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【第11話】循環思考

 二つのローカットシューズの靴音が、コンクリートの地面からリズミカルに奏でられる。

 ブレイドはステラに引っ張られるよう、ひたすらに大通りを駆けていた。


 もう彼女の目に涙は無く。

 快活なのであろう彼女の本質が、徐々に垣間見えてきたところである。



 ────折角だし、目的地までエスコートしてくれないかな?


 そんな一言で決定付けられた、ブレイド今日一日のタイムスケジュール。正確には既に午後二時を過ぎていた為、実際には半日もありはしないのだが。

 ……まぁ断る理由がないのは事実であったし、また()()()()()()に絡まれないとは限らない。昨今、増加の一途を辿る事件数に業を煮やしたのか、普段より多くの軍警察官が、今もそこかしこを徘徊しているからだ。


 ただただステラに惹かれるまま、共に風を切って走るブレイド。

 その目線は自然と彼女の背中へと、吸い付くように運ばれていく。


 背面からはベージュ色のカーディガンしか窺う事は出来ないが、先程正面から視認した際には、その下に末広の白いトップスを着込んでいた筈。それを総合して考えてみても、全体的に明るみを帯びた印象を覚えさせる。

 ズボンはというと、どうやら“ベルトラップロングスカート”といった物らしい。ブレイド自身の思考回路では、そういった判定が出ていた。

 ……が、ブレイド自身、そもそもファッションに関するデータなど、過去にインプットした記録は一切無い。一体どこでそんな知識を覚えたか、皆目検討は付かなかった。



「つーいたっ!ブレイド、運転よろしくね?」



 一機と一人が行き着いた先は、レンタル電動自動車(エレカ)の路上駐車場。

 ブレイドに運転するよう指示した後、自身(ステラ)はドアを開けて助手席に滑り込む。

 ……(はた)から見れば、さも昔からの知り合い同士であるかのようにしか見えなかろう。まるで初対面の相手とは思えない、実に馴れ馴れしい物言いであった。


 然し、不思議と苛立ちは感じない。 

 むしろ、自然と彼女の言うがままに、身体が合わせて動いていくといった感覚だった。


 続いてブレイドもドアを開け、運転席にて腰を落ち着ける。

 ハンドルを握ると数秒もしないうちに、カーナビケーション・システムに使用者として、ブレイドの個人情報が表示された。……勿論、作られた偽のデータであるが。


 このレンタルエレカも代表的な、「One Touch System」を採用した物の一つ。

 電車等の公共交通機関の運賃支払い、ショッピングなどの決済時と同じく、ICチップ内蔵式の手袋……通称“マスターハンド”をハンドル表面の読み込み口へと接触させる事で、料金支払いやレンタル許可を下ろす仕組みとなっている。


 だかしかし。ステラはその手袋(マスターハンド)をしていない。

 ふと横目にも、彼女の両手を再度確認してみたものの……やはり何も付けてはいなかった。


 既にこのセイクリッド・シティは勿論の事、国内である全コンティネントに於いて、最早このシステムは無くてはならない物となっている。中には現金での支払いが出来ないという所まで出始めている事からも分かる通り、これ無しでは生活に支障を来すまである。持っていない……などという事は、この“宇宙連邦国家レムリア”に住む以上、あり得る話ではない。


 ……内蔵式なのだろうか?

 ブレイドを始めとする人造人間や、決して多数派ではないものの、人間に於いても採用されている方式。手袋ではなく自らの手の中……つまり、“体内に埋め込む”タイプが、所謂(いわゆる)「内蔵式」である。


 確かに、利便性に限れば手袋式よりも内蔵式の方が圧倒的に使い勝手が良く、物理的な故障が起きる事もそうそうない。しかし、殆どの人間は自らの体内にICチップを埋め込む……この一点に関して酷く嫌悪感を抱いており、例の“手袋”を採用している者が多いのが現状だ。が、昨今の若者達はそんな考えなど微塵も無いのか、その多くが利便性を求めて内蔵式を採用している傾向にある。彼女のその若き風貌から見るに、そいった考えを持つうちの一人なのだろうか。


 ……だが、結局“これ”を入れようが入れまいが、既に体内には“別のチップ”が入り込み。自らの記憶を改竄している事などいざ知らずに。


 ブレイドは健康管理やパスポート代わりに投入されている……()()()()()()()()()()の存在を思い起こすのだった。



 ────どうしたの?早く行こうよ。



 思わず考えに(ふけ)ってしまっていた。

 彼女の声でハッとしたのか、ブレイドは咄嗟に強くアクセルを蹴ってしまう。

 車体は勢いが良過ぎる程に急発進し、擬似太陽にて()()()()()()()()()()()()()を……()()()力強く走り出していった。




 ◆◆◆




 ────混雑極める首都高速を避け、下道を使ってゆっくりと走る。


 聖都中心からは少し逸れた為、外の風景は若干の変化が見受けられつつあった。

 人の群れが成すあの“濁流”は多少は和らぎ、子連れの親子なども沿道には歩いている。

 北西部とは方面が違うものの、北東部(ここ)も都心のベッドタウンと呼べる地域である。


 ステラは先程とは打って変わり、車の壁に(もた)れ掛かって静かに寝息を立てていた。

 ……忙しい女性(ひと)だ、全く。

 ブレイドは内心にて軽く溜め息を吐いたが、目的地を先に指定されていたのは幸いだった。



 《およそ200m先、交通規制を実施中です》



 カーナビの発する機械音の後、その宣告通りに道が混み始めた。先では道路の片一方が工事中であるようで、警察官が残された片側一車線にて必死に車両を捌いている。

 ブレイドも車体スピードを徐行に移し、どろどろと流れる渋滞に突っ込んでいく。


 警官の腕がよほど良いのか、渋滞にそれ程時間は要さずに済みそうだ。

 口に咥えたホイッスルと、二刀流に交通誘導灯を駆使したその警官は、実に手際良く車の群れを誘導している。


 やがてブレイドの二人乗りエレカも渋滞の先頭付近に差し掛かり、それを抜け出す寸前まで到達。

 横にはその原因たる、(くだん)の工事現場も見え始めた。


 作業を行うは、所謂(いわゆる)“量産型”のネクスロイド達。

 どうやらマンホール周辺にて作業している事から見て、下水関連の工事作業に従事しているようだ。


 現場には人間とみられる”親方”と、談笑する成人モデルのネクスロイド達が見受けられた。

 ……といっても、外見上はどちらが人であるか機械であるかなど、普通では判断が付かないだろう。ブレイドがこれに気付いたのは、あくまで己の判別機能を使用しただけであり、一見すると人間同士のさも日常的な会話にしか見えない。


 それ程に、量産型も基本スペックが高いのか?

 否、あれは()()()()()()オプションに過ぎない。


 本来量産型に区分される人造人間達は、先行開発機種であるブレイドや、アロー、カーティスを筆頭とした“初期型”のデチューン・モデル。というのも、初期型は開発に関与した唯一の技師が既に他界しており、その技術は早くもロスト・テクノロジーと化していた。

 132機の先行量産を以てして、追加生産が不可能となった初期型では補えない仕事を、何とか作り出せたデットコピー機種である“量産型”で賄っている……という訳である。


 勿論、骨格強度や各種出力、知能指数や自立思考力などは、コピー元である初期型と比べて遥かに劣っている。

 つまるところ、本来はここまで“人間らしくない”のである。


 では何故、こんな不条理が(まか)り通るのか?

 それはひとえに、サイレン……ではなくその大元、通称“サーバー”と呼ばれている、一切が詳細不明である()()()()のおかげである。


 その呼び名の通り、“サーバー”にはサイレンのような一斉記憶改竄に加え、特定の範囲内……このレムリア・コンティネントとそのごく近海にて稼働するネクスロイド全機に対して、一部機能の補正を、四六時中行なっているのだ。

 引き上げられても、決して量産型が初期型に勝る事は無いが、実に四割もの内部的性能向上が望めるという、夢のようなシステムである。


 だが裏を返せば、量産型はサーバー無しというデフォルトの状態において、自立思考能力(これ)が殆どない。


 これは“戦闘”という任務上においては特に致命的であり、常に自立能力の高い初期型による指揮、或いは司令者(コマンダー)からの命令(オーダー)を受けなければ、その力を十分に発揮できないのである。


 ……但し、彼らは元より機械の身。

 事、“決まり切った行動”に関しては、指揮があろうと無かろうと関係がない。


 敵弾道の予測、それからなる回避行動。

 正確且つ迅速な対象の補足、攻撃。


 これら所謂“ルーチンワーク”は全機に渡って高水準を維持しており、これにAFの高い機体反応速度・追従性が相まって、連邦軍の歩行戦車を始めとした、各種兵器を圧倒している訳である。


 分かり易くゲームに例えるとするならば、“超反応”と“鷹の目”という特殊能力(スキル)を持った、最高難易度のCPU……といったところだろうか。


 これを倒すには人間で言うと、それこそエース・パイロット並みの腕前と勘が不可欠。流石に()()には敵うべくもないが、軍の大半を占めるは名も無き雑兵である。

 玉石混合と言うにも及ばぬ、歩行戦車(ロートル)駆る人間軍に、疲労も恐怖も感じない、上位兵器(AF)を手にした次世代型人造人間(ハイテク)部隊……その力の差は歴然である。



 高い技量を持った凄腕パイロットが、専用機で無双し大勝利……

 ……そんな物は、あくまでアニメの中だけの話だ。



 戦争とは如何に安定した“量産品”を、如何に多く戦場に送り出せるか……戦術云々が関係しないとは言い難いが、結局はそんな単純な()()でしかないと、少なくともブレイドの思考回路は、そう結論付けていた。


 それ故に……それ故に。

 何故、()()()()()()()()()()()()()()



 確かに、聖夜革命の地球爆撃にて数は減れど。

 レムリア地上軍の総戦力数は確実に、連邦軍より規模が小さい。

 本国とも呼べるこのレムリア・コンティネントと地球は、月を挟んで75万kmもの長大な距離関係にあるが為に、逐一補給物資を送るのも容易な事ではないし、あまつさえ、昨今話題の連続失踪事件も発生しているような有様である。


 けれど……それでも、だ。

 ブレイドは人間の組織する旧式部隊など、ネクスロイドに掛かれば一捻りである……そう思ってやまないのだ。

 決して人間そのものを見下している訳ではなかったが、事それぞれ単一戦力として比較すれば。初期型や量産型に関わらず、ネクスロイドが人間に“力”で劣る点など。先の軍警とのやり合いからも分かる通り……何一つとして。存在しやしないのだから。



 ────しかし……不思議なものだ。



 自らの横にて眠りこけているステラという少女……基、“人間”をちらと見て。

 人造の人間(ブレイド)は静かに呟き、車を久方振りに前進させる。


 ……聞こえてきたのは、軽快なリズムのホイッスル。

 眼前にて踊る誘導灯の、その(きら)びやかな動きに従い。ようやっと、この渋滞の淀みから抜け出すのだった。

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