不器用王子を選んだ場合
閲覧いただきありがとうございます。
他のエンディングより若干長めかもしれません。
クリストファーエンディングです。
「やっぱり、私はクリストファーのことが忘れられないの。だから、貴方の気持ちには応えられない…ごめんなさい、クレマン」
私が頭を下げて、謝ると、クレマンは私の頭に優しく手を置いた。
「顔をあげてよ…レティシアがクリストファー様を選んだのは、確かに残念だ。でも俺はレティシアの幸せを願っているんだ。レティシアが幸せなら俺はそれで幸せなんだ。ちゃんと気持ちを伝えてくれてありがとう」
顔をあげて、クレマンの方を見ると、クレマンは優しく微笑んでいた。
私は思わず、泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。
「私もクレマンの幸せを願っているよ。ありがとう」
クレマンが何か言う前に、私を迎えに来た護衛が私を呼んだ。
護衛は申し訳無さそうに、門に戻ろうとするのを、クレマンが止める。
「さあ、レティシア。迎えが来たよ」
クレマンは、馬車まで手を繋いで見送ってくれた。馬車に乗り込み、クレマンの方を見ると、いつもと変わらない笑顔で私に手を振る。
「またね、レティシア」
「ええ、また…」
クレマンは馬車が走り去った後もその場に立ち尽くしていた。
「なんとなく分かっていたよ、レティシア…」
クレマンは自分の頬に伝う涙に驚き、苦笑いする。
「あーあ、好きだったな」
数日後。
私はクリストファーに自分の想いを伝える為に、再びクリストファーが働いているカフェを訪れていた。
何も知らないクリストファーは、いつも通りに接してくれた。
たまに同僚にからかわれて、毒づくクリストファー。それを宥めて話に花を咲かせる常連の客達。
昔のクリストファーなら、必要以上に他人と会話をしなかっただろうに。この前のダミアンの件といい、人はここまで変わるものなのかと私は感心していた。
昔の私はお伽話から出てきたような美しさとそれにそぐわない不器用な性格に惚れて、盲信的にクリストファーを想っていたが、今は違う。
不器用ながらも努力を重ねるクリストファーを昔以上に愛している。惚れ直すとはこういうことだろうか。
子供っぽくて世話の焼ける弟のような存在のクリストファーはもういない。今は次期国王候補の一人として、責任感を持って、あらゆる人に分け隔てなく接している。
もし、クリストファーが国王になれば、人を慮る素敵な国王になれる気がする。
リシャールとは違う良さをクリストファーは持っていると思う。
私はそんなことを考えながら、クリストファーが働いている姿を、クリストファーに勧められて注文したカモミールティーを口にしながら、眺めていた。
来店した時、私は余程緊張していたのだろう。クリストファーは何だかいつもと様子が違うと言って、ノンカフェインのハーブティーを勧めてきたのだ。
私はクリストファーの優しさを感じながら、カモミールティーの心地良い香りを楽しんだ。
仕事が終わり、私はクリストファーと海岸に来ていた。
何故、海岸にしたのか。それは、クリストファールートのハッピーエンディングで、ヒロインのフローラとクリストファーが海岸沿いで潮風を感じながら、愛を誓っているからだ。
私は密かにそのシチュエーションに憧れていたのだ。
風でクリストファーの金色の髪がキラキラと靡いた。まるで、絵画から抜け出したような美しさだ。流石、攻略対象一の美青年。
「それで、今日はどうしたんだ?」
クリストファーに促され、私は慌てて答える。
「えっと、その…今の私の気持ちをクリスに伝えようと思って」
そう答えると、クリストファーは真剣な表情になった。
「先に言わせてほしい。私の気持ちは今でも変わらない。お前のことを愛している…レティシア、お前の気持ちを聞かせてもらえないか?」
クリストファーの言葉に私は頷く。
ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢だと分かっても、クリストファーに婚約破棄されても、クレマンに告白されても、何があっても私はクリストファーのことが忘れられなかった。
結局、レティシア・アングラードはクリストファー・ウィルソンに首ったけなのだ。
私の世界はクリストファー中心に回っている。それは、中身が転生者の私になっても変わらなかった。
私は緊張して、高鳴る鼓動を胸に手を当てることで抑えようとした。
「私も同じ…今でもクリスをお慕いしておりますわ」
その言葉にクリストファーは…
膝から崩れ落ちた。
思わぬクリストファーの反応に私は動揺を隠せない。え、何してるの、この王子。
私は先程のドキドキは消え失せ、冷静になっていた。
私の困惑した表情を見て、我に返ったクリストファーは慌てて態勢を立て直した。
といっても、腰が抜けてしまったようで足が震えている。
相変わらず、この王子は肝心なところで決まらない。
私は、そんなクリストファーを見て、思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。
「す、すまない…まさか、応えてもらえると思わなくてな」
昔の俺様王子とは思えない弱気な発言だ。
断った方が良かった?と冗談めかして尋ねると、クリストファーは大きく首を振った。
最近はすっかり大人っぽくなったと思っていたのに、こういうところは、まだまだ子供っぽいままのようだ。
クリストファーはひとつ咳き込み、跪いて、私の手の甲にそっと口づけをした。
「男としても王子としても未熟な不甲斐ない男に機会を与えてくれて、ありがとう。絶対に幸せにしてみせるよ」
私は笑顔でクリストファーの言葉に頷いた。
婚約破棄という試練を超えた今の私達ならきっと上手くやっていけるはずだ。
二人でなら、どんな困難でも乗り越えていける。もう、離れたりしない。
私は波の音を聞きながら、心に誓った。
「クリス、どんなことがあっても、一緒に乗り越えていきましょうね?」
結婚までの間も、その先も、彼と色んな出来事があるんだろうな、と楽しみでもあり、心配でもある。
それでも、私はこの人と添い遂げることを選んだ。シナリオから外れた人生を精一杯生きていきたい。
こうして、婚約破棄された悪役令嬢のレティシア・アングラードは婚約者の第二王子、クリストファー・ウィルソンの文通相手をした結果、二人は無事に復縁することが出来た。
数年後。
今日は私とクリストファーの結婚式だ。
カミーユとセシリアが張り切って用意した結婚式は、それはもう盛大なもので、令嬢としてセレブな生活には免疫がついていたと思っていた私のささやかな自信を打ち砕くような、それは豪勢なものだった。
「まさか、あのクリスが第二王子であり、現国王のクリストファー様だとは思わず、つまらない仕事をさせてしまい、申し訳ありませんでした」
私とクリストファーの結婚式に呼ばれたカフェの同僚達は恐縮して、クリストファーに告げる。
そんな同僚達にクリストファーは苦笑いする。
「顔を上げてくれ。こちらこそ、今まで騙していてすまない。どうか、これからも国王としてではなく、同僚のクリスとして接してくれないか。私にとって君達はかけがえのない仕事仲間だからな」
そうして再び同僚と打ち解けたクリストファーを、私は嬉しそうに眺める。
前国王、リシャールとクリストファーの父親はクリストファーを次期国王に選んだ。
リシャールの方が機転がきくが、より心を配り、民意を汲むことが出来るのはクリストファーだと判断したらしい。
クリストファーは他国との関係を深めるべく、あらゆる政策を提案している。その政策の一つを国王が採用した結果、長年の不仲であったエメロード国との国交は良好になった。
「クリストファー、レティシア」
私達の名前を呼ばれて、振り向くと、そこにはリシャールとフローラが立っていた。
リシャールは無表情で相変わらず何を考えているか分からない一方で、国王候補に外されたリシャールの妻であるフローラは私達に敵意剥き出しの表情でこちらを睨んでいる。
「結婚おめでとう」
「馬子にも衣装ね。流石王族のドレス、悪役顔がよく引き立てられているわ」
短く祝福の言葉を贈るリシャールと、こんな祝いの場でも毒づくフローラにクリストファーと私は思わず笑顔をこぼした。
気まずい雰囲気に頭を悩ませていると、頭に何かを置かれた感触を感じ、見上げると、そこには笑顔のクレマンがいた。
「レティシア、とても綺麗だよ」
どうやら、クレマンお手製の花かんむりのようだ。前世で幼なじみと作った素朴な花かんむりではなく、ウェディングドレスに劣らない煌びやかなものだった。
あれから、クレマンとはビジネスパートナーとして接し、引き続きアンジェ・テイラーの経営に従事していた。
ありがとう、と答えると、クレマンは笑顔でどういたしまして、と答えた。
私の肩を持つクリストファーの手の力が強くなるのを感じる。
感情表現が豊かになったククリストファーの感情を読むのは昔よりもはるかに容易くなっていた。私は苦笑いして、クレマンと別れる。
ふと、離れたところにダミアンの姿を確認した私達は、ダミアンの方に向かった。
「クリストファー様、レティシア様。この度はご結婚おめでとうございます」
ダミアンとクリストファーは、あの図書館の邂逅後、すっかり打ち解け、友人になっていた。
三人で他愛もない話に花を咲かせていると、クリストファーの友人がクリストファーに声をかけた。
クリストファーがその場から離れ、私はダミアンと二人きりになった。
すると、ダミアンは一つだけ質問をさせてほしい、と私に切り出した。
「お前は、今幸せか?」
どこか寂しげに尋ねるダミアンに私は笑顔で答える。
「幸せだよ。今世で最愛の人と結ばれたからね」
そう言うと、ダミアンはそっか、と短く答えた。私が何かを話そうとしたと同時に、私はセシリアに呼ばれた。
「前世で幸せにできなかった分、今世では幸せにしてみせると思ったんだけど、二次元男子には勝てなかったか」
小さくなっていくレティシアの背中を見ながら、ダミアンは一人呟いた。
式が終わり、普段のドレスに戻った私はソファで休んでいた。
「お疲れ様。母上と姉上がはしゃいでいたから、いつも以上に気を張っただろう」
クリストファーは私にホットミルクを渡した。
「レティシア、私を選んでくれてありがとう」
急にそんなことを言われ、私はどうしたの、と答えた。
「一度、婚約破棄した身だ。もうお前と添い遂げられることは奇跡に近いものだと思っていた」
まだ気にしていたのか、この人は。
相変わらず、変に鈍感なクリストファーに呆れてしまう。
「愛する人とずっと側に居られるんですもの。こんなに幸せなことはありませんわ」
きっと諦めなければ、どんな困難でも乗り越えられる。
原作のレティシアの分まで、私は幸せになってみせる。
「ずっと幸せにするよ、レティシア」
クリストファーの言葉に、私は頷き、私達はそっと口づけを交わしたのだった。
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