表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【3分で読める怪談】カナブン

作者: 薫 サバタイス

挿絵(By みてみん)








G県に住む内村正さんは、幼い頃、不思議な体験をしていました。


記憶に残っている1番最初は、3歳のとき。


お昼寝をしていて、起きたら誰もいませんでした。


テレビは消されているし、ぬいぐるみのクマも見当たりません。


正さんはパニックになって、ワンワン泣き出しました。


そのときです。


どこからか小さな虫が、S字を描きながら飛んできました。


ブーンと羽音を鳴らして飛んできて、床にとまったのてす。


深緑色のそれは、6本脚をモゾモゾ動かして話しかけてきました。


「どうして泣いてるんだい?」


ある程度の年齢になっていれば、こんなことはありえない、幻覚か、夢か、何か途方もない奇跡が起こっているか、いずれにしろ驚き、怪しんだでしょう。


しかし正さんは、このときたった3歳。


1人でお留守番をしていました。


どんなことをしゃべったのか、くわしくは覚えていません。


でも、結果的に正さんは泣きやみ、お母さんが戻ってくるのをおとなしく待つことができました。


のちに、図鑑を見てわかりました。


小さな虫はカナブン。


以後、どこからともなく飛んできて、正さんと会話するようになりました。


夜の仕事をしているお母さんがいるときは、なぜか現れません。


菓子パンとジュースのおかれた部屋で1人、お留守番をしているときにかぎって現れて、話し相手になってくれるのです。


実際、カナブンに話したいことはたくさんありました。


昨日、食べたプリンのこと、パンツを1人ではけるようになったこと、テレビで見たバトル戦隊のこと、お母さんが家へつれてきた、知らないおじさんのこと……


どうしてもさみしくてたまらないとき、カナブンのことを思うと、必ずではないですが、ときどき現れてくれました。


小学校に上がり、友達だと思っていたクラスメートにカバンを隠されたときも、クラス全員に無視されたときも、担任の先生に「シングルマザーの家の子は汚い」と言われたときも、カナブンは現れて話を聞いてくれました。


でも、いつからでしょうか、姿を見せなくなりました。


正さんが成長したから?


そうは思えませんでした。


あいかわらず高校の成績は悪かったし、やっとできた恋人も、ささいなケンカから2ケ月で別れてしまいました。


お母さんは男と一緒にベロベロに酔って帰ってきては、ひどい言葉を投げつけてきます。


男はお母さんのヒモのくせに、正さんへ暴力をふるうクズ人間。


「大学へ行きたい」という正さんの願いが、お母さんの「無理でしょ」の一言で片づけられたときも、カナブンは現れてくれませんでした。


仕方なく正さんは、高校卒業後、町のスーパーで働き始めます。


「がんばれば、店長にしてやる」


面接のときに、社員の人にそう言われたから。


知り合いが客としてたくさん来るお店で、品出ししたりレジを打ったりするのに恥ずかしさを覚えることもありました。


でも、たまに言われる「ありがとう」の言葉が励みに。


そんな頃、気になるバイトの女の子ができました。


長い髪を地味な色のシュシュで結び、キビキビ働く女の子。


だけど、職場恋愛は基本的にご法度。


しかも彼女は大学生。


高卒である自分に引け目を感じながらも、ある日、告白しました。


もしダメだったら二度と職場の女性を好きにならない、最初で最後の告白、と決めて。


OKの返事をもらった日の夜は、天にものぼる気持ちでした。


正さんが本当の意味でカナブンのことを忘れたのは、この頃だったかもしれません。


自分で企画した特産物フェアが大盛況だったり、いろいろ工夫していたら食品トレーの回収率が上がったりと、仕事もうまくいき始めます。


付き合い始めて4年後、結婚式が行われました。


このときばかりはお母さんも酒を断ち、美容院を予約して、セットした髪で来てくれました。


その目に涙が光っているのを見て、この人の息子でよかったと、はじめて思ったものです。


やがて妻の妊娠がわかりました。


お腹の中の我が子をエコー写真で見たとき。


このときの感動は一生忘れないでしょう。


ですが、気になることがありました。


エコー写真の右端に、小さな深緑色の点が写っていたのです。


「これはなんですか?」


正さんは尋ねましたが、お医者さんも看護師さんも、「緑の点なんて、ありませんよ」と言うばかり。


ハッとしました。


どこか懐かしい気持ちとともに、妙な胸騒ぎがします。


なにかの知らせ?


ひょっとして……


いや、まさか……


でも……


まだ死にたくない。


せめて我が子をこの腕に抱くまでは。


しかし3日後、正さんがスタッフルームでスーパーの売上チェックをしていると、深緑色のカナブンが飛んできて、パソコン画面の端にとまりました。


周りには誰もいませんでした。


「どうして泣いてるんだい?」


はじめて会ったときと同じように、カナブンはそう言いました。


正さんはあの頃と同じように、いろんな話をしました。


仕事がうまくいっていること、結婚したこと、もうすぐ副店長になること、あと5ヶ月もすれば、子供が生まれること……


どんな会話が交わされたのか。


想像するしかありませんが、その日の帰り道、正さんは交通事故に巻きこまれて亡くなったのでした。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ