③
『すまなかった』
「私の方こそ、すみませんでした」
それを合図に力が抜けたように座り込む私達を暗闇が監視し続け、少し気まずい雰囲気を漂わせながら、彼の言葉が空気感をひっくり返したのです。
『心配かけるなよ、攫われたのかと思った』
言葉で先ほどの事を消し去った彼からは再び溜息が聞こえ、今度は優しく頭を撫でてくれたのです。私の感じた彼の違和感は一体なんだったのかと考えながらも、その優しさに甘えてしまう自分がいるのです。トクントクンと聞こえる音は彼の音。スヤスヤと聞こえるのは私の音。
いつの間にか彼の腕の中で眠ってしまいました。
『お前は私のものだ、実名嘉』
遠くから聞こえる声は夢の中で崩れ砂時計になりながら、消えてゆく、儚い香りを漂わせながら。
ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが部屋中に響いた。微睡みの中で目を覚ますと、温もりに包まれている事に気付く。私が転ばないように、しっかりと抱きしめているたくましい両腕に包み込まれている事に気付くと、恥ずかしくなった。
(あのまま寝てしまった……余程疲れていたのかもしれない)
耳元に独尊様の寝息がかかり、ビクリと身体を震わすと、それに誘われるように、彼の髪が私の頬へとかかった。
(うわぁ、サラサラで気持ちいい)
両手をふさがれている為触る事は出来ないが、頬から感じる感触でどれほど美しいのか予想がつける。私は起こさないように、彼の腕から逃げようとするが、身動きが取れず、そのまま時間は過ぎていく。
(疲れていたのですね、私が心配かけてしまったから余計に)
そう思うと、胸が締め付けられて痛みを感じた。切ないような苦しいような、不思議な感情を抱いたのです。このまま彼と共に再び、夢へと入り込もうとすると、ガタンと襖が音をあげた。
『何をしている、お前達』
後ろから聞こえるのは唯我様のお声だ。静かな物言いだが、怒りを含んでいるように聞こえてしまった。自意識過剰かもしれないが、声は心を表す、だから事実だと思ったのです。私は独尊様を起こさないように、小声で唯我様に伝える。
「眠ってらっしゃるので、どうかお静かに」
それだけ伝えた。理由を話せば長くなるし、ここは私達を心配してくれた独尊様をゆっくりとさせたい、ただそれだけの気持ちで伝えた。あくまで庇っている訳でもない、ただ純粋な気持ちであり、願いでもある。しかし唯我様は違った。
『もう昼が過ぎているのに、いい身分だな。独尊』
「唯我様……」
『稽古にも顔を出さず、女の所とは呆れたものだ。実名嘉、お前もお前だ。簡単に男を部屋に入れるなどと、何を考えている』
矛先は独尊様から私に移り変わり、どう怒りを処理したらいいのか不器用な彼はただ八つ当たりをする事しか出来ない。こういう時に何が正解なのか不正解なのか分からず、どうもムシャクシャしているようだ。
「すみません」
『すみませんでは分からないだろう。理由を述べろ』