【第13話】雨音は語る
夜の帳が空を覆う前、束の間の夕刻。
絞り出された似非の陽光が、日々の劣化にて穿たれし、その節々より射し込む廃工場の腹の内にて。
橙の灯りにて照らされるは、ただ呆然と佇む一体のみ。
言葉を発する訳でもなく、そこからは動力炉の脈動と、流るる液体燃料のせせらぎの音が。微かではあるが、漏れ出ているのみである。
注意深く細部を見ると、僅かながらに“人間だった頃の名残”たる「生身」と、それを強引にも継ぎ接ぐ無数の機械群が……乱雑といった感じで顔を出していた。
然し。
如何に巧妙にも身体を繋ぎ止めようと、やはりその“魂”までは。完全に繕う事など到底出来ない様である。試しに表情を伺ってみるも、その顔には全くもって生気などは宿っていなかった。
それもそのはず。
若干に幼さの残る顔付きであることから、察するに“素体”はまだ十六、七の青年のようではあるが。顔面などその大半が、装甲兼各種センサーにて侵食されている始末。
体においてもその成長など、半ば鋼鉄と化した肉体には叶う筈も無く、図らずとも長めのスポーツカット然となった頭髪も、年齢不相応な白銀一色へと変わり果てている。
人間の柔軟な思考能力と、最先端の機械技術との融合……
……その最もたる改造人間といえど。現実、所詮はこんなものであった。
さて。
件のネクスロイド開発に伴い、義体化技術に関しても大幅な躍進を遂げた、この二二◯◯年代に於いて。
如何にも仰々しく、且つ恐ろしき外見であるそのサイボーグの出で立ちは……些か時代錯誤といった印象を抱かせる。
というのも、今の御時世に至っては。
戦闘用であれ一般用であれ、常人とは一見何ら変わりなき“スマートなモデル”が主流、というよりその全てである。
それこそ、動力パイプが随所に目立ち、所々に人間と機械が同居する様な醜悪な機体など。13基ものコンティネントを抱える“宇宙連邦国家レムリア”といえども、何処を探しても製造していないであろう。
……あくまで、“宇宙連邦国家レムリア”に限った話ではあるが。
《Incoming Call…… Incoming Call……》
《着信……着信……》
すんでのところで彼の“脳内”にも、直接通信が響き渡った。“初期型”・“量産型”にて用いられている、謂わば「汎用的な着信音」と共に。
その実、システム的にはレムリア製人造人間達と何ら変わりは無いのだが、出力する音声の所々にてノイズが混じる、送信者名をはじめとした、各種表記が文字化けをする……等の、“お粗末さ”が透けて見える。
やはり、“一から十まで作られた物”と、“欠けてしまった者を、あくまで後付けにて十とした物”とを比べるには。少しばかり酷といったところであろうか。
「…………」
着信に出るも、彼はやはり。
電話の向こうに対して、何一つとして言葉は発しない。
しかしながらに、“発せない”という訳ではない。必要以上には決して行動をしないよう、プログラムを施されているだけである。
『……兄さん、私の声聞こえてるよね……?少しだけ、少しだけでいいから聞いてよ……』
電話を掛けた張本人、か細く青い声の主は。
通話先である“彼”のあまりの沈黙ぶりに、やはり確認を置いてから話す。
しかし、やはりそれでも彼が返事をする訳もない事から、その実質は独り言に近いのであるが。
『今日ね……私、“ブレイド”に逢ったのよ?ようやく、五年振りに…………』
◆◆◆
『…………』
無言。当然の答え。
“彼”から見て電話先の彼女……ステラも。この返答を分かっていた。
“ブレイドに逢う”。
この一つ事の為だけに、今までどれだけの苦難を乗り越えてきたのか。
このたった一つ事を、今までどれほど。ステラ自身が待ち望んでいたのか。
行く先々にて彼女を護り、身を呈し。
挙句、自らの半身を機械に喰わせまでした兄……アルフレッドであれば。
ステラの……いや、妹である“スカーレット”の心境が、わからないはずはない。
「やっと……やっと! ブレイドと話が出来たんだよ!? どれだけ……私がこの日を待ち望んでたかは知ってるでしょう!?」
然し。それでも、無情にも……アルフレッドはあくまで“機械”として、その姿勢を貫いて見せた。
それはさも当然のように。彼は彼に植え付いたルーチンにのみ則り、自らの行動を選択し、行使するだけ。
『……仕事が入った』
電話先より返ってきたのは、たったそれだけ。
きっとステラの話になぞ、触れる選択肢は一つも提示すらされなかったのだろう。
何故なら悲しいことに、既に兄は兄ではない……それを認めざるを得ない所まで、彼は成り果ててしまっていたのだから。
……先程逢ったブレイドが、やはりブレイドではなくなっていたのと同じように。
「…………分かってよ、兄さん……」
彼女の手に持つ通信機からはそれ以上、ついぞ兄の言葉が聞こえることなどなく。
その場にただただ流るるは。彼女が今し方駆け込んだ、狭き暗き路地裏の先の先……大通りより微かに伝播する、人々の喧騒や雑踏の音色のみとなった。
────嗚呼、私の事を“スカーレット”と認識してくれる者は。もう誰一人としていないのだ。
温かき陽光は遮られ、すっかり黒ずんだ天をも仰ぎ。無垢なる少女は言葉無くも呟いた。
その後脚元は程なくして、幾多の雫によって濡らされるのであった。