ミッション2【三分間ゴーレムから逃げろ!】
栗栖升三太は苗字が特殊であることを除けばごく普通の根暗な高校一年生である。
学校に友達も知り合いもいない帰宅部のコミュ障ぼっち。
現在も雨が降りそうな曇り空の下、授業終わりの二人一組の体操を体育教師としている。
もはや同級生からも天からも嫌われているのではないかというレベルのぼっち。
街で探せばどこにでもいるなんの変哲もない男子高校生。
そんな彼は今、グラウンドに突如発生した竜巻を凝視していた。
「あれって……ゴーレムの形……だよな……?」
「大変ンガ! また清晴ちゃんの妄想が具現化しそうになっているンガ!」
そう言って三太の頭にキツネとリスとモモンガを足し合わせたようなバスケットボール大の謎生物が現れる。
名前を“キツネリスモモンガの妖精キリモン”といい、三太にしか認識することのできない存在である。
かといって三太のイマジナリーフレンドという訳ではなく、同級生博多清晴の妄想から生まれた正真正銘の妖精なのである。
博多清晴。
三太の通う栗之森学園高等学校の全男子の視線を独り占めする超絶天才美少女。
“清澄の乙女”の異名を持ち、次期生徒会長の噂も立つほど人望の厚い女子。
現在も竜巻のど真ん中にいながら全く動じず涼しげな顔をしている。
好きなものは清楚。嫌いなものは異性。
無謀であると分かっていながら三太が恋をしている女子だ。
そんな彼女にはある能力がある。
それは“妄想の世界を具現化させる超能力”。
彼女はまだ超能力を自覚していない上、ここ最近能力に目覚めた為全く制御しきれていない。
知っているのは三太とキリモンだけ。
そして二人は彼女がラノベオタクであることを隠していることも知っている。
もし彼女が全てを知ってしまった時、周りに全てを知られてしまった時、彼女は心に大きな傷を負い超能力を暴走させてしまう。
三太とキリモンは最悪の事態を阻止すべく、彼女の妄想を鎮めるための【ミッション】に挑むのだ。
「すみません先生。具合が悪いのであそこの木の下のベンチで休んでていいですか?」
「おう、いいぞ」
体育教師に断りを入れて日陰のベンチに腰掛ける三太。
「どうしたンガ! 早く清晴ちゃんを助けるンガ! じゃなきゃ竜巻で吹き飛ばされちゃうンガ!」
「大丈夫だ。あのデカさの竜巻なら人一人分の“竜巻の目”があるはずだ」
「そんな“台風の目”みたいなのが存在するンガ!?」
「理論上はな。それにあのレベルの竜巻の真ん中にいながら博多さんは吹き飛ばされるどころか直立している。恐らく自分の妄想が具現化して起きた現象は彼女自身を傷つけないんだろう」
「でも竜巻はどんどん大きくなっているからどうにかしないといけないンガ!」
「だな。周りの被害が大きくなる前に早く妄想世界に入り込むぞ」
「ンガ!」
そう言ってキリモンの手に触れる三太。
「因みに妄想世界での動きやすさは清晴ちゃんとの距離に比例するンガ! 今清晴ちゃんはグラウンドの真ん中にいるからここからの距離を100メートルとすると、現実の10倍くらい動きにくいと思うンガ!」
「それをッ……早くッ……言え……」
三太はベンチに横たわり深い眠りについた。
三太が目を覚ますとそこは見渡す限りの泥沼だった。
草木が一本も生えていない死んだ土地。
曇り空と暴風がこの土地の不吉さを後押しする。
「キリモン……てめッ……また肝心なことを……」
三太がキリモンを頭から引き剝がそうとする。
が、10倍動きにくい状態の彼は小動物一匹掴むのに一苦労していた。
まるで高熱が出た時のような全身のだるさに息をのむ三太。
足元は泥で踏ん張りが効かない。
今この状況で襲われたら、まずい。
不幸にも彼の最悪のシナリオが実現してしまう。
「三太! 向こうからゴーレムがやってくるンガ! 早く逃げるンガ!」
キリモンに言われて遠くを見る三太。
地平線から現れたのは、猛ダッシュをしている岩山みたいなゴーレム。
推定される高さは10メートル。
重さは数百トンはあるだろう。
「クソッ! キリモン! あれに潰される前にミッションを済ませるぞ!!」
「今回のミッションは【三分間ゴーレムから逃げろ!】ンガ!」
「どうやって逃げろっつーんだよ俺は今普段より10倍動けないんだぞ!!」
「そんなのンガの知ったことでは無いンガ!!」
「てめぇマジで覚えてろよ……」
三太が血走った目でなんとか泥の中を走る。
が、ゴーレムの圧倒的なスピードには敵わない。
「急ぐンガ! ゴーレムがすぐそこまで来てるンガ!」
三太の頭の上から彼の顔をぺしぺし叩くキリモン。
「お前は……後で……必ず……コロす」
三太の堪忍袋の緒が切れたその時、彼は何かに躓いて盛大に転んだ。
うつ伏せに倒れて顔どころか前半身泥まみれになった三太。
三太を踏み台にして泥にまみれるのを回避したキリモン。
「ふぅ。危うくンガの神聖な毛先に泥がつくところdンガッ!」
キリモンを掴んで投げ捨てる三太。
彼はあるものを見つけた。
さっき躓いた辺りを手で掘り返す。
「……こりゃご都合主義様々だな」
そこに埋まっていたのはバラバラになった馬車。
色々と積まれていたのを見るに商人の馬車だったのだろう。
何故こんなところを商人が馬車で通ったのか、近道でもしようとしたのか。
謎は多いが三太はその一切を頭の中から消し去った。
三太は馬車から木の板とシーツを持ち出す。
そして木の板に乗りシーツの両端を持った。
「ちょっと! いきなり何をするンガ!」
「いいから掴まれ!」
暴風が泥まみれのシーツを広げる。
シーツは風を受け、木の板は少しずつ滑り出す。
即席カイトボードの出来上がりだ。
三太の身体がどんどん加速する。
「ちょ! ちょっと待つンガ!」
隣を必死で走るキリモン。
「いやお前モモンガみたいな見た目しておきながら飛べねぇのかよ!」
「モモンガは滑空することしかできないンガ!」
「なら風をうまいこと使って揚力を……」
「ンガはそもそも身体が重すぎて滑空すらできないンガ! 魔法でゴリ押ししようにも数メートルが限界ンガ!」
「お前ほんとにダメな奴だな!?」
「! ゴーレムが泥を撒き散らしてくるンガ! 避けるンガ!」
「!?」
次の瞬間、砲弾みたいな泥の雨が三太を襲う。
なんとか右へ左へ泥を避ける三太となんとか木の板に乗って三太の頭の上にしがみつく。
「いやなんでお前の定位置はここなんだよ! 重い! 降りろ!」
「降りないンガ! いざという時に身代わりにして逃げるのにここが一番都合がいいンガ!」
「おめぇほんとに性格腐りきってんな!?」
ゴーレムの泥攻撃が二回、三回、四回と三太を襲う。
その全てをギリギリで避けてもまだゴーレムとの距離は広がらない。
寧ろじりじりと狭まっている。
三太とゴーレムとの距離、およそ100メートル。
「まずいンガ! まだ残り時間一分もあるのにこのままじゃゴーレムに追いつかれるンガ!」
「んなの見りゃ分かる!」
その時、一陣の風が吹いた。
三太の身体がふわりと浮く。
「わっ、わわわっ!!」
「浮いてるンガ! 浮いてるンガ!」
「はしゃいでる場合か!!」
三太の身体はどんどん飛ばされ、10メートルくらいの高さにまで至る。
後ろを見ると三太がさっきまで乗っていた木の板がゴーレムに踏みつぶされていた。
ゴーレムとの距離、50メートル。
「さっきよりゴーレムが近いンガ!」
「上に飛ばされて横方向の速度が落ちたかッ!?」
「だんだん風が弱くなっているンガ!」
「やばい! 落ちる!」
みるみる高度を下げていく三太とキリモン。
ゴーレムとの距離、40メートル。
足がつくかつかないかのすれすれを飛ぶ彼の顔は焦りと恐怖に染まっていた。
ゴーレムとの距離、30メートル。
遂に足が付き、三太はシーツを被りながら泥沼を転げ回る。
徐々に減速をし、完全に止まった三太はもぞもぞとシーツから這い出る。
目の前にはゴーレム。
「やば」
高さ10メートルのゴーレムの圧倒的威圧感にたじろぐ三太。
彼の脳内に過去の記憶が巡る。
幼稚園、小学校、中学校、友達との思い出。
もう十分楽しんだだろう。
小中の頃の友達とはもう連絡も取れないし、高校じゃ友達すらできないし、わざわざ県外の高校に通うのを口実に一人暮らしを始めたくらい家族と仲が悪い。
この先楽しいことなんて……。
その時、三太は博多清晴の顔を思い出した。
彼の足に力が入る。
ダメだ。
まだ死ねない。
博多さんを守るんだろ!
俺しかあの子を守れないんだろ!!
立て! 走れ! 逃げろ!
ゴーレムの足が振り上げられ、紙一重でその場を離れる三太。
「ったく、ひどい目に遭ったンガ。三太君と逸れちゃったンガ。ゴーレムが三太君を襲っている間にンガは早く逃げrンガッ!!」
シーツから出たところをゴーレムに踏みつぶされるキリモン。
三太はゴーレムの足をよじ登っていく。
ゴーレムに振り落とされそうになりながらも背中にしがみついた三太は勝利を確信していた。
「ここならゴーレムに捕まることはないだろ! 後はここにしがみついていれば……」
が、彼は最後までツイていなかった。
ゴーレムがいきなり走り出す。
そして跳んだ。
背面跳びである。
「え?」
三太には全てがスローモーションに見えていた。
ゴーレムの背中と地面が近づく。
「うわあああああああああああ!!!!!!!!」
ゴーレムが背中から盛大に着地した。
「うわあああああああああああ!!!!!!!!」
三太が飛び起きるとそこは栗之森学園高等学校の誰もいないグラウンドの端のベンチだった。
ゴーレムに潰される直前に3分が経過し、ミッション達成となったのだ。
が、彼は素直に喜べない。
目の前には博多清晴。
三太は起き上がった拍子に清晴の胸に盛大にダイブをかましていた。
「……」
視界が真っ暗でありながら匂いと感触から大体の状況を察した三太はゆっくりと顔を離す。
恐る恐る顔を上げると、そこには涙目で赤面しながらプルプル震える清晴の姿。
彼女の右腕が振り上げられ、ビンタが炸裂する。
「なあ……。キリモン……」
三太は左頬の真っ赤な手形をさすりながら木陰で大の字になっていた。
青空と爽やかな風が三太の頭を冷やす。
「なんで博多さんは寝ている俺の目の前にいたんだろーなー?」
「三太のことが好きなんじゃないかと思うンガ?」
「それはないだろ」
「冗談ンガ。にちゃにちゃしててキモいンガ」
「よし。お前はコロす」
「ちょ、放すンガ! 下ろすンガ! 何をするンガ!」
「何って、お前の顔面でグラウンドを雑巾がけすんだよ」
「やめるンガ!! それはシャレにならないンガ!! 三太みたいな顔にはなりたくnンガッ!?」
「だrrrrるぇの顔が履き潰してペタンコになったスニーカーの靴底じゃい!!!!」
「自覚してるならさっさと諦めrンガガガガガガガガガガガガガガガガガ」
その日、三太がグラウンドをエアー雑巾がけする様子が目撃され、三太はますます周りからヤバい奴だと認識されるようになった。