②
耳の良い私でも、聞こえない言葉があるのです。
『気にするな、お前には関係のない事だ』
「分かりました」
本当は何を呟いたのか知りたくて仕方なかったのですが、くどいと言われそうなので、やめておきます。それも含め、唯我様と二人きりを満喫出来た事が嬉しくて、本当の兄がもう一人出来た感覚に酔いしれて、楽しむのです。
二つの魂は私をめぐりながら争う
一人は優しく手を差し伸べる彼
一人は厳しくも不器用な優しさを隠し持つ彼
私は幸せです、そう今は……。
女性の歩幅と男性の歩幅は違います。盲目の私はとくにゆっくりと歩いてしまう。いつもならせかせかと前を突き進む唯我様の足音は、私の音に合わせながら、ゆっくりと元きた道を戻っていくのです。
「ありがとうございました」
『何故、礼を言う』
「唯我様とお話しできたのが嬉しいので」
『……つっ、お前は本当に』
「ん?」
キョトンと首をかしげる私を見ながら、微笑みを零す彼を感じた気がしました。それもこれも新鮮で温かい。じんわりと広がる優しさにトクンと鼓動が走ったのです。もしかしたら、私が思うよりはるかに可愛らしい方なのかもしれないと思いました。
夜中抜け出した事もあり、誰にも気付かれてはいけないと思っていたのですが、安易に考えていた私は、唯我様がどんな行動を起こすのか予測しきれていませんでした。月は陰り、雲が怪しく嗤いながら、私達二人の背を見つめている事に気付けなかったのです。
足音を立てないように、部屋へ戻ると、大きく深呼吸をし、呼吸を整えました。今まで、遠く感じていた存在の唯我様の声を思い出しながら、思い出し笑いをした、その時、呆れたように声が聞こえてきたのです。
『実名嘉』
その声が独尊様の声でした。いつも優しい雰囲気なのに、今日はいつもと違う、少し彼の闇を感じてしまいました。
不機嫌そうに私の名を呼ぶ彼は、ゆっくり近づいてくると、力強く抱きしめたのです。
『何処に行っていたんだ』
こういう時、どのような顔をしたらいいのか分からなくて、どんな言葉を告げたらいいのか思考停止してしまってアタフタしていると、より強く抱きしめられたのです。
『お前の様子が気になって来てみたら、お前がいない。探したんだぞ』
「すみません。散歩をしたくなり唯我様についてきてもらってたのです」
嘘は言えません、しかし真実を告げるのは独尊様が責められる立場になってしまいますので、ここは私から誘った事にした方がいいと考え着いたのでした。
『唯我に?』
「はい。殆どお話した事なかったので、お話したくて」
『……』
「ダメでしたか?」
『いや……』
「でしたら」
独尊様の様子が変です。いつもなら危ないから次からは気をつけろ、と言い、お話が終わるはずなのに、歯切れが悪く、機嫌も悪いのです。唯我様の名を告げた時が一番。
「怒っているのですか?」
『……当たり前だろう。お前は女なんだ、少しは自覚をしろ』
「すみません」
そりゃそうですよね、こんな夜中に抜け出して、何かあったら大変ですものね。優しいからこそ、怒る彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
『唯我とはそういう関係なのか』
「え?」
『分かるだろう、そのままの意味だ』
「どういう事でしょう」
理解出来ない私に痺れを切らした彼は、溜息を付きながら、頬に口づけをしてきました。一瞬、何が起こったのか時間が止まったまま、硬直する事しか出来ません。理解するのに数秒かかりました。
「何をするのですか」
『……あいつともこういう事をしてたのか』
「え」
『逢引をしていたのか』
「違います」
『あいつに渡してなるものか』
「独尊様?」
聞き間違いでしょうか、いつもの独尊様ならこのような事は言いません。優しい彼が私の中での姿でしたので驚いてしまいました。何もやましい事がないので、私はすぐに否定をし、彼が落ち着くのを待ちました。数時間経って、我に返った独尊様はいつもの私のよく知っている姿に戻り、一言詫びてくるのです。