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三分間の妄想世界  作者: 三井寺五味虫
3/3

ミッション3【ゴブリンを1000匹倒せ】

栗栖升三太(クリスマスサンタ)は苗字が特殊であることを除けばごく普通の根暗な高校一年生である。

内向的で、周囲のペースについて行けず、いつも俯いてばかりいる。

この日の昼休みも校舎裏の影にしゃがみ込んで蟻の行列を見ていた。

アスファルトから陽炎が昇り、日陰にいても全く涼しくならないくらいの猛暑日にひたすら蟻を見つめる。

そんな周りから距離を置かれている男子高校生。


彼は日向を見てある異変に気付いた。


「あの陽炎の形……なんかゴブリンっぽくね?」

「大変ンガ! また清晴ちゃんの妄想が具現化しそうになっているンガ!」


そう言って三太の頭にキツネとリスとモモンガを足し合わせたようなバスケットボール大の謎生物が現れる。

名前を“キツネリスモモンガの妖精キリモン”といい、三太にしか認識することのできない存在である。

かといって三太の空想上の悲しいお友達という訳ではなく、同級生博多清晴の妄想から生まれた正真正銘の妖精なのである。

博多清晴(ハカタキヨハル)

三太の通う栗之森学園高等学校の生徒で知らない人はいない超絶天才美少女。

“清澄の乙女”の異名を持ち、次期生徒会長の噂も立つほど人望の厚い女子。

現在はゴブリンの群れみたいな形の陽炎に囲まれ日向を歩いている。

それでも日傘一本で涼しげな顔をしているところから彼女の不動の精神が垣間見えると学園生徒は口々に言う。

好きなものは清楚。嫌いなものは異性。

三太が恋をして告白もせず失恋してそれでも未練を捨てきれないでいる女子だ。

そんな彼女にはある能力がある。

それは“妄想の世界を具現化させる超能力”。

彼女はまだ超能力を自覚していない上、ここ最近能力に目覚めた為全く制御しきれていない。

知っているのは三太とキリモンだけ。

そして二人は彼女がラノベオタクであることを隠していることも知っている。

もし彼女が全てを知ってしまった時、周りに全てを知られてしまった時、彼女は心に大きな傷を負い超能力を暴走させてしまう。

三太とキリモンは最悪の事態を阻止すべく、彼女の妄想を鎮めるための【ミッション】に挑むのだ。


「くっ、博多さんが校舎内に入ってくれれば俺も涼しい所で妄想世界に入れるのに、なんで屋外で直立不動になっているんだッ……これじゃ俺は妄想世界にいる間に熱中症になっちまう!」

「そんなことはどうでもいいから早く妄想世界に入るンガ! このままじゃゴブリンが具現化されちゃうンガ!」

「よし、お前は許さん」


そう言って三太はキリモンの手に触れ、妄想世界に入っていくのであった。











「そんで、なんでゴブリンの群れのど真ん中なんだよ」

「そんなのンガの知ったことでは無いンガ! 完全ランダムンガ!」

「こんな危機的状況でなんでお前は俺の頭の上に乗ってるんだ?」

「いざという時に三太を身代わりにして逃げるためンガ!」

「お前マジで覚えてろよ」


三太とキリモンはゴブリンの群れに囲まれていた。

まるであらかじめ三太が現れるのを見越してどいていたかのような空間に降り立った彼は逃げ場を探す。

が、辺りは平坦な沼地で所々茂みがある以外に逃げ場はない。

それだけゴブリンの数が多かった。

数にして1000匹。

体長一メートル、武器は棍棒か石、知能は犬と同等。

それでも三太は自身の負けを覚悟した。


「キリモン。今回のミッションはなんだ?」

「ミッションは【ゴブリンを1000匹倒せ!】ンガ」

「ここにいるゴブリンは何匹だ?」

「1000匹ンガ」

「武器は?」

「無いンガ」

「どうしろってんだよ……」


ゴブリンがじわりじわりと囲いを狭める。


「とにかく先ずはこの包囲から逃げる。最悪なのは転んで囲われて袋叩きに遭うことだ。それだけは回避しなきゃならない」

「でもそれじゃ時間がないンガ!」

「タイムリミットが3分の時点で時間なんてねえよッ!」


走り出す三太。

ゴブリンたちも三太を逃がすまいと一斉に襲い掛かる。

が、一点突破なら三太に分があった。

助走をつけて一番手前のゴブリンを踏んだ三太はそのままゴブリンの包囲を飛び越える。

着地で足が滑り転びそうになるが何とか耐えてまた走り出した。

足の遅いゴブリン達が三太に石を投げる。

石の殆どは三太の両サイド目掛けて投げられ、三太に向けて投げられた石の全ては三太の頭の上に乗るキリモンに当たった。


「痛いンガ! 痛いンガ! 石が当たって痛いンガ! 三太が石を避けないから石が当たって痛いンガ!」

「石に当たりたくねぇんなら降りろ!」

「いやンガ! ンガは三太の無様な死に様を嘲笑うまで絶対にここを離れないンガ!」

「いやもう発言内容がまごうことなき敵キャラなんだが!?」

「! 三太止まるンガ!」


そう言われて立ち止まる三太。


「なんだ急に! 何か策でも思いついたか!?」

「違うンガ! あれを見るンガ!」


キリモンが指差す方を見る三太。

そこには、必死でもがくも沼に沈んでいく鹿の姿があった。

その鹿の周りには同じように沼に沈む鹿の姿。

ふと沼の淵で水を飲もうとしている鹿を見る。

鹿は沼の水をひと舐めし、痙攣を起こし、沼に落ちた。


「毒の底なし沼……しかもあの鹿たちが沈んでる辺り全部か……うちの学園のグラウンドより広いぞこりゃ」

「それだけじゃないンガ! あの鹿をよく見るンガ!」


三太は言われた通り今にも沈みそうな鹿を見る。

胴体まで沈んだ鹿の辺りで触手のような何かが大量に動いている。

それらにまとわりついている粘液が鹿に絡みつき、鹿の動きを鈍らせていた。


「あれは……鰻かッ?!」

「えッ?! あれが鰻ンガ?!」

「いや、正確には分からないがあのフォルムは鰻のそれだ! そしてあの粘液も奴らが出しているとするなら恐らくヌタウナギ……」

「ヌタウナギってあんなピラニアみたいに群れで獲物を襲う生き物ンガ?!」

「いや違う。この底なし沼で生き抜くためにあのウナギ型モンスターはああいう進化をしたんだろう」

「! まずいンガ! ゴブリンに囲まれたンガ!」


即座に振り返る三太。

そこには半円状に彼を囲むゴブリンの群れがいた。


「初めから石を投げてここに誘導する算段だったってわけか」


三太がジリッと後退る。

一歩後ろは底なし沼。

目の前にはゴブリンの群れ。


「もうだめンガー! おしまいンガー!」


キリモンの悲鳴に近い叫びが沼地に響く。

今度こそ逃がすまいとじりじりと距離を詰めるゴブリン達。

三太は目を瞑って考えた。

何か策は無いのか。

何か突破口は無いのか。

このまま死ぬなんて絶対にできない。

博多清晴を悲しませないと誓ったんだ。

あの子を守ると誓ったんだ!!

俺は絶対に死なない!!

彼の決意が脳細胞を活性化させる。

思いつけ。

この状況を打破できるアイデアを。

このピンチをチャンスに変える閃きを!!

前には敵1000匹、後ろは毒の底なし沼。

底なし沼……底なし沼……?


「キリモン。残り時間はあと何分だ」

「あと一分半ンガ」

「そうか。キリモン、逃げ場が見つかったぞ」

「えッ!? どこンガ!?」


ゴブリンを背にし、底なし沼を見つめる三太。


「こっちだあああああああああああ!!!!!!!!!!」


三太はそのまま底なし沼の上を走り出した。


「んがあああああああ!!!! 何してるンガ!! 気でも狂ったンガ!?」

「後ろを見ろキリモンッ!!」


キリモンは言われた通り後ろを振り向く。


「ンガッ!?」


キリモンが見たもの。

それは、底なし沼に自ら突撃し沈んでいくゴブリン達であった。

三太が底なし沼を走っているのを見て自分たちにもできると思ったのだろう。

が、結果的に底なし沼に落ちた先頭ゴブリンは胴体の半分まで沈み、藻掻きに藻掻いて首まで沈み、後続ゴブリンに踏み台にされて頭まで沈み、ウナギ型モンスターの餌食となった。

そして先頭ゴブリンを踏み台にした後続ゴブリンが底なし沼に落ちて胴体の半分まで沈み、悲劇は繰り返される。

そうして、30秒もしないうちに全てのゴブリンが沼に沈んだ。

後はゴブリンがウナギ型モンスターに齧られて血中に直接沼の毒が回って絶命するまで待つのみ。


「すごいンガ! みるみるうちにゴブリンが死ぬンガ! でもどうしてゴブリンより重い三太は底なし沼に沈まないンガ?」

「それはな、この底なし沼の泥が全部ダイラタンシー流体だからだ」

「だいらたんしーンガ?」

「そうだ。このダイラタンシー流体は速いせん断刺激には個体のような抵抗力を発揮し、遅いせん断刺激には液体のように振る舞う性質がある」

「つまり、三太はダイラタンシー流体の上を素早く走っていたから沈まなかったンガ!」

「そうだ。逆に動きの遅いゴブリン達は底なし沼に沈んだって訳だ」

「すごいンガ! でもドヤ顔でにちゃにちゃしながら雑学をひけらかす三太があまりに醜くてすごさが相殺されたンガ!!」

「よし、お前マジで妄想世界から目覚めたら覚悟しろよ」


そうして、1000匹もいたゴブリンは一匹残らず絶命した。











三太が目を覚ますとそこはさっきまでいた校舎裏の日陰だった。

横たわっていたせいで彼の身体の右半分が土で汚れている。

起き上がろうと胡坐になったその時、目の前にある人がいることに気付いた。

博多清晴である。

彼女は日傘を片手に三太を不思議そうに見下ろしていた。

誰もいない誰にも見られていない校舎裏で二人きり。

その時、両者の間を強風が吹き抜けた。

清晴のスカートの下があらわになる。

それを意図せず直視してしまう三太。

彼はすぐに視線を逸らした。

風が止み、両者は静寂に包まれる。

三太が恐る恐る清晴を見ると、彼女はスカートを両手で握り抑えながら涙目で赤面し、ぷるぷると震えていた。

清晴のビンタが炸裂する。











「なあ……キリモン……」


三太は日陰で大の字になりながらキリモンに聞く。

その左頬には真っ赤な手形があった。


「俺……あれは事故だったと思うんだ」


黙るキリモン。


「俺……悪くないと思うんだ……寧ろ咄嗟に視線を逸らして見てないですよアピールをしたのは褒めてほしいんだ……」


またも黙るキリモン。


「なんか、色とか柄とか言ったんだったらぶたれて当然だけど俺あの場でできる最大限の配慮をしたつもりだったんだ……俺もある種の被害者だよな? なあキリモン……キリモン?」

「あゴメン寝てて聞いてなかったンガ」

「よしお前を今からすりおろしてやる。炎天下のアスファルトでなあ!!!!」


キリモンを掴む三太。


「やめるンガ!! キリモンは何も悪くないンガ!! 悪いのはカメムシの背中みたいな顔をした三太ンガガガガガガガガガガガガガガガガ」

「てめぇの顔面もまっ平にしてやんよおおおおおおお!!!!」


その後、炎天下の中アスファルトをエアー雑巾がけする三太が生徒に目撃され、三太は周りから更に距離を置かれるようになったという。

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