part3
◆旅のはじまり
待ちに待った、長期休みの前日。
夢が叶うワクワクと未知へのドキドキを胸に抱きながら、シンは空洞を歩く。
潜水艦に着くと、忘れ物や機材の故障がないかきちんと最終確認をする。
「おじさんのカメラがあれば、すっごい写真が撮れそうだな……」
確認がすべて済むと、シンは操縦席へ座りエンジンをかけた。ワクワクとドキドキを胸に込めながら、ハンドルを握り思いきりアクセルを踏む。
「発進!」
風のように、潜水艦は勢いよく前へ進み、洞窟から広い海へと、飛び出した。
幼い頃からずっと抱いていた長年の夢が叶うための__未知なる海の上の世界を目指す冒険に出発だ。
出発してから少しの間、シンは操縦をしていたが、操縦桿をよく見ると、自動操縦ボタンがついていた。目的地を設定してボタンを押すと、後は手動で操縦しなくても潜水艦が全自動で進むようになった。
潜水艦の周りには球状のバリアが張られ、水や外敵を通さず本体を守ってくれるので、安心だ。
より浅い場所を目指して潜水艦が暗い深海を進む間、シンはなるべくほとんどの宿題に取り掛かり、それが済むと、持ち込んでいたお気に入りの本を読んだりして、暇を潰した。
時々、窓の外も覗いてみたが、本当に真っ暗で何も見えない。何か見えたとしても、気味の悪い魚や怖い顔の魚ばかりで、あんまり嬉しくなかった。
ただ、潜水艦の中は邪魔な大人も誰もいないので、快適な場所ではあった。
しかしじっとすることが嫌いなシンにとっては、非常に長く辛い時間だった。
それでもシンは、海の上の世界を見るためならばと辛抱強く我慢した。
「じっとしてるのは辛いけど、今は我慢。今を乗り越えれば絶対、海の上に行けるから」
高性能な自動操縦に身を委ね、何十時間も何日間も、ずっと待ち続けた。
日が経つにつれ、潜水艦は徐々に明るく浅い場所へ近づいていった。
外の景色も、黒に限りなく近い色から青へ、青から明るい水色へ移り変わっていく。
不気味な深海魚もほぼ見かけなくなり、代わりに、明るい色合いの魚やサンゴがあちこちにたくさん見えた。
深海生まれのシンにとっては、ここはあまりに眩しすぎて目がチカチカした。が、慣れてくると一転、どこか懐かしいような安心感を覚えた。
宝石のように色鮮やかな魚たちが集団で海を泳ぐ姿を見て、シンは心を癒され、また元気をもらった。
「あぁ、あれがサンゴ礁……きれいだなぁ、やっぱり来てよかった!」
出発からようやく一週間ぐらい過ぎた頃、潜水艦は光が届く暖かい浅海へ突入した。
◆侵略軍団のエリートコンビ
星空が見える空間。氷で覆われた海の惑星に、一機の宇宙船が近づく。
その宇宙船は、一瞬にして跡形もなく姿を消した。
ただ、本当に消えたわけではなく、氷の下の海へ転移し、偵察を開始した。
宇宙船はしばらく海の中を漂っていた。
しかしある時、二人組のうち太った男が、窓の外を指差した。
「おい見ろ、サメの形をした潜水艦が見えるぞ!」
もう一人の痩せた男も反応した。
「確かに怪しいですね。調べてみましょう」
痩せっぽちのガスはタブレットを取り出し、図鑑機能を開いて調べる。そしていきなり、血相を変えた。
「どうしたんだ、ガス! 顔色が悪いぞ!」
太っちょのガイが心配そうに声をかけると、ガスは緊張した様子で言言う。
「あ、あれは……ただの潜水艦ではありません。古代に海の守り神をも打倒した危険兵器、潜水戦艦です! 非常に強大な力を持っています!」
「何だと!」
ガスの説明を聞いて、ガイも青ざめた。
「奴は我々を追い払おうとしているのでしょう。このままでは、危険です!」
「よし、向こうはまだ我々に気づいていないようだ。ビーム攻撃!」
ガイはレバーを押し、潜水艦の方向へ前進させた。
すると突然、宇宙船全体に衝撃が伝わった。
何かが激しい勢いで宇宙船に衝突してきたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、心配はいらない……」
ガイはそう言って操縦桿に触ろうと顔を上げた。しかし目の前には、子供のシャチの姿があった。
その後ろからは大勢のシャチの集団が、こちら目掛けて襲いかかって来た。
「前からシャチが!」
「逃げるぞ!」
ガイはレバーを引いて後退りし、宇宙船はシャチから逃れた。
「シャチが邪魔で近づけないならば、遠くから攻撃すれば良いのです」
ガスのアドバイスで、ガイは先程よりも遠い距離から、シンの潜水艦を狙う。
「よし、気を取り直して、ビーム攻撃!」
号令とともにボタンを押し、ビームを発射。
しかし、ギリギリ当たりそうなところを避けられてしまった。
「今度は、後ろからクラゲが来ます!」
「何……」
ガスに言われてガイが後ろの窓を見ると、巨大なクラゲのようなスライムのような恐ろしい外見の生物が、こちらを睨みつけていた。
背筋を凍らせたガイは宇宙船を急発進させて逃げようとした。だが抵抗も虚しく、触手に捕まってしまい身動きが取れなくなる。
「やめろ、放せ!」
必死に抵抗しても触手は強く放さず、ようやく数十分ほど経って脱出に成功した。
それからしばらく辺りを探し回り、再びサメ型の影を見つけた。
「潜水艦を見つけました!」
「よし、今度こそ喰らえ! ビーム攻撃!」
ビームは影に命中した。
「やったぞ! ついに当たったぞ!」
喜ぶガイ。ところが影はそのまま沈まないどころか、こちらに近寄ってくる。
よく見ると、影はサメ型潜水艦ではなく、本物のサメ__それも凶暴な大型の個体だった。
「違いました、前からサメが!」
「おい!」
ガスの叫びでガイは我に返り、レバーを手に取る。
「とにかく、猛スピードで逃げるぞ!」
作戦が失敗して大型ザメから逃げ回った挙句、シンの潜水艦を探していたはずが返って遠ざかってしまった。
潜水艦を見失った二人組は、責任を押し付け合って言い合いになった。
「この野朗! お陰でせっかく見つけたと思ったら、逃しちまったじゃねぇか!」
「いいえ、ガイ様がよく確かめずにすぐ行動するからですよ!」
◆サンゴ礁の泳げない魚
赤ピンク黄色のカラフルな魚たちが住まう、色鮮やかな真昼のサンゴ礁。
どの魚たちも、元気に遊んだり泳ぎ回ったりおしゃべりしたり、暖かい光を浴びながら、楽しく暮らしていた。
「ねぇねぇ、鬼ごっこしない?」
「いいよ、やろうやろう!」
しかし一匹だけ、ひとりぼっちの魚がいた。
他の魚と違って泳げないので、遊びに入れてもらえず、他の魚たちからは馬鹿にされいじめられてばかりだった。
「お前は泳げないから、仲間に入れてやらないぞ!」
「そうだそうだ、大人しくひとりぼっちでいろよな!」
ただ、泳げない代わりに足があるので、岩やサンゴに這いつくばって歩くことはできる。しかし友達がいないので、やはりいつもひとりぼっちで岩の上を歩いていた。
シンの潜水艦はサンゴ礁に近づいていた。
シンは出発して一週間近く長い間、じっと動かずにいたこともあり、心も身体も疲れていた。
ふと窓を覗くと、色鮮やかな魚たちが広大な空間を自由に動き回るのが見えた。
どの魚もみんな楽しそうに見えた。
「僕も一緒に泳いでみようかな」
魚たちが楽しく泳ぐのを見て、シンも気晴らしに海中を泳ぎたくなった。
潜水艦を操縦し、更にサンゴ礁へ近づくと、シンは気密服を身につけて潜水艦から出た。
身体に刺激が加わると、力がみなぎってきた。
「やっぱり体を動かすと、気持ちいいね」
肌に触れた水は、優しく温かく明るい色をしていた。
温かい水に包まれ、明るい光を浴びる。
シンは水中を泳いだことは何度もあったが、自分の目でこんなに明るい色の海を見たことはなかった。
真っ暗闇の深海で生まれたシンにとって、生まれて初めての体験のはずだが、同時に懐かしさや既視感にも近いようななんとも言えない感情も覚えた。
もっと近くで魚を見ようと、シンは手足で水を掻き、サンゴ礁へ近寄った。
すると、魚たちは驚いて一目散に逃げていった。
「人間が来たぞ!」
「逃げろ逃げろ!」
他の魚たち全員が素早く泳いで逃げる中、泳げない魚一匹だけは、足でゆっくりよちよち歩いていた。
そんな鈍間な魚を助けようとした者は、誰一匹いなかった。
岩の上を必死に這いつくばる鈍間な魚を、シンは無意識のうちに自分と重ね合わせた。
◆泳げない魚だっている
シンは、自分なりに楽でいられる自由な場所が好きだった。
それに対して大人たちは、周りの人たちに合わせて同じように動き、同じ作業を何回も繰り返すよう、シンに教えてきた。
そして、時間を守らせ、窮屈な場所でじっとするようにさせた。自分勝手な行動は許されないという。
しかしシンは、監視の目がある窮屈な場所が嫌いだった。遅刻してしまうことや居眠りしてしまうこともしばしばあり、しんどさを感じていた。
周囲の他の子供たちは学ぶためではなく競争に勝つために寝る時間を犠牲にしてまで勉強していた。そんな中、シンだけは一番大好きな教科、理科を自分のペースで勉強していた。
大好きだからこそ、もっと知りたいからこそ、シンは他の誰よりも心から熱中し、勉強を楽しんでいた。
ところが大人たちは、勉強は楽しむものではなく社会で成功するための手段であるといい、苦手教科の国語も克服させようとした。
だが、どんなに頑張ってもシンには無理だった。低い点しか取ることができなかった。
「僕にとって国語が苦手みたいに、この子も泳ぐのが苦手なんだ」
シンの言葉に反応したのか、泳げない魚はシンが敵ではないと判断し、安静を取り戻した。
「魚にだって得意不得意があるんだな。泳いでる魚も可愛いけど、歩いてる魚も可愛い!」
鈍間だけれど可愛い魚の一生懸命な様子を、シンはそっと見守った。
癒しのひとときはあっという間に過ぎ、もうお昼になった。
「そろそろ戻るか」
泳げない魚に手を振ると、シンは潜水艦へ戻り、エンジンをかけた。
泳げない魚は、今までに一度も褒められたことがなかった。
大きなクジラには笑われ、強いサメには睨まれ、弱い魚にすら馬鹿にされてきた。泳げない魚には誰一人も、彼を受け入れてくれる友達がいなかった。
だがそれも今日までの話。
潜水艦に乗った人間の少年は、泳げない魚を唯一馬鹿にしなかった。彼は鈍間だけれど彼なりに一生懸命生きているんだ、と。
ただ一人、自分を肯定してくれた少年のことを、泳げない魚は忘れることができなかった。むしろ気が気でなかった。
泳げない魚はしばらく戸惑ったが、更に上へと進む潜水艦を見て、決意を固めた。
そして、迷うことも無く走り出した。
他の魚たちが何の苦労もなく泳ぐ中、鈍間な魚は力の限り走った。どの魚にも負けないように。
途中で疲れても、一度も止まらずに、一番高いサンゴの山を目指し、硬い岩の上をずっと走り続けた。
ようやく山の頂点にたどり着き、彼はサンゴの先端を蹴る。
そしてトビウオが空を飛ぶように、彼は大ジャンプし、潜水艦の後部に張り付いた。
そして、振り落とされないように、決して離すことがないように、しっかりしがみついた。
「まったく、奴はどこ行ったんだ!」
「ガイ様、あちらに潜水戦艦が見えます! 後を追いましょう!」
ガイが苛立っていると、ガスが窓越しに潜水艦を指差した。
◆対エリートコンビその一
シンは、ほとんどのことを何も知らない。
泳げない魚がついて来るのも、二人組が追って来るのも、今乗っている潜水艦の本来の姿さえ、何も知らずに潜水艦を上へと上へと進ませていた。
「そこまでだ!」
突如、目の前に宇宙船が現れた。
「我々の邪魔をする奴は、消えてもらう!」
危険を察したシンはすぐに、全速力を出して回れ右で逃げる。
泳げない魚も振り落とされないように、しっかり機体につかまった。
当然、二人組の方も逃すわけにはいかず、シンの潜水艦を追いかけ回す。
そしてしばらく、何回もビームを放ち続けた。
だが、ガスが何らかの異変に気づいたようだ。
「あらら、おかしいですね……危険な潜水戦艦のはずですが、何も攻撃してこないようです……」
「何だと……まぁ、そんなことは今更どうでもいい」
ガイは今がチャンスと見て、更に攻撃を強めた。
先ほどよりも強化されたビームが速い速度で打たれる。
「今のうちに攻撃を喰らわせるぞ!」
二人組が一方的に攻撃してくる中、何も知らないシンはただただ逃げ回ることしかできなかった。
そんな時、緊張故のケアレスミスなのか、敵の攻撃を受けた衝撃なのか、よくわからないボタンを押してしまった。
「わっ!」
瞬く間に、青い閃光が走った。
あまりの眩しさに、シンは脊髄反射的に目を覆った。泳げない魚は伏せ、二人組は驚いた。
「あらら……」
「油断しちまうところだったぜ……」
青い閃光の正体は、シンの潜水艦__正確には潜水戦艦が放った、強力ミサイルだった。
シンはやはり混乱したがすぐに冷静を取り戻す。今乗っている潜水艦が、ただの潜水艦ではないことを確かめた。
「よし、行くぞ!」
シンは反撃のミサイルをもう一発撃つ。
その威力は凄まじく、二人組の宇宙船に命中すると、爆発するかのように青い閃光が放たれた。
しかし二人組もまだ負けていなかった。
「負けるわけにはいかん! これでも喰らえ!」
ガイはスイッチを押し、今までに放ったので一番強いビームを放った。
痛恨の一撃はシンの潜水艦に直撃し、激しい衝撃が潜水艦全体に伝わる。
「わっ、揺れる……!」
泳げない魚は離さないように、しがみついた。
衝撃のあまり潜水艦は大きく揺れ、岩の山に墜落する。
幸い泡のバリアがあったので、潜水艦もシンも無傷だった。
しかしながら、まだ安心できるわけではなかった。
「最後のとどめだ……!」
ガイはそう言って、とどめにスイッチを押そうとした。
しかし潜水艦の手前には、小さい鈍間な魚がいた。鈍間な魚はか弱くよちよちと歩いたが、その目には少しの勇気があった。
「何だ? こんなちっこい魚が……」
「あれは無害な種ですが、邪魔ならば躊躇なく潰しましょう」
色々なことに詳しいガスからアドバイスを受け、ガイはとどめを発射。
「ならばよし、ビーム攻撃!」
「危ないっ!」
思わずシンは、バリアを展開した。
ガイのビームは跳ね返され、二人組の宇宙船へ大打撃を与えた。
あと一発で倒せそうだ。
「うわーっ!」
「危ねぇ、つかまれー!」
シンのおかげで、泳げない魚は無事だった。
「この子は鈍間で泳げないけど、強くて、可愛くて……一生懸命生きてるんだ! この子をいじめるな!」
シンは啖呵を切り、最後の一発を決める。
「喰らえ! ミサイル発射!」
倍返しのミサイルは、眩しい青い閃光を放ち、宇宙船に命中する。
二人組の宇宙船は岩山へ墜落し、そのまま故障した。
「よし、逃げるんだ!」
シンはすぐさまレバーを押し、急いでその場を離れた。
泳げない魚も乗り遅れないように急いで走り、勢いよく飛び乗る。
潜水艦の進むスピードはどんどん強まり、彼は落ちないように強くしがみついた。
◆対エリートコンビその二
事は一件落着し、夜になった。
昼は明るい浅海も、夜になると深海のように真っ暗闇になり、怖い生き物がうろつくようになる。
地上まで、あともう少し。
潜水艦は、氷面下まであと数十メートルほどに近づいた。
海を出るまでもうそんなに距離はない時。そんな時だった。
「見つけました!」
「もう逃げられないぞ!」
危険な気配を感じてシンが後ろを見ると、再び敵の宇宙船がこちらを追って来るのが見えた。二人とも、本気で潜水艦を駆逐する気だ。
シンはレバーを押し、最高速度を出して上へ進んだ。もちろん二人組の方も、最高速度でシンを追いかけ回した。
「地上まで……あと、少し……!」
潜水艦が氷面下すぐまで近づいたところでドリルを出し、分厚い氷の層を削りながらどんどん上へ進む。
泳げない魚はやはり必死にしがみついていた。だが、潜水艦が地上へ進んでいることを察すると、潜水艦から体を離す。
そして削られ崩れる氷塊につかまり、海の下から潜水艦を見送った。
穴を開け終わると、潜水艦はドリルをしまって地上へとたどりつく。
それでも宇宙船は追跡をやめることなく、地上へ追いつくと今度は執拗に潜水艦目掛けてビームを発射した。
「逃すものですか!」
「追いかけろ!」
必死にビームを避けながら、シンは穴から遠く離れたところへ潜水艦を走らせる。
「逃げろ、逃げろ……逃げるんだ!」
しばらくの間、命懸けの逃亡劇が激しく繰り広げられた。
そんなあるとき突然、地表に亀裂が入り出す。
宇宙船が放ったビームの衝撃によって亀裂はあっという間に大きくなり、氷床が崩れ始めた。
「お、おっと……」
「うわっ、落ちるぞ!」
宇宙船は氷床の崩壊から逃れようとした。しかし崩壊はとてつもなく大きく広がり、容赦なく宇宙船をも巻き込んだ。
「……ガイ様!」
「しっかりつかまれ、ガス!」
大きな轟音の中を、二人組の宇宙船は無数の氷塊とともに海へと沈んでいった。