【第14話】That Man -前編-
『A-203より司令者へ。目標1、2、3を排除。これより目標4の排除を開始する』
人工太陽はとうに沈み。小雨そぼ降る聖都の夜。
雨雲の隙間より漏れ出ていく、仄かな月明かりの射し込む先……ビル街に設けられた、僅かな建物間の脇道で。
────くっ、口を割れるモノなら割ってみろ!俺達はお前らみたいな……政権の犬になどには断じて屈しない……!
────利用価値のない者には用はない、それだけだ。
会話が聞こえた数秒後。まるで林檎が握り潰された時のような、妙な圧壊の音が響き渡り。
それまで低く響いていた、約一名の男性の呻き声が。まるで糸が切れたかの如く、ぷつんと途絶える。
“その男”が角を曲がり、約束された場所に辿り着いたのは……まさにその時であった。
首が折れ曲がった者。腹部を抉られた者。
そして、つい先程に……規格外の握力にて、頭部を圧壊された者。
取引に現れた“その男”は、視界に広がるの惨状を前に。
返り血を浴びようと尚も平然と、整然と出で立つ“若年顔の人造人間”を前に。
鞄を……“ブツ”を持ったまま。その場にて思わず立ち竦んでしまった。
……元々、こうなる事など予見済みであった筈だ。
この聖都……いや、コンティネント・レムリアにて行動を起こす際は、常に奴らに遭遇する可能性と隣り合わせである事など。
それを最初から承知の上で、今バッグに詰められた特注の爆薬を、眼前の“彼ら”に引き渡しに来たのだ。
尤も、その肝心な“彼ら“はというと。
指定の場所に居はしたが……見ての通り、どうやら御存命ではないようではあるが。
既に一面には彼らの血が、雨水に溶けては塗りたくられていた。
……そうして遂に、対面にて出で立つネクスロイドの蒼眼が。
転がる死体達から男へと、確かに照準を合わせた。
「Eraserの者だが……」
手帳を取り出し、語り掛け。
正しくルーチン通りの行動を、言動を見せるネクスロイド。
感情なぞ感じさせない表情で……いや、敵意など感じさせない無の面持ちで。男をじっと見据えている。
────騙されるな、これが奴らのやり方なのだ。
今の視界に映っているのは、あくまで偽りの中立である。
用が済みさえしたならば、あとは淡々と殺すだけ。
先程の故人とのやり取りを聞くまでも無く、男は奴ら……Eraserの手法の全てを。頭の中に叩き込んでいた。
男はその語り掛けを無視するとともに、咄嗟にコートの内ポケットより拳銃を抜き。向こうの蒼眼目掛けて撃つ、撃つ、撃つ。セーフティなど予めに外してあった事からも、彼の殺意の高さが窺えるといったところであろうか。
……そもそも対する返答自体が、放たれたこの三発の銃弾であったのだ。
仮にもし、その問いに男が答えたところで。何があろうとEraserは、目標を生かしはしないのだから。
それこそが……Eraser。“抹殺者”たる所以そのものであろう。
さて。元来拳銃とは無縁である、“土木材料の販売業”などに勤しむその男でも。
やはり自らの命の危機となれば、否が応でもトリガーを引くしかない。
取引相手から贈られた、護身用程度の拳銃ではあるが……指示通り、そして違える事なく。見事、三発全てを撃ち込んでのけたのだった。
だが、その行動の代償として。
漏れ出た硝煙に咳き込むと共に、慣れぬ銃声に鼓膜を痛め。また同時に、銃を放った右腕へと。今までの平穏な人生では感じた事がないであろう、“反動”の奔流が押し寄せる。
然し悲しいかな。再度前を見据え、あのネクスロイドの顔を見ても。
本来であれば穿たれている筈の…… 人間らしい弾痕など、一つもついてはいなかった。
……かろうじて認められたのは。
銃弾によって人工表皮が抉られた一直線の跡と、そこから覗きし白亜の装甲。
たった、たったそれだけであった。
────早く、次の行動に移さねば。
……移さねば、死が此方へと直ぐ、追い付いてくる。
男はそう思い立ち、今度は右腰より“別の銃”を抜くが。
やはり……時代錯誤ではあるものの、西部劇のような“早撃ち対決”などといった反応勝負には。勿論の事、生身の人間ではなく人造人間へと軍配があがった。
消音器特有の、くぐもった幾つかの銃声……そのすぐ後に。男の利き腕である右肩へと、寸分違わず銃弾が叩き込まれた。
……男が引き金を引いたのは、それよりもほんの僅か経っての事である。
「………ッ!」
右肩を穿たれるよりも、気持ち脊髄反射の方が早かったか。男もコンマ一秒程に遅ればせながら、ネクスロイドへと撃ち返す事に成功した。
撃たれた衝撃で銃口はブレたが、それが幸いしたか着弾先は頭部。弾のうちに仕込まれた“ECM”が、一番効力を発揮する部位であった。
弾丸に入る量などたかが知れているが、多少なりとも効果はあるはずだ。現に目の前の人造人間は、それに被弾してから今までの間、一向に動く素振りを見せてはいない。
……逃げるならば今しかない。
被弾箇所である右腕を、左手で必死に庇いながらも……男は小脇にブツを抱え。
這々の体といったところで、光射す後方……“大通り”の方へと。縋るように逃げ出すのであった。
『A-203より司令者へ。目標4をロスト。これより追跡行動に入る……』




