第六十四話 泥棒?
ポテの収穫が終わった第一と第二圃場は、黒一色になった。黒一色といっても、自由組は別だ。そして、第二圃場の秋からの栽培は決まっているが、第一圃場は今年から各農家で違いが見えてくる。ただ、なにをするにしても、秋までは土づくりだ。
気分転換に開拓地を見て回っていた義行が屋敷に戻ろうとしたとき、エリー&ブレッドの中から手を振る者がいた。
「魔王さま、ちょっと時間ありますか?」
ブレットさんに呼び止められた。稲作は水の管理や中干し等で忙しいはずだが、休憩時間かなにかなのかもしれない。
「なんでしょう?」
「ちょっと批評をお願いできれば……」
どうやら稲作のことではなく、パンのことだったようだ。
「この三種類なんですけど……」
トレーには、丸い形に成型され焼かれたパンが載せられている。
一つだけ明らかに色が違う。残りの二つは普通のパンにみえる。香りを嗅いでみると、違いがわかった。
「おもしろいですね。これは小麦と米粉のミックス、これは米粉のみ、そして玄米のみじゃないですか?」
「さすが魔王さま、正解です」
そう、ブレッドさんとエリーさんが稲作に飛び込んだ理由の一つである、米粉のパン。その開発に余念がないようだ。
「色に関しては気になるものでもない。気になるのは味かなと……」
「ですね。ちょっといただきます」
いっぱしの評論家を気取って、義行は三つのパンをそれぞれ口に入れた。
「やっぱり、米粉のパンはモチモチですね。でも、小麦とのミックスも悪くない。私個人としては、米粉のみのパンで売り出すのがいいと思いますよ。小麦が食べられない人向けに重宝するでしょう」
「玄米パンはどうですか? 少し味の好みがわかれそうですが……」
「そこは個人差じゃないですかね。炊いて食べた場合も、好みがわかれます。なので、パンにしてもそれを感じる人はいると思います。私は嫌いじゃないですが、そこは調査が必要でしょうね」
「少し研究してみます。いくつかバリエーションとして出してもいいかもしれませんし」
「クリームを挟んで味を隠しちゃうとか?」
「それは最終手段で行きたいと思います」
パンの味で勝負したいのだろう。こだわり屋の義行からすると、非常に納得できる。
食べてみて思ったが、それぞれ違いがあり、どれが正解とは決められない。試作と市場調査を繰り返すしかないだろう。
翌日、義行が森と同じような環境を目指し、今後、どのように土壌改良をしていこうか考えていると、シルムが振興部に顔を出した。
「何かあったか?」
「すみません魔王さま。子供たちが、堆肥置き場の腐葉土が減ったって言うんです……」
「はぁ?」
そう言った義行自身も、もう少しまともな返事をするべきだったと思ったが、本当に『はぁ?』な案件だった。
「シルムは確認したの?」
「見ましたが、正直わかりませんでした。子供たちは減ってると言ってますが、もともとどれだけの腐葉土があったのかもわかりませんし、使えば減るし、追加もするでしょうから……」
「まあ、そりゃそうだよな」
「それに、分解が進めば嵩だって減りますからね。ただ、そのあたり説明しても、まだ理解は……」
シルムが言うように、毎日同じ量の腐葉土があるわけではない。ただ、義行は何故か気になり、第一圃場の堆肥置き場まで行ってみることにした。
これまで腐葉土づくりだけは手を抜かないように言ってきたので、それなりの量が各家の堆肥置き場に保管されている。自由組のスペースには、農具なんかが置かれているが……。
「マリアさん、ちょっと……」
「あら魔王さま、ナンパですか?」
「違います!」
「あら残念」
なにが『残念』なのだと思いながら、さっきのシルムの話を振ってみた。
「実際、どうなんですか?」
「そうですね。端から否定はしたくないんですけど……。正直なところ、わからないというのが答えです」
義行が気になったのは、子供と大人では見ているところが違い、子供だから気付くことも多くあるからだ。そのため、子供たちの勘違いと一言で終わらせたくはなかったのだ。
「マリアさんの堆肥置き場の管理は、子供たちが?」
「そうです。マヨネーズ工場の作業がないときは、落ち葉や雑草を拾って来て、せっせと腐葉土を作ってます」
「ということは、誰よりも腐葉土を見てるということですね?」
「そうですね。ただ、他の方にもさりげなく聞いてはみましたが、『そうなのかなー』程度で」
そこまで聞いて、義行は再び堆肥置き場に戻った。
なんとなくモヤモヤしたものが残る。しかし、証拠がない以上なにもできない。義行は様子を見ただけで引き揚げた。
そんなことがあってから一週間が経ぎた昼過ぎの振興部で、義行は再びシルムと話していた。
「子供たちが、やっぱり腐葉土が減ってるって……」
「それは、マリアさんのところだけ? それとも他の人も?」
「子供たちが言うには、他の人のところも少しずつ減ってるって」
義行は改めて堆肥置き場に向かった。
しかし、その前にミルカウさんの放牧場に立ち寄った。
「ミルカウさん、堆肥の箱、見せてもらえますか?」
「構いませんよ。何かありました?」
「共同の堆肥置き場の腐葉土が盗まれてるようなんです。ミルカウさんのところの堆肥はどうです?」
「堆肥がですか? 特に変わってないと思いますよ……」
義行は、ミルカウさんの放牧場の牛糞堆肥用の箱を開けてみた。しかし、最初の量を知らないので意味がないことに気づいた。なので義行はすぐに共同の堆肥置き場を見に行った。
ただ、ここも一週間前の状態をはっきり覚えてないので、いくら見ても意味がなかった。
結局、今回も手がかりなしのまま振興部に戻ることになった。
戻った義行は、この不思議な事件を考察してみる。
「堆肥置き場に頻繁に出入りしている子供たちがこうまで言うなら、盗まれていると考えるのが妥当だろうな。では誰が……。腐葉土なんて食べる物じゃない。なので一般人が盗むのは考えづらい。そうなると、犯人は農家……。疑いたくはないが、第一圃場で腐葉土に困るのは自由組の八名だよな。ただ、俺たちのやり方を信じてない奴らが取って行くか? ないよな。第二圃場にしても、わざわざ第一圃場から持って行く意味はない。そうなると、外部の農家?」
義行は頭を振った。
「いや、わざわざ第一圃場まで盗りにくるか? それに、運搬を考えれば荷車かなにかが必要だ。そうすると物音も……」
そこまで考えたとき、もしかしたらわかるかもと閃いた。義行はダメもとで確かめて見たくなった。
「アニー、ちょっといいかい?」
数秒ほどすると、スッとアニーが姿を現した。
「魔王さま どうかした?」
「ちょっと調査に協力してくれないか?」
「いいよ」
「開拓地の堆肥置き場から堆肥が盗まれてるようなんだ。ウシやニワトリたちに怪しい人影や物音を聞いてないか聞くことはできるかな?」
「できる。ちょっと 行ってくる」
アニーがフッと消えて静寂が訪れる。
十分ほどしてアニーが戻ってきた。牛乳とパンケーキを出してあげると、美味しそうに食べながら結果を報告してくれた。
「ニワトリ 夜は見えにくい。ウシ 牛舎にいる。外は見えない」
「ヘーレーさん可愛がってるもんなー」
「でも 皆 音聞いた。夜中に 誰か歩いてた」
この言葉で、やはりなにかされていることは明らかになった。
義行は、シルムを呼んで調査結果を教えてやった。
「でも魔王さま、今後はどうしますか?」
「毎晩監視なんてできん。だから泥棒に、『こちらも気付いてますよ』と見せつけられればそれで十分だろうな」
シルムは、そんなことで対策になるのかと不思議がっている。
「そんなことでいいのかって顔だな。たぶん効果はあるぞ」
「なぜそう言えるんですか?」
「まず仮に犯人が農家だったとしよう。もし、腐葉土だけで収穫量が二倍、三倍になるなら盗む価値はある。しかし、栽培技術をしっかり持ってる農家なら、腐葉土に頼らずともそれなりの収穫はあげられる。腐葉土だけが重要とは考えない。それに、開拓地での農業が始まって二年経つ。腐葉土がなんなのか、どうやって作るかなんてのも農業関係者には広まってるはずだ。山に行けば持ってこられるということも」
「そうですね」
「そう考えると、犯人は一般人、それも農業を知らない素人に行き着く。そして、そいつらは言われるがまま動いただけだ」
「そうか! だからなにか対策されたというのが分かれば、実行犯はまずいと思うし、指示者に報告する。指示者もちょっと様子見しようとなる」
「そういうことだ。蓋でも取り付けて、色のついた糸で封印するくらいでいいと思うぞ」
「なるほど、色が違ったり、紐が切れていたり、結び目が違っていたりすれば、蓋を開けたことがばれると」
翌日、義行は棟梁を呼んで、腐葉土作成箱に蓋を付けてもらい、その理由を各農家に説明をして回った。
それ以降、堆肥が減ったという子供たちからの報告は来なくなった。
次回の更新は、二月二十日(金)十七時三十分前後を予定しています。




