第六十話 調査?
この国では初のことだろう。魔王が一般人に土下座していた。まあ、中身は義行なのだが……。義行もエリーさんの剣幕には逆らえず、自然とそうなっていたのだ。
「魔王さま、こんなことなら先に教えておいてください!」
今も目の前でエリーさんが仁王立ちしている。
「すみません。まさか、ここまで反響があるとは思ってなくて……」
少しでも早くこの状況を脱したかったので、申し訳なさそうな姿勢だけ見せる義行だ。
「そりゃあ、試食したとき、私たちも腰ぬかしましたけど……」
この国では、パン作りに天然酵母が使われている。なのでパンの風味はいい。そこに、しっとり滑らかとコクが加わったのだ。売れないわけがなかった。
「ちなみに、今はどうなってるんですか?」
「卵やバターがないので作ってません。それでもお客は来るんですよ」
「卵とバターは手に入らないんですか?」
卵は結構取れているはずだ。ミルカウさんが牛を飼い始めたとき、バターのレシピも教えたはずだと義行は思った。
「ポーセレンさんにも相談したんですけど、卵はマヨネーズの生産でほぼ使い切っていると。バターは工場生産までいっていないそうです」
マヨネーズの需要はいまだに高い。そんなときにわざわざ品薄にして、売り上げを下げる理由もないとするポーセレンさんの考えに義行も理解はできた。バターにしても、今の乳量なら工場を建て、人員を投下してまで生産するレベルではない。
「そこで魔王さまに相談なんですが、卵や牛乳、そしてバターを卸していただけませんか?」
当然こうなるだろうなと義行は思った。
「城から特定の店だけに材料を卸すですか……」
そう、農業研修生の募集要項作成のときにも話し合った、『城が金儲けしてもいいのか』問題がでてくるのだ。
「ねえマリー、今、卵はどれくらい獲れてる?」
「毎日三十個前後、牛乳は朝と夕で合わせて木桶八杯っすかね」
「俺たちが食べる分を除くと、二十個は販売に回せるわけか」
「そうっすね。牛乳も腐らせるなら卸してもいいんじゃないっすか?」
そのとおりだ。せっかく料理に使える素材があるのだ。出さないのは勿体ない。
それならと義行はエリーさんの依頼を一旦保留にして、サイクリウス、財務担当、そして法務担当を交え、政府直轄の事業について話し合いをもった。
「卵と牛乳、それにバターの販売ですか?」
「ああ、国民にはうまい食事を、城には多少の利益を」
「魔王さま、外ではそのような発言はお控え願います。我々は、国民の奉仕者ですから」
「おっと、失礼」
義行は口の前でバッテン印を作ってみせる。
「卵や牛乳が緊急避難といえるかどうかですが、サイクリウス様、どう思われますか?」
「私に聞くまでもないだろう。決裁を回してみろ、最初の部署で蹴られる案件だ」
ムスッとした表情で答えるサイクリウスだった。
「でも考えてみてくれ。来月には研修員が栽培したポテの収穫が始まる。その売上はどうなんだ? その後も、タマネギやドテが控えてるぞ?」
基本的には研修員の給与と相殺するとはいえ、それは一時的に国庫に入り、どのくらいかはわからないが、利益は残ると義行は思っている。
「魔王さま。偉そうに仰ってますが、もちろん、解決策をお持ちなのでしょうね?」
義行はいつものように、鳴らない口笛を吹いて誤魔化した。
「ちょうどいいので一緒に解決させましょう。何度も言ってますが、理由はなんでもいいんです。納得させられるかどうかです」
「それならさっきの話じゃないが、『国民にはより多くの新しい食材を、手ごろな価格で販売します』でいいんじゃないか?」
「筋はとおりますな。昨年から新しい野菜が流通し始めてますが、まだまだ少ない。卵となれば未だ一社独占ですしな」
「しかしサイクリウス様、卵と牛乳は城から放出しても量が少なく、多くの国民に行き渡りませんよ?」
そう言う財務担当の意見を聞きながら、義行はニヤニヤする。思ったとおりの展開になってきたのだ。
「それなら、加工品にして流通させればいい」
「どういうことでしょうか?」
「一番簡単なのはパンだな。パン生地に卵や牛乳、さらにバターなんかを入れて作ると味が大きく変わる。生地に混ぜ込むんだから、単体で売り出すより多くだせるぞ」
「そういえば、一番街道の先にできたパン屋がすごい噂になってますね」
エリー&ブレッドの新作パンは、城の職員にまで届いているようだった。これなら丸め込みやすいと義行は思った。
「ただ、特定の店だけに卸すと他の店から文句が出てくるだろうから、欲しいというパン屋には販売する形でどうだ?」
「なるほど。そうすれば、今までにないパンという形で国民に還元できます。理由としても悪くないと思います」
「まあ、なにかしら問題はでるだろうがな」
土台ができれば後は早かった。その日のうちに財務担当部と法務担当部連名で文書が起案された。念のため他部署の部長や大臣にも回覧したが、特に意見はなく二日後には義行の下に文書が上がってきた。
義行はそれに署名をして、起案担当者のところへ向かった。別に、魔王自ら持っていく必要はないのだが。
「なあ、財務担当大臣の反応はどうだったんだ?」
「始めは厳しい表情でしたが、説明を聞かれてからは積極的に実施するようにとのことでした」
「ふーん」
多少強引だったが卵と牛乳、さらに研修員の作った収穫物の販売に目途が付いた。エリーさんの相談がなければ、一か月後大慌てしていただろうと身震いした義行だった。
そして数日後、卵と牛乳、そしてバターの購入希望者が集められ割り振りが決められた。義行は内容までは聞かなかったが、エリー&ブレッドも無事割り当てられたようだ。
そんなことがあった翌日の定例ミーティング後のことだった。シルムから報告があった。
「魔王さま。三日前ですけど、以前、食糧調査担当部にいた人が開拓地を見に来ていました」
「何かされたのか?」
「あっ、いえ、私は直接には面識のない方です。ただ気になってノノ姉さまに、『今日、こんな人が畑を見て帰っていった』って話をしたら、食糧調査担当部にいた人じゃないかって」
「配置転換されたとはいえ、なにか関連する仕事があって見に来たんじゃない?」
義行自身も日本で公務員をしていた頃、人事異動で部署が変わったあとで前部署との共同の事業で一緒に仕事をする事があった。故に、その程度の認識で、それ以上気にもしなかった。
そんな報告があった二日後、今度はノエルがやってきた。
「魔王さま、今度はうちに城の人が来たみたいです。何かやってるんですか?」
「元食糧調査担当だった人?」
「いえ、母さんが言うには、財務担当部の人だったみたいです」
「どんな用件だったかわかる?」
「昨年のポテ、タマネギ、ニンジンの作付面積、収穫量、販売量、そして収入を聞いて帰ったみたいです」
「それだけ?」
「はい、それだけだったみたいです」」
ノエルの話の時は前食糧調達担当で気にしなかったが、今回は財務担当だ。気になった義行は、午後になってマリアさんの家に向かった。
「マリアさん、財務担当者が来たって聞きましたけど?」
「ええ、二日前に。栽培作物のことを聞きたいということで、帳簿なんかもを見せました」
「その後の行動ってわかります?」
「他の家も回ってましたよ。だからなにかの資料に使うための調査かと……」
「ありがとうざいました」
マリアさんの家を後にした義行は、その足でサイクリウスの執務室に向かった。
「サイクリウス、財務担当者が開拓地の農家を嗅ぎ回ってるようだが、何かやってるのか?」
サイクリウスの眉がピクリとするのが見えた。そして、「確実なことは言えませんが」と前置きした上で小声で話し始めた。
「恐らくですが、抜き打ちの税務調査かと」
「おい、それってマリアさんたちが脱税してるってことか?」
「ちょっと魔王さま、声が大きいですって……」
知り合いが脱税してるかもと言われたらこうなるのは当然だろうと義行は思った。
「違いますよ。もし本当に脱税なんてしてたら、とっくに逮捕されてます。恐らく開拓地の者はポテやタマネギの販売で利益が出て、急に支払い額が増えた者もいるでしょう。なので念の為の確認ではないかと」
紛らわしい言い方をするなと思った義行だった。
「なるほどな。そのついでに、去年の販売量や金額なんかを調べておけば、来月からの農産物販売での販売量や金額設定の基礎資料にもできるというところか」
「そのあたりかと思います。で、私がぼやかした理由は、私ですらそういった調査がいつ行われるかわからないんです」
「対象者が本当に脱税していて、査察情報が洩れたことで証拠を処分されましたなんて失態を避けるためだな」
「そのため、調査の情報は法務担当部と財務担当部の税収担当者のほんの一握りの者しか知らないのです」
そういうことなら、それほど心配する話じゃないと義行は思った。但し、ノエルにはありのままを話すわけにはいかないので、義行は適当にごまかしながら気にすることはないと伝えておいた。
ちょっとドキッとする話があったその二日後のことである。
「魔王さま、昨日、うちの店に財務担当者の方が来られましたけど……」
今度はエリーさんから連絡だ。ただ、サイクリウスからの情報があったので、「パンを買いにですか?」なんて惚けた返事をする義行だ。
「いえ、調査でしたけど、なんだか変だったんです」
「変?」
「はい、最初は抜き打ちの税務調査かと思ったんです。実家がパン屋ですから、調査が来たことがあったので。それで、最初はパン屋の売上や帳簿確認だったんですけど、そのうち米の話になって」
「米の?」
「はい。ただ、私たちも始めてまだ一年経っただけなのでと言ったんですけど、それでもいろいろと聞いてきて」
「いろいろって、栽培の方法とか、管理方法とか、収穫量とか?」
「主に聞かれたのは、年間収穫量、販売量と販売価格です。なので、『技術的なことから販売予定価格まで、農畜振興部から指導を受けてます。ですので、そちらから聞いた方が確実では?』と答えたら、挨拶もなしに帰って行かれました」
「エリーさん、ありがとうございます。もしそんな質問でまた担当者が来たら、『振興部が答えます』と追い返してください」
(なにかやってるのか……?)
次回の更新は、一月二十三日(金)十七時三十分前後を予定しています。




