優しい働き者を選んだ場合
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クレマンエンディングです。
「わ、私もクレマンのそばにずっと居たいわ!」
緊張して、思わず声が上ずってしまった。
何も反応がなく、私は俯いていた顔を上げ、クレマンのことを見る。
すると、そこには呆けていたクレマンがいた。
クレマン、と声をかけると、クレマンは見る見る顔を紅潮させる。
「そんなストレートに返事貰えると思わなかったから、つい動揺しちゃったよ…」
普段は見せない少し照れたような表情を見せたクレマンは、私を抱き締めた。
「俺を選んでくれてありがとう、レティシア。大切にするよ」
私はクレマンの温もりを感じた。
これでもう、乙女ゲームの世界からは完全に離れた。
「そうか、やはりアイツを選んだんだな」
グルナ国に戻った私はクリストファーにクレマンと向き合うことを決めたと伝えた。
クリストファーは少し寂しそうな顔をしてから、ありがとうと言った。
私は感謝をされる意図が分からず、思わず不思議そうな顔をしてしまった。
そんな私にクリストファーは困ったような顔をした。
「相変わらず、お前は変なところで鈍感だよな…お前と出会って、私は色んなことに気づかせてもらった。今の私がいるのは、お前のおかげだ。婚約破棄した後も、幼なじみとして私に接してくれてありがとう。幸せになってくれ」
私はクリストファーの言葉に頷いた。
去っていくクリストファーの背中に私は静かな気持ちで見送った。
もう迷わない。
さようなら、私の初恋の人。
それからは本当に大変だった。
身分違いの恋に私の両親は猛反対し、婚約を結ぶための説得にも長い月日を要した。
両親と喧嘩ばかりする私を宥め、クレマンは私との結婚の為に、昔以上に働いた。
あの後、アンジェ・テイラーはどんどん拡大し、今やグルナ国にも支店がある。
また、クレマンの便利屋としてのノウハウが評価され、便利屋のクレミーという店を設立したところ、大成功を迎え、クレマンはディアモン国を始め、あらゆるところで評価された。
その結果、アンジェ家は子爵に爵位が上がった。数々の成功を収め、私もクレマンも離れることがないと思った人々は次第に応援をしてくれるようになった。
しかし、それでも認めてくれない両親にクレマンは身を削り、働いたせいで、過労で倒れ、怒った私がアングラード家と縁を切ると言って、漸く両親は私達の婚約に対して、首を縦に振ったのだ。
こうして、婚約破棄された悪役令嬢が、王子の文通相手をした結果、遠い国の働き者に見初められ、仲良く添い遂げることが出来たのだ。
そして、今日は念願の結婚式の日だ。
アンジェ・テイラーは、ウェディングドレスの製作も手がけるようになった。
今回は新作の宣伝も兼ねての結婚式だ。
こういうところ、クレマンらしい。
私はクレマンの狙いに笑ってしまう。
身分差の遠距離恋愛、ついに結ばれる、とグルナ国とディアモン国では、話題の私達。
世間の注目が集まっているこの結婚式はブランドを宣伝する絶大なチャンスだ。
童話のように語り継がれるようになった私達の恋愛に、ディアモン国の国民は二人にあやかると幸せになれるというジンクスが作られていた。
なので、私が色直しで着る新作のドレスは私をイメージした紫を基調としたドレスだ。そこにアクセントとしてディアモン国のナショナルカラーの白色の刺繍で国花の百合をあしらっている。きっと、売れるだろう。
そして、今着ているドレスはクレマンが私のためにデザインから製作まで全て手がけてくれたプリンセスラインのドレスだ。
相変わらず私の好みのど真ん中でだし、コンプレックスである悪役顔もドレスによって、良く見える。
クレマンの気持ちがドレスから伝わり、自然と笑顔が溢れた。
教会に入る前、クレマンはぽつりと私に尋ねた。
「今の俺では、ご実家で暮らすよりも裕福な環境ではない。レティシアにも苦しい想いをさせてしまうかもしれない。それでも、ついてきてくれるか?」
いつも自信満々に私を引っ張ってくれたクレマンが初めて見せた弱気な表情。
お金目当てながめつい女だと思われていたのだろうか?そんな女だったら、結婚までこんなに難航するような相手、とっくに袖にしているだろう。
確かに、クリストファーと疎遠になり、フローラやリシャールとも付き合いは殆どなくなってしまった。
ディアモン国に嫁いだ今、ダミアンとも会うことは少なくなるだろう。
結婚式にも、メディアの数は多いものの、私の昔からの友人はこの場にはほんの僅かしか出席していない。
両親に反対され、友人と疎遠になっても、私は貴方と添い遂げる道を選んだのに、この人は変なところで臆病だ。
「大好きな人と添い遂げられることが私にとって何よりの幸せです。お金で買うものよりもはるかに価値のある豊かな暮らしがこれから始まるのですよ?嫌だと言うわけ、ないじゃないですか」
私が不安な時、クレマンがいつも見せるような自信たっぷりな表情をしてみせる。
すると、クレマンは流石、俺のお嫁様と無邪気に笑った。
「さあ、行こうか」
私は一歩一歩バージンロードを進むと同時にクレマンとの出会いを思い出していた。
舞踏会で、失恋で人生のどん底にいた私に光を照らしてくれたクレマン。
文通相手、アニエス・アンジェの存在感を示す為に、一緒に工作し、その過程で、アンジェ・テイラーに携わることになった。
そこで、私の世界は広がった。
箱庭に居た私をクレマンは広い世界に連れ出してくれたのだ。
互いに支え合い、生きていきたい。
盲信的に想っていたクリストファーへの想いとは違う。
これが恋ではなく、愛というものなのか。
祭壇に辿り着き、私の顔にかかったヴェールを外すクレマンを見て思う。
いつのまにか当たり前の存在となっていたクレマン。原作に登場すらしないディアモン国の存在するはずのない人物。
転生した私が悪役令嬢のレティシアになり、遠国の働き者に出会った。これは偶然なんかじゃない、きっと必然だったのだ。
シナリオで描いた未来よりも、クリストファーのハッピーエンディングよりも、ずっと幸せな未来。
初めは、クリストファーとよりを戻すために、出会った人だったけれど、今は違う。
私は心からクレマンを愛している。
シナリオから完全に外れた世界。もう、転生者というチートは通用しない。
それでも、私はこの人と一緒に人生を歩んでいくことを選んだのだ。
どんな困難もきっとクレマンとなら、乗り越えていけるはず。
「愛しているよ、レティシア」
「私も愛しているわ、クレマン」
私は決意を胸に、誓いのキスを交わした。
二人の未来はもう誰にも予測できない。
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