第一夜『leap』
皆さんこんにちは、柘榴矢薫です。
今回は短編集を書いてみました。
前作よりもかなり短く、内容もあまり複雑ではないので、ぜひ最後までお楽しみください。
そしてあわよくば、この作品が、読んでくれた皆さんのほんのささやかな癒しになれれば幸いです。
夜のまちを、ふわりと駆ける。
私は鳥で、そして風でもある。
前にも何度か訪れた、もろくて儚いこの世界。
冷えた風に洗われた、静かな夜闇の匂いがする。
向こうで見たまちと同じような、少し違うような。
いろんなお店が道沿いに並び、この時間帯でも人がたくさん。
地面を蹴らずに道を抜け、だんだん高いところへのぼる。
人も車もバス停も、だんだん小さくなってゆく。
誰も私を見上げはしない。
どんなに高くても、怖くない。
おっこちたって、大丈夫。
だけど、向こうの世界の私なら、怖がって、こんなこともできないだろうな。
だからここにいられるうちに、少しだけ遊んじゃお。
さらに上へ上へ、高くのぼる。
まちはすっかり、ジオラマだ。
灰色の四角い建物と、緑いっぱいの大きな公園が、いっぺんに見える。
あっちへ行くと、海がある。
今年は海水浴に行けるかな。
長い間飛び続ければ、外国まで行けるかな。
その反対側には、大きな緑。
深くて静かで、どっしりと。
森の新鮮な空気を吸いたいな。
どっちへ行こうか迷ったけれど、やっぱり寄り道はまた今度。
家に帰らなきゃ。
きっとまた来られるから、その時までに、どっちへ行くか決めておこう。
だから今日は、家へ帰ろう。
朝が来ないうちに。
家に着くまで、低く飛んだり高く飛んだり。
その間に、私は気づいた。
前にここへ来た時も、全く同じことをした。
多分、その前、またその前も。
好きなところへ行こうとしても、やっぱり家に帰らなきゃって。
また今度、また今度。
一体これで、何度目だろう。
どこでも自由に行けるはずなのに。真っすぐ帰らなくたっていいはずなのに。
それなのに、なぜかどうしても帰らなきゃいけない気がして。
焦った気分にさせられて。
家が近づき、私は地上に降りた。
やっぱり道には誰もいないし、家の明かりもみんな消えてる。
もう真夜中だ。
スケートのように地面を滑りながら、だんだん家に近づく。
もし、家族の誰かが起きていて、怒られたらどうしよう。
そう思いながら、もう一度高い所へ飛び、屋根の上から家に近づく。
窓からそっと中に入って、靴をこっそり玄関において、それから布団に潜ろう。
二階の窓にそっと手をかけ、音を立てないようにゆっくり開ける。
家の中は塗りつぶされたみたいに真っ暗。
私は体を小さくしながら、そっと家に入った。
ただいま、と心の中だけで言いながら。
今度ここへ来たときこそは、行けるところまで行きたいな。
まちが朝日に溶けしまうまで、どこまでも、どこまでも。