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7月・cookie&kiSS



「シエラ、明日何の日か知ってる?」



屋敷の主であり悪党集団のリーダーでもあるウィルが前ぶれなく尋ねたのは、『それ』を翌日に控えた夜だった。



もちろんシエラは知っていた。言わんとすることも察していた。下心が見え見えであった。




明日は『感謝の日』だ。祝日ではないがメジャーな記念日で、日頃の感謝を込めて家族や友人、恩師などに言葉はもちろん贈り物を手渡す慣習があった。


どうやらウィルはイベントを口実に、シエラからの贈り物がご所望らしい。



このことからも犯した罪への反省が見受けられず、カタキ相手である彼に憤りだ。


完全無視のシエラ。就寝前に不快な気分となり、不機嫌そうに自室へと身を引いた。



残された男は美貌に皮肉げな笑みをたたえ、遠ざかる華奢な背中を見送ったのだった。





一夜明けた感謝の日当日。屋敷の住人たちはそれぞれに一日を過ごし、なんだかんだで時刻はもう21時である。



厨房での作業を終えて隣のダイニングルームに場を移したシエラは、イスに腰掛け箱の整理をする男の姿を認めた。


シエラを嫌い、いつも敵意剥き出しで睨みつけてくる人物。そのせいか彼女も苦手意識を抱えており、青年の名はケイといった。




嫌いなら避ければいいものを、元来陽気で好奇心旺盛なケイは不愉快そうではあるもさっそく話題を提示した。



「オマエさ、隊長に何か贈るの?」



今日の行事を見越しての発言。しかも言い方にトゲを含むのは彼独自の理由によってだ。


シエラの滞在を『隊長に危害を加えるため色仕掛けで居座り続けている』と信じ、今日の日を利用して良からぬ作戦を実行するのではと、先手の牽制に踏み切ったのだ。




嫌われていると自覚するシエラは彼の真意を計りかねつつ反論する。


口調はいつもの男言葉ではなく敬語。やはりケイが怖いのだ。



「あんな人に贈るものなんてありません」



ふーん、と適当な相槌を一つ。否定されたがそれはそれでケイは気に入らない。



「世話になってるくせに。ま、オマエなんかに貰っても迷惑だろうけどさ。これ見なよ」



深海を思わせる濃い青の瞳が眼前のテーブルに注がれる。広い卓上の半分には大小様々な箱が置かれていた。



「隊長が今日貰ってきたものだよ。オマエなんかに貰わなくたって隊長はモテるからね」



得意げにケイは語る。「隊長の美貌は世界一」と絶賛してやまない彼は自慢したくて仕方がないのだ。



敵ながらシエラもウィルの非の打ちどころのない容姿には頷かざるを得ない。どんな美辞麗句にも恥じぬ、それに相応しい男だ。


性格も温厚であるし、女性に好かれるのも当然。贈り物にも納得だ。




シエラが目を留めたのはラッピング用紙に印されたロゴだ。


有名ブランドがズラリ。敬語を忘れて思わず呟いてしまう。



「高価な物ばかり……」


「当然だよ。隊長の連れはセレブばかりだよ」


「そっか、そうだよね……。彼も、そんな部類の人なんだよね」



寂しさの含んだ声を本人もそれと知らず発する。眼差しは贈り物の数々に向けられ、やはり憂いを帯びていた。




表情の意味を知らないケイは悪意なくいきなり場にそぐわぬ話題を投じた。食を愛する彼には当然の質問であった。



「ねえ、菓子作った?匂いしてたんだけどさ」



ピクリとシエラは肩を震わせた。ケイが不思議に思うほどムキになって叫ぶ。



「そんなの作ってません!失礼します!」



言い放つとサンダル音を響かせて足早に室内から姿を消した。


呆気に取られていたケイが我に返り軽く憤慨する。



「何だ、あの女。生意気な態度。早く出ていけばいいのに」



口にしながらも、表情は納得には程遠い。動物のように鼻をクンクンさせて室内の匂いを確かめる。



シエラは嫌いだが彼女の手料理が大好きなケイは、美味しそうな香りを2階の自室で感じ取った。


けれど口が裂けてもそんなことは言えず、すぐに下りてきても立場が悪いと我慢した。


時間を見計らい楽しみにここへ来たのに、結果はこれだ。



「何か作ってたはずなんだけどなあ」



座ったままブツブツとボヤいて、太らない体質の長身を起こし箱に手を伸ばした。



隊長より食べてもいいと許可を貰っていた高級スイーツを頬張る。


しかし一度も顔は綻ばず、物足りなさでいっぱい。ただ淡々と食べ続けたのだった。





シエラがそうっと自室を出たのは夜も更けた23時。手には小さな袋が握られている。


目的地は2階のバルコニーだ。毎度勝手に入室して来るウィルから逃れるための策だが、運は彼女に味方しなかった。



階段を上がった踊り場でウィルとケイの両者と鉢合わせた。会話中だったようだがシエラは全く気づかなかった。。


それというのも彼女の気配を読んだウィルが声に気づいて逆戻りされぬよう、故意に会話を中断していたのだ。




愛しい女の予期せぬ登場に彼は正直な反応を屈託のない笑顔と共に示した。



「あれシエラ、こんな時間に2階に来てどうしたの?」


「アンタには関係ない!」



即答での反論にもウィルはめげない。


屋敷への来訪間もない彼女の慣れない生活を家主として親身に気遣う。



「困ったことや不自由はない?」


「ワタシに関わらないで!」



態度を改めず尚も反抗的なシエラ。


不快感を抱いたのは言われた当人ではなく3歳年少の部下の方であった。



「そうだよ隊長、こんな女放っておきなよ」


「ケイさんの言う通り!ワタシのことなんて放っておいて!」



普段は無口な女のヤケにも聞こえる大声が吹き抜けの開放的な空間に響き渡った。




興奮するシエラの本心は戸惑いだ。カタキと狙う女にいつも優しく接してくれるウィルに心は揺れていた。



内情をウィルが知る由もなく、己の感情のまま他意のない温かな包容力で皮肉にも彼女を戸惑わせ続けた。



「ごめんね?…手に持ってるのいい匂いだね。バルコニーで涼みながら食べるつもりだったの?邪魔したね」



闇稼業で得たスキルはこのような場面においても有効だった。


無関心を装ってシエラに近寄り、さり気ない動作でその手から袋を奪った。


「あっ!」と小さな悲鳴を上げた女を無視して水色のリボンをスルリとほどき開封する。周囲に甘い香りが漂った。



「チョコクッキー美味しそう。手作りだね。ん?カード?」



袋の中にメッセージカードを見つけて手を入れる。同時に声が上がり、取り戻そうとシエラが腕に飛び付いた。



「いやっ返して!」



必死のアクションも間に合わず、カードはウィルの手の中に。手書きの文面を彼は読み上げる。



「『ありがとう』」



一行だけの、一言だけのメッセージ。


カードから視線を外して寄り添う女を意味あり気に見下ろす。彼女は慌てて目線をそらした。



「あ……その……」



俯きソワソワと口ごもるシエラに、ウィルは態度の意味を悟った。ストレートに質す。



「もしかして、オレに?」



問われた女の小麦色の髪がバサッと揺れる。


瞬時に威勢よく顔を上げて彼女は反発したのだが、震える声は嘆願するようで力強さに欠けた。



「自惚れないで!返して!何でもないの。バルコニーで食べるつもりだったの!」


「自筆のカード付きで?」


「ワタシは自分がかわいいのっ!」


「シエラ」



名を呼ばれた女は穏やかな口調と視線にピタリとまくしたてる虚言を止めた。「はい」と返事を零す。



「オレに?」



再度の問いかけに観念したか、コクンと頷いた。


正直、ここに来る直前まで迷っていた。ウィルのために作ったが手渡すのを恐れ、彼の自室に向かうかバルコニーに逃げるか葛藤に苦しんでいたのだ。


そして対面したとたん反骨精神が働いてしまい現状を生んだ。




意地っ張りなシエラはこの期に及んでさらにそれを貫いた。


感謝の日用だとは明かせず、とっさに思いついた嘘でごまかす。



「アンタ、夜遅いみたいだし夜食になるかと思って。食べないなら捨てて!」


「待ってシエラ!」



駆け去ろうと振り向く女の腕を掴む。もちろん相手は抵抗だ。



「いやっ、離して!」


「シエラ、シエラ、ありがとう。すごく嬉しいよ。すごく感激してるよ」


「ワタシはカタキで、毒入りかもしれない。それでも嬉しいの!?」


「オマエは自分が食べるつもりだったものに毒を入れるの?」



冷静さを失い墓穴を掘ったシエラは更に焦り、腕を振って懸命に逃れようとする。



「離して!」


「シエラ、照れてるの?最初から不機嫌だったね?素直になって。結局オマエはオレのために作ってくれたんだよね?それが真実でしょ?」



嫌でも届く説得の声。とうに何もかも気づかれ、もはや無駄な抵抗。


繰り返される説得と抵抗の愚かさを理解したか、ようやくシエラは力を抜き肩を落として立ち尽くした。


弾む息を整え静かに口を開く。



「アンタ……財布とか腕時計とか高価な物ばかり貰ってて、食べ物だって有名店のスイーツで……。ワタシなんかの手作りなんて惨めすぎて貧乏臭くて」



数時間前に見た女たちからの贈り物を脳裏に切々と語る。


当初は素直に手渡そうとしていたクッキー。けれど数々の高額な品が彼女を躊躇わせた。ウィルの立場や容姿に相応しくないと考えたのだ。




側で聞いていたケイもようやく真実を知った。


やはりあの時シエラはお菓子を作っていたのだ。そして引け目を感じ嘘をついた。


寂しげな表情の意味も同時に理解し、何となく切なさを抱く。シエラへの思いに日ごと変化を感じるケイである。


そんな彼は数分後に姿を消した。移動先は自室でなく厨房。オーブンレンジの中に世界一のクッキーが入っているはずだった。




顔や露出の高い服から覗く肌の白さが儚さを倍増させる。強がる態度を一変させたシエラは弱々しく、本人も頑張らなければ会話ができないほどだった。


彼女は努力を見せた。ただし会話の内容は己の卑下というネガティブなものであった。



「でも……ワタシこんなことしかできないもの。素直になれないし、料理しか取り柄がないし、アンタの役に立つ地位も財産もないから……」


「そんな物いらない。大丈夫。大丈夫だよ。伝わってるよ。オマエの感謝伝わってる。オマエの優しい気持ちで十分だ。今まで貰った何よりこのクッキーが嬉しいよ」



そうして手にしたラッピング袋から一口サイズのクッキーを口に放った。感想は言葉でなく、とびきりの笑顔である。


しかし尚もシエラは己を中傷し続けた。



「ワタシ……わからなくて、物に頼るしかなくて。感謝の気持ち伝える方法、他に知らないか…ら……」



会話は故意に遮断された。ウィルの掌が彼女の頬を包んだのだ。



「シエラ、もういい。どれだけオレを喜ばせるつもり?どうしたらオマエにうまく気持ちが伝わるのかな。オレがどれくらい嬉しいか教えてあげられるのかな」



真摯に訴える美貌の青年をシエラは黙って見つめる。固定されて頭部は動かない。けれど視線は動かせる。だが彼を見つめ続けた。




対面するウィルの黒い瞳に映るのは大切な女だ。


愛しくて、守ってあげたくて、途方に暮れる眼差しを救いたくて、そんな彼が選んだ行為は……。



「受け取ってよ、オレからの謝礼」



キスである。ウィルは唇を彼女のそれに押し付けて強引にキスをした。



「ん、ぅんっ……」



呼吸ができないくらい強く重なる唇にシエラの感情も高ぶる。


言葉でも物品でもない過激な謝礼。ウィルからの感謝の日の贈り物に心身は奮い立つ。



相手にとっても感激は同じ。クッキーの件やいま感じる甘い吐息から、むしろシエラより興奮を高めたウィルは彼女との一夜を求めた。



「シエラ、離さない。今夜はオレと寝ようね。抱きしめて、キスして、オレの気持ち伝えるから」


「ワタシは……」


「離さない。オマエの部屋で今夜は過ごす。ほらオレを感じて」



温厚な言動で有無を言わさぬギャップに満ちた男。シエラの体はそんな強引さによって彼の胸の中に包まれた。




鼓動が聞こえる。トクントクンとゆったり落ち着く音色だ。確かに彼を感じた。


獣のようなカタキでなく人として。ひとりの男として。


だからシエラは逞しく温かい体に深く寄り添い囁くように思いを告げた。



「アンタは側にいてくれる。ワタシもすごく安らげる。こうされると穏やかな気持ちになれる」


「光栄だ。ずっと側にいるよ」


「ずっと?」


「いや?」


「……わからない。けど今は側にいて。もう少しでいいから、このまま。お願い」



葛藤を抱えつつもウィルを求めた。今日は感謝の日。互いに感謝しあっても許されるはず……。


そして継続される抱擁に幸福を感じるシエラであった。




end.


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