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二十年前(1)


 若い時の勢いというのは自分でも恐ろしい。今でこそあの頃に比べ真っ当にはなったつもりだが、当時の自分の事を思い返すと本当に恐ろしい。なりふり構わず、正しいと思った道を進む。

 

 全くそんな事はない。完全にあの頃の私はおかしかった。

 それが酷く歪んだ思考だとは露とも思わず、自分は至極まともだと本気で思ってその道を進んでいた。

 恐ろしい。恐ろしい。

 だが、結果として後悔はない。私は正しかった。結果が伴えば、その過程など、過ぎてしまった今となっては、もはや関係はない。





「いらっしゃいませー」


 大学に通いながらバイトに勤しむという、おおかたの学生達と変わらぬ生活スタイルの中、自分と他者との違いは派手か地味かの分類において自分が恐ろしい程に地味な点だろう。


 これまでも友人は少なかったが、オープンワールドのように開けたキャンパスライフは自由と言えば良く聞こえるが、自分から踏み出さない者には何一つ手に入らないという辛辣な場でもあった。

 だだっぴろい教室で入学の時点で知り合いもいない自分は、早速周りに取り残され周囲とも馴染めず、孤独に日々を過ごすはめになってしまった。

 学費と家賃の半分は親がなんとかしてくれたが、もう半分の家賃と趣味にかかる出費は自分で賄わねばならない。接客は苦手なのでなるべく対面はしたくないがお金は欲しい。しかし近辺で望ましいバイトが見つからず、苦肉の策で選んだのが夜勤のコンビニバイトだった。

 

 少し大学から離れている事もあり、学生達が深夜ノリでバカ騒ぎして入ってくる事もない。夜勤帯なので人もそう多くない。本分である学業に多少支障をきたす勤務帯ではあるが、毎日遅くまで授業があるわけでもない。特に部活にもサークルにも入る気は起きなかったので、バランスとしては悪くなかった。


 ーー何をしてるんだろう。


 ふとそんな事を思う瞬間がある。

 バランス? 周りで楽しそうにはしゃぎ回っている輩はそんな事を気にしているだろうか? 後先考えず、今その場にある楽しさを迷うことなく選択し、周りに大迷惑をかけようが自分が楽しければ、今が楽しければそれでいいと言わんばかりに低知能で暴れまわっている彼らの方が、慎ましくバランスを考え生きている自分なんかよりも遥かに満ち溢れた表情で毎日を過ごしているじゃないか。


 ーー僕は何の為に大学にいるんだろう。


 社会に出る為には大学を出ておいた方がいい。なるべくいい大学を出れば、その後が有利になるから。親も自分もその認識だった。だから今こうしてバイトをしながら、友達もいないのに大学に通っている。


 ーーつまらない人生だな。


 今まで何度も思ってきた。自分には何の面白味もない。

 だから友達も出来ない。周りを楽しませる事も出来ない。かといって面白くなろうともしない。そんな人間になれる気もしないから。


「いらっしゃいませー」


 そんなつまらない人間のつまらない人生。


「852円になります」


 僕がそう言うと相手は852円きっかりの硬貨が、一目で分かるように並べてくれる。


「ちょうどお預かりします。ありがとうございました」


 ぺこっと少しだけ会釈をして、彼女は今日も去っていく。


 つまらない人生に灯る、ほんのりとした灯り。

 眩いほどにきらめくわけでもない、強く閃光を放つものでもない。

 でも、ただ優しく暖かく灯るような存在が、僕にはとても心地良かった。


 名も知らぬ常連の彼女。

 それだけが、その時の僕の人生の希望だった。


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