次はの方は私も存じ上げませんが、最後の店の運営者は魔王さまもよくご存じの方ですよ」


 サイクリウスは、ちょっと悪戯(いたずら)な笑みを浮かべる。


「誰だよ……、こんな名前の奴は知らんぞ?」

「金儲けの話になると首をツッコんでくる、あの若造の一人ですよ」

「あのバ……じゃなかった、あの頭の悪そうなあいつか!」


 言い直しても、悪意ありありであった。


「ええ、三番街道の服飾関係では一番の大店(おおだな)の長男ですね」


 あんなのが跡取りって、店潰れるぞと思った義行だった。ただ、あからさまにそれが顔にでていたのだろうか、サイクリウスから補足が入った。


「街の噂ですけど、店を継ぐのは次男で、長男の彼は好き勝手してるようです。なので、自分の店を持ちたいという思いで一枚噛んでるんでしょう」

「でも、これまでこんな店はなかったんだよな。どう思う?」

「食糧事情も改善してきて、新しい料理も広まっています。独身で料理なんかしない(やもめ)にとっては、酒が飲めて飯が食える場所は重宝すると思いますよ」


 サイクリウスの反応も悪くないので、案外当たるのではと義行は思った。


「ワイン組合がバックに付くなら、酒は問題なさそうだが、飯やその他雇用についてなにも書かれてないぞ?」

「面談でもされますか?」

「いいのか?」

「ええ、我が国初の事業ですし、酒が入ると問題を起こす奴らも出てくるでしょう。その対策なんかも聞いておく必要があるかと思います」


 そんなことから、二日後に城で面談が行われることになった。

 この国、やるとなると意外と素早い。


 面談の日、会議室には申請書に名前のあった四人が揃っていた。


「今回はお呼び立てして申し訳ありません。是非、具体的に内容を聞いてみたかったもので」

「いえいえ、魔王さまの目に留まるとは思ってもおりませんでした。我々もこの事業は是非とも成功させたいと思っておりますので、何卒よろしくお願いいたします」


 一人を除いて、できるオーラが半端なかった。


「食事も出すようですが?」

「はい。最近は食糧の流通量も増加していますし、肉も多くはないですが出回ってきました。それらをうまく使って提供しようかと」

「と言っても、量を仕入れるのは難しいのでは?」

「それに関しましては、私の商会を通じて提供させていただきます。どのような方法かは企業秘密になりますのでご勘弁を」


 流石に簡単には話さないだろうとは思ったが、案の定はぐらかされた。しかし、なんらかの仕入れルートを持っているようだ。義行は、市場に出してほしいと思った。


「料理はどうするんですか?」

「料理の上手い主婦を雇って作らせようと思っています」

「価格に関しては?」

「それについては、我々もボランティアではありませんので、それなりの利益を乗せた価格で提供しますが、十分満足いただける価格で提供させていただきます」

「本日お集まりいただいた四人は出資者で、実際に作業されるのは別の方と思いますが、そのあたりの募集や労働体系なんかは?」

「店の運営と指揮は彼が行います。雇用するスタッフについては、十分生活できる賃金と安心安全な労働環境を提供いたします」


 一番不安な奴が運営責任者に不安を隠せないが、ここでは指摘しなかった。


「最後になりますが、これは私からのお願いというか、許可を出す条件です。一つ目は、酒によるトラブルが起きないよう、提供する量に注意してください。特に、飲み過ぎ等による暴力事件や問題行為は御法度(ごはっと)です。二つ目に、飲食業ですので、食中毒等の発生には万全の注意を払ってください。場合によっては、一発免停にする場合もあります。私からのお願いは以上です。本日はありがとうございました。後日、営業許可証が交付されると思います」


 面談後、義行はサイン済みの起案文書を都市計画部の担当者へ持っていった。


「これ、サインしておいた。で、悪いんだが、開店してからは数か月毎にお忍びで調査をするようにしてくれないか?」

「わかりました。報告は口頭で? 書類で?」

「書類で頼む」


 そんなことがあった二週間には、マリーから情報がもたらされた。


「魔王さま、二番街道のところにできた酒処知ってるっすか?」

「なんだ、もう開店したのか?」

「もともとあった建物の内装工事だけなので、十日ほどでできたようですよ」


 こんなに早く雇用もできるものかと思ったが、農業希望者を集めるのとは違うかと義行は思った。


「食事については情報はないのか?」

「聞いた話では、ポテを使ったつまみ、肉のつまみ、ワインがよく出てるとか」

「なんだ、がっつり食事系はないのか。ならいいや」

「『いいや』とおっしゃるのは?」

「ああ、新しいおかずレシピならパクリに行こうかと思ったんだが、つまみ系じゃ意味ないなと思って」

「というより、魔王さまが一人でフラフラしないでください」

「はーい」


 それっきり、酒処のことは義行の頭から消えてしまった。

次回の更新は、二月二十七日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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