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7月・光と闇と恋心



「きゃあっ!」



屋敷中に響いた若い女の悲鳴。2階の自室で耳にしたウィルは、今日はどんな嫌がらせを受けたのかと呑気に考えた。



悲鳴を上げたのはシエラ。それを誘発したのは彼女を嫌うケイであると確信していた。



おもしろそうだと子供のように期待に胸をワクワクさせて、彼はパソコン画面もそのままに悲鳴の君との対面を優先させた。



不意に窓側から複数の物音。誘導され眺めた窓が風雨に揺れている。


汗ばむ肌や真っ青な空など、開放的な夏の日中を満喫したい時間なのに外は陽光の遮られた生憎の雨模様であった。




その頃、落胆の家主以上に憂鬱なシエラはダイニングルームに身を置いていた。


ウィルの予想は外れひとりだ。スラリとした体を佇ませ、入室してきた男を認めるなり何か語ろうとする。



怯えたような困惑の表情がウィルにはますます予想外。


強がりなシエラに何が起こり、その顔で何を語るのか。長身を向き合わせ無言で待つ。




全容解明は言葉を必要としなかった。彼女が見せた行為は一目でウィルに真実を知らせた。



予期せず窓ガラスがカッと輝き、間を置いて轟音が部屋中に、地域全体に響いた。


天の怒り、神の戯れ。つまり雷が屋外で鳴り響いたのだ。同時に室内にけたたましい悲鳴が落ちる。



「きゃあっ!」



しゃがみ込み身を縮ませて丸くなるシエラ。まるで亀か針鼠。そのままの姿勢で持ち上がりそうな状態だ。



黒い瞳をパチパチさせて物珍しそうに様子を眺めていたウィルも、とりあえず悲鳴の原因を知って納得を示した。




屋外の雷鳴には気づいていたが、まさかこれが原因だったとは。


怪物や怪奇現象などのオカルト関係だけでなく、地震や停電などの自然現象も恐怖の対象だと以前本人が話していた。


軽い気持ちで聞いていたがここまで怖がるのたなと、彼女の極度の怖がりぶりに感心すらしてしまう。思わず質問してしまった。



「雷、そんなに怖い?」


「ここまで大きな音は初めてで」



いつもの強気はどこへやら。いまだビクビク怖がって、やっとの思いで発した声だった。



シエラは真剣だ。冗談や笑い話ではすまされない。夏の大都市でこんな目にあうとは油断であった。


ロベリートスの周辺海域は対流活動が活発で、特に夏は大気の状態が不安定なのだ。




災難は続いた。現場をケイに見られていたのだ。


ダイニングルームの戸口で青い瞳を生き生きと煌めかせ、彼は即座にこの天候を利用した嫌がらせを考案した。



ケイはホラーマニアだ。臆病な人間を怖がらせることほど愉快な場面はない。


まして相手は復讐すると大言壮語を放ち居座る厄介者。追い出すチャンスだ。




マイペースで図々しい彼はひとまずシエラを無視して敬愛する隊長ウィルの側に寄った。



「隊長、今夜仕事だよね?」


「うん、嫌な雨で最悪だけどね」


「え、アンタ、いなくなるの?」



しゃがんだまま顔を上げて会話に加わったのはシエラ。ウィルを見上げる声や表情は弱々しく不安げ。



視線を受けた人物は気持ちを案じ包み込むような優しさで慰めた。



「悪天候の時にひとりにしてごめんね?」


「あ、べ、別にアンタがいてもいなくても関係ない」



だいぶ落ち着いたのか意地っ張りないつもの態度を見せる。


だがその発言と相反する心細さがチラチラ覗く瞳ではどう捉えても矛盾だらけ。


もちろんウィルは騙されない。怒らせないようさり気なく再び慰めた。



「雷はまもなく抜けるから夜は静かだよ。何も起きないからぐっすり寝ててね?」



自然と気持ちを穏やかにさせていったシエラを知ってか知らずか、傍らのケイは内心で呟く。「何かが起きるよ」と。



どうやら青い瞳の若者は雷の如き閃きで嫌がらせ作戦の骨子をまとめたようだ。準備は特に必要ない。夜が来るのを待つだけであった。




そして時は流れ夜を前にウィルは外出し、シエラは無関心を装いつつ彼の早い帰宅を望んだ。


いつしか指定席となったダイニングルームのソファに淋しく腰を下ろして待ちながら……。





真夜中を迎えても屋外は引き続き雨。風も強く、一時静かだった雷も発達した雨雲により再び上空で鳴り響いていた。



入浴などで時々席を外したが、最終的にダイニングルームに落ち着いたシエラは雷鳴のたびにそれ以上の大きな悲鳴をあげていた。



「うるさいなあ」と童顔をしかめながらも感心するのは同室のケイだ。


今どき雷ごときで騒ぐ女は稀少価値で珍しい。天然記念物に指定したいくらいだと本気で考えた。



ケイはシエラが嫌いだった。敬愛する隊長ウィルをカタキと狙い、色気を武器にまんまと屋敷に居座り復讐の機会を伺っている。そう信じ敵意を抱いていた。



そんな彼の神経を逆撫でするのが今のシエラの行動だ。


就寝もせずバスタオルを握りしめて離れた位置から窓の外を気にしている。立ったり座ったりの繰り返し。濡れて帰宅するであろうウィルを待っているのだ。



確かにその通りであるも、シエラにとっては最悪の天気で悲鳴を上げての作業。側のケイには申し訳ないが怖いのだから仕方がない。



これほど腹に響き轟く雷を体感するのは初めてだ。苦手とはいえケイがいてくれ助かるが、でも本当にいてほしい人は……。



復讐相手にも関わらずウィルは気になる存在だった。異性として、ひとりの男として。


自室にいたとて外出中の彼が気になり眠れない。それならここで待つ方がいい。これがシエラの決断だった。




ゴロゴロと雷の音は聞こえるも、徐々に小さく遠ざかっているのがわかる。


ショートボブの髪をサラリと揺らしてそっと立ち上がり一ヶ所だけカーテンの開いた窓辺に佇んだ。




その様子がウザくイライラしてきてケイは彼女の背後でおもしろ半分に言ってしまった。



「そんなに見てると現世に未練のある血まみれ女が来るよ?」



瞬時にシエラは振り向き男を見つめた。対面したケイにその険しい表情は怒っているようにも見え、同様にムッとしたが無視を決め込む。


場を離れかけて、ふと違和感を得た。服の裾を掴まれ引き止められたのだ。


嫌がらせだろうか。文句を言おうとした瞬間……。



「怖い……」



凄まじい色気を目の当たりにし、らしくもなくドキリと立ち尽くした。




これがウィルやアッシュならシエラは抵抗する間もなく押し倒されていただろう。生理的に強姦行為を嫌うケイだから助かったのだ。



ただし彼も男である。そこそこ可愛い女に救いを求められ感情が揺れぬはずがない。


けれどこの色気が隊長ウィルをたぶらかしているのかと思うとムカついてきた。



一歩後退して乱暴に彼女の腕を払った。氷のような瞳で睨みつける。



「離せよ。作り話だよ。血まみれだとか内臓飛び出しだとか口裂けだとか生首だとか迷信だよ」


「ケイさん!」



わざと揚げ足を取る男にシエラも思わず抗議だ。興奮する彼女を長身から見下ろしてケイは肩をすくめた。



「ハイハイ。あ!後ろにゾンビ!」


「きゃあっ!いやっ!」



嫌がらせのつもりが逆効果となった。シエラは眼前の男に飛び付いてしがみつく。


避けることもできずにその身を受け止めたケイの腕に振動が伝わった。そしてあまりの細さに驚いた。



怖さに震える女を間近にふと思う。隊長ならあの誰にも真似できない包容力で「大丈夫」と癒すに違いない、と。



自分は冷血な男。ウィルのような態度は無理と自覚している。今一度シエラを突き放した。今回は言葉のみで。



「離れろよ」


「行かないで。ワタシ、ダメです。ひとりになれない」


「甘えないでよ。オレさ、これからホラー映画見るけど一緒に見るつもり?」



ゆっくり身を引いてシエラは頭部を落とした。「すみませんでした」とポツリと呟き、足取りも重くまたソファに腰を下ろす。



ケイはその前を通り室内を退いた。何だか後味の悪さを感じるも、気づかぬフリをして思考を作戦へ移行させた。





エントランスホールを挟んだ正面のリビングルームに向かい、大音量で映画を流したまま身は移動。


行き先は屋敷内に電気を供給する配電ブレーカーのある脱衣室。



ブレーカーを落とせば電気は消える。停電を誘発する。落雷を装い実行だ。



ひとりの暗い部屋で恐怖を感じシエラは自室へ逃げるだろう。


隊長を案じるなんて演技だ。自分が大切なはずだから……。



腕を伸ばして高い位置にあるブレーカーのレバーを下ろした。


ボンッと音が響き、辺り一面に暗闇が広がる。大音量の映画も消えた静寂のただ中で、ひとつの音が木霊した。



「きゃああっ!」



聞こえた悲鳴にケイは作戦成功を悟った。


しかし気配は動かない。その後の逃げ惑う足音も悲鳴も聞こえない。



おかしい、と首を傾げた。あまりの恐怖に気絶したのかもしれない。「迷惑な女だなあ」と今度は声に出してボヤき、溜め息を漏らした。




隊長同様、彼も優秀な暗殺者。そのうえスナイパーだ。視力は抜群で暗闇にもすぐに慣れる。平然とダイニングルームに戻り、そこに目的の人物を見た。



「オマエ……まだいたの?」



屋外の仄かな灯りを背にシエラはソファに残っていた。気絶はしておらず意識は当然ある。丸めたバスタオルを抱きしめて身を縮めていた。



ケイの存在にホッとしたのか安堵の溜め息をまず漏らし、それから質問に答えた。


余計な思案を巡らせる余裕はなく本心を打ち明ける。



「ウィルを……待たないと……」



静かだが慈愛に満ちた声であった。



いつ帰宅するかもわからぬ人物相手に、彼女は怖いはずの闇のなか我慢をし待っていたのだ。相手は憎いカタキであるのに。



ウィル本人の前では決して見せない一途で健気な思いが本物であることは明らか。


以前から気づいていた。誰よりもそんな彼女を見てきた。ケイは黙って立ち尽くし唇を噛んだ。何を思ったか不意に身を翻し、室内から出て行く。



引き止める術もなく、またひとりになったシエラは寂しさと自己嫌悪に心を痛ませた。ケイを怒らせたと思ったのだ。


己の不甲斐なさに呆れてしまう。だから嫌われるのだ。切なさにバスタオルを強く握りしめた。



そんな沈む気持ちに突如踏み込んできたのは……。



「ただいま……って、あれ?本当に真っ暗。何でウチだけ?」



廊下からの穏やかな声。待望していた人の声。躊躇いなく腰を上げてシエラはエントランスホールへ駆け出した。




ホールの人影は髪も服も闇に溶け込む黒一色。待ち焦がれたウィルの姿。びしょ濡れのその胸に彼女は勢いよく飛び込んだ。



「疲れてるのにごめんなさい!だけどお願い、抱きしめて!」



雨に濡れたスーツなどいとわず、シエラは自身も濡れながら彼の無事の帰宅と、天候と暗闇による恐怖、ケイへの自己嫌悪からの癒やしを求めて思いを告げた。



両腕に女を包み込みウィルは苦笑を零す。



「やっぱり起きてた。だから日中あんなに牽制したのに困った子だなあ」



皮肉を口にしながらも歓喜の方が遥かに上回る。謝礼は忘れない。



「ありがとう、シエラ。嬉しいよ」



何よりの言葉に彼女はただただ深く身を寄せてきつく抱きしめた。


バスタオルの存在や、屋敷内の照明が回復したとも気づかずに。




脱衣室から戻ったケイが灯りの下に見たのは抱き合う男女の姿である。シエラの表情が印象的だった。


安心しきった穏やかさ。それはカタキ相手に抱いてしまった別の思いから。



恋をしてるんだな、と日に日に綺麗になる彼女を見つめ、結局ふたりの引き立て役になった自分を嘲笑い、黙って階段を上るケイであった。




end.


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