第一話 産まれた日
第一話 産まれた日
震える背中は両親のものでした。赤子は瞼を開ける事もなく、泣いております。いつまでもいつまでも、両親の顔を見る事が出来ない赤子が誕生した瞬間でした。
仏様が赤子に試練を与える為に、瞳を奪ったのでしょう――と母親が呟いたと共に、覚悟を決めたように父親が「そうかもしれぬな」と肯定をしました。
実名嘉――
心を豊かに育ってほしい、名前に恥じぬように、そして華憐で美しく。
『実名嘉、お前には心の目、開眼がある。だから恥じる事はないのですよ』
それが母親の娘に対する初めて授けた言葉でした。
赤子の娘は少女になり、そして大人へと成長していく。調子がいい時は、心の瞳で人の居場所が分かるのですが、調子を崩すと杖が必要になってしまう事と、皆さまが見ている景色を拝めない事が唯一の悲しみ。
「ふう」
溜息をついてしまう私。そりゃそうだろうと自分に言い聞かせても、止まる事などありませんでした。
そう、貴方と出会うまでは――
両親以外は、盲目でなければ美しい娘だ、とおっしゃいます。本来なら貰い手があってもおかしくない年頃なのですが……慣れています。溜息は吐けど、泣きはしません。自分の宿命を受け止めていますから。そう強がってみても、か弱い女に代わりはありませんが。
『実名嘉』
足音を立てないように、私のよく聞こえる耳をいたわるように、そっと近づいて支えてくれたのは独尊様の温もりと声。同じ日に私達は産まれ、違う環境の中ですくすくと育ち、支え合っている、いえ、私が支えられていると言うのが正しいのでしょうか。
「独尊様、今日も来られたのですか?」
『ああ。お前の顔を見に来た。駄目か?』
「いいえ、嬉しいです」
『そうか……よかった』
甘い香りと優しい口調で独尊様の人柄が分かります。こうやって毎度毎度、時間がある時に、私の様子を見に来るのが日課。周りの人々は私に骨抜きにされたなどと、嫌味を言いますが、私と独尊様はこうやって幼い頃から同じ時を過ごしているのです。
幸せというのでしょうか、私には勿体ない程の宝物を、噛みしめながら、問いかけました。
「……また女性から逃げてきたのですか?」
『何故だ?』
「独尊様の事なら、分かりますから」
口に手を沿え、くすくすと笑うと、実名嘉には叶わないな、と困った様子の独尊様。そんな貴方にひそかに恋をしているのは私もなのですよ、と言ってしまいそうになりますが、口を噤む私。
『どうした?』
表情の変化に気付いたのでしょう。私はこれ以上悟られないように、スルリと言葉を交わして微笑むのです。
「ありがとうございます」
私なんかといてくれて――