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第五十六話 マッドサイエンティスト

 三月からの仲間が決まった。活動はもう少し先だが、興味のある者には見学に来るようにと伝えている。ただ残念なことに、すぐに家の農業を継がなければならないと一名辞退があり、最終的には十名でのスタートとなった。その人は、義行も二重丸を付けていただけに残念だったが、家庭の事情であれば仕方がない。相談があれば遠慮なくお越しくださいと伝えることしかできなかった。


「土地も持っていて経験もある。よい方だと思ってたんですけど……」

「家の事情じゃ仕方ないよ。農業を辞めるわけではないから、伝手は残しておいて損はないと思うぞ」


 食堂で精米処理をしながらシルムと情報交換をしていた義行だ。昨年、四俵分の米が収穫できたこともあり、米が食卓に上ることが多くなった。ただ、手作業による精米作業が面倒くさくなりつつある。


「ねえクリステイン、この国で発明家みたいな人っていないの?」

「どのレベルをお望みですか?」

「できれば、キレッキレの人を希望する」


 すると、クリステインは、「おりますよ。その界隈どころか、近所の人にもマッドサイエンティストと呼ばれてる方が」と言いニヤリとした。


「いいねー。紹介してもらえる?」

「紹介もなにも、四番街道を進んだ先にある工房でなにやらやってるようですから、訪ねるのが手っ取り早いです」


 どこの国にも紙一重の科学者はいるようだ。義行はこういった者に目がなかった。


 そんなこともあり、義行は翌日にはその工房を訪ねてみた。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」

「……」


 返事はない。

 マッドなだけに自由気ままな生活かと思っていると、ちょうど隣の家から人が出てきたので義行は聞いてみた。


「ああ、マッドさんなら、毎日十時に来ますよ」

「ありがとうございます。それなら待ってみます」


(毎日十時って、几帳面すぎるぞ。それにマッドさんって……、それで通用すんのかい!)


 ということで、義行が玄関前で三十分ほど待っていると、九十代と思しき白髪の爺さまが足取り軽くやって来るのが見えた。


 (うひょっ、なんか車や蒸気機関車でタイムスリップする映画に出てくるような科学者じゃん)


「おや魔王さま、こんなあばら家に何用で?」

「朝からすみません。こんなもの作れないかなという相談があって」

「それでしたら中へどうぞ。お茶入れますので」


(おいおい、マッドサイエンティストなら、会った瞬間に『ドッカ~ン』とかかましてくれよ……)


 そんなことを考えつつ、義行は工房内の休憩スペースへ移動した。

 待っていると、紅茶を入れた爺さまが戻ってきた。工房の中は奇麗に片付いており、紅茶が入れられたカップも品のよい物だ。あだ名と行動がズレまくっているなと義行は思った。


「それで、作りたいものは何でしょう?」

「これなんですけど」


 義行は一枚の設計図というか、記憶を頼りに描いた絵と精米機をテーブルに置いた。


「ベアリングと呼ぼうかと思っています」

「また、かなり精度を要求する代物ですな」

「この機械のここ。この軸受部分に入れたいと思ってるんですよ」

 義行は手動精米機を分解して、中身を見せる。

「この機械が何に使われる物かはわかりませんが、スムースな回転がほしいと?」

「そうです」


 さすがマッドサイエンティストと呼ばれるだけある。一目見ただけでこちらの意図を理解してくれた。


「回転をスムースにさせるここの部品、これは球体じゃないとダメですかな?」

「いえ、思いついたのが球体だったもので。こんな感じでも行けると思います」


 義行は描いてきた図面の隅に、別の形状を描いた。


「円筒形ですか」

「ダメですか?」

「いや、円筒の方がまだ作り易いでしょうな。井戸の滑車の軸にも使っておりますからな。球体だとどこを測っても同じ径の球、それ一つ作るだけでも数か月単位の仕事でしょう。さらに、それを型とするなら複数の球が必要になる」


 今の話だと、ベアリングのボールだけで年単位の開発期間になるだろう。一方、円筒形なら早そうだと義行は考えた。


「円筒型で試作できますか?」

「研究開発費は?」

「莫大な開発費は負担できませんが、必要なものは城で持ちます」

「わかりました。ちょっと試してみましょう。うまくいきそうなら、開発費を請求するということでいかがですかな?」

「問題ありません」


 この爺さま、もしかしたら当たりかと思い、義行はさらに突っ込んだ質問をしてみた。


「もし知っていればなんですが、摩擦を軽減させるための潤滑剤みたいなものはないですか? 摩擦軽減が必要かと思うんですけど」

「実は、それもネックでしてな。滑りをよくするために、ネタネ油やオーリブ油を使うこともありますが、液体故に流れ落ちるし乾燥もする」

「今はどんな方法で?」

「魔王さまが作られたこの機械のように、滑りのよい材料を使うとか、綿とか糸を纏めたもので支えつつ、摩擦を少なくという感じですな」

「これって、なにかに使えませんかね」


 義行は、胸元から小瓶を取り出した。


「ちょっと指を出してみてください」

 義行は、小瓶からその液体を爺さまの指に垂らした。

「こすってみてください」

「ふおっ! えらいヌルヌルして、滑りがいいですな」

「これ、もう少し固体化できれば、摩擦を軽減する材料に使えませんかね?」


 爺さまも初めての物だったのだろう、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。


「ポテの実から取れる片栗粉です。その粉を水で溶いて火をとおしたものです」

「ポテの実ということは、口に入っても安全ということですな」

「はい、この精米機は米を精米するものです。なので、口に入っても安全なもので作りたいと思ってます。ただ、これも乾燥はするんですよ……」


 片栗粉には様々な使い方がある。なぜ義行が知っているかって? それは四十にもなり、一人遊びも高度になるといろいろ試してみたくなるものなのだ。


 義行はついでだからと、ギアとチェーンも聞いてみた。


「これはホントに時間があるときで構いません。こんなギザギザの歯車と部品は作れませんか?」

「これなら型さえできれば、鉄で作れそうだが……」

「実は、そう単純でもないんです。この二つの歯車がかみ合って効果を発揮するので、歯がかみ合うとき、離れるときの角度とか考えるところもありまして……。しかし、これがあるといろいろ応用が利くんです。この精米機も、今、ハンドルを一回転させると、羽が一回転します。でも、この歯車の比を一対二にすれば、ハンドル一回転で羽は二回転します」


 爺さまは、自分のメモ帳に数字を書いて計算している。ギアの仕組みを自分なりに理解しようとしているようだ。


「さらに、歯車を二点に置いて、その間をこのようなチェーンで結べば離れた位置の物を回転させることも可能です」

「面白そうじゃが、結局どれが一番ほしいものですかな?」

「すみません、一番はベアリングです。次に歯車とチェーン、最後に潤滑剤ですね」

「なんとか頑張ってみましょう」


 その後も、爺さまといろんな話をした義行はホクホク顔で帰宅した。


 夕食後に紅茶を飲みながら、どうしても引っ掛かることが一つだけあってクリステインにその話をした。


「なあクリステイン。紹介してもらった爺さまだけど、どえらい丁寧な爺様だったぞ。全然、マッドサイエンティストじゃないじゃないか」


 そんなことを言われたクリステインも、なんのことやらという顔だった。


「いや、マッドサイエンティストっていうから、とんでもない変わり者が来るかと思って冷や冷やしたんだが?」

「いえ、いつも失敗ばかりで、泥だらけで帰ってくるので()()()サイエンティストと呼ばれてますが……」

「そっちのマッドかーい。いやまて、もし、あの爺さんが家庭菜園でもやってたら、これが本当のマッド菜園ティスト? なんちゃって」

次回の更新は、十二月二十六日(金)十七時三十分前後を予定しています。

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