第五十八話 二人目のスカウト
四月に入った。日本の公務員時代の記憶が抜けないためか、どうも年度単位で考えてしまう。ここにはそんな習慣はないんだが……。とはいえ、春から活動が本格化するので、四月を一つの始めと考えてもいいだろう。
そんな四月早々、またひと悶着あった。
「魔王さま、ドテの播種はそろそろじゃろうか?」
「そうですね、今週末から来週を予定しています」
「種は融通してもらえるんでしょうか?」
「もちろんです。城の依頼分ではありませんので代金は頂きますが、シルムに相談してください」
魔王組の中でも、ドテやポテを播種する者、ヤベツやキュウリを播種する者に分かれている。これは、ノノやシルムが作付け相談に乗っての結果なので別に構わない。全員が同じものを作って全滅したら目も当てられないからだ。
ただ、自由組は面白くないのだろう。
「へっ! 魔王さま、魔王さまって。媚びへつらいやがって。自分たちで作付け管理もできないのかよ」
「だから未経験者は考えが甘いんだよ」
経験者組は言いたい放題である。しかし未経験組は、「それがなにか?」とスルーしている。
そんな中、自由組に近い三名が話かけてきた。
「あの魔王さま、私たちは秋にアーシとニンジンの栽培したいのですが……」
「はい、今年の秋の依頼分はアーシとニンジンです。種も融通しますよ」
これを聞いていた自由組が奇声を上げた。ただそれは、義行に対してではなく質問している経験者三名に対してだ。
「おいお前ら、裏切るのかよ!」
「いんや、裏切るもなにも、俺たちは城から委託されてる土地は手放していない。その畑に植える作物を聞いただけだ。なんの問題がある?」
「なんだよ、自由にやりながら美味しいとこ取りか!」
「作業のやり方は自由かもしれんが、契約は無視してはおらんぞ?」
「あの……、すみません。内輪もめは別のとこでお願いします」
義行は必要事項だけ話し、とっとと引き上げた。こちらは契約書のとおり動くだけだ。
そんなことがあった数日後、ドテの播種を考えているところにシルムがやって来た。
「魔王さま、見習いの方たちってあれでいいんですかね?」
『あれ』と言われて、義行はなんのことかと思った。
「どうした、問題行動する奴が出てきたのか?」
「いえ、素直過ぎるんですけど……」
素直でなにが悪いと思う義行だった。それが顔にも出ていたのだろう。
「私より十とか十五も上の人が、私みたいなペーペーに指示されて頭に来ないのかと」
「そういうことか。まぁ、人によってはそう思う奴もいるだろうな。だが今回は技術を身に付けたいから来た奴らだ。それだけ真剣なんだよ」
シルムは、「そうなんですかねー」と半信半疑の面持ちだ。
「まだ腑に落ちないか?」
「ええ……。素直なのはそういう事と考えても、ちょっと気になる五人がいるんです。言う事は聞くし、ちゃんと動くんです。ただ、本当に言われたことしかしないんです。それだと魔王さまの仰ることからは外れます」
義行は、その五人のアンケート回答用紙と面接の記録を引っ張り出してくる。
「一応、二重丸が付いた奴らか……。面接の受け答えも悪くないという評価だな」
「作業を邪魔するとか、仲間意識を削ぐとか、そんなことはしないんですよ」
「……。シルム、少しの間そいつらを観察しておいてくれないか? 明らかに違和感を感じたらもう一度報告して」
義行は問題が起こりそうなら早めに対処できるようにだけして、次の書類作成に入った。
「ノノ、これでどうかな」
「金額はこれでいいんですか? 与え過ぎの感じもしますが……」
「シルムのときと同じだぞ?」
「それなら、後は本人次第ですね」
そんなやりとりが行われた翌日、義行はその書類を持ってマリアさんの家に向かった。
「マリアさーん、ちょっと相談があるんですけどー」
すると部屋の奥から、「新聞の勧誘なら間に合ってるわよー」と声がした。
「奥さん、今なら洗剤を付けますよ? ってなんでやねん!(全く、この人もこっち側か……)」
そんなコントをしていると、「魔王さま、なにか用事でしょうか?」とマリアさんが現れた。
「ノエルを振興部の職員として雇用したいんです。また、院から人材を引き抜いちゃいますけど」
「構いませんよ。今はシルムが開拓地に詰めてますし。それに、ノエルももう十八だしね」
「それじゃあ、本人と話してきますね」
義行は畑に出ているノエルを捕まえ、振興部の職員として働かないかと告げた。
ただ、シルムから「二日ほど時間がほしい」と言われたので待つことにした。
するとその翌日の午後一で、義行はポーセレン氏から呼び出しを食らった。
「魔王さま、ノエル君を引き抜くとはどういうことですか?」
「いや、引き抜くって……」
「彼女はウシとニワトリの世話、ときにマヨネーズ生産を手伝ってもらう戦力ですよ。それを勝手に」
「でもこの前、マヨネーズはポーセレン商会の食品担当部署が人を投入して生産するってガデンバードさんが……」
「あっ、い、いや……、た、確かにそうなんですが……。し、しかし、我が商会としても戦力ダウンは困ります」
ポーセレンさんがしどろもどろに反論してくる。
「それに、マヨネーズの生産にそれほど技術的なことは必要ないと思いますけど?」
「ま、まあその、マヨネーズの生産は教えればすぐ覚えられるでしょうけど、ニワトリとウシは……」
「ガデンバードさんとミルカウさんがいますけど? ヘーレーさんは毎日ウシまみれで喜んでますよ?」
義行も馬鹿ではない。そのあたりのことは調査済みなのだ。
「それに、ノエルと雇用契約は結んでないですよね?」
「そ、それは……」
「時給もいくらか聞いてますよ?」
「……」
「まあ、我々も打診しただけで、最終的にノエルが決めることですから」
ポーセレン商会を出て、義行はその足でガデンバードさんの家に立ち寄った。午後は割とのんびりしてるようだ。
「ガデンバードさん、ノエルのことなんですけど……」
「その件ならノエルちゃんから聞いてますよ。城で働くなんて、大出世じゃないですか」
「あれ、城で働くって言ってたんですか?」
「はい。朝の作業が終わった後やってきて、丁寧に挨拶してくれましたよ。目出度いことなんで、すぐ大旦那様にも知らせましたけど?」
「うん、それでさっき呼び出し食らった」
「……、また、あの方は無粋なことを」
どうやら、こちらは問題なさそうなのでお暇して畑に向かった。
「おーい、ノエル」
「魔王さま、あのお話受けます。是非やらせてください」
「わかった。明日、城の農畜振興部に来るといい。手続きをしよう」
屋敷に戻った義行はサイクリウスに書類の準備を頼み、ノノにも報告した。
ノエルの担当は、畜産を六割、畑作を四割にする予定だ。そして、裏庭の畑は俺たちが食べる必要最低限を生産することにして、研究と調査に力を入れることにした。
その日の業務も終わり、食堂で寛いでいるとクリステインがプリプリしながら入ってきた。
「魔王さま、申し訳ございませんでした。兄と私できつく叱りつけましたので、ご容赦願います」
(三年ぶり二回目かー。常連校なみになるのか?)
※さらに数日後。
ポーセレン商会との連絡窓口が跡取り予定の一番上の息子さんになった。
「御愁傷様です」
次回の更新は、一月九日(金)十七時三十分前後を予定しています。




