第五十五話 募集第三弾の開始
二週間ほど前から、ノノとシルムは醤油と味噌作りの技術指導のため、東の村へ出張している。麹づくりの頃はほぼ毎日行っていたが、仕込みの現在は二、三日に一回のペースになっている。
「どのくらい仕込む予定だって?」
「醤油を多めに、できるだけ多く仕込みたいとおっしゃってましたわ」
「……。一回で大量に仕込んで、全滅でしたは怖いな。コウジカビの採取が面倒かもしれないけど、何回かにわけるように言っておいてくれないか?」
「かしこまりましたわ」
醤油はマヨネーズほどの爆発力はなかったが、料理好きの主婦から人気も高く、ジワジワと勢力を広めていた。どのみち、爆発的に売れても量が出せないので、今ぐらいのペースで十分だと義行は考えている。
一方、この時期の農作業は堆肥や土づくりが主なので、空いた時間に義行は募集第三弾の準備を始めた。
「サイクリウス、ちょっといいか?」
「なんでしょうか?」
「開拓地第三弾用の土地はどうなってる?」
サイクリウスは、一枚の紙を取り出してこちらに示した。
「ご指示どおり、猟師の解体小屋近くまで区画整理が終わってます。いつでも行けます」
「わかった」
「しかし、募集案内はどうされますかな?」
「そこは考えてある」
そんな会話を終えた翌日、醤油と味噌の指導が一段落したノノとシルム、そしてサイクリウスを交え募集第三弾の内容が話し合われた。
「さて、今回の募集だが、やり方を変えようと思う」
「土地をタダで貸し出しますかな?」
「収穫物があるまでは、補助金を出しますの?」
サイクリウスとノノが茶化してくる。
「それも考えたが、農業研修員として城で一時雇用しようと思う」
しかし、それを聞いた三人は渋い顔をしている。
「あっ、あれ……、ダメ?」
「魔王さま、農産物の販売収益はどうされます。城で雇用するとなると、売上は城の収入となりますが?」
「あの、サイクリウス様。そんなことの前に、国がお金儲けをしてもいいんですの?」
「以前、パンと牛乳を販売したときは止めさせたが、法律上、国が事業組織を持つことは禁じてはおらん。ただそれは、あくまでも緊急避難的な場合か、民間でやると問題があるような場合に限るとなっておる」
話が別の方向に行きそうなので、義行は机を軽く叩いて話を止めた。
「俺の話を最後まで聞け。当然、研修なので販売は雇用した研修員にさせる。そして、その売上も一旦国庫に入る。ただ、その売上を研修員の給与に充てるつもりだ。利益は多少残るだろうが、決して金儲けではない」
「なるほど、それであれば大臣たちを納得させられそうですな」
「振興部の第一目標は、国民の生活を豊かにすることだ。そこに、研修制度で技術取得という新たなやり方を組み入れて、就農希望者を増やそうというのが狙いだ」
こう説明すると、ノノとシルムは理解はしてくれたようだが、サイクリウスは腕を組んだまま目を閉じている。
「サイクリウス、寝てんじゃないだろうな?」
「失敬な、起きておりますよ」
そう言いながら眼を開いたサイクリウスは、「三点質問です」と静かに口を開いた。
「一つは、これまでの者との差はどうされますか?」
「給料が出るという部分だな。既存の者たちは、商品の作付けや販売に制限はない。やり方次第では城の職員以上に稼げるだろう。しかし、今回の研修生はそれはできない。後で説明することになるが、初期参戦組が不利になるようなことにはならない」
これは義行も想定範囲内の質問だった。
「二つ目は雇用期間です。何年を予定されてますかな? 自分たちの生産物が給料になるとはいえ、研修という名目では長期の雇用はできませんぞ」
「現状の栽培作物を考えれば、一年の一時雇用だな。それに、長ければ技術が身に付くものでもない」
「ふむ……。では最後です。技術研修員の給料はいくらに設定しますかな?」
来た。もめるとすればこの部分だろうと義行も考えていた。
「俺の案は、今のシルムの給料に合わせようと思う。これで、初期参戦組との差も付けられるはずだ」
「なるほど、シルム君も非常勤職員。今回の技術研修員も、主目的が技術取得ですから妥当ですな」
義行は胸をなでおろした。どうやらサイクリウスの試験は突破できたようだ。
「それで、これが今回の募集案内だ」
義行は、案の段階のものだがと前置きしてから配っていく。
「あら魔王さま、ここまで……。もしかして、私たちを抑え込めるとわかってらしたの?」
「まあな」
【……
募 集
農業に興味があり、その技術を身に付けたい者を研修員として一時雇用する。
条件
・研修期間は一年間。
・研修中は振興員見習いとし、月に金貨五枚を支給。
・応募時点での農業経験は問わない。
その他
・通いを基本とするが、格安の一時的な共同住宅を用意する予定がある。
・研修では、城が持つ新規作物の栽培技術を先んじて習得可能である。
希望する者は、一月十五日に城の正面玄関前に集合すること。
農畜振興部
……】
「魔王さま、城に集合させるんですか?」
「まずいか?」
「今回は条件が良すぎます。相当な応募があるように思うんですけど?」
「そうは言っても、農業研修員の募集だぞ。そこまで来るか?」
「女の勘です」
「魔王さま、ここはシルム君に従った方がいいですぞ。女の勘は侮れません」
サイクリウスから『女の勘』なんて言葉が聞けるとは思わなかった義行だ。
「それなら、『一月十五日から十八日まで、農畜振興部で応募を受け付ける』に変更するか?」
「そうですわね。応募が多ければ、後から面接で人数調整ができますわ」
「じゃあ、『一月十五日から十八日まで、農畜振興部で応募を受け付ける。応募者多数の場合は、その後面接を実施する場合もある』にしよう」
「それがいいと思います」
募集期間の部分だけ修正した募集案内が複写され、翌日には市中に張り出された。
今回の案内は、様々な思惑を持つ者の目にとまることとなった。
そして、あっという間に一月の十五日となった。
「魔王さま。この四日は、『申し込みを受理』ということでいいんですよね?」
「そうだね。なので、申し込みが終わった人にはこの紙を渡してほしい」
「面接がある場合の連絡方法ですね」
「それと、正式に受け付けたという証拠みたいなもんかな」
申請者の氏名や住所なんかを記載してもらう一覧表、受理済みを示す紙をテーブルの上に置いて義行たちは最初の申請者を待った。
「すみません。研修員見習いの応募はこちらですか?」
「はい。こちらの書類に氏名と住所等を記入してください。で、これが受付完了の証明になりますので、目をとおしておいてください」
一人目の受付が終わった。
「意外というのは失礼だけど、一人目は女性か」
「あら魔王さま、農業に興味あるのが男性ばかりだと?」
「だってほら、牛糞だったり鶏糞だったり、真夏の炎天下に作業とか嫌がるんじゃないかと思ってね」
「そんなことはありませんわ。私やシルム、エリーさんやヘーレーさんがいい例じゃありませんか」
そんな話をしていると、続々と申請者がやってくる。二十名ほど受け付けたところで流れが止まった。時計を見ると、既に十二時を回っている。
義行たちは、午後の受付開始を十三時半からと掲示して食堂に向かった。
「魔王さま、何人来たっすか?」
「聞いて驚け、午前中だけで二十人だ。ただ、こういうのは最初であらかた出揃って、残りはちょろちょろって感じになるはずだ」
「ということは、最終的には五十名くらいかしら?」
この義行の予想が当たっていたのかどうかは分からないが、午後の申請は十名ほどだった。一日目は七割が男性で、三割が女性だった。
「ノノ、シルム、お疲れ様。この調子なら、明日以降はそんなに来ないと思うからノンビリいこう」
そして二日目の受付がはじまった、この日は午前に十二名、午後も十九名が申し込みがあった。
さらに三日目は午前に十八名、午後は二十名の申し込みだ。
「魔王さま、今日までで九十九名です。二日目以降、全く減りませんでしたわ」
「まずいな、完全に予想外だ」
「もし明日も今日くらい来ると、百二十名前後になります」
二日目の時点で面接は確実と思っていた義行だったが、百名以上を面接する時間はない。明日の締め切り後に緊急の会議を開くと連絡してその日を終えた。
そして最終日がやってきた。
結果、十名の申し込みがあり、トータル百九名となった。
「スマン。まさか、ここまで興味を持たれてるとは……」
「あの魔王さま。みんなが集めてくれた情報では、農業に興味というより、『給与が支給される』、『城で働いたという箔付け』、『うまくいけばそのまま城で勤務』というおいしいとこ取りを考えてる者が大半みたいですよ」
「いや、そういう輩も出てくることは想定していたんだが……」
締め切り後に皆でどう対応するか考えたものの、いい案も浮かばず夕食を取ることにした。
「魔王さま、何人集まったっすか?」
「百九名だ」
「ホエー、すごいじゃないっすか。去年の城の採用試験でも二十五名っすよ」
「城の採用試験なのに、そんなもんなのか?」
魔王なのに知らないのか? と言う目で見ていたクリステインが説明してくれた。
「魔王さま、一言で採用試験と言ってますが、まず申請の段階で数十ページのレポートを提出させ、それを潜り抜けた者だけが本試験と面接に臨みますから、その人数なんです」
これを聞いて、義行の頭上にピコーンと豆電球が灯った。
「ノノ、シルム。悪いが残業だ。今回の応募者に聞きたいことを二つ、三つ考えてくれないか。レポートなんかは読むのが面倒だから、数行で回答できる質問がいい」
このとき閃いたのは、事前アンケートで面接に呼ぶ者を五十名ほどに絞るというものだ。
翌日の会議でそれを話すと、開口一番、「それは悪手ですぞ」とサイクリウスに止められた。
「応募条件では、『人数が多い場合は、面接をすることがある』です。アンケートで面接に呼ぶ人数を減らしたことが明るみになれば、非難されるのは魔王さまです」
そうサイクリウスに言われて、たしかに後出しじゃんけんだと義行は思った。
「しかし、百名以上の面接もまた難儀なのも確かです」
と、サイクリウスが顎髭を撫でながらちらりと横目で見てきた。
「うん……、何か案があるのか?」
「要は、アンケートを取る理由をどうするかです」
「つまり、理由付けいかんでは、近いことが可能と?」
「はい。面接は応募者全員に受けてもらいます。ただ、応募者が百名以上あり、面接の時間を短くしたいとか適当な理由を付けるんです」
さすが宰相の地位についているだけはあると義行は思った。
「それなら、昨日の宿題も使えるな。ノノ、シルム、宿題の答えは?」
「私の質問は、一.『気になる作物は?』 二.『動物やその糞尿に触れる機会もあるが、拒否反応はないか』。三.『作物の生育に土の質は関係するか』です」
「私は、一.『商品を販売するうえで大事なことは?』。二.『共同住宅を希望しますか』の二点ですわ」
「それで、魔王さまからの質問はなんですかな?」
「俺も二問だ。一.『将来の目標』、二.『研修後に希望する配属先は』だ」
「あら、魔王さまにしてはまともな質問ですわ」
なんとも失礼な感想だと義行は思った。
「なるほど……。しかし、引っ掛かりますかな?」
「どうだろうな……」
相談の結果、シルムが出した三番目の質問は外し、全六問のアンケートが手分けして作成された。回答を三日後までに守衛所の回収箱に入れるようにして、すぐさま応募者全員に届けられた。
その翌日以降、義行は空き時間に提出されてくるアンケートに目をとおしていた。
「ノノ、シルム、これが現実だ。俺の質問への回答を見てみろ」
義行は提出されてきているアンケート結果を机の上に並べた。
「『治安維持部隊での勤務を希望』、『財務担当部を希望』、『魔王さまのお世話係希望』、『城で働けるなら贅沢は言いません』、『夢は、保健福祉担当大臣です』」
「なんですかこれは?」
「噂どおりということさ。この時点でこんなクソ回答してくる奴等は不合格だ」
アンケートも出そろい、秘密の記号を付けた用紙の半分をサイクリウスに渡し、面接に臨んだ。どうでもいい奴は適当にあしらい、有望なものにはちょっとつっこんで質問をしていった。
「魔王さま、印のついた人とそうでない人の差は明らかですね」
面接を開始して五人目ではっきりと違いが見て取れた。
「次は……、おっ、二重丸の応募者か。ライザー・サイクリウス?」
「魔王さま、まさかですよね?」
次に入室してきた若者は、サイクリウスを五十歳若くした男だった。
「あー……、悪い。変なことを聞くが、君の家には狸おやじがいるか?」
「ええ。毎晩ポンポコ腹鼓を打ってますよ。でも、いいオヤジです」
「そうか。で、城勤めを蹴ってまで応募した理由は?」
「魔王さまが、毎日楽しそうに田んぼで作業されてるのを見て。もちろん、城勤めも悪くはないですけど、なんだか物足りなくて」
「親父殿はいいのか?」
「口で負けるつもりはありませんし、いざとなれば……」
「穏便に頼むな。で、希望は田んぼか?」
「はい。大臣が、『あれは絶対小麦を抜く』と大絶賛してましたから」
そんなサプライズもありながら一日目は終えた。
翌日の午前中で残りの面接を終わらせて、午後から合格者の最終確認だ。
「俺たちはこの六名だ」
「私たちはこの五名ですわ」
お互いに合格者の名前を書いた一覧表を見ていく。サイクリウスとノノが選んだ五名のうち、二重丸を付けた者は三人しか選ばれていなかった。
「へぇー、二人は無印か」
「ノノ君の女の勘が発動したようです」
「すみません。アンケートの答えと、面接の対応がチグハグだったので……」
「いや構わん。女性は、意外に男が気付かないことを敏感に察知するからな。なあ、サイクリウス」
「はて、なんのことですかな?」
「俺たちの選んだ六名はどうだ?」
「ふふっ。気になる方が一名いらっしゃいますが、サイクリウス様にお任せいたしますわ」
「よし。じゃあ、この十一名を合格にしよう」
特に異論も出なかったため、その十一名宛に合格通知が作られすぐに届けられた。活動は三月からと添えて。
次回の更新は、十二月十九日(金)十七時三十分前後を予定しています。




