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7月30日・君への片思い



屋外では魔物と化した風雨がけたたましい咆哮をあげ、樹木さえ揺らし続ける。


大きな屋敷だろうと例外ではなく、真夜中のエントランスホールにもその悲鳴は届いていた。




そんな屋敷の2階から降りてきた女と上がろうとする男が、風雨の叩きつける玄関扉の前で顔を合わせた。



肩までの髪を一本に結った男は急に立ち止まると、女へおもむろに話しかけた。



「あのスッポン野郎に初めて同情だな」


「人の顔見るなり何?」



さすがヒステリックなエルである。すでに応戦の構えだ。屋敷内最強の名は伊達じゃない。




隊長ウィルや部下たちの自称ライバルを公言するスッポンことアベル。彼とエルは旧知の仲だ。


とはいえ何だっていまその名前を聞かなくてはならないのか。特に嫌ってはいないが反射的に嫌悪感が込み上げる。


それにアベルをとことん嫌うアッシュの発言とも思えない。


表情や口調に明らかな変化は見受けられず、それはそれで意図が読めず次の会話に困ってしまう。




同僚エルの怪訝を知る由もなく、先の己の発言とは別に彼はまたアベルに同情した。


名前を出しただけで刺々しい反応が返ってくるのだ。これは哀れである。そしてその理由は次の言葉に集約された。



「アイツ、好きな女が手に入らないとわかっていてもずっと惚れてるんだよな」


「バカなのよ」



返事は手厳しいが否定はしない。アベルの気持ちを認識しているのだ。


まあ相手もあからさまな態度で接してくるので、誰が見ても気づくことだが。




それはそうと重症なのは眼前の男。やはり何かがおかしい。


豪傑な女だが冷血ではない。健康や精神面などいくつか考慮し、エルは可能性がありそうでないような、なぜアベルの例を出したかも参考に、アッシュならではの人間模様に触れてみた。



「どうしたの?まさか失恋?」


「欲しい女がいる。けれど手に入らない。彼女には男がいる」


「あら弱気ね。ライバルはよほどの地位でもあるの?」


「隊長がライバル」



度胸満点のエルが綺麗な自然体のつけまつ毛を瞬かせ息を呑んで絶句した。


自分たちの隊長は女好きの色男であるが、ひとりの女に興味を持ち愛した。そしてアッシュもその女を……。



「あなた、シエラに恋したの?」



隊長ウィル同様、色男のアッシュがこれまた女に恋をした。


女好きだが冷めた態度を示し、これまで恋に溺れた試しはない。なのによりにもよってシエラを。



「オレ自身も戸惑ってる。でも本気だ」



初めは遊びだった女。ひとつ屋根の下で暮らすうちに控えめで意地っぱりで一途。


自己肯定力の低さは気に入らないが、短所も含めすべてに惚れた。



隊長より先に抱いた。官能的で大胆な女だった。愛なんてないまま抱き、ただ体を貪り腰を揺らした。


彼女は別の男に抱かれながらも隊長のことを考えていた。なぜか悔しくて、傷心の思いを癒してあげたくて。


それが恋愛だと意識するまでに時間はかからなかった。



「勝ち目はないわよ?」



ズバッとエルは断言した。シエラの思いは屋敷の皆が知るところだ。誰も侵せない領域。



「わかってるよ。だけどあの人は彼女を不幸にする。シエラちゃんの悲しむ顔は見たくない」



先ほど泣きながら嵐の中へ飛び出したシエラ。


目撃したらしいケイから無事の帰宅と「隊長とイチャイチャしてた」と余計な情報まで聞いた。


安堵しつつも彼らの仲に不安は残る。何せシエラのプチ家出の原因は隊長ウィルなのだから。




女として、シエラに恋のアドバイスをした身として、ウィルという男の特異な性質を知る者として、エルも色々案じているらしい。複雑が声に漏れた。



「それでも彼女は隊長を愛すわ」


「わかってる。わかってるよ」



自らに言い聞かせるように男は吐き捨て、吹き抜けの高い天井を仰いだ。




心のどこかに負け意識があるから嵐に消えたシエラを追わなかった。報われないとわかっているから怯みが生じた。



自身の弱さと隊長が犯した彼女への仕打ちに立腹し、問いつめようと隊長の部屋に乗り込んだ。


結局文句しか言えず、殺気に負けて「出ろ」との命令にただ従い部屋を退いてしまった。


隊長側にもシエラに対し何か思うところがあったのだろうと、自室に戻り冷静になってから退室を命じた意味をぼんやり察した。



「幸せな片思いもあるわ」



柔らかな笑顔でエルは同僚を慰めた。効果はないと認識しつつ告げた。


それは正解だったが、アッシュはありがたく善意を受け取った。




ふと彼も質問してみる。いつもなら睨まれるアベルとの関係を突っ込んで聞ける機会は希だ。



「なあエル、おまえはあの野郎に長年惚れられて迷惑?」


「勝手にさせてるわ。私にその気はないもの。何されたって揺れないわ」


「さすがだよ」



敬服である。メンタルが強くブレのない尊敬すべき女だ。



アッシュはフッと笑うと片腕をあげて場を離れた。




エルは素晴らしい女だが、果たしてシエラにそこまでの精神力があるかどうか。


彼女はガラス細工のように脆くて流されやすい女。傷つけば誰かに慰めを求める。



アッシュもシエラを愛した。自分に正直に生きたいと思う。


シエラが求めにきたら隊長ウィルとの仲に遠慮することなく抱くだろう。


報われなくとも自分らしく激しく、美しい肌に傷が残るくらい愛すだろう。それが自分という男だから。




それにしてもシエラが悲しむ原因のすべては恋人であるウィルの責任。故意にいじめて楽しんでいる最低鬼畜男。


困ったものだと隊長より常識ある部下は肩をすくめる。



何度めかの溜め息。明日は朝から仕事だ。そろそろ就寝の時間。


そしてシエラとウィルも旅行に行くとのこと。




彼女を泣かせなければいいが……




自分から他人まで。悩みのつきない心配性のアッシュであった。




end.


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