Material:Rev.1.0
訓練所生活一日目。
某所に存在する地球連邦軍旧士官学校を舞台に、初日から激しい訓練の連続だった。
あまりにも気合いが入り過ぎ……というものだが、それもそのはず。
自分ら「アスタリスク士官養成特設校」一期生は、文字通りに“アスタリスク”の後継者となるに留まらず。地球連邦軍全体の次世代を担う、謂わば“エースの卵”に他ならないのだから。
元はと言うとコンティネント生まれの「俺」は、この地球独特の“重力の枷”に苦戦しながらも。初日から容赦無く展開される訓練メニューを、四苦八苦といった感じでなんとか乗り越えたのだった。
……軍人に最も必要な、体力を鍛える走力・筋力トレーニングなどは当たり前として。
身を守る為の対人戦闘用訓練、基礎的な戦術指南も叩きこまれ……願っても無い。いきなりの“歩行戦車”の操縦訓練まで行ったのだ。
見上げる限りに聳え立つ、XWT-203G「イカロス・陸戦仕様」の、その勇姿といったらもう……
聖夜革命にて目撃した蒼き機体が、今自分の目の前にて。サンド・ブラウン色に彩られながらも、こうして再会できるとは……本当に、俺はあの瞬間を、二度と忘れる事はないだろう。
さて、余談は置いておくとして……
夕食、風呂。就寝前のミーティングを済ませた俺は、やっとこさ愛しのマイルームに戻ってきた。
今朝方に撒き散らした私物は未だ手付かずのままだが、お気に入りのポスターだけは……ベッドの上。真っ白く無骨さしか感じない天井へと、惜しげも無く貼っ付けてやった。
ポスター用紙には、“I WANT YOU!”といった如何にもな文章と共に、今やロートルの極みたる、WT-173N「初期型オフェンサー」の単眼が此方を覗き込む。
また、現行機にも受け継がれているその繊細なマニピュレータは……まるで天井から俺を指差しているようにも見えた。
……もうどこに行っても見つからないような、何十年前の寡兵ポスターは。
出征の際に持ち出した唯一の私物にして、今は亡き偉大なる大親父殿の形見。といってもその大親父はおろか、父母妹弟までもが……件の“聖夜革命”の後、地球への無差別爆撃や“アークティカ事変”によって。とっくのとうにおっ死んでしまったというものだが。
だからこそ、俺はレムリアを許さない。
その為に、凡百の連邦士官学校ではなく……このアスタリスク主導である特設校へ、それこそ死ぬ思いで臨んだのだ。
いつか、レムリアの多くのネクスロイドを。
レムリアに下った、多くの“裏切り者”たる人間達を。
自らの駆るイカロスの近接格闘兵装の錆としてくれる。
────そうなったら、自分のパーソナル・カラーはきっと“赤”だな。
そう。それこそ、流れ出る血のような、鮮やかな色合いで。
情熱の赤、熱血の赤。……復讐の赤、返り血の赤……
「フワァアァア……」
ふと、部屋に備え付けの古びた掛け時計に眼を遣った。
長針と短針は、ピタリと“0”を指している。
残念ながら鐘は鳴らないらしいが、付けてくれてるだけ有難いというもの。
実際に今日はヘトヘトだ。そろそろベッドに潜らねば、明日の訓練に支障を来してしまうだろう。
そうして直ぐにでもベッドに飛び込みたい俺だったが、机の上には気になる物が。
……それは、正に時代錯誤を体現するような。
黒い小さなカセットテープだった。
今時中々手に入らない、ピカピカのカセットテープ。
その黒光りした記憶媒体には傷一つ無く、使う事を躊躇ってしまう程に綺麗であった。
傷付けないよう慎重に、用意されていたカセットレコーダーに差し込んでみる。
するとレコーダーより、早くも声が聞こえ始めた。
「ハロー!アロー! 聞こえてるかーい?」
……その“奇妙な挨拶”はさておいて。
声の主である男性は朗らかに、スピーカーから喋り始めた。
大体二十歳前後のものだと、俺はその声質から予想した。
「本当は映像のあるホログラムで送りたかったんだけど、アームストロング艦長ったら聞かなくってさ…… 『こういう機密情報は、ハッキングされる心配のないアナログな物でやれ!』って…… という事で、寂れていた近所の叔父さんに、時代錯誤の大量発注が行われた訳だ。本部なんて処分に困る程発注しちゃって大変さ」
てっきり期待されてプレミア品を渡されたと思っていたものだから、少し落胆した。
然し。そんなこっちの気落ちなんて全くのお構いなしに、テープの再生は続いていく。
「じゃあ収録時間も限られてるし、要項のおさらいといこうか」
【コンティネント】
宇宙居住区の総称で、全13基が稼働している。地球連邦国統治下では、本来の意味である「植民地」としての扱いが強く、地球に残された特権階級よりも地位が低く見られていた。
元々の計画では全11基建造で計画の凍結が行われたものの、第54代地球連邦国大統領「ウォーカー・エヴァンス」によって再発。建造途中で放棄されていた第12、並びに第13コンティネントが後年にて完成された経緯を持つ。
少し潰れた楕円のような形をしており、各コンティネント毎に約5000万人が生活可能。その中でもパンゲアは地球連邦政府本部として製造されたこともあって特に大型で、最大収容数は一億人に上るとも言われている。
第1コンティネント「ウル」
第2コンティネント「ケノーランド」
第3コンティネント「アークティカ」
第4コンティネント「ヌーナ」
第5コンティネント「ロディニア」
第6コンティネント「パノティア」
第7コンティネント「ゴンドワナ」
第8コンティネント「ローラシア」
第9コンティネント「ローレンシア」
第10コンティネント「バルティカ」
第11コンティネント「キンメリア」
第12コンティネント「パンゲア」
第13コンティネント「レムリア」
「コンティネントは全部、月の裏側にあるんだ。つまり、今君がいる地球から見て、月を挟んだ向こう側ってことだね」
【宇宙連邦国家レムリア】
大陸の意味を持つ13基のコンティネントからなる、歴史上初の宇宙国家。
民主制を敷いており、2208年現在の首相は自由党々首ガゼル・ニッケイド。
2203年の聖夜革命を経て、当時まで地球圏全土を掌握していた巨大国家「地球連邦国」から独立した経緯を持つ。
首都を第13コンティネント「レムリア」のセイクリッドシティに置いている。
ネクスロイドを導入した高度な社会システムによって、国全体の繁栄を実現した。
「ちなみに月はここに含まれず、『月都市連合』として独立してるんだ。ちゃんと勉強してきたかな?」
【セイクリッドシティ】
第13コンティネント『レムリア』の中枢の位置する首都。
その繁栄は随一であり、レムリア国家警察、レムリア軍本部基地、秘密裏だがEraser本部など、様々な重要施設が集中している。その街全体の構想は、旧国日本のトウキョウを思わせる。
「クニモトのオヤジが、『トウキョーはロクなもんじゃねぇ! あそこは魔境だ、バケモノの街だ!』なんて言ってたっけな…… いやぁなんでもない」
【Eraser】
セイクリッドシティ郊外、レムリア国家警察本部の地下に本部を構える特殊部隊。
E r a s e r ≒Earth. Rebel. Assault. Special. Execution. Regiment.(地球反逆者強襲特殊実行連隊)の略称。
主な任務はテロリストに対する水際での対処だが、政治的背景にて暗殺や情報操作も執り行う。
兵装もある程度の優遇措置が施されており、AFや歩行戦車、軍用装備品などが優先配備。また専用の宇宙港も本部基地にて保有しており、旧式ではあるものの数々の宇宙艦船をも保持している。
戦闘員は全てネクスロイドで構成されており、その中でも高い性能を誇る“初期型”がその大半を占めている。
局長はバーンズ・エルドレッド。
「彼らは精鋭中の精鋭達で、幾度となく僕らの仲間がヤられていった。せめて、向こうのネクスロイド達が味方になってくれれば…… ハハ、冗談だよ」
【レムリア国家警察】
国全体の犯罪行動取り締まりを行う警察組織。各コンティネントに一つずつ支部が置かれており、情報の伝達がスムーズに行われる。
2208年現在、レムリア建国から犯罪の数は減りつつある……と、公式では発表されている。
セイクリッド・シティ郊外、ツイン・ポリスビルに“ヴェルヘルム軍警察”と同じく総本山がある。
「俺だっでぇ! 元々は警察官になりだがっだ! ぜんぞうがなげればぁ!ぜんぞうがなげればぁぁ!」
「もしもーし、聞こえてる?マット君ちょっとお酒入っちゃったから…… 彼に警察の話は厳禁だよ? それじゃ」
【ネクスロイド】
レムリア全体に普及している、高性能人造人間。
人間の命令を遵守し、実行する事が前提ではあるが、ある程度の思考能力も備わっている。
しかし、コンティネント・レムリアに設置された「サーバー」の範囲外では、思考・及び自律能力が極端に落ちる。
またレムリア政府は、サーバーについては国家機密としている。
稼働年数が設けられており、稼働年数は満五年。
なお、ネクスロイドの内訳は初期生産型とそのデチューン・モデルたる後期量産型の二種類に別れている。
その為に呼称としても“初期型”と“量産型”といった呼び分け方が一般的である。
特に初期型は能力がずば抜けて高く、サーバーの範囲外でも自ら思考して行動が可能であるが、代償として機数が限られ、確認されている限りでは132機のみ存在している。
初期型の稼働開始期日の殆どは2103年で統一されている為、後継機の開発が急がれているようだ。
「サーバーは移動出来ない。だからレムリアは当初、地球に攻めてこなかったって訳だ。初期型の機数も限られてるしね」
【命令】
ネクスロイドが作動する為の必須条件。これがない者は三日程で自らの存在意義を消失し、暴走。結果的に思考回路の動きを止めてしまう。
内容は大まかな物でも務まるが(Eraserとしての任務を遂行せよ等)、細かな物であればあるほどネクスロイドの思考回路へ良い反応を示すというデータも出ている。
「もしネクスロイドが僕に回されてきたら、絶対に言いたい台詞があるんだよね。"見敵必殺"!! ……なんてね」
【アサルトフレーム】
正式名称「Assault.Flame」、略称「AF」。ネクスロイド専用の12m級人型兵器の総称である。
聖夜革命時にその圧倒的な機動力、反応速度を活かして地球連邦軍を圧倒した。
二段階制でネクスロイドと直接接続する「ダイレクト・イン・システム(DIS)」を採用しており、このシステムが高い反応速度を実現している。
第一次接続は、歩行戦車でいう「コックピットに座ったそのままの感覚」であり、負担が少ない。
逆に第二次接続は操縦者へ強い負担をかけるが、機体が操縦者に密着する為に高い追従性を発揮する。それ故に、第二次接続状態には時間制限が掛かっている事が殆どであり、実際に聖夜革命にて活躍したAF「セレーネ(SAF-05)」に掛けられたリミットは三十分であった。
また、どちらかというと装甲よりも運動性に重きを置いた設計となっている。
「カッコいいよなぁアサルトフレーム…… え? どんな感じかわからない? 絵に描いて説明しろ? それが現存する写真が無いんだよねぇ…… 誰か絵が上手い人居たっけな……あ、ビットナー中尉!絵、お上手でした……よね? 」
「技術中尉、だ。ったく、俺も暇じゃねぇってのに……わぁったよ、後で描いとくが、上手い下手で文句言うなよ!?」
「……という訳だから、後でPCを動かしてみるといい。今度地球軌道上に艦が行った時、回線繋げて流しておくよ」
【歩行戦車】
聖夜革命以前から地球連邦軍に配備されていた大型攻撃機。これもまた人型をモチーフとしている。
運動性よりも装甲に重きを置いた結果、機動力に勝るAFに為すすべも無く撃破されてしまった。
だが出力においてはAFを上回り、持ち前の装甲はそう簡単に貫けるものではない。
その為AFは、対歩行戦車用に特殊徹甲弾などを携帯している事が多いようだ。
「おうおう、漢ならやっぱり重装甲! 歩行戦車だなァ! 特にこのイカロスなんてもう……」
「オヤジっ、いつの間に! それはまだダメだってば!」
……途中聞きなれない渋声が乱入したり、はたまた天使のような美声が聞こえたり、マットとやらの心の叫びが露呈してたような気もするが、大方の解説は終わったようだ。
また朗らかなマットの声がレコーダーから聞こえる。
「んー、まさか僕の名前が見ず知らずの君にバレてしまうとは…… ま、いっか」
(かなり深刻な問題なのにサラッと水に流したぞこの人──!?)
そんな俺の心の中のツッコミから逃げるように。
レコーダーの向こうのマットとやらは、一旦の別れの台詞を述べて行った。
「では、君の入隊を心から期待している!機会があれば、また会おう!」




