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第五十九話 ハンバーグ

 準備の都合から、ポテとドテの播種を先に行った畑作研修組は、管理業務・観察、そして堆肥の勉強に移った。

 その一方、稲作研修組はメイン行事である育苗(いくびょう)に突入していた。


「ライザーさん、ここからの作業は絶対手を抜いてはいけません。十月の収穫に大きく影響します」

「魔王さま、塩水選(えんすいせん)と消毒はやってませんが?」

「そこはマニュアルを読めばできると思いますので、こちらで済ませました。ここからは考えることも必要ですが、とにかく感じてください」


 義行は目の細かい網に種籾(たねもみ)を移し、浸種(しんしゅ)処理を開始した。義行もこの作業は三回目であり、百パーセント近い確率で成功させる自信があった。


「ここ水は魔王の森にある泉から引いていて、温度は一定です。来年からは用水路の水を使うことになりますが、一度どこかに貯めておいて温度を一定にする工夫をしてください」

「魔王さま、ここで毎年作業できませんか?」

「今はブレットさんとライザーさんだけですけど、稲作農家が十、二十と増えてくると手狭になるでしょうね。それに稲作農家だからといって、簡単に城の裏庭に立ち入られると……」


 義行の目標は、毎日米が食卓に載ることだ。そうなると、十や二十の農家どころではない。

 取り敢えず一日目の説明を終えて食堂に戻ると、マリーが一枚の紙を出してきた。


「魔王さま、ご贔屓(ひいき)にしてくださいっす」


 見ると、エリー&ブレッド正式オープンのチラシだった。


「本格的に二足の草鞋(わらじ)でやるんだな。でも、ちょうどイネの育苗と被ったな。大丈夫なのか?」

「当面は開拓地やその近所の人たちがターゲットで、多くは作らないみたいっす」


 せっかくの米栽培農家を、パン屋の破産で失いたくはない。ちょっとずるいとも思ったが、義行は開店祝いを送ることにした。


「マリー、卵とバターを用意して。後、パンを作る道具類も」

「今晩のパンはもう焼いちゃったっすよ?」

「それなら、半分はノエルに持って帰ってもらうよ。まあ、別に面倒なことをするわけじゃない」

「五分で用意するっすよ」

 

 パンの焼けない義行は指示するだけして、作業はマリー任せだ。


 そうして急遽焼かれたパンは、夕食に並べられた。五人娘たちからは、『今までのパンはパンじゃなかった』、『よりふっくらフワフワ』とか、『しっとり感が最高』といった高評価連発だった。


「どうだ参ったか。あっ、でもこのパンを俺たちだけで独占するのはもったいないなー。他に作ってくれる人はいないかなー。卵とバターはガデンバードさんのところから買えるかもなー」


 演技力ゼロの棒読みゼリフを残し、義行は食堂を出ていった。その時、クリステインとノノの肩が震えていたのは秘密だ。


 そんな茶番やイネの芽だし作業、育苗箱への種蒔きを終え、ちょっと空き時間ができた午後のことだ。


「魔王さま、ポーリットさんとレスターさんがお見えです」

「わかった、振興部に案内して」


 勝手知ったるメンバーということもあり、作業着のまま向かった。


「魔王さま、ご無沙汰しております」

「レスターさんとは一年ぶりですかね。精米機以来でしょうか?」

「いえ、荒節(あらぶし)削り機が最後ですかね」


 そんなことを話していると、ポーリットさんが箱からなにか部品のようなものを取り出した。


「もしかして、もう?」

「いえ、量産はまだまだ先です。今日は試作品を持ってきました」

「回してみても?」

「ええ、どうぞ」


 義行は内輪部分をつまみ、外輪を回してみた。日本のベアリングほどの滑らかさはないものの、回転は悪くなかった。


「潤滑剤は?」

「使ってません。そこまで手が回りませんでした」

 それは仕方がない。ここまで作るだけでも相当な苦労であることを義行はわかっている。

「これって一個だけですか?」

「今、四つ目を製作中です」

「それでしたら、レスターさん。精米機の羽を薄くして刃を入れて、底の穴をなくしたものって作れませんか? もちろん、このベアリングを使って」

「図面はありますし、型を作って取り出して刃を入れるだけですから、一週間もあれば作れますが……」


 義行は強引に前金で金貨三枚を手渡した。


 その翌日から義行は、猟師の解体小屋に頻繁に出向き、なにやら相談をすることが多くなった。


 そして約束の一週間後、レスターさんとポーリットさんが商品を手に振興部にやってきた。


「魔王さま、こんな感じですがどうでしょう?」


 ハンドルを回しニンマリした義行は、二人と屋敷の台所に移動した。


「マリー、準備はいいか?」

「いつでもいいっすよ」


 最初に義行は、羽や筒の部分を熱湯をかけ殺菌処理を済ませた。そして、廃棄するような切り落としや、スプーンで骨からこそぎ落とした猪肉を容器に入れハンドルを回す。


「いいですね。安定してます」


 たまに蓋を開いて中身を見て、ほどほどのところでボールに移した。そこに、卵やパン粉を加えていく。その光景を、レスターさんもポーリットさんもポカーンと見ているだけだ。


「マリー、この肉をこんな楕円型に成型して、ぺちぺちと手のひらを移動させながら中の空気を抜いたものを作って」


 その間に義行はフライパンと油、そして岩塩を準備していった。


「最後にこれを焼けば完成だ」


 皿の上には小さめのハンバーグが四つ載っていた。


「食べてみてください」


 最初に、ポーリッドさんとレスターさんに勧めてみた。


「いつも食べる肉とはなんか違いますね。でも、こんな食べ方があるんですね」

「儂はちょっと柔らかすぎて、残念な気がしますな」


 たしかに、肉肉しい肉を食べたい人にとっては物足りないかも知れない。ポーリッドさんがそうだとは思わなかった。 

 ポーリッドさんがそんな感想を言っている横でレスターさんは、この国では初のフードプロセッサーを手に取って何か考えているようだった。


「魔王さま、この商品の製造と販売権を当工房に譲っていただけませんか?」

「それは別に構いませんが、ベアリングはポーリットさんの開発です。生産に掛かる段取りはポーリットさんと詰めていただければ」

「わかりました。この商品はこのままお納めください。代金も先に頂いた金貨三枚で構いません」


 レスターさんとポーリットさんはあれこれ話しながら城を後にした。

 レスターさんは金貨三枚受け取ったので利益はあるだろうが、失敗作や製作費が掛かったポーリッドさんはよかったのかと義行は思ったが、その辺も上手くやってくれるだろうと割り切ることにした。


 予定どおりフードプロセッサーが完成したその日の夕食だが、案の定、妖精たちが噂を聞きつけてやって来た。あばら骨からこそぎ落とした肉が使えることが広まれば、猟師の収入ももう少し増えるだろう。


 新たな調理道具を伝えた翌日の育苗作業のときだ。なぜかブレットさんが来なかった。ライザーさんは理由を知っているようだが、ニコニコ笑っているだけだ。そういえば、朝食後からマリーも見ていないと思う義行だ。


 気にはなったが、ライザーさんと作業を進めていると。


「ま、魔王…さ…ま。た、大変…っす」

「なんだ、えらいお疲れだな」

「あ、あれは、発売禁止にするべきです」

「フードプロセッサーか?」

「違うっす! パンっす!」


 そこから先はライザーさんが説明してくれた。


 聞くと、今朝パン屋が開店して開拓地に近いお客さんが新作パンを食べたらしい。そこから三十分もしないうちに、店の前に五十人近いお客が列を成したそうだ。エリーさんは、いつもの量しか準備していなかったらしく、買えなかった人たちに平謝りだったそうだ。

次回の更新は、一月十六日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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