【第17話】盈月の夜に
────盈月。
旧世紀の言葉にして、その意味は“満月”を指す。
────遠くでまた。それも遠からぬ日に見覚えのある、あの“爆煙”。
満月の灯りに照らされた先の……一体の人影は。
如何にも胸を撫で下ろしたといった感じで、一息吐いた後に口を開いた。
……頭上に輝く満月? コンティネントから見る月など、地球のように満ち欠けなぞ無いのだから、特段珍しくも何でもなかろう。
「おーやだやだ。益々ブレイド側の仕事、割り振られなくて良かったってもんさな……」
“クロノス”のCGモニター越しでは無いにしろ、またもや今度も大層な爆発だな……
……そう小声にて付け加えた、一機のネクスロイドは。空いた左手で何と無く、自らの頭を掻いていた。
やはり整えられていない、謂わばぼさぼさの人工頭髪ではあるが。
これはこれで、“本物感”という奴が出るというもの。
ここはセイクリッド・シティ郊外。複雑に入り組んだ、暗き路地の一角にて。
アサルト・ライフル“MFM4”を片手に、アンブッシュの構えに入る影……ブレイドの同僚且つ同小隊員のアローその人である。
ちなみにこのMFM4、本来のEraser標準兵装であるアサルトライフル“SF-17”を押し退け、アロー当人が勝手に持ち出してきた”私物”であった。
『アローお前……また“アホヘビ”を持ってきたのか?“SF”に比べてジャムるからやめておけと何度……』
そう渋声にて、脳内無線より嘆息を漏らすのは。
今日も指揮官として絶賛後方勤務中である、A-02小隊々長……基、特殊合同小隊々長、カーティス。
因みに“アホヘビ”というのはMFM4対しての蔑称であり、由来はSF-17と同じくして開発を担当した“ガボンアダーテック”の社名を捩ったというもの。
SF-17に比べて圧倒的な連射速度を持つ反面に、それ故非常に弾詰まりを起こし易い……安定性に欠ける“ヘビ社製のアホな方”、略して“アホヘビ”といった訳である。
「と、い、う、よ、り。これ待ち伏せ戦法なんすよねぇ?先方の奴らは手筈通り、上手い事追い詰めてるんすかねぇ……」
なんとも不貞腐れた表情にて、回線上へとぶー垂れるアロー。
“非番に呼び出し”という側面も、勿論に関係してはいるが。その不満の源流は……どうやら、それとは別にあるようだ。
「だぁーって!二小隊は小隊長以外、みんなポンコツの量産型なんですぜ?しかも小隊長があの“オーエン”と来た……アイツ。この前だって局長がオレにくれた酒、知ってて飲み散らかしたばっかなんすよ?ホント、ヤツの記録回路はしっかり機能してんだか……」
『同僚を立て続けに二人も失くしたんだ、それくらいは我慢してやれ』
隊長の返しを聞いてもなお、変わらず喚き続ける部下の話は一旦隅に置くとして。
……ブレイドを除いた02小隊が、後詰めとしてのアンブッシュ役と指揮系統を。
小隊長以外が“量産型”で構成される、A-03小隊に代わって執り行うというのが、作戦内の割り振りであった。
対して、件の……小隊内唯一の初期型且つ小隊長“オーエン”に率いられた、A-03各員は。
先鋒として目標にアプローチをかけ、敵の逃げ道を文字通りに“一本化”。形としては、路地の構造を駆使して敵を誘導……そこに待ち伏せたアローが着実にトドメを刺す、といったモノである。
が。作戦実施対象はたったの一体のみ。三機で一小隊を構成するEraser一個小隊が相手では、追い込む必要も無く即座に任務完了すらあり得るというものであった。
つまるところ、アローはあくまで“保険”のような立ち位置に過ぎない。
本人にしてみれば出番があるなぞ到底考えてはいないので、弾詰まりし易い小銃だろうがなんだろうが。平気な顔をして持ち込める訳であった。
……さて。
アローはちらと、腕に巻いた銀の腕時計を視界に入れる。
時刻はサイレンの鳴る一時間前……午前二時より十分前ほどを、針は指し示していた。
黙って待つにも絶妙に長い、“十分”という待機時間。
今までのアローは何かと愛銃を弄っては調子を確認していたからいいものの、チェックは既に万端も万端。これ以上点検した所で結果は変わらず、またそれ以前の問題として、この行為自体にそもそものアローが飽き始めていた。
何か時間を潰せるコトはないだろう?
そんなアローの回路内の呟きを読んでいるか否か、回線上のホログラム・カーティスは徐ろに口を開き……
『なぁ、アロー。ブレイドは果たして……俺達の後を継げるんだろうか?』
……そんな、実に他愛の無い事を。またぞろ話し出した。
何かあると決まってこの話、アローの記録している限りでは今月四回目の会話である。
「二言目にはそれですなあ、隊長……でも、いい加減信じていいんじゃないんすか?なにせ、聖夜革命の功績で、“銀熊の門番”……なんて崇め奉られた、アンタも見込んだ程の逸材ですぜ?」
『言うな、もう昔の話だ』
「当時は補給任務なんてうっすい仕事に就いてたオレに言わせてみりゃあ、隊長はいつまでも英雄でっせ……」
アローの言う、“銀熊の門番”。
それこそが、第一線にて活躍するアサルト・フレーム乗りであった頃に着けられた、カーティスの二つ名。
今でこそ最前線から退いて、指揮官業などに徹してはいるものの……レムリア建国に関わった重大事件“聖夜革命”では。第一特別守備隊“ベア小隊”の頭として味方を率い、自らも宇宙用AF「セレーネ」を駆り。連邦軍の圧倒的物量を跳ね除け、見事この“レムリア・コンティネント”を守り抜いた英雄に他ならない。
……が、それもカーティス自身が言う通り、既に昔の話。
過去の栄光に何時までも縋りたくはない、そういった意味合いでもカーティスは否定したが。話の本質はそれではない。
────自らの耐用年数による稼働限界。
これこそが。如何に銀熊の門番と讃えられた英雄であっても、避ける事のできない……謂わば“定まった運命”であった。
尚、これに至ってはアローも。というよりかは、“現在稼働している殆どの初期型”が抱える共通事項と言った方が正しいか。
今年。2208年12月25日を以て、記念すべき聖夜革命成功より“五年”という歳月が経過する。
……それは即ち、聖夜革命にて起動した全ての初期型ネクスロイドが。同じく“五年”という自らの命を使い切るのと同意義であった。
勿論、耐用年数を延長する……などといった都合の良い手段は存在しない。
それを知るやもしれぬ唯一のヒト、ネクスロイドの担当開発者なぞ。初期型の正確な製造方法すら遺さずに、この世を去ってしまったのだから。
しかしながら、会話する二人はどちらとも。
決して自らの機能停止を思い悩んでいるには非ず。
彼らはあくまで……その“後任”について、日々頭を悩ませているに他ならない。
……候補となっているブレイドは、ご存知の通りに“初期型”にも関わらず、聖夜革命後に起動された非常に稀有な個体。
内部データや本人の話すところを見るに、起動時期は大方、カーティス達が起動した約半年後の2204年6月頃であった。
その理由の内実としては、カーティスらと同じく聖夜革命への投入予定機であったものの、何らかの異常があったが為に起動中止の措置が採られたのがズレの発端とされる。
そして革命後に量産型で培われた技術を基に小改修され、出力不安定等に見舞われながらも起動自体には成功……レムリア国家警察にて半年間の試験運用が行われた後にEraserへ編入、今に至るといった訳である。
『そも、継がせたところでアイツも“半年”の命だ。無理に任務に縛り付けるよりも、ブレイドの好きに生きさせる方がよっぽど有意義じゃないか……そう回路の中で考えが廻ってるもんだから敵わんくてな……』
「…………ブレイドの好きに生きさせる、ねぇ」
────結局のところ、ブレイド自身が根っからのテロリスト・キラーだから問題ないのでは?
そう続けようとしたアローであったが、その問いが喉より発せられる前に。
自らの回路のうちにて鳴き出した、けたたましいアラーム音によって砕かれてしまった。
ハッとして再びに腕時計を見ると……時刻はちょうど、約束の午前二時である。
全てが予定通りであるならば。もうじきカーティスとアローを宛先とした、オーエンからの暗号文が送られて来る頃合いであった。
「さぁて、与太話はそろそろ終いにするとして……仕事と行きますかい?隊長」
『…………そうだな』
はて。
返ってきたカーティスの応答だが、当のアローが予想していたよりも存外にテンションが低い。
いつもの事なら「普段迷惑掛け倒してんだから少しは働いて来い」だの「ブレイドに示しが付くように」だのと彼なりの発破を掛けるというものだが。
一体全体どうしたってんです──。そんなアローから出掛けた問いを、半ば遮るように。
カーティスは言葉も無く……とある図面を一枚のみ転送し、その返事とした。
……思考回路内にて展開すると。
添付されていたマップ・データ上の……A-03小隊員の位置座標指し示す、三つの赤色光点は。
残らず×印で上書きされた後。最早、ぴくりとも動いてはいなかった。
『アロー、こいつはどうやら……いや。とんでもない一波乱が、そっちに押し寄せるやもしれんぞ』
【メカニック名鑑:MFM4】
ガボンアダーテック社謹製のアサルト・ライフル。
特殊部隊用……とりわけEraserに対する専用装備として開発されたうちの一つであり、高い連射速度を誇るのが特徴である。
然しながら、その余りにも早過ぎる連射速度が仇となり、“給弾不良”という問題が浮き彫りに。
その信頼性の低さを後述のSF-17と比較され、Eraser隊員内では「アホヘビ」の蔑称で呼ばれる事が殆どであった。
そういった経緯で、より安定した性能を持つアサルト・ライフル「SF-17」へと、正式装備の座を譲り渡す事となっている。
余談ではあるが、開発・製造元である「ガボンアダーテック社」はレムリア国内である“ゴンドワナコンティネント”に本社を置く軍需企業。
“ガボンアダー”の意味を差すところが蛇であった為、それをもじってのMFM4の俗称“アホヘビ”である。




