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7月13日・For you



「似合いそうな服……」



スラリとした長身によく似合うワンピース姿の女性が、帰り際の歩道で呟いた。



雨具を買うため街まで出てきた彼女。


アパレルショップのウィンドウ越しに、気になる服を見たのだ。



シエラという名のその若い女は、滅多に入らない流行りの店に足を踏み入れ目当ての服を手に取った。


七分袖の白い襟つきシャツ。シンプルだが夏らしい生地とシルエットが綺麗で、彼の爽やかな容姿に合いそうだと思った。



そう、男物の服である。



彼女自身一週間前まで男装していた少し変わった経歴を持つ。


けれど今は自分ではない誰かのために服を購入しようとしていた。




世話になってるし、これくらいなら、してあげたって……




言い訳じみているが決断は早い。胸元でシャツを握りレジへと向かった。


自然と浮かんだ微笑に商品陳列中の男性店員の瞳は釘付けになった。





「おかえり。楽しんできた?」



帰宅したシエラを優しく迎えたのは、この屋敷の主ウィルである。


一緒の外出を希望したのに断られ、いまはダイニングルームでひとりコーヒーを飲んでいた。



「何を買ってきたの?」



黒い瞳は女の手元の紙袋を見つめ、無邪気に話しかけた。



「アンタに関係ない」



対照的に無表情で素っ気ない反応を返すシエラ。


話しかけられ悪い気はしないのに素直になれない。心の中で己を「バカ!」と罵った。



それでもウィルは動じない。変わらぬ笑顔で懲りずに口を開く。



「服かな?また大胆なのかな。見せて?」



シエラが露出の高い服を好む傾向にあると知るゆえか、彼の好奇心も高い。


さっそく確認とばかり身を乗り出し立ち上がろうとする。


そんな彼にシエラはとっさに嘘をついた。



「下着だ」


「なおさら見たいな」



恥ずかし気もなく口にする。別の意味で嘘も通用していない。



これ以上の会話は無駄と判断し、シエラは無視を決めた。


とはいえ暮穴を掘る前に逃げたのも事実。ウィルのペースに巻き込まれては大変だ。



実のところダイニングに入って以来彼女は焦っていた。ウィルを見たとたん慌てた。


思考が鈍くなり、購入してきたレインコートや折りたたみ傘と事実を答えればいい場面で「下着」と一番出してはいけない品を口走った。


練りすぎたのが敗因だが、かわせると睨んだ作戦は通常なら成功しただろう。単に相手が悪かった。



以前の経験もありウィルの嗜好を読めたはずなのに活かせなかったのはやはり彼女の失敗。それだけ焦っているのだ。


とにかく不利な状況を自身で作る前に自室へと身を引いた。



彼女の背中を黒い瞳で追いながら、ウィルは「何をしにここへ寄ったのかな」と首を傾げたのだった。





自室のベッドに腰を下ろしシエラは吐息を溢した。


この屋敷に来てまもなく2週間が経とうとしていた。


カタキ討ちに来たはずなのに、その相手と口づけあう日々を過ごし喜んでいる自分がいる。


彼への気持ちは膨らむばかり。でも傷つけられた仲間たちへの背徳は冒さぬよう、一線越えはタブーと自身に言い聞かせていた。




買ってきたシャツを広げてぼんやりと見つめる。今日こそは素直にとウィルのために買った服だった。


しかし帰宅途中のタクシー内で後悔したのだ。



ウィルは完璧な容姿の男である。どんな服もサラリと着こなすとはいえ、これはあんまりではと考えた。



先ほどダイニングルームで見た彼の秀麗な美貌がますますその思考の正当性を高めさせた。おかしな服装をさせるわけにはいかない。



買わなければよかった。もっと理性を保つべきだった。悔やんでも悔やみきれない。シエラは服をギュッと握りしめた。




その男はノックもせずいきなり入室してきた。ウィルである。


部屋の住人は慌てて服を隠し、彼はそれを見逃さなかった。




近寄って来る男がシエラには怖かった。


そのウィルが真っ先に取った行動は、彼女の体の下から中途半端に覗く服を引きずり出した事。


両手でシャツをつまみ、顔の高さで広げる。



「服……男物だね」



動揺を見せるシエラにはお構いなし。シワのついた服をしばらく眺め、次いで女を見下ろす。



「オマエは男装やめたし、これだとサイズも大きいね。もしかして、オレに?」



シエラの視線は宙を泳いだ。動作もソワソワと落ち着きを欠く。


けれど発言をし、嘘はつかなかった。



「……世話になってるし、迷惑かけることもあるからな。それの礼だ」



ぎこちない男言葉がウィルにはおかしい。どうせ長続きせず素に戻るのだから無理しなくてもいいのにと思う。


でもそんな意地っ張りな性格がかわいらしくてたまらない。


小悪魔のような内心を抱きつつ、いつもの美貌でヌケヌケと疑問を投じた。



「何で隠したの?」



もの柔らかな口調。決して怒鳴らず怒りを見せない男だ。


強気なシエラもつい正直になってしまう。相手を立てる健気な女に。



「アンタにそんな安物ふさわしくない。いつも高そうな服だし、容姿にもあわないだろうから」


「素敵な服だよ。安くもないでしょ」


「返品するから返して」



声と同時に腕を伸ばしてベッドから腰を浮かせる。だが腕は空を切った。



サラッとかわした黒い瞳の美青年は、いま着ている自分の上着に手をかけた。


無造作にベッドに脱ぎ捨てタンクトップ姿になる。均整のとれた体と引き締まった腕が露になる。



「ご丁寧にタグも取ってあるし、着るよ」


「やめてっ!そんなの捨てて!」



叫ぶシエラの前でウィルは新しいシャツに腕を通し、襟元を正して身なりを整えた。



「ああ、よく見てるね。サイズもいいよ。着心地もね」



感心する男にシエラは泣きそうな顔で首を数回横に振った。声もわなわな震えた。



「イヤ……捨てて。お願い」



いつの間にか口調は素の状態に。


気づいたウィルは女らしい言動を見せる彼女に愛しさを感じ、慰めついでに頭部を撫でた。



「ありがとう、嬉しいよ」



シエラの胸に染みる優しい声。カタキ相手に泣き顔は見せたくない。必死に涙をこらえた。


それでも感情は激しく揺らめいて、心に閉じ込めていた本音を切々と語った。



「怖くて……余計なことしたって後悔して……ワタシ、怖かった……」



彼女の抱える恐怖を取り除いてあげたい。一心にそう思い、ウィルは手を移動させた。頬を包んで上向かせる。



「オレがどれくらい嬉しいかわかる?オレのためにオマエが贈り物をくれるなんて」



神秘的な黒い瞳が一点を捉えた。そのまま上体を屈め、女の唇にキスをした。



「んっ、ん……」



深く押し付けられた唇がシエラには痛かった。


でも拒まない。拒絶なんてできない。特別になりつつあるこの人への感情は一度あふれると抑えられない。



先日、彼の我が儘な指に撫でられた全身。夜着の上からであったがこのベッドで行われた行為にシエラは彼を感じた。


カタキと承知で淫らな声を何度も聞かせた。悔しかったし惨めだった。敗北感が心を支配した。


でも……。やはり『でも』である。いまと同様抵抗しなかった。優しい愛撫とキスに酔った。


服を着ていたのに体を撫でられ胸を揉まれると敏感に感じて。


シエラは甘い声を上げ続け、押し寄せる快感から逃げることができなかった……。




今も背後のベッドに押し倒されることをどこかで期待していた。だからもう少しのキスを望んだのはシエラの方だった。


しかし今日のウィルは彼女を強く求めなかった。唇を離し熱っぽい瞳を向ける。



「こんなキスじゃ足りないくらい嬉しかったよ。オレのためにオマエが動いてくれたんだからね」



笑顔を見ることも名前を呼んでもらうことも叶わない。


そんなウィルにとって今日の出来事は本当に感激に値するものとなった。



彼の気持ちはシエラにも伝わった。シエラの起こした行為は報われたのだ。



「喜んでもらえてよかった……。アンタには何もしてあげられないから……。よかった……何だか安心した」



彼女の心にあった怖れも消え失せていた。安堵し穏やかな表情を浮かべる。



ウィルはその健気な言動に我慢ができなくなった。今ならきっと通じあえる。遠慮なく正直な反応を示した。



「かわいいな、オマエは。かわいいからもう一回キス」


「んっ!」



先ほどに劣らぬ力強い口づけ。


認めたくない愛に悩み苦しみながらも、シエラは男の広い背中に腕を回した。




彼女が素直に恋心を認めたのはさらに二週間の後。いまはまだ葛藤の日々に悩み苦しむ途中であった。




end.


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