【第2話】灼熱の檻の中で -前編-
揺れる焔に、蠢く影。
燃え盛る火炎の只中には、有るはずのない『人影』が一つ。
ただ赤黒く染まったそれは、一歩、また一歩とブレイドへ近づいていく。
……本来、機械から奏でられるはずである、特有の駆動音を響かせながら。
爆発で抉れた腹からは、臓腑の代わりに動力炉。
焼け爛れた皮膚の下、覗くはやはり装甲か。
紅から出でる者はやはり人ではなく…………
…………人間の体を為した、大柄なヒトの模倣体だった。
可笑しい、可笑しい。
そんなはずは無い。そんな事はあり得る筈が無い。
ブレイドは自身の思考が乱れている事を認知していた。
目標が眼前にいる以上、此処は最早戦場に等しい事も理解している。
だがそれ以上の衝撃で、思考回路は埋め尽くされていく。
まるで疾る烈火のように。家屋を駆ける火災のように、回路は一色に燃やされていく。
────だって……だって奴は、確かに……
「熱」があった。
人間特有の……生きた「熱」が。
ネクスロイドも食事自体は可能であり、人間が食する栄養を分解、自らのエネルギーとして転用する事はできる。
基本的に、殆どの人造人間は液体燃料で補給を済ませる為、人間のように食事を行う機会は無いに等しい。しかし理論的には、ネクスロイドは自らより熱を出す事も、決して不可能な行為ではない。
だが、断続的に熱が生じる事はまずあり得ない。
あくまで熱を発するのは消化、エネルギーの変換を行う時のみという極めて限定的な瞬間のみ。加えてその熱は機械的な物だ。
生物的な熱には程遠く、言うなれば「エンジンの排熱」の類と何ら変わりはない。
だったらアイツはなんなんだ。
僕が見たあの色彩は一体……
──────あー、ちょいといいかい?
(しまった──────)
熟考に耽るあまり、男との距離など完全に失念していた。
二人の間は僅か3メートル弱……一つステップを踏みさえすれば、すっかり拳の有効射程範囲内である。
そんな状況確認も許さないが如く、大男は此方へ跳躍した。
ブレイドに重い腕を振り上げて、狙いを定める猶予など残されてはいない。
大男からの攻撃は回避不能と判断し、咄嗟に防御の構えを採るが……
一秒、二秒、三秒。
いくら経っても衝撃は来ない。
跳躍で巻き起こった土煙が収まると、ブレイドは何事かと視線を落とした。
すると拳は腹部の手前……ブレイドの鳩尾に接し、ピタリと静止しているではないか。
……大男の顔はブレイドの丁度真横に位置しているが、ブレイドは敢えて、その表情を伺おうとはしない。
互いの目線は合わないが、大男は唐突にブレイドへ向けて語りかけ始めた。
「相手の名も知れんようじゃあヤりづらいだろう? 俺に与えられた名は……サンダースだ。なぁに、アンタら“初期型”と比べればほんのガラクタ。“量産型”なんてお綺麗なもんじゃない、ただの紛い物さ」
……何がガラクタだ。本来であれば致命傷は愚か、対象を半壊にまで持ち込む弾頭の直撃を受けても、奴は未だ稼働している。
“熱”に対しても驚いたが、此奴の装甲に関しても例えネクスロイド……その最もたる、ブレイドのような初期生産型。又の名を“初期型”であったとしても、考えられない程の強度であった。
この化物が────喉まで達したその言葉を飲み込み、ブレイドはあくまで己の心の中でそれを押し留めた。
……鳩尾から伝わる感触は何ら変わってはいない。幾ら強靭なネクスロイドと雖、構造上において疑似神経が集中する場所は……“痛覚”が集約された部位は、やはり。ここなのだ。
つまり現状は、敵に主導権を握られているも同然である。
下手な回答を返せば最後、ブレイドはたちまちストマック・ブローを貰ってノックアウト。
そこに試合終了のゴングはなく、待つのは惨めな死のみとなる。
ブレイドは再度思考を巡らせた後、徐に口を開いた。
「……ブレイドだ。ここで一つ忠告するならば……僕は別に、お前と決闘をしに来た訳ではないんだが」
刺激せず、それでも退かず。
自らの思考回路から捻り出した最良の選択のつもりではあったはずだが、大男……サンダースとやらは、すぐに言葉を返してはこなかった。
……数秒の沈黙。
そのほんの片時ですら、周囲の火柱は轟々と音を立てては蠢き続ける。
先程の土煙は何処へやら、それどころか周囲は焦げた黒煙で充満し始めていた。
鳩尾の拳にも動きはないが、男も不気味なまでに黙りこくっていた。
……このままでは埒が開かない。
この際K.O.されても構わない……ブレイドはそう結論付け、動き出そうとしたその時だった。
低く、まるで何処かの番人のように、その声は彼の者へ……問うた。
『「…………お前さん、本当に自分の意思で……動いてるのか?」』
(クッ──────)
その言葉を聞くや否や、ブレイドは唐突に地面を蹴り、離脱しようと試みる。
逃げるように、避けるように。
必死になって、その場の何かから全てを背けようとする。
だが、サンダースも逃がさない。
鳩尾ごとブレイドを鷲掴み、そのまま地面に叩きつけては再び、問い掛ける。
顔を引き寄せ、眼を剥かせ。
今度は無理矢理でも目線を合わさせ、ブレイドにまた……投げ掛ける。
「俺はお嬢の……いや! この地球圏に渦巻く悪夢を終わらせる為に! 動いている!」
鬼気迫った面持に、気迫の灯るその口調。
だが、何処か……何処か、此方への哀れみを感じさせるのは一体何故か。
ブレイドがそれを理解する暇も与えず、サンダースは続けざまに言い放つ。
ブレイド! お前は────。
だが、その言の葉の先は、突如として巻き起こった爆音に掻き消された。
ブレイドはこの隙を……自らの腕の自由を見逃さず、即座に左腕を撃ったのだ。
至近距離で爆発を食らえば、どんな化け物であろうともタダでは済まない。
再び眼を開いた頃には、既にサンダースの姿はなかった。残るは炎に照らされた、沸き上がる爆煙の類いのみである。
「自分の意思で動いているか……だと?」
気が付けば、問いへの答えは必然と……ブレイドの口から漏れていた。
「……僕らネクスロイドに、そんな選択の余地があるとでも思ってるのかよ」
それはまるで……奴がそれを聞いているとわかっているかのように。
「そうか……今の弾頭とその言葉が……御前さんの答えか」
黒煙の中。
一歩踏み出す音がすれば、その影は再び、ブレイドの前に現れる。
……いや、突き抜ける、という表現の方が正しいのかもしれない。
「残念だよ」
サンダースは冷酷に、そしてどこか寂しげに……漏れ出たような言葉を零した。
次いで煙から跳び出たそれは、そのままブレイドの腹へと強烈なボディ・ブローを叩き込む。
(クソッ──────)
身体はくの字を描いたまま、空中にて直線状に吹き飛ぶブレイド。
サンダースの持つ未知数の腕力は、少なくとも装甲の重量+αを滑空させる程度なら容易いらしかった。
擬似アドレナリンの分泌が途絶えたのか、次第に“痛み”という感覚が戻ってくる。
それはブローが決まった箇所から、ひたひたと滲んで拡がっていく。
《Partial nerve function 25% stop》
《神経機能25%停止》
《Attitude control thruster injection》
《姿勢制御スラスタ噴射》
だが、拳の狙いはほんの僅かに、鳩尾からはズレていた。
痛みとショックでいっそのこと気絶したくなったが、己の身体はまだ動ける。
けたたましい電子音によって、ブレイドの意識は無理矢理叩き起こされた。
自らが覚醒するや否や、作動済みの自動操作と手動操作を駆使し、次第に態勢を整え始める。
────神経機能を一部停め、“痛み”に由来した行動阻害を最小限に。
────装備各部のスラスターを吹かし、推力の減衰と受け身の準備を。
ただしひとえに“受け身”と雖も、常人の行うような格闘技的なものではない。
着地時にも用いた、脚部の衝撃吸収装置による……あくまで擬似的なものである。
やがて浮き上がった身体は高度を落とし、ブレイドは足から地面に着陸。
勿論足には車輪などない為、足底は摩擦で真っ赤に染まる。
7、8m程の焦げた軌跡を路上に焼き付け、あわや摩擦で発火する寸前……ブレイドの身体はようやく停止した。
ブレイドは目線を脚元に向けると、足底は静かな燃焼音を立て、悲鳴の代わりに細く白い煙を上げている。
足裏が溶岩に密着したかのような、永続的且つ強烈な痛み。
たった25%の神経機能制限など、もう何ら意味を成していない。
ブレイドは咄嗟にそれを50%まで引き上げるものの、それでもやはり治らなかった。
更に制限を掛ける事も考えた。が、これ以上鈍化させると、自らの損傷も感知できない……
……それどころか、全身麻酔状態で戦うようなものである事にも、同時に気が付いた。
とりあえず痛みは“我慢”という最も原始的な手法で抑えるしかない。
懸案事項の腹部はというと、再度喰らえばもれなく風穴が開きそうではあるが、それこそ喰らわなければどうという事はない。
つまり、まだ戦えるということだ。
そこかしこに燻っていた火種達は、先程の擲弾によって一層、その烈しさを増していた。
煙と焔は混ざり合い、障壁の如くその場に留まり始めてきている。影響として、先程から視界は限りなく最悪に近い状態となっていた。
また、頼みの綱である“音”でさえも、轟々と燃え盛る諸々の断末魔に掻き乱されている……もう先程のように、足音で攻撃を察知するのは不可能に近い。
万に一つ感知できたとしても、回避はおろか咄嗟の防御行動も間に合わないだろう。
取り巻かれた現状を確認すればする程、焦りが思考回路を占めていく。
ブレイドは“見えない襲撃”への焦燥に駆られ、一か八か蟷螂の斧か、一転攻勢に移ろうと結論を出した。
しかして彼の得物はというと、両腕に内蔵されたロケット・ランチャーのみ。
試験運用であるからというより、降下用装備の為に他の武器は悉くオミットされている。
肝心の残弾はというと、左腕に通常弾一発、右腕にも“特殊弾頭”が一発とそれなりには残っていた。 が、“怪物サンダース”は初手……虎の子、“特殊弾頭”の直撃を受けてもなお、ご覧の通りにブレイドを圧倒する程に、力を持て余している。
最早、通常弾頭など殆ど気休めに近かった。
だが。それでも、だ。
ブレイドは尚も、彼に挑まなければならない。
“自分”という“モノ”を否定しない為に。
自らが信じた正義を……そしてそれに殉じたこれまでの道が、“正しかった”と思い続ける為に。
膝に力入れ、腕を前に構え。
だが然し、ブレイドはまるで生霊か何かのように、沸々と湧き上がった何かを、ただぶつくさと唱えている。
殺さねば。滅せねば。
破壊せねば。抹消せねば。
『……ブレイド』
他意のその全てを否定した上で、すました顔で淡々と殺し続けなければ。
『…………ブレイド』
最早それは信念でも何でも無く、ただ呪縛であったとしても、ブレイドは構いやしなかった。
『………………ブレイド』
自暴自棄と嗤うがいい。何が“初期型”だと蔑むがいい。
自分には、これしかないのだ。
こうするより、他に……生き方を知らないのだから。
────────ブレイドッ!!
『さっきから聞こえているのだろう!? さっさと応答せんか!』
ブレイドの意識は耳につんざく怒号を受けた事で、ようやっと現実に帰還した。
これでは先の二の舞である。
ブレイドは極めて落ち着いた、そしてどこか間の抜けた口調で、その声の主に応じた。
「嗚呼、隊長……ですか。どうも」
『どうも、じゃあない! 通信障害を引き起こした挙句、今度は通信拒否か!」
次いでひび割れたバイザーに浮かんだのは、焦燥と怒気に駆られた隊長のホログラム。
それとは全くの真逆という程に、ブレイドは平常を保っている。
様子をモニターして苛立ったのか、カーティスの怒声はますます強まる一方であった。
『聞ィとるのかブレイド! ったく……暫くそこで待機してろ!もう間も無くアロー機のクロノスが────』
「隊長、一つ」
『あぁ?』
増援?待機命令?そんな情報は今、要らない。
ブレイドは向こうの言葉を遮ると、ただ一つだけ……返した。
「その通信障害って奴は……いつ発生しましたか?」
ブレイドの異様な沈着振りに、強面のカーティスも流石に堪えたようだ。
彼のホログラムの動きと共に、怒号も勢いもピタリと止まる。
両者、一時の沈黙。
ブレイドが感知する響きは、未だこの大地を焦がす、周囲の灼熱の音のみとなった。
体感にして三分、実際にして一分程の閉口の後、カーティスは徐に口を開く。
『……お前がアレを撃った後、だ。だがそんな事が何の────』
────作戦会議は済んだらしいな。さぁて、そろそろ”ケリ”を付けようぜ?
マザーファッカー、煙幕の向こうから響く奴の声を聞いて、ブレイドはそう小さく呟いたが、致し方ない事態であった。
……というよりも、ここまで此方が発見されなかったという幸運に感謝すべきか。
まだまだ騒ぐ通信機を切り、ブレイドは再び、戦闘態勢へと移行する。
ブレイドは自らの右腕を構えると、火焔に掻き消されないよう大声で焚き付けた。
「えらく見つけるのが遅かったな!紛い物のネクスロイドというのはこうも性能が低いのか!?」
「ハッ、その減らず口を聞けるのも最期となると、こちらも少々名残惜しいってもんだ!」
……と、咄嗟に挑発に打って出たものの、その言葉は半ばハッタリだった。
旧式といえどこんな規格外の人造人間は、任務では初めてお目にかかった程のモンスターだ。
だが、こちらも負けるわけにはいかない。
ブレイドも考えられる全ての要素を使い、自らの思考回路に思い描いた“勝利“への準備を……着々と進めていく。
(Ready to start back thruster)
《Roger》
《了承》
幾ら周囲が騒音塗れといえど、ここまで大声を張れば嫌でも判る。それぞれの発した声を頼りに、見えずとも互いの方向が視えた。
恐らくサンダースもこういった算段で挑発したのだろう。
「それでは……行かせてもらう!!」
地響きを起こす程に力強く……大地を蹴って、ヤツが来る。
ブレイドはそれを肌で、耳で感じながらも、来るべきタイミングを見計らう。
……たった一筋残されていた、己が勝利する方程式に賭けて。
──────トン…………
(ここで跳ぶ……?)
──────ドンッッ!
(後ろかっ)
正面と思しき方角から、大跳躍一つかまして後方へ。
ブレイドはすぐさま背後に向けて銃口をスライドし、“サンダースが跳んだであろう方角”へ、トリガーを引く。
最小限の動作音で跳んだつもりであろうが、やはり“初期型”の能力は伊達ではなかった。
煙幕の壁から顔を出したが最後、サンダースは弾頭と御対面。
勿論、これを避ける暇などある筈がない。
次いで巻き起こる爆発と閃光。
擲弾の炸薬が弾ける寸前、ブレイドは確かに、特殊弾頭がサンダースに命中する様を見届けた。
着弾した箇所は奴の下腹部辺り。残念ながら、ここが奴の急所とは思えない。
だが正直なところ、弾頭の効果範囲内と思しき地点……即ち、サンダースが居るであろう場所の近くであれば、それで良い。
「……ッ、やはり来たか」
そうこうしているうちに、ブレイドの元へも“波”が来た。
装甲一枚隔ててはいるが、ビリビリとした特異な感触が、身体中の隅々までに疾っていく。
その悪寒の塊とも言える体感の直後、ADCAに外設された各種計器が一斉に暴走。ブレイドからの制御は勿論の事、強制終了命令すら受諾をしない有様である。
これを見てブレイドは一抹の恐怖さえ感じたものの、この瞬間に勝利を確信したのもまた、事実であった。
そんなブレイドに呼応するが如く、先程の射爆より出でた爆煙が、早くも晴れ始めていた。
爆心地とも言うべき場所には、奴の影が動きもせずに佇んでいる。
影に月明かりが差し込むや否や、その全貌が文字通りに明るみになった。
まず、着弾したと思しき下腹部。
初弾の損傷と併せて内部機構が完全に剥き出しになるも、どうやら致命傷とまでは至っていない。
それはいい。
ブレイドが最も注視している物……
それは、サンダース自体の立ち振る舞いだった。
「ク……、またコレ……カ……!」
先程の勇猛さは何処へやら、見えない何かに悶えるサンダース。
その巨体は小刻みに震え、身体の自由は愚か呂律すらハッキリ回ってはいない。
その様子はまさしく、「ECM」による動作不良。
「Electronic Counter Measures」。即ち電波妨害兵器を包含した、新型弾頭……それが「特殊弾頭」の正体だった。
その名の通り、電子機器の動作を阻害するECMは、文字通りに機械仕掛けである人造人間に対し、致命的な干渉を与える。
通信電波障害や、先程の外設機器の暴走は、まさにその効力の現れ……という訳である。
但し、ブレイドのADCA各計器も、既に復旧しつつある。
よって効力は肉体的なダメージと違い、ほんの一時的なもの。
今このタイミングを逃したならば、もうブレイドに攻撃の起点は永久にやってこない。
《Warning : The remaining amount of propellant is less than 10%.》
《警告:スラスタ燃料が残り10%を切りました》
《Warning : An unexpected load was detected on the back thruster. Stop using it immediately. 》
《警告:背部スラスタで予期しない負荷が検出されました。 すぐに使用を中止してください》
湧き上がった無数のアラートを跳ね除け、背部スラスターを緊急始動。
アタック・チャンスは今しかない。
身を浮かす程の大出力を、スラスターは残る全ての力を使い、捻り出した。
そのままブレイドはサンダース目掛け、一直線に加速する。
風を斬り裂き、煙を破り。
遂にブレイドはサンダースの目前にまで達した。
そしてブレイドは前方にへ、自らの右腕を差し出し──────。
──────その砲身ごと、奴の損傷した下腹部へと捻じ込んだ。
痛みで。衝動で。
形にもならぬ声を撒き散らす二機。
だが、ブレイドの加速は終わらない。
男とブレイドは地表を滑り、その軌跡は摩擦で黒く焦げていく。
身体が地面に触れる度、互いの身体はボロボロと零れ落ちては四散する。
ゴフッ────背部から響いた最後の咆哮と共に、ブレイドはサンダースを、コンクリート壁に叩きつけた。
「さぁ!防ぎきれまい!」
「まさかブレイド、自爆する気か!?」
ECMの効力が切れた。だが、もう遅い。
サンダースは身体をバタつかせ、決死の抵抗を試みたものの、ブレイドはこの好機を逃さない。
奴の身体にめり込ませた右腕をグイと押し、ブレイドは再びの雄叫びを上げた。
「これでえええええええええッッ!」
────二機の姿は光に飲まれ。
次いで声はその爆発音に掻き消される。
一瞬の閃光が奔った後、辺りは再び爆煙に包まれていった。
「Launch from emergency code, subject is chest thruster...…Ready」
爆音奏でる火炎の核に、相容れぬ機械音声が唯一つ。
音が響いたと思えばすぐに、赤黒い煙からは一筋の蒼炎が顔を現す。
────《Chest thruster ignition.》
《胸部スラスタ噴射》
時々赤く吐血しながらも、懸命に息を吐く胸部スラスター。
決して大きくはないこの噴射装置が、ブレイドの“命”を繋いだのだ。
度重なる損傷が災いしたのか、機能しているのは辛うじて右側のみ。
しかし、装甲の剥離で身軽になったブレイドを運ぶ分には、片側のスラスター推力でも十分であった。
「殺った……のか……!?」
ブレイドの感じていた焦燥感は、意識せずとも口に出ていた。
無論、渾身の一撃であった事に間違いはない。されどブレイド自身、爆煙に遮られた故に、奴の機能停止を見届ける事が出来なかったのだ。
そんな事を思案しているうちに、スラスター基部は断末魔と共に息絶えた。
ボンッと重い破裂音を響かせた後、推力は徐々に落ち始め、ブレイドは後向きに地表へと放られた。
接地と同時にバイザーが、脚が。
身体にこびり付いた数多の兵装が剥がれ落ちていく。
ブレイドが自身の右腕の消失に気がついたのもこの時だった。
【メカニック名鑑:ネクスロイド⑴】
「Next.Stage.Android」の略称、及び通称。
2000年代初頭より、既に何度も試行錯誤が繰り返されてきた“人造人間”であるが、ネクスロイドに至ってはそれとは一線を画す性能を持っている為、世間一般では“人造人間”ではなく“ネクスロイド”としての呼び名がと定着しているようだ。
開発担当者が既に逝去しており、その製造工程も担当者のみ知る所が大きかったが為に追加生産が効かず、生前に量産された初期生産分である“132機”のみが現存、または稼働している。
故にそのデチューン・モデルたる後期量産型…通称“量産型”が存在しており、それと区別する為に初期生産型を“初期型”と区分する場合が多い。が、初期型・量産型の両者を含めて“ネクスロイド”である事は御留意戴きたい。
然し、高性能の故の代償か。
初期型、並びに量産型は満五年の耐用年数が設けられており、期限に達すると思考回路が突発的に焼き切れてしまう特性も併せ持っている。
これが果たして技術的欠陥による動作であるのか、それとも今は亡き開発者によって仕組まれた動作であるのか。真相は今もなお闇の中である。