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part1

「人は死んだら、海よりも空よりもずっと上の世界に行くのよ」


 __パパとママは、

いつも、僕に教えてくれた__











 ◆誕生日プレゼント


 六歳の誕生日。


「パパとママからのプレゼントだ」

「さぁ、開けてみて」


 パパとママから箱を受け取って、シンはウキウキの様子だった。

中身は一体何なんだろう。おもちゃ? ぬいぐるみ? それとも……

期待とワクワクを胸に込め、シンは箱を開ける。


「わぁ、絵本だ!」


 シンは目を輝かせた。

プレゼントは、ちょっと厚めの科学の絵本だった。表紙には『海の上の世界』と、タイトルが大きく示されている。

 息子の喜ぶ姿を見て、パパとママも嬉しそうだ。


「シンが喜んでくれて、良かった」

「シンが嬉しいと、パパもママも嬉しいわ」


 シンはプレゼントの本を抱えて、パパとママに言った。


「パパ、ママ、ありがとう。一生大事にするよ」


 あの日以来、シンは毎日のようにその絵本を読むようになった。


 __海の上には、氷に覆われた大地が広がっている。

地表は、我々が住むドームの中の世界と同じく、水がなく空気で満たされている。

極寒で酸素も薄いため、生き物はほとんど住んでいない。

しかし一方でその真っ白な雪景色は美しく、さらにその上の、無数の星が輝く空はここでしか見ることができない__


 シンは本を読むことで、今まで知らなかった世界__海の上の世界を、初めて知った。


「わぁ、きれい……」


 絵本に載っている絵はどれも、本物の写真と見違えるかのように繊細でかつ美しかった。

特に、極寒の地表に広がる雪景色の写真。そして、そこでしか見られない満天の星空の写真。

この二つの写真はシンの心を虜にし、海の上の世界にのめり込めさせた。


 こうして夢中で読み進めていくうちに、いつの間にか、シンは科学好きに目覚めていくのだった。

同時に、海の上の世界への憧れ、実際の景色を自分の目で見たいという夢をも、抱くようになった。


「いつか、海の上の世界に行って、星空を見たいな……」



 ◆パパとママとの別れ


 長らくの間、シンはパパとママと平和で楽しい日々を過ごしていた。

今日もいつも通り学校へ行く。もちろん、よく読むお気に入りの本も忘れずに、カバンにしまって持っていく。

学校は家があるドームのすぐ隣のドームにあり、家から少し遠いため、毎日パパとママに車で送ってもらっている。


 シンはふと車の窓から、外の景色を見渡した。

外は真っ暗だ。昼夜関係なく当たり前のことだから気にならないが、あちこちで街灯や電飾が光っていなかったら一歩先すら何も見えないほど真っ暗だ。

それもそのはず、ここは本来、光の届かない深い海の底だからだ。


 少しの間外を眺めていると、ようやく学校のあるドームが見えてきた。

シンは暇つぶしも兼ねて、運転中のパパに話しかけた。


「ねぇ、あの大きな泡って、どうしてできたの?」


 パパは困り顔になりつつ少し黙った後、答えた。


「ああ、あの街を覆うドームのことか? 偶然できたんだ」


 シンの住む街をはじめ、海底のあらゆる都市はこの巨大なドームに覆われている。

基本的に物体はドームを自由に通り抜けられるが、なぜか液体の水だけは一切通さない。

そのお陰で、外部の海と内部にある都市は隔てられ、外から水が流れ入って来ることは、まずない。

よほど壊滅的な被害の出る大災害でも起こらない限りは。


「偶然って何?」

「何の理由もないってこと。たまたまそうなっただけだ」


 現在の文明における科学では、ドームがなぜできたのかはまったく解明されておらず、ドームを人工的に作る技術もまだ存在しない。一般の常識では『ドームは偶然できた』と言われているくらいだ。


「ただ、ドームができたせいで、元々住んでいた魚や生き物は住めなくなっちゃったけどね」


偶然とされていたのは、それだけではない。


「じゃ、なんで人間は海の中で生まれたのに、水の中で呼吸できないの? なんで泳ぐんじゃなくて二本の足で歩くの?」

「それも偶然だよ。本当のところはわからないけど」


 親子で話をしているうちに、ようやく学校へ着いた。

重いカバンを背負い、シンは車から降りた。


「今日も一日楽しんできて」

「気をつけて過ごしてね」


 見送ってくれたパパとママに、シンはうなずき、元気よく手を振った。


「うん、行ってきます」


 シンが校舎に入ったのを確かめた後、パパとママは車でその場を離れ、家へ帰って行った。



 ◆被災


 今日は、苦手な国語がある日。

それでもシンは、先生の話をなんとか聞き逃すまいと、重くなるまぶたを必死に見開く。

しかし眠気に抗うことは敵わず、気が遠くなるくらい長く感じるあまり、うつむきながら寝てしまった。


「こら、シン! 授業中に寝るな!」


 いつも通り先生に見つかって、こっぴどく叱られた。シンは素直に謝った。


「ごめんなさい」

「これでもう四回目だぞ、次からは気をつけなさい」


 居眠りして怒られる。特に変わっているわけでもなく、当たり前の光景だった。


 突然、ぐらぐらと揺れるような、違和感がした。

さっきまでシンを襲っていた眠気すら完全に消えた。その代わり、シンの心に恐怖と不安が生まれた。


「まさか、地震……?」


 不安は的中し、その異常のような違和感はあっという間に、学校を……いや街もろとも壊す勢いの強い揺れへと変貌した。

シンや他の子供たちは怯え、慌てふためいた。


 海底全部が崩壊してもおかしくないような、凄まじい震動と轟音が辺りに鳴り響く。

窓ガラスは粉々に砕け、その破片が教室や廊下に無数に散らばる。

やがて壁にも大きな亀裂が走る。


 このままでは大変危険であると判断し、先生は子供たち全員を、校庭へ急いで避難させた。



「パパとママ、いつまで経っても来ない……」


 他の子供たちが家族のお迎えで次々と帰る中、シンだけはずっと、パパとママが迎えに来るのを待っていた。

生徒ほぼ全員がいなくなった後も、一人で何時間も待ち続けるシンを見かねて、先生は一声かけてあげた。


「お迎えが来なくて、ずっと待っているんだね。」


 シンは首を縦に振る。


「今日は学校に寝泊まりしていきな。学校は避難所になっているから、毛布や食べ物があるよ。

明日になれば、何か連絡が来るはずだよ」


 先生の声かけで、今日は学校で夜を過ごすことにした。

明日になったら、パパとママが来てくれるというが……とても不安だ。本当に迎えに来るのだろうか? それ以前に、本当に無事でいるのか?


「パパ、ママ、大丈夫かな……」


 終電を三時間過ぎた後も、まったく寝つけなかった。

翌日、ついに先生から連絡が届いた。


「君のパパとママは、亡くなった。おうちも、その場所のドームが壊れたから帰れなくなったよ」


 幸いにも、学校のあるドームは何とか無事だったが、他のドームのほとんどには大きなヒビが入り、中には全壊して住めなくなった場所もあったようだ。

シンの家があるドームも同様に、ほぼ完全に壊れたことで内部に海水が流れ込み、多くの犠牲や損害が出たという。


 家も家族もなくなったため、シンは児童養護施設へ移って、他の子供たちと一緒に生活することになった。



 ◆パパとママは希望もくれた


 安心して居られるおうちも、優しいパパもママも、ほんの一瞬の大地震ですべて失った。

昨日まではいつも通りに、心安らげるおうちで大好きなパパとママと過ごして、学校では遊んで勉強していたのに。


「パパ、ママ……うぅ」


 シンの心の中は、真っ黒に染まった。

強い悲しみの黒だ。

言葉では言い表せないほど、すごく苦しくて、すごく悲しくて……何もかも虚しく思え、もうこの世から消え去ってしまいたいような……言葉では言い表せないけど、すごく辛い気持ちだった。


「パパ、ママ。これから……どうしたら、いいの……」


 シンの両目から、一粒だけではあるが大粒の涙が溢れ落ちる。

長い時間シンはずっと泣いた。その後一旦気分が落ち着くと、持っていたお気に入りの本が涙で濡れていたことに気づいた。

本を開くと、表紙だけでなく中身のページまで湿り気を帯びていた。


「こんなに、濡れちゃった……」


 しかし読みづらいというわけではなかった。自分でも気づかないうちにシンは本が描く海の上の世界に没頭した。

きれいな夜空の写真を見ると、自然と心まできれいになってくる気がした。


 慣れない環境の中で家や家族のことを思い出すたび、シンは泣きそうになった。

こんな時にはお気に入りの本を読むことで、不思議いっぱいな海の上の世界にはまり込む。同時に、パパとママの温もりに触れて、悲しみを紛らわそうとした。

寂しくて辛い生活が続いたが、パパとママがくれた本を夢中で読んでいる時は、悲しい気分を忘れられた。


 未知の世界への好奇心、知らないことを知りたい気持ち。そして、海の上の世界へ旅立つという、夢。

それこそが、シンの生きる原動力、そして希望へ変化したのであった。


「パパとママがくれた本、一生大事にするよ」

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