【第3話】灼熱の檻の中で -後編-
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気を失ってからというもの、どれくらいが経過しただろう。
先程とあまり景色が変わっていない事から、それほど長くはないだろう……ブレイドはとりあえずそう仮定した。
瓦礫から立ち上がるブレイドだったが、もう先の件のように、身体に枷は付いてはいなかった。
起き上がってから先ずやるべき事は、不要な武装のパージから。
亀裂に次ぐ亀裂により、殆どが白く、内部から粉々に割れたバイザー。
まだ微かに残った表示画面から、装備の強制排除を起動する。
《Are you really sure?》
《本当に良いですか?》
お馴染みの最終警告を受けても、ブレイドは怒りも苛立ちも、何も感じなかった。
それほどに、今のブレイドの心身は疲れ切っていた。
戦闘で殆どの装着品がドロップアウトしたが、四肢に纏わりついた基本装甲は最後まで残っていた。
もし彼らに意識があるならば、今の今まで、主であるブレイドを守り通せた事を誇りに思っている事だろう……ブレイドはまた、自らの思考の乱れを感じていた。
しかし強制排除の号令と共に、彼らはひとえに主人から切り捨てられる。
ただ無慈悲に切り離され。重力に従って墜ちて行き…………絶える。
地表から響く鈍い音が、決断を下したブレイドへ、僅かながらに哀愁を誘った。
装甲の骸はバイザーの欠片を踏み、脚元では同時に小さな調べが奏でられていた。
「鎮魂歌……」
だが、そんなものは一時の感情に過ぎない。
ブレイドは最後の装備、ヘッドギアにも手を掛け……脱ぎ捨てる。
──────カツン……
まるで抜け殻のように、ヘッドギアは地面にその身を横たえる。
その骸の頭上には、「自由」となった機械が一人。
無造作なショートヘアーを彩るは、似紫に染まった人工頭髪。
風を受けて静かに揺れ、見る限りでは人間の頭髪と何ら変わりはない事が見て取れる。
風の行方は彼の双眼へも。
深い蒼眼は大気に触れ、眼に少しのむず痒しさを覚え、腕を動かす。
眼を擦って再度見開くと、やはり既にバイザー特有の“視界の閉塞感”は、そこには無い。
ブレイドは何となく虚空を見上げ、久方ぶりの“生の視界”に浸かる。
爆煙の遥か上方……コンティネントの天井は透き通る程に黒く、不気味とも綺麗ともいえない姿を露わにしていた。
……まるで、そのまま宇宙に吸い込まれてしまいそうなくらいに。
その爆煙から徐々に目線を下げる。
見えるのはまず高層ビル群。俗に言う、「摩天楼」と呼称される地帯が遠目に輝く。
次いで燃え盛る家屋の類。今も轟々と火炎は燃え、ブレイドの周りを取り囲んでいる。
だが正直、これはもう見飽きた。
そしてその最下層に見えたのは……
────まダだ、まだダァァァァッ……!
見たくもない現実。
悪夢を具現化したような醜態な身で、奴はそこにいた。
サンダースはまだ、生きている。
いや、これを生きているうちに数えるのかすら、ブレイドの思考回路には判断がつきかねる。
思考回路にもダメージが及んでいるのか、もうそこには“理性”という物は微塵も在りはしなかった。
悍ましい……これほどこの言葉が合致する者は、今の奴の他には存在しないだろう。
左腕は千切れて、両脚は爛れ。
下腹部はその殆どが消え失せており、上半身の支えは一本の太いバックボーンのみ。
今にもその造られた肉が、鋼の素体から剥がれ落ちそうだ。
だが、奴は止まらない。
奴はまだ、燻らせている。
──────熱である。
バイザー越しでなくても、ブレイドには容易に理解できた。
だが、これは復讐や信念など、そんな単純な物ではない。
言うなれば、想いに暴走という名のスパイスの加わった、飛び切りの合成獣……この表現が的を射ているとも、今のブレイドにはわからなかった。
……とにかく恐怖で尻込みするのは、奴に引導を渡してからだ。
思考回路から恐怖を押し退け、代わりに有りっ丈の戦闘衝動を掻き立てる。
すると自然に右腰のホルスターへと手は伸びて行き、瞬きのうちに拳銃の照準は目の前の「バケモノ」に定められた。
装甲を脱いだ此方は軽装。今のヤツにどれだけの力が残っているかは不明だが、以前のような攻撃を喰らえば今度こそ保たない。
人間擬きの成れの果ては鉄パイプを手に取ると、大きく振りかぶりながら此方に向かう。
────熱せられたパイプを握る手は、音を立てながら白く煙を挙げていた。
「痛点を切ったのか、ただの馬鹿なのか!」
スライドを引き、引き金を弾き。
一発、二発、三発。
9mm弾は確かに命中した筈だが、男はそれでもビクともしない。
四発、五発。六発。
ネクスロイドの最重要部たる頭部を狙っても、結果はやはり変わらない。
拳銃を口に咥え、左腰の予備弾倉に手を伸ばす。
面倒極まりない方法だが、片腕でマガジン・チェンジするにはこの有り体を晒す他、方法は無い。
それでもベストを尽くしたか、物の五秒程でリロードは完了した。
だが………
もし、例えコレを何発撃っても、奴は決して止まらないだろう────。
─────ブレイドは薄々勘付いていた。
再度六発を早々に叩き込むと、再びのマガジン・チェンジ。
再び銃を口に放り、予備弾倉のある左の腰を探る。
……予備のマガジンはこの交換分で最後だった。
新しい弾倉に挿げ替える為、空の弾倉は拳銃本体から切り離される。
それは地面に打ち付けられると、小気味の良い金属音を奏でたと思えば、弾倉は軽く跳ね。
近場で燃え盛る炎の中に、その身を投じていってしまった。
もうサンダース本来の俊敏さがは失われているが、一歩一歩着実に、此方との距離を詰めてきていた。
更に言うと、ブレイドは石壁と炎の檻に囲まれており、逃げるという選択肢は取れそうにもない。
(さて、僕もそろそろ往生時、か……?)
自嘲気味に微笑した四発目。
転機は突然に現れた。
──────『ブレイド、聞こえるか!? 今すぐソイツの直線上から退避しろっ!』
思考回路に直接響いた緊急通信。
ハッとしたブレイドは、咄嗟にサンダースの後方……まだ燃え盛る炎と煙の向こうへと、目が行った。
そこには確かに、ブレイドとはまた違う……光る二つの蒼眼が、奴を見据えて浮かんでいた。
その輝きで全てを察し、ブレイドは即座に火へと飛び込む。
塵も残らず死ぬくらいなら、多少皮膚をローストする方が幾倍もマシ……思考回路はそう結論付けたからだ。
ブレイドの突飛な行動に何かを察し、咄嗟に背後を振り返るサンダース。
だがもう、何もかもが遅かった。
駆け抜ける蒼の閃光。
それはただ一直線に。ただ無慈悲に。
光の残滓だけを残し、それ以外の物は全て、正しく「塵も残らず」消し去っていく。
「ああ御嬢……俺はどうやら、ここまでです……」
奔流に飲まれる僅か直前。時間にしてはほんの数秒。
耐熱防護膜が降りたカメラアイ、炎に包まれた視界でも、奴……サンダースの思考が一瞬、正常化した様子はハッキリと見えた。
「ブレイド……御嬢の後は……」
サンダース────そのブレイドの叫びも、彼の言葉の先も。
みんな等しく、光に掻き消された。
『ブレイド! 無事か!?』
回想に耽る暇も無く、間髪入れずにまた緊急回線がこじ開けられる。
恐らく発信元からブレイドの位置を特定する為だろうが、ブレイド当人は軽い嫌がらせのように感じていた。
唐突に炎の壁の中に、“鋼鉄の拳”が割って入ると、ブレイドを掴んでは炎から引き摺り出していく。
気付けばブレイドは火炎から脱し、外の空気に触れていた。
鉄の拳は掌中のブレイドを、もう一方の自身の手の平の上へとそっと移し替える。
細分化された五本の指は器用に動き、当のブレイドはこの間、全くもって痛みを感じなかった。
扱う者の技量と性能、両方に驚愕したブレイドは、咄嗟にその場で空を仰ぐ。
────するとそこには、黒一色に彩られた外装が……ブレイドの視界一面に、その姿を露わにしていた。
「これが……『アサルト・フレーム』……」
…………「AssaultFlame」。
人造人間の戦闘用巨大外骨格……
身の丈はそこいらの崩れた家屋を軽く越えている程度には大きいが、“途方もなく巨大”という訳でもない。
外観はブロック状の中枢部に、両手脚・頭が据えられているが、決して鈍重な印象は抱かせない……「聖夜革命」の影響なのか、はたまた別か……
機体背部に誂えらた腰部ラッチには、先程の「光線」を放ったとみられる得物が携えられていた。
その長く黒い銃身の先からは未だ白く、細い煙が上がっており、銃口は赤熱化……ブレイド自身、「加粒子を用いた小型兵器」開発の噂は耳にしていたが、やはりまだ、完全な実用化には程遠そうだ。
アサルト・フレームの頭では、狙撃用のバイザーが上向きへ可動し、その無愛想な面の皮が姿を現わす。
恐らくクロノスの第二次接続形態……その狙撃用装備か何かだろう。
右の側面には小さな“穴”が一つ設けられており、逆に左の側面には小型のセンサーの類が取り付けられている。
これは主に対歩兵、対戦闘機用に取り付けられた簡易機関砲であり、任務設定によっては自動でも発砲される。
幸いブレイドは人造人間である為、仮に任務設定において殲滅対象に指定されても、熱を特定できない関係上発砲されないが。
エメラルド・グリーン色であるツイン・アイは頭部とともに、虚空からグルリと此方へ視線を移した。
また「声」がブレイドには聞こえ出したが、今度の物は自身の内側から響くような気持ちの悪いものではなく、まるでAFが語りかけてきているように思えた。
そのAFの声は不相応に軽く、明るく。
巨体且つ堅物な印象に似合わず、底抜けにフレンドリーな声質であった。
…………アローだ。
『皮膚が灼け爛れている様子はないな……取り敢えず、これで技術部に嫌な顔されずには済みそうだ』
「……右腕がやられた」
ブレイドはコックピット内で顔を覆う、アローの様子が見えたような気がした。
…………何故なら実際に、AFの片手が自らの顔を覆ってみせたからだ。
そんな実に「兵器」らしくない挙動に、ブレイドは不覚にも笑ってしまう。
その腕先も、可動式の格闘兵装、「クロー」の姿をちらつかせているというのに。
だが、アローの細かな気遣いには、いつもブレイドも感謝している……そんな所だった。
『ったく、どれだけ連絡しても繋がらねぇんだからよ? 隊長の言う通りもうおっ死んじまったんじゃねぇかって冷や冷やしてたんだぜ?』
「すまない……恐らくECMの弊害だ」
『今度からはしっかり持参物確認してから出撃させっからなぁ? 水筒に弁当、レジャーシート、あとは……』
……それではまるで遠足だ。
そう相槌を打とうとした刹那、ブレイドの視線は下の炎に向けられた。
会話をしながらもAFは進んでいた為、先程の現場はもうとても小さくなっていた。
ブレイドは慌てて自らの眼を使い、拡大に拡大を重ねて“奴”を視る。
(ああ、クソ!)
視界がボヤけてピントが合わない。言うなれば、全体に軽くモザイクが掛かったような。
あの時降りた防護膜を押し上げ、もう一度ブレイドは目線を合わせる。
……先に見えた男は、もう身体の殆どが「消えて」いる。
だが、消えたのは身体だけではなかった。
────ああ、やっぱり……
もう彼から「熱」は一切、感じられなかった。
【メカニック名鑑:ネクスロイド(2)】
初期型・量産型問わず、基本機構として「チョーカー・システム」が採用されているのも特徴のひとつか。
大まかに言えば“人間による制御機能”であることは、首輪の意味からも窺えるといったところであろう、一種の安全装置としても機能している。
先ずネクスロイドは初回起動時、自らの“司令者を必ず設定しなければならず、それを抜きでは完全起動は許されない構造となっている。
指定された司令者は、専用の腕輪状端末から、又はネクスロイド本体に直接触れて語り掛ける事で、強制的に行動を実行させる“命令”を発動することが可能。
司令者権限は兼任することが出来、軍や組織に於いては部隊の指揮官たる人間が複数機のネクスロイドの司令者を務めている事など、最早日常茶飯事といった有様となっているようである。