part4
◆神秘的な光景
二人組が追ってこなくなり、シンは外の景色を覗く。
前には白銀の大地が、後ろには青い海が、そして、真上には星がきらめく夜空が見えた。
ここはもう、海の中ではない。
「ようやく……ついたんだね」
外へ出る前に念のため、潜水艦のメーターで外の気温を測る。
地表はマイナス五十度。海が暖かいのに対して陸は寒いようだ。
シンは気密服を身につけ、外へ出る。
真夜中だったため空も深海と同じぐらい真っ黒かったが、数えきれないほどの星々がまたたいていた。どの星もウミボタルのように一生懸命光っているようだった。
本物の景色は、写真で見るよりも遥かに美しかった。
シンはふと、幼い頃の記憶を思い出した。
__人は死んだら、海よりも空よりもずっと上の世界に行くのよ__
今はもういないパパとママだけど、昔はとても優しくて、シンに大事なことを教えてくれた。
シンは、天に向かって大声で叫んだ。
「パパ、ママー! 聞こえてるー!? 僕、海の上の世界にたどりついたよー!」
シンの叫びは、夜空の向こうまで響き渡り、こちらへ返ってきた。
過酷だけれど美しく神秘的な景色をカメラで何枚も撮影した後、シンはしばらく感動に浸った。
どこまでも、果てのない銀世界__。
「……待って、どこから来たんだっけ」
シンは我に帰る。先程二人組から散々逃げ回ったために、ドリルで開けた穴を見失ったのだ。
「どうしよう、遭難しちゃった」
事の重大さに気づいたシンはパニックになりながらも、何とか自分を落ち着かせようと言い聞かせる。
「……こんな時こそ、落ち着こう!」
冷静さを取り戻したところで、もう一度潜水艦に乗り辺りを慎重に探索することにした。
その時だった。
何百もの宇宙戦艦が、シンのいる惑星に向かって近づいて来る。戦艦の群には二人組の宇宙船が紛れていた。
宇宙戦艦の軍団は、あの宇宙船に率いられているようだ。
◆侵略軍団との戦い
「お前たちは何をしに来た!」
数十から数百人の人々を率い、リーダーが言った。
謎の人々はみんな槍や弓を持ち、薄手の布の服だったが、少しも寒さを気にしていない。
「あの連中……寒そうでしょぼい格好してるくせに、強がってやがるな……」
「邪魔者は躊躇なく排除しましょう!」
ガイとガスは謎の人々をあざ笑うと、それぞれ肩書きを名乗る。
「頭の回転最速、参謀のガス!」
「有能優秀上級幹部、その名もガイ!」
ポーズを決めつつ、二人は同時に叫ぶ。
「我々の邪魔をする奴は、消えてもらう!」
「何だと……好き勝手にはさせん! 槍攻撃!」
リーダーの指揮で、人々は一斉に槍を投げた。
もちろん侵略軍団の方も黙っているわけにはいかない。ガイの指揮で、無数の宇宙戦艦は一斉にビームを撃った。
氷の地表にビームの雨が降り注ぐ。
謎の人々は追い込まれて、攻撃ができなくなってしまう。
「生ぬるい奴らだ!」
笑いにふけるガイたち。
しかしすぐにガスが窓を指差した。
「ガイ様、下の方にあの潜水戦艦が見えます!」
「んだと、あの野郎……今度こそ絶対に打ちのめしてやる! 皆の者、一斉攻撃ー!」
ガイは軍団を指揮して、二度目のビームの雨を降らせた。
もちろんシンの方も無抵抗なわけではなかった。
「こんな美しい景色を……この星を、めちゃくちゃになんかさせない!」
シンは、宇宙船目掛けてミサイルを撃つ。だが、避けられて攻撃が外れてしまう。
一方、相手側は優勢だ。容赦なく三度目のビームの雨を降らせてくる。
それも、二人という少人数ではなく何百機もの大規模な軍団だ。それに対して、人間の少年一人だけでは敵いそうにもない。
「今回は一転して、順調に進みますね。このまま行けば我々の勝利ですな!」
「そうだな! 皆の者、手を緩めずに攻撃を続けろ!」
それでもシンは勇気と希望を失うことなく、攻撃を続けた。
「僕だって……!
お前らみたいに、自分のために美しいものを傷つける奴らには、絶対負けない!」
その時だった。
シンの希望に応えたのか、次の瞬間、謎の強い稲光が走った。
「わっ、光が!」
「みんな、気をつけろ!」
その青白い光は、侵略軍団に打撃を与え、シンの潜水艦にもオーラを灯す。
「喰らえ! 最終兵器、ミサイル!」
稲光を帯びたミサイルが、宇宙船目掛けて放たれる。
「ガ、ガイ様……!」
「ガス、危ない……!」
ミサイルを受けた宇宙船は、爆発音を立てながら火花を散らした。
「ガイ様、宇宙船が故障しました! このままでは大変危険です! 今すぐ撤収しましょう!」
「よし! 皆の者、撤収ー!」
ガイの指示とともに、侵略軍団はどこかへ瞬間移動し、消滅してしまった。
壊れた宇宙船から散る火花は、まるで星々のようにきらめき、闇へ消えていった。
一方、シンの方も、とどめの反動で潜水艦から落とされ、生身のまま、遠くへ投げ飛ばされていく。
不思議な泡のバリアに守られながら、ゆっくり意識を失いながら。
◆人間のルーツ
__遥かな大昔。
人間は、こことは別の緑豊かな惑星に住んでいた。
空が見える陸上に生まれた人間は、絶えず降り注ぐ太陽の光を浴び、長い間健やかに暮らしていた。
ところが、時代と共に科学技術を発達させるにつれ、人間は愚かな顔を露わにするようになる。
森林を次々切り倒しては、住宅や工場を造ったり処理しきれなくなったゴミを埋め立てたりした。
こうして緑がなくなった場所は空気と水が汚染され、住んでいた動物も減った。
また、陸だけでなく海も汚染され、魚も減った。
それにも関わらず、人間は涼しい顔で、おのれの欲望を満たすためならば、例え自然破壊だって顧みなかった。
自然破壊が悪化の一途を辿るのを目の当たりにしても人間は、自分達さえ良ければどうでも良い、と気にせず何の手も打たなかった。
塵も積もれば山となるように、人間の過ちの積み重ねによって、生命を育む惑星は、いつしか死の惑星と変わり果てる。
故郷の惑星が滅んだことで、自業自得にも、人間は別の惑星へ移住を余儀なくされた。
数々の過ちを繰り返した人間に残されていたのは、氷に覆われた海洋惑星だけだった。
しかも、地表は極寒かつ低酸素なので移住に適さない。
本来人間は陸上動物であるがために水中での生活には適さないものの、氷の下の海底でなら何とか住めなくもなかった。
人間は、光のない暗闇で過ごすことと引き換えに、最後の生存圏である海の惑星へ移り住み、ゼロから開発を始めた。
一方、その海洋惑星を守護する神々は、外から人間が侵略しに来ていることを察知する。
彼らは緊急で集まると、反撃のために槍や弓を持った。
武装した神々は、人間を侵略者であると見なし、一斉に攻撃を仕掛けた。
もちろん人間の方も黙るはずがなかった。そればかりか人間は、高度な技術で作ったサメ型潜水戦艦で神々を追い詰め圧倒した。
大戦争の結果、勝利を手にした人間は、海底に新しい都市を築いた。
その際、外部から水が流れ込まないように、区画全体を覆うように巨大なドームを建設した。
丈夫で巨大な泡を人工的に作る技術が、太古の人間にはあったのである。
神々という邪魔者がいなくなり調子に乗った人間は、次々とドームを建設するため、周りのサンゴや海藻を取り除くなどして自然破壊を止めなかった。
だが、元々人間は、深海の暗い環境に慣れていないため、体調を崩したり精神的に不安定になったりする人も急増し、社会を悩ませた。
このような社会問題を抱えつつも、人間は、都合の良いように海の自然を搾取して、欲望のままに移住生活を謳歌していた。
そんな人間達に、神々は激怒した。
まだ完全には負けていなかった神々は最後の力を振り絞り、巨大な海底地震を起こした。
怒りをも感じるほどの激しい震動が海底中を伝わったことで、何百万ものドームが破壊され、何十億人もの犠牲が出た。
あまりに被害が大きすぎて、文明は原始時代レベルへ逆戻り、ドームを作る技術をはじめ、数多くの技術が失われた。
海底中を揺るがし怒り狂った末、力を使い果たした神々は、現代に至るまで長き眠りへつく。再び、人間に復讐するための力を蓄えるべく。
そして八年前、神々の目論見通り、二度目の巨大地震が起こった__
◆太陽が見える場所
「……夢か」
シンは何か夢を見た気がしたが、忘れてしまった。
目が覚めると、目の前には生まれてはじめて見る景色が__光のある朝の空だ。
そして、リーダーに率いられて謎の人々が次々姿を現す。
「助けてくださってありがとうございます。あなたたちは誰ですか?」
謎の人々に、シンは感謝を述べるとともに尋ねた。
リーダーは、最初は穏やかな様子でシンに告げた。
「私たちは海の神々。遥かな昔から現在に至るまで、侵略者からこの星を守ってきました。しかしながら……」
途中からリーダーは、険しい顔つきになった。
「約一万年前。私たちは別の侵略者に負け、この惑星を乗っ取られました。
その侵略者とは、正真正銘の__あなたたち人間です」
シンは動揺した。とても信じがたい、と思った。
「人間は侵略者でありながら、己が侵略者であることすら忘れ、この海の自然と生き物を傷つけて来ました」
自分たち人間の愚かさに、シンは無意識に憤りを感じた。
「それは……酷い」
「本来人間は、私たち神々の愛する子供ではなく、憎むべき侵略者です。
だから、私たちは人間を滅ぼそうと、二度大地震を起こしました」
リーダーは続ける。
「今後も、人間が自らを省みないのならば……今度こそ、最終手段を行使することも考えています」
そんな……と、シンは不安になった。
「ですが……人間がしっかり反省して学んで成長するならば、私たちも考えます……百年間だけ、時間を与えましょう」
リーダーは、最初と同じ穏やかな表情に戻った。
「最後にもう一つ、約束があります」
そういうとリーダーは、空に向かって魔法の青い光を放った。
「あなたが乗っていた潜水戦艦は、使い方を一歩誤れば、この惑星に重大な危険が及ぶでしょう」
魔法の光は潜水戦艦へ落ちた。
すると突然、潜水戦艦の全体が真っ白に光り出し、氷の中に閉じ込められた。
「この極寒の地上で、永遠に眠らせておきましょう。いつか再び、危機が訪れるときまで……」
リーダーが顔を上げると、空はピンク色から水色へと変化していた。
「……バリアの魔法が切れるまでもう時間がないようですね。案内をつけるので、急いで帰りなさい」
のぼる太陽を背に、リーダーと海の神々はシンを見送った。
「神さま、ありがとう! さようならーー!」
シンは元気よくお別れのあいさつをして、海深くへ潜っていく。
朝の明るい海には、色鮮やかな魚の群が泳いでいた。
群の中には、あの泳げない魚も紛れていた。
シンと同じように彼も泡に包まれていた。その影響なのか、限られた時間だけではあるものの特別に泳げるようになっていた。
彼はシンに気づくと、素早くシンの元へ近寄り、嬉しそうに踊り回る。
シンの方も彼を抱きしめるように、楽しく踊る。
潜れば潜るほど、周囲の景色は深く暗くなっていく。
小さな魚に導かれ、シンは深い海の底へ帰って行ったのだった。
ーおわりー