【第4話】Sirent Siren
漆黒のみに染まりし車体が、街の薄明かりに浮いては消える。
閑散とした暗夜の道を、ただ一筋に駆け抜ける。
いつかの巨人の姿は無く、走るは兵員輸送車によく似たもの。ただし、だだっ広い兵員収容スペースは完全に持て余されている。
傷付いた機体がひとつ……車両最前部の助手席にて腰掛けていた。
ブレイドはやはり違和感が拭えず、残された左手は右腕があるべき虚空を、頻りになぞっている。
あの焔に熱せられた所為か、失った右腕は基部から熔けていたのだ。
また、度重なる打撲が祟り、頭部を除いた全身が構造から砕けていた為にも、全面修理は避けられないといった塩梅である。
「流石に退屈かぁ? 換気も兼ねて、窓でも開けるとするか」
ブレイドから見て、右手から聞こえるはいつもの渋声。
ただし、通信回線特有の雑音は存在しない。
バイタルチェックに気分まで窺い知る由は無いはずだが、隊長は部下の機嫌などお見通しであった。
カーティスは運転の片手間にスイッチを入れ、申し訳程度に設置されている小窓を開放する。
『宜シイノデスカ?本行動ハ作戦遂行規約810番二────』
「少しは“労う”って言葉を覚えやがれ、このポンコツが」
表示されたカーナビ・ホログラムは、何故かカーティスの逆鱗に触れたようだ。
振り降ろされた拳がめり込み、即刻叩き割られて姿を消す。
金属の凹む鈍い音と共に、カーナビ基部からは小さなスパークと白煙が立ち込める。
その様子を見たカーティスは、途端、大仰に咳き込んだ。無論、抑える手の影には、“確信犯”の表情が見え隠れしていたが。
カーティスは一つ、大きな咳払いをして言い放つ。
「これで、“換気”と言う名の大義名分が出来たってモンだ」
(これ本部帰ったら、また局長に怒られる奴だな……)
一個前と更にもう一個前の出動の際も、こうして破壊していたはずである。
これでめでたく通算三回目を達成した為、いつもの約三倍増しで局長にドヤされることだろう。
どうやらカーティスの思考回路……「機材<部下の気分」という図式は、あの技術者連中でも手を焼く代物らしい。
流石に機嫌の悪いブレイドも、この犠牲を無駄にするのはなんだか忍びなくは感じた。
車両側面のガラス窓が収納されると、ブレイドは小窓からひょいと顔を出す。
はみ出た髪は風を受け、乱雑にも軽快にはためいている。
涼しげな外気は車内を訪れ、陰湿で沈んだ空気を連れ去っていく。
眼の明度調節を終えるや否や、ブレイドは次に外界の“観察”を開始した。
…………はじめに見えるはゴミや屑。
……泥酔中年、犬畜生。
果てには民生品である自動機械が、主人を失い彷徨う始末。
一瞬、ブレイドは外を覗いた事を後悔した程度に、聖都郊外は廃れていた。
(“眠らない街”……か。少し郊外に出てしまえばこんなものか)
……グシャッ。
先程のガラクタでも轢いたのか、車体は一瞬音を立て、縦に大きくガタついた。
が、装甲車と同程度の強度と走破性を持つこれは、何事も無かったかのようにただ、走り続ける。
────────進路は先程と寸分も違わず、「聖都の中心」へと、進んでいく。
……
…………
………………
暗く汚い雑居群から、明るみを帯びた都市ビルへ。
途切れ途切れの街灯から、力溢れるネオンの波へ。
頭上に聳え立つ摩天楼を見れば、誰であろうと嫌でも分かる。
車両は既に、聖都……「セイクリッド・シティ」に足を踏み入れていた。
地球連邦国からの独立の標であり、多くの血が流れ出たあの“聖夜革命”から早五年。つまり“宇宙連邦国家レムリア”は今年でめでたく、建国五周年を迎えたといったところである。
故にレムリアの首都たるこの“聖都“も、産声を挙げて大体五年程となるが……いやはや。やはり凄まじい成長スピードである、ブレイドは毎度の如く感心と、畏敬の念を抱いて止まない。
……といっても、此の国の成長はこれからである、そうブレイドは。恐らく同乗しているカーティスまでもがきっと、そう考えている事であろう。事実、目下進行中である“地球侵攻作戦”成功の暁には、今よりも更なる繁栄が見られるに相違ない。……ただしこの国が、この聖都が。一体どのように発展していくかなど……ブレイド達、人造人間の持つちっぽけな思考回路如きでは、皆目予想などつき兼ねるという物だが。
そんな事を夢想しているうちに、ブレイドは窓から半ば身を乗り出し、「眠らない街」の灯りに触れる。
触れたと思えばその手前、市街を漂う白き霧を吸い、大きく咽せこむ訳ではあるが。
やはり、空から見る景色とは違う……全てが妖しい輝きに満ちていた。
次に、摩天楼から目線を下げてみる。
歩道は深夜にも関わらず、人の流れに絶え間はない。対する車道に至っても、常に自動車が列をなす。
────ハッキリ言って、これは異常である。
先程轢いたオートマトンは勿論、未だ少数ではあるものの、民生化された人造人間よって、人間の社会体制は大きく変化したそうだ。
これを要因として、「異常」は「日常」となっており、国民の中にこれを指摘する者はいないだろう。
今まで夜に動いていたものが、昼に。
今まで昼に動いていたものが、夜に。
ブレイドら最新の人造人間にインプットされている「人間」のデータでさえ、もう既に古いのだ。
旧来では如何に常識であっても、聖都では“それ”が通用しない。
だが……やはり、それらは何処か“機械的”だ。
本来機械である筈の、人造人間にすら違和感を覚えさせる程に。
自動運転車の比率が高い関係から、車道の波のオートメーション化は理解ができる。
だが人の流れさえも、決まった動きしか行わない……そんな印象を受けるに足るものが確かに、この都には溢れていた。
その間も車両は順調に進んでおり…………気が付けば車両は、長く延びる渋滞の只中にあった。
真横からは乾いた舌打ちと、貧乏ゆすりの微かな揺れが伝わってくる。
窓、閉めるぞ────苛立ちの主からのぶっきらぼうな声を合図に、ガラスは窓の底から迫り上がり始めた。
ここまで大きい車両集団の渦中にいると、排ガスの量も質も凄まじいのだ。それ故に車内の精密機器の作動に支障を来しかねない為、聖都周辺では窓の開放すら規制されていた訳である。
ブレイドは致し方なく、窓から顔を引っ込めようとした────。
────その時である。
────ヴヴヴヴヴヴヴォオオオオオオオン…………!
低く唸り、どこまでも響くは特大のサイレン。
このコンティネント……レムリア全体に響き渡った時点で、それは起きた。
人。車。機械。
数秒前までは何ら問題なく稼働していたモノが唐突に……その動きを止めた。
……まるで、この世の全てが“一部を除いて”、完全に時を止めてしまったかのように。
「三時……もうこんな時間か」
カーティスは感嘆とも喜びとも言えない声色で、ただ淡々と言葉を綴る。
それを聞いても助手席のブレイドは、変わらずガラス越しの景色を見つめるだけだった。
この車内の者達……即ち、「Eraserの人造人間達」は、気にも留めていなかった。
そして“これら”のみが、この静止した世界で……動いていた。
「いつ見ても気分のいいモンじゃあないな……政府の……いや、“サーバー”とやらの記憶改竄は」
消すのではない。置き換えるのだ。
このサイレンの響く十分間に、今日一日の不都合を……全て。
……先ずは今日の戦闘から。
“AFを見たという者”は、“当時外には出ていなかった”。
“戦闘の火”は“ただの放火”。
あとは素行の悪い者を適当に選出し、“放火犯としての記憶”を植えつければ、完成だ。
明日のトップ記事飾るのは、「狂気の放火魔出現!!市街地郊外は火の海に」……恐らくこんな感じであろう。
「…………馬鹿馬鹿しい」
そう小さく呟くと、ブレイドはそっと目を閉じる。
運転手を務めていたカーティスも、動く筈もない渋滞に見切りを付けたのか、いつのまにか寝息を立て始めていた。
その間も、サイレンは響き続けていた。
───────《Complete falsification》
【メカニック名鑑:ネクスロイド(初期生産型)】
所謂“初期型”であり、現存する機体数は132機のみである。
聖夜革命で活躍した個体は漏れなくこの初期型に該当しており、量産型が開発されたのは革命後……とりわけ、レムリア建国宣言日である“2203/12/28”より後である。
(尚、量産型の開発に関わる正確な情報について、レムリア政府は頑として口を閉ざしている)
従来の人造人間に比べて格段に柔軟な思考を取ることができ、それ故に臨機応変に行動が可能である。
これは“自律兵器”としては革新的なレベルでの技術向上であり、それこそ今まで運用されてきた“機械歩兵”の自律思考能力とは、比較対象にすらならない程に高度なものであった。