【第6話】機人の行進
──────チンッ!
筐体が大きく揺れると同時に。ホテルのフロント等に用いられる、あの呼び鈴の為す音にも似た……心地の良い金属音が響き渡る。
……これは果たして、本物の“発せられた音”なのだろうか。それともやはり録音?
エレベーターを使う際、毎回決まってこのような思考を巡らせてしまう。
そしてそんな事をしているうちに、空いたドアが閉まってしまうのだ。
ブレイドは再度ボタンを押してドアを開けると、ようやっとエレベーターから身を出した。
以前無理矢理にもドアをこじ開けてしまい、大いに叱られた事もあったか。
そんな懐かしき過去の経験を思い出しながらも、内側からオートロックの鍵を開け、遂に外の世界へ。
まるでブレイドの外出を歓迎するかのように、一陣の春風がその傍をそよいでいく。
……眼前に広がるは、広大な緑のカーペット。
流れる小川に、生茂る木々。その所々では、頻りに小鳥達の囀りが響き渡っている。
現在の季節はコンティネントの内部設定的に“春”と設定されており、木々の先は色取り取りの花によって彩られている。
一年間を過ごす中で、人々の心に活力と潤いを持たせる為……という口実の元、地球における日本列島の気候帯を真似しているのだ。然し、地球原産の“桜”だけはどうやっても再現できなかったようで、恐らく“本家の春”とは少し違ったものであるのが残念ではあるが。
前述の通り、勿論これらはコンティネントと同じく……“作られた自然”。
ここは聖都南西部にて計画的に設けられている、擬似的な自然公園のうちの一つである。
大きさはおよそ二万平方メートルと中々のものを誇っており、ここいらの居住区域には実験的要素として、一定間隔で同じように幾つかが設置されているのだ。
……ベンチにて絡む若い男女。原っぱを走り回る子供達。
老人達は散策を楽しみ、家族連れは花見に訪れ……
作り物、紛い物とはいざ知らず……いや、知っていても。
やはりそこは民にとって、憩いの場である事に変わりはない。
昨今何かと議論を起こす芸術評論家達は、なにかと“本物”でなければ気が済まないようで、度々この都市計画を批判する。が、彼等……庶民が求めているのは、決してオリジナルにしかない美しさだけではない。
例えこれが実物に対し、レプリカにも至らぬ贋作であったとしても……人々が楽しめているならば、それで良いではないか。
そういった意見を自身の中で巡らすも、何時もただ一点の疑惑が邪魔をする。
────あの人々の笑顔は。“本物”なのか?
思い起こされるサイレンの音。世界が静止するあの瞬間。
先日も目にした狂気の光景が……やはり脳裏に過ぎる。
────あの男女も。あの老人も。あの家族も。
────“あの笑顔”すらも、全て偽物……?
……熟考してはならない。こんな事では、思考回路が焼き切れてしまいそうだ。
ブレイドはまるで逃げるように。
自然公園から立ち去った。
◆◆◆
……どれくらいの距離を走っただろうか。
身体の表面は発汗による冷却を開始しており、インナーシャツがじわりと濡れる。
改めて脳内にインプット済みの、ここ周辺に関する地理データを照合。
無我夢中で足を動かし続けた結果、軽く5kmは走り抜いていたのだから驚きであった。
地理データを参照すると同時に、ちらと内蔵時計確認……未だ時刻は十一時にすらなっていない。
辺りは変わって閑静な住宅街。建屋は真新しい物ばかりではあるが、やはり人の出入りは確認できない。
それもその筈。ブレイドはすぐ目の前にて威容を示す、一対の巨塔をまじまじと見つめていた。
このコンティネント・レムリアにおける、正義の象徴……
レムリア国家警察とレムリア軍警察の総本山。通称“ツイン・ポリスビル”である。
ビル周辺にあるこれら空き家の正体は、全て本部勤務の警官用宿泊施設。
利用率は決して高くはないものの、半ば本部防衛の為の“お堀”の役目を果たしており、わざとらしく迷路のように作られたこの迷路のような区画が、襲撃者の進行速度を各段に鈍らせるといった寸法である。
今今思えばこの“お堀”という構造も、何百年前もの地球国家である日本から採用した物であり、このセイクリッド・シティが旧都“トウキョウ”に似ていると言われる、由縁の一つなのかも知れない。
……然しやはり、ゴーストタウンというものは些か気分が悪い。
今にも生温い風が吹いて来て、どこからともなくアンデットでも湧き出して来そうな……そんな“この世の物ではない違和感”を、ひしひしと感じさせてくる。
さて、そんな冗談はさておいて、ブレイドは至って順調に、ポリスビルへと近づいていく。何故なら予め道のりなど回路に叩き込まれている為に、迷子になる心配は微塵もない。
それもその筈、ブレイドはれっきとした元・国家警察官。Eraser……並びに軍の特殊戦闘中隊、通称“レッド・イーグル隊”にて訓練を受ける前は、一介の警官として犯罪捜査に明け暮れていた。
僅か一年間という短い間ではあったものの、誘拐や窃盗、特殊詐欺実行グループ宅へのガサ入れ。果てには立て篭り犯の説得等、多用且つ貴重な経験を得た場所だ。
ほぼ毎日に渡り、この路地を通って出勤して来たのだから、既に一帯の地図など回路に焼き付きついている。
────この路地の上にて放火犯を……現行犯逮捕したのはいつの日か。
今時木枝に火を付けて、投げ込む馬鹿が居たとはな……過去に起きた珍事件を振り返ってみると、自然と微かな笑みが溢れて来た。本部着任早々の手柄であった為に、当時の上司から大いに褒められたのもいい思い出だ。
そんなこんな昔話に花を咲かせているうちに、道はポリスビルの正門へと突き当たった。
複数の人影が門の前にて小銃を構え、微動だにせずにその職務を全うしている。
……反応は全て赤。これはここに居る全員が人造人間である事を指し示している。
勿論ブレイドのような“初期型”ではない量産型ではあるが、このコンティネントの中に限れば性能には目を瞑れる。事確かに人件費や諸々を考えれば、警備などの単調な仕事は彼等に任せ、柔軟性に優れる人間は実動任務に充てるのが道理だ。
しかしブレイドが勤務していた頃は、警察機関も黎明期。警備などはまだ生身の人間が執り行っていた。やはり時代の変化というものには、一抹の寂しさが付き纏うものだ……ブレイドは一人でにそう小さく口にする。
しかし正門には用はない。
ブレイドは既に、国家警察官ではないのだから。
悪を裁く事に変わりはないが……罪人に差し向けるのは手錠ではなく、確実な「死」。それが今のブレイドが勤務する職場。「Eraser」というものである。
数分もしないうちに、ブレイドは目的地に足を踏み入れる……ちょうどポリスビルの裏口に当たる、資材搬入用の大型エレベーターだ。
件の正門のように、見張りは配置されていない。というよりは、無数の監視カメラによって警備が為されている……というのが正しいか。
ブレイドはカメラの視線など気に留めず、坂を下ってエレベーターの奥へと進んでいく。
ただし奥、といってもそこは壁。当然ではあるが、常人であれば壁にぶつかってそれで終わりだ。常人であれば、だが。
“Eraser構成員”であるブレイドは、勿論衝突することもなく、みるみるコンクリートに沈んでいく。
一見すると何の変哲もないただのコンクリート壁だが、その実最新鋭の技術が生んだ、立体ホログラムだ。関係者以外に対しては瞬時に硬化し、砲弾も毒ガスも受け付けない鉄壁の壁となる。
ただし関係者にとっては、ただのホログラムである事に変わりないが。
コンクリートの裏側に位置するのは、なんとも薄暗くて狭い通路。しかし人造人間は自らの視界明度をある程度は調整できるので、自身が暗闇に至っても何という事はない。
そのまま通路を進んでいくと、無骨なデザインが特徴的な、専用の直通エレベータが見えてくる。
殆どがガラス張りという実に簡素な設計だが、ブレイドはこういった作りは嫌いではなかった。
解錠ボタンを一押しすると、程なくして扉は開かれた。階数選択に最下層を選択すると、エレベータは一気に下降を開始する。
少しずつ目的地である最下層、“司令部”に近付く度、ブレイドの頭のうちにはやはり、所長による自身の処遇への不安が大きくなっていった。
(さて、ここらで覚悟を決めておくべきか……?)
事を憂い始めたその刹那。ブレイドを乗せた筐体が、ガタンと大きく振動した。
何か起きたのか……そう咄嗟にブレイドは身構えたが、その次差し込んだ予期せぬ光源に、今度は視界を奪われた。
……エレベーターは何事もなく、そのまま下降を続けている。
ブレイドはそれに一先ず安堵すると、少しずつ閉じた目蓋を開けて行った。
────エレベーターのガラス越しにて映るもの。
それは決して。ジオフロントの天井より降り注ぐ、人工の光だけではない。
……様々な兵器達の営み。
宇宙港に停泊する数々の軍艦や、演習施設を闊歩する数機のアサルト・フレームに、作業用に細工の施された歩行戦車達。
そしてその中央にて佇む白亜の総司令部……
対テロ掃討の要にして最前線。ここがEraser本部である。